第七章 第四十四話 期限
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
椅子に座らされていたノブはひどく怯えていた。
暗い部屋の内部で恐怖のあまり悲鳴をあげ続けていた。
「おぉおおおい、出してくれェェッ!」
「……それはお前次第だ」
ノブが辺りを見渡すといつの間にか黒い衣装の男が立っていた。
正面。黒い衣装はカラスを模していた。
そして覆面。顔面の下半分を覆う黒い覆面にはカラスのシルエットが白く記されていた。目元がぎろりとノブを睨みつける。背丈は決して大きくないはずなのにその男の禍々しいまでの殺気と覆面越しの鬼の形相がノブの恐怖心を強く煽っていた。その迫力はどんな大男に睨まれ凄まれるよりも恐ろしいものである。すくなくともノブは目の前の人物を見るなり思わず失禁をしてしまう程であった。
「……正直に答えさえすれば……怪我は負わない」
シャドウことシンは淡々と、しかし尊大な口調でそう告げる。それは裁判官が罪人に死刑を宣告するかのような冷厳な態度とも似ていた。
「ひぃぃッいいッ!」
ガクガクとノブは恐怖に震えて自分の知り得ることを話し始める。
「分かった分かった分かった!まず、まずまずまず!あ、アインがこの街を破壊し尽くしたいと言っていたんだ。だけど、この街は銀河でも屈指の大都市だよ!テロ対策の為に警備システムも厳重だし惑星内に入るにもあらゆるセキュリティシステムを突破しなければならない、そんな要塞みたいなシステムだと何も出来ないと言ったんだけど、彼は都市の内部で使い捨ての手駒を集めて必要なことをすれば良いと言ったんだ。クレバーだねえ!でもでも!僕は給料をもらって仕事しただけだよ。ぼくは元芸能関係者の会計士だ!彼は僕にある人物のコンサルタントをするだけで良いと言っていたんだ。誰だと思う?ガーマ人ギャング。下手なマフィアよりもマフィアなギャングの首魁だ!彼はある組織のトップも兼ねている。そいつらに暴れされる手とハイパーコメットによる大規模破壊作戦の二段構えでいこうって言っていた!協力すればガーマ側の有望なヤツとお前は助けてやるとなんなら手厚く良い暮らしをさせてあらゆる望みをかなえてやると言っていた!本当だ!本当だ!たのむたのむたのむ!顔と股間だけはやめてくれぇぇ!!!!!!!」
「…………ハヤタ、録音したな?」
「オッケーだ。そっちは?」
「音声録音はヒューイがやってくれた。もうこいつに用はないから煮るなり焼くなり好きにしろ」
「いいのか?」
「俺のやり方は止めるだろう?」
「そうだな……」
「決まりだ。ユダがこいつを共犯者として確保しておく。手札に使えるかもしれないから手元に置いておけ。ただ脱走のリスクは十分に考えられるからそのつもりでいろ」
「わかった」
横で聞いていたイシカワは残念そうな顔をする
「残念ですよ。斬っても良かったんですが」
「よせ。ヤツは手がかりだ」
「……それもそうですね。失礼しました」
「……」
イシカワの不服そうな顔の陰りをシャドウとしてのシンは見逃さなかったが敢えて見逃した。これから大きな戦いが『この街』で起きることを確信している以上はリスクを恐れる心配はなかった。何より、イシカワの方もそのことを確信しているため積極的に指示に従ってくれていることをシンは理解していた。
「…………」
「ああそうです。一つ言っておきましょう」
「なんだ?」
「シャドウ殿。私は人斬りです。ですがそれ以上に、ハヤタ君の理想も見てみたいと思っているのです。そこははき違えてもらっては困りますよ。真っ黒なカラスさん」
「……ここで話すな。場所を移そう」
「ええ、それが良いでしょう」
そう言ってシャドウとイシカワだけが場所を移した。バレッドナインの他の面々はノブの様子を見ている。
「……お前は何が言いたい?」
シンは目の前の男の不審な一面に鋭く切り込んだ。
一方のイシカワはにっと笑うだけだ。
「私はね。彼の言う『真の正義』に興味があるのです」
「……真の正義?」
唐突な哲学的問いにシンは思わず面食らった様子を見せる。それを見計らったかのようにイシカワは再び口を開いた。
「我々の命題はシンプルです。『いかに多くの人間を救うか』。最初の私は馬鹿馬鹿しいと思ったまでですがね。ですが、彼の『正義に対する執念』に強く引かれたものでね……」
「……ふん」
「おや、あなたもかつては引かれたものだと聞いていたのですがね?」
「……昔の話だ」
シンとハヤタは同じ国の出身で戦友として戦った事もあった。始めは別々の部隊であったが、『人を救う』という共通の目的を持っていた事で意気投合していたのであった。
シンにとってはその時のハヤタ・コウイチは太陽の如く輝かしいヒーローとして尊敬していた。ハヤタの方もシンを尊敬していた。グリーフを感じ取れるのみの低いグリーフの適性とメタアクトを持たない身に過ぎないであるにも関わらず自分よりも強大な敵を強固な信念と機転のみで打ち倒す場面を見て、強い敬意を持っていたのである。
転換点はマリンであった。
マリンという女性に対する考え方の違い、あるいは見方によって二人の関係は冷え込んでいたのだった。
シンにとってマリンは『社会に蔓延る悪の被害者で救うべき善人』であると位置づけていた。
だが、ハヤタにとってのマリンは『ハヤタとその力のみを信仰する扱いに困る狂信者』として忌避していた。一時は相棒であるエリ・キャッスルよりも親密であったのにも関わらずハヤタはついにそういう目でマリンを見るようになっていた。
