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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第四十六話 大作家と亡国の影

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

寂れたスラムで二つの集団が対峙していた。

「全員動くな!」

イェーガーの怒号に合わせ、警官隊と軍人たちが拳銃を向けた。

グロロの部下たちと同時であった。

グロロのそばにはこの街の一連の事件の黒幕の一人であるアインの存在があった。

一見するとコートと帽子を着用した紳士に過ぎない。だが、彼はただの紳士ではなくあらゆるものを焼き払う力を持っていた。

イェーガーはレオハルトの記録を通してそれを知っていた為に警戒を怠る事はなかった。アインとグロロたちの動きに注視する。

「……お前、娘に手を出そうとしたな」

「……」

ウェルズが問いかけるがアインは黙するばかりだった。

「答えろ!アイツがお前に何をした!?」

堪忍袋の緒が切れた様子でウェルズが怒鳴る。

警官隊と軍人たちの混合チーム、グロロの部下、グロロ。

ウェルズの殺気立った剣幕に呆気にとられるばかりだった。

「……くく」

「何がおかしいお前殺すぞ!」

ウェルズの怒りは更に高まる。アインの不明瞭な笑みによって。悪意と嘲笑とかが、二対一の割合で混合された笑みであった。それがウェルズを怒らせるのだった。

「……いやあ、失敬。実に矮小な視点だと思ってな」

「……はぁ?」

ウェルズをよそにアインは高らかに自説を発していた。

「人類は実に愚かだ!三二〇年前の血の一週間、三度に渡る銀河規模の大戦、人類はいくら犠牲を払っても学ばない!それはなぜか!?人類は紙くず同然の――」

銃声。

銃口から電磁加速の弾丸が放たれた。

撃ったのはイェーガーであった。

「……予知していたか」

「分子レベルで分解した。サル知恵などこの程度よ」

「……どこまで続くかな?お前の説教が終わる頃か?日付が変わりそうだ」

「その頃には君は死んでいるよ」

電磁加速式の狙撃用ライフルの一撃をアインは易々と無力化した。熱を操るメタアクトの厄介な一面が十二分に発揮されていた。弾丸は熱の壁に阻まれ運動エネルギーを失った挙げ句、弾丸そのものが気化するほどの熱量でかき消されてしまった。

「おい、帽子男。お前の人類への見解と今後の方針は十分分かった。滅ぼすのが目的ならなぜグロロと組んでいる?」

「猿が嫌いなものでタックを組んだまでだ」

「そうか。ならばそっちも知っている訳か。こいつの思惑を」

「ああ、知っているとも。妬ましく汚らしい成り上がりの猿どもを滅ぼす計画をな」

グロロとアインは悪意に満ちた満面の笑みを浮かべた。それに合わせグロロの部下が一斉に攻撃を開始した。

何人かの味方がやられた状態で味方の軍人と警官が反撃の手を加える。

全員が散らばり、各々が弾雨をまき散らした。

スラムに銃声と赤い飛沫が飛び散る。

「負傷者多数!負傷者多数!」

「撃ってきた!がぁ……」

「撃て撃て撃て!」

「ぎゃああ!助けてくれぇ」

体を低くがめたウェルズは銃弾を飛び交う中であるものを見る。

死体。警官の死体だ。この銃撃で蜂の巣にされた警官の死体だ。そのそばには拳銃が落ちていた。旧式の粒子拳銃だ。

ウェルズは匍匐前進してその拳銃を拾った。そして撃つ。始めはガーマ人ギャングを。そして次はアインの方に向けて撃った。

「身の程をわきまえたらどうだ。駄文家くん?」

「元の名前は文豪と同じ割に言葉を知らんとはな」

「それは貴様の方だ。貴様は落書きされた紙くずのように燃え尽きるのだ」

アインは周囲の敵を焼き払いながら、ウェルズに向かっていく。

ウェルズは銃弾でアインを牽制しながら、瓦礫と死体の転がる戦場を横断する。そしてとにかく彼はチャンスを待った。

ウェルズのメタアクトは触れた生物を操作出来る。それこそ自在に。触れた生物の思考、記憶、反応、反射を操る術があった。だがそれ以外の術はない。あるのは文章を作る芸術的才覚と論理的思考、様々な知識と教養。それだけが武器だったが戦いにおいては役に立たない。暴力に抗う術は逃げる事と隙を作ってやる事だけだった。

結果としてウェルズはアインの注意を引く囮として機能した。ならば、戦う役目はイェーガーに集約される。

イェーガーの特殊技能、それは正確無比な射撃である。

隠れ、物陰に潜み、最適なタイミングで致命的な手傷を負わせることをイェーガーはできる。もっともアインこと『レフ・ライコフ』クローンのような強力なメタアクター能力者相手だとメタアクターでない人間が手傷を負わせることだけで大金星であったが、そもそもイェーガーは『死神』と呼ばれるにふさわしい名狙撃手であった。よって敵の視点でみたらイェーガーは唯一、警戒に値する存在であり注意が必要な相手であった。

だがアインは油断した。

王手だと思い、彼は慢心した。その瞬間をイェーガーは狙っていた。

電磁加速銃の銃声。

唐突にアインの右足の肉が抉りとられる。出血とともにアインは移動能力を大幅に損ねた。

「罰が当たったな!?クズめ!」

ウェルズは片手で『くたばれ』のハンドサインを見せつけて逃げた。

「おお……ごおお……調子に乗るな羽虫がぁ……」

アインのかざそうとした左手をイェーガーは即座に撃ち抜く。

紳士もどきの手のひらが霧散し、代わりに赤い霧と肉片が飛び散る。

「がああああああああああ!!?がががあああ!!」

「ああ!アインが撃たれた!」

「お!おい!あのチビはどこに消えた!?」

「しまった!見失った!?」

ガーマ人ギャングとアインは事の深刻さをようやく理解する。自分たちは奇襲に成功しイェーガー側を追い詰めたと錯覚していた。それは結果的に自分たちを追い詰めていた事となった。

イェーガーはこの混乱を逆手にとって自分の姿をどこかに隠していた。そして警官たちが反撃に転じるタイミングで敵への反撃を開始していた。

事実、ガーマ人ギャングの何人かがいつの間にか頭部を撃たれ絶命していた。

「ど、どうする!?どうすんだ!?」

「決まってる!このままじゃみんな脳みそ――」

ギャングの一人がまた頭部を撃たれた。

爬虫類と両生類を合わせた顔が霧散して消える。

どこからともなく飛んできた弾丸によって。脳漿が飛び散り、残された体がガクガクと痙攣して転倒した。

両生類顔たちが青ざめた顔で仲間だった肉体を見下ろした。

低い身長の軍人ごとき束で奇襲すればあっけなく倒せるという油断がギャングたちを油断させ、不必要な出血を強いた。それがイェーガーの狙いであり、作戦の要であった。

ギャング側に分かる事は三つあった。近くに潜んでいる事と、イェーガーの得意な距離を作ってしまったこと、そして、イェーガー相手に無傷での勝利は不可能である事であった。

瓦礫の多いスラム街の地理もイェーガーの味方となった。

本来、ガーマ人ギャングのホームグラウンドであるスラムの地理にイェーガーは容易と順応していた。狙撃手としての経験と勘のためか、イェーガーの隠れるのに十分な場所は十数秒の移動範囲だけでかなり多くあった。

否、ヴィクトリアはイェーガーにとってもホームグラウンドであった。

イェーガーは野外での戦闘経験が豊富だが、都市戦の経験もかなり多くしていた。それは彼の過去に起因することだが、結論から言うとイェーガーに土地の不利は存在しなかった。

勝てても地獄、逃げても地獄。

イェーガーの戦術は高度な次元で精密、かつ完成されたものだった。

イェーガー一人の活躍で警官と軍人の混合チームが息を吹き返した。

「ここまでだな!!無駄な抵抗はやめろ!」

だが、焦っているアインとは裏腹に一人だけ余裕を失っていない人物がいた。

グロロである。彼もまた経験豊富な裏社会の住民で修羅場慣れをしていたのだ。彼は笑みすら浮かべて、部下に言い放った。

「センセイよ。腕を撃たれて大変でしょうから休んでせえ。俺らがチビの首持ってきますんで」

そう言ってグロロはイェーガーがいると思われる場所を向いた。

そしてそれは正解であった。

「そこにしかいねえよ……なあ?」

グロロはにいと邪悪な笑みを浮かべた。ガーマ人は特徴的な民族だ。その大半は両生類の身体的特徴を多くもっていたが、帝国時代の王族の血が入っているものは爬虫類の面影もあった。

トカゲとカエルを合わせたような顔がにやりと微笑することで見るものに恐怖心を煽らせる。彼がマフィアでテロリストであることもあいまって。

「俺ぁこの街で生まれ育って長いんだ。色々バカもやったしな。その経験は無駄じゃあねえなああ?」

そう言ってグロロが部下の死体から機銃を拾い上げる。

そしてガラクタの山の一つを銃撃した。

ミシンのような火薬式の機銃から無数の弾丸が放たれる。

弾丸によって崩れたガラクタの山から小銃を持った影が飛び出した。腹這いの姿勢でグロロに向かって影は撃つ。イェーガーだった。

グロロは体をどうにか逸らすが肩を負傷する。それでも致命傷は避けられていた。

「兄貴!」

「よそ見するな!殺すぞ!」

グロロが正面に銃を撃ち続けた。イェーガーは転がるようにして物陰に隠れる。ゴミ箱、小さな階段の段差や手すり、古びた看板などがイェーガーを守ってくれていた。

イェーガーはただ待った。グロロだけがイェーガーを狙っている。そしてこれはイェーガーだけの戦いではなかった。

グロロはいつの間にか撃たれていた。

「な……にぃ……!?」

グロロは血を吐きながら後ろを振り向いていた。

撃ったのはウェルズであった。

「ふざけるな。娘をまきこみやがって」

「こ……こんな、……駄文家にぃぃ……」

アインとグロロはこうして混合チームに囲まれた。

「終わりだ。大人しくするといい」

イェーガーとウェルズは取り押さえられたアインを見下した。

「……俺は尖兵の一人に過ぎん」

「ん?」

「俺は部品だと言ったんだ」

「……まずい!離れろ!」

イェーガーがそう言って警官たちを引き離した後に、アインは発火した。彼は自分に火を放ちながら笑っていた。

「あははははははは!あっははははははは!」

火だるまになったアインを見て警官隊も軍人たちもギャングたちもグロロも呆気にとられるしかなかった。

「やられたな……」

「だが手がかりはある」

苦々しい表情のイェーガーに対して、ウェルズはどこか希望を失っていない様子だった。ウェルズは捕らえられたギャングたちの方を見る。

グロロ。

ウェルズは確信していた。呆然としている彼にはまだ話すべき事があると。

アイン退場。だが、不気味な予兆あり。ギャングとテロリスト。二つの闇の繋がりとは?


次回もよろしくお願いします。

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