「アイツがあんな冷たいヤツだと分かればもっと早く見限っていたさ」
「……大層な物言いですね」
若干苛ついた様子を見せつつもイシカワは冷静さを維持していた。
二人が別の話題を切り出そうとした時だった。
「シャドウ。すみませんがちょっと」
「?」
ルイーザが手招きをしていた。
「イシカワ。すまないがしばらく休んでくれ」
「どうしてです」
「ちょっと用がな。……それにこの先戦いがあるから楽しみにしていろ」
「そうですか。いいですね」
少しの禍々しさを帯びた笑顔。イシカワは背を向けるルイーザとシャドウを見送った。
「……どうしたんだ?」
「……古巣から連絡があったんだ」
「……ガールズ&エレメンツか。ハッカー集団の」
「ああ……一応誤解は解けているらしいが疑われかけたようだ」
「疑い?誰のだ?」
「警察。カズとカズの……恋人だっけ?一連の事件の犯人」
「……機械の乗っ取りが出来るからな。ハッキングって特殊技術を使う以上、当然警察は共犯とみるのは普通だ」
「だからよ。『ベレー』から緊急の依頼が」
「どんな?」
「アインの捕縛、もしくは排除だよ」
「報酬は?」
「船一隻分」
「……なるほど、相当なお冠だな」
「それはそうよ。自分たちが狂ったテロリストの仲間と勘違いされた上に、アインらのグループにいいように使われた訳だからね」
「アイツはクズの下衆ではあるが、馬鹿ではない。油断するとこうなる」
「……はぁ、ウチのボスはどうしてこう手厳しいのさ」
「現実主義者でな」
「それもそうね……あ、ベレーから伝言」
「どうした?」
「警察がガーマ人マフィアの本拠地に『がさ入れ』するらしいよ」
「……とうとうだな。激しいガサ入れが」
「予期していたの?」
「この街の警備と外部の防衛網は厳重だからな。崩すなら内部からだ。そう考えればこの国で一番民族意識が強く、独立の思考を持つ狂った犯罪集団に手を貸そうとするのは明白だった」
「ガーマ人ね」
「彼らの大部分は帝国なんて過去の遺物だと正しく認識している。が、それが分からない連中もいるからな。アインはそいつらを焚き付けようとするだろう。この街と星を壊すために」
「あなたの言う通りで狡猾な悪党ね……」
「言ったろ?下衆だが馬鹿じゃないと」
「そうなると……『今日中』に決着をつけないと不味いわね」
「ああ……そのガサ入れ。アインの居場所に今すぐにでも乗り込む必要がある」
「……ユダはこれを見越して?」
「だろうな。自分たちが日頃の『国境なき正義の味方』であるという主張を強くする狙いもあるだろうな」
「……マリンの件でのイメージの悪さを挽回するわけね」
「そういうことだ。皆にも伝えろ。警察やユダよりも早く確保すると」
「ラジャー」
「……ところで……アディはどうだ」
「……あのチンピラと出会ってからソワソワしていた」
「……あの男はプロだ。殺しのプロ。チンピラのふりはしていたが俺の目はごまかせん。おそらく……」
「アディさん……昔一体何が……」
「詮索は無用だ。ルイーザ」
「え?」
「アディはアディ。どういう過去を戦ってきたとしてもジャックや俺の仲間である事には変わりない。今はそれで十分だ」
カラスの男はきっぱりと断言した。
「……そうですね。ありがとうございました」
「んん?どういうことだ」
「日頃の感謝ですよ」
ほんのりとルイーザの顔がほころんだ。
「そうか。ならいい」
シンは変わらない。ただ足を進めるだけだ。
「おう、戻ったか」
二人の為にバレッドナインが待っていた。その中にはアディもいる。
「待っていたのか」
「この街の危機だからな。俺がアディと初めて出会ったのはこのヴィクトリアなんだぜ。思い出の場所だ」
「そうか。なら守ってやらないとな」
「ああ」
ジャックがにっと明朗な笑顔を浮かべる。ユキが優しい微笑と共にサムズアップした。それに合わせてカズも真似をした。
アディもそっけないようで微笑を浮かべていた。ユキと同じ優しい笑みであった。
バレッドナインはユダにノブを任せ、アインを確保する準備に移った。
各種銃器、手榴弾や閃光弾、煙幕、特殊警棒、プロテクター、ナイトヴィジョンにヘルメットなど装備のチェックに移る。
「どこに行く?」
モリが怪訝な顔をした。
「調査と準備だ」
「準備?」
「こっちは仕事があるんでな」
「……」
バレッドナイン一行はモリに背を向け、ジャックの知り合いが用意したバレッドナインのワゴン車に乗り込む。こう言う時のジャックの人脈の広さは一行にとって有難いものであった。
ジャックが右腕の時計を確認した。
時刻は午後七時五分前。
揺れる車両の外では飲食店のムーディでカラフルなネオンが輝き、多くの人々が街を往来している。それをカズが助手席でぼうっと眺めていた。
「戦い。早く終わると良いね」
「ああ」
「アレックと久しぶりにお酒飲みたい」
「あ、祝杯は二人のみのほうが良かったか?邪魔しちゃ悪いか?」
「え?ああ……どうしよう」
「その時はさ……楽しんでこいよ。二人で」
ジャックがカズに言った。しばしして、シンもその言葉に頷く。
「そうだな。それがいい。他はみんなで楽しむか」
「ありがと、シン」
「仕事中はコードネームで呼べよ?」
「そうだった。ありがとシャドウ」
「どういたしまして、フォルテ」
カズが穏やかに言葉を返した。大きな戦いを前に和やかな静寂があった。車に揺られB9は敵地へと向かう。
日常と不穏の入り交じる時間。されど仲間たちの絆は強く……。
次回もよろしくお願いします。




