第七章 第四十二話 好奇心は街を駆ける
この物語は残酷な描写を含む事があります。ご注意ください
かくしてウェルズは、なし崩し的に地上を駆け回る事になった。
「……なんというか……これも取材か」
「それでこちらの秘密が漏れたらたまったものではないな」
好奇心おう盛な小説家の独り言に狙撃兵が律儀に答えた。
「うーん……私はレオハルトの知り合いだから見逃すのはなし?」
「断る。誰であろうとリスクは見逃さん。恩人のリスクはなおさらだ」
「……で、ですねぇぇ……」
イェーガーの固い決意に早くもウェルズは圧倒されていた。目から訴えかける情報からしてイェーガーの覚悟の違いをウェルズは強く感じざるを得なかった。それは懇願よりも殺意に近かった。
無線機よりレオハルトの声が響く。
「よせ、彼は僕の客人だ」
「は、失礼致しました」
「ああ、彼も重要な証人になりうる。護衛をしてやってくれ」
「承知しました」
イェーガーの周囲を纏うような異質な空気が元に戻るのをウェルズは確かに感じていた。ウェルズは助かったことを感じた後、気になることを聞いた。
「……おい、小説家。これから俺を含めた数人と行動をしてもらう」
「なぜ?」
「ある人物を探す。……ノブ・ホソカワとアインだ」
危険な名前であった。二人のテロリストが何を企んでいるかはウェルズには確証がなかったが思い当たる節はあった。
「……知り合いとこの状況を話してわかったことがある」
「聞かせろ」
「……俺の甥はこの街が二重の危機に晒されていると予想している」
「二重?」
「よく考えてほしい。街一個を滅ぼすのに一個の手段に固執するだろうか?甥が敵の立場だったら、予備の手段を用意すると言っていた。なにか思い当たる節はないか?」
「……合理的だ。一理ある」
イェーガーはしばし思案した。
そして、こう言った。端的に。
「……ある。いくつかのリスクを考慮している」
「そうか……一番可能性があるのは?」
「……」
「……」
時刻にして数分に過ぎない。
だが、体感にして永劫に等しい。
そんな思案の末にイェーガーとマリアの二人は目を見合わせた。
マリアが口を開く。
「機銃による乱射ね。ただ……」
「ただ?」
「一人で出来る事はたがが知れているわね」
「ああ……それはドローンに爆薬を?」
「いいえ、もっと良い手がある」
「良い手?」
「協力者ね」
「アインかノブ側の関係者か?」
「どちらでもないわ。この事件の真の黒幕は二人じゃない可能性が高いと思っているの。おそらく彼らのトップがこの事件の黒幕だと思っている」
「な!?」
意外な答えにウェルズは驚愕する。
「待て!アインはこの街を滅ぼしたがっていただろう!それは本人が口にしている」
「そうね。そしてどういうわけか回りくどい手段を使って攻撃しようとしている。どういうわけかね」
「……そう言えば……」
「ただ、この街を破壊したり、滅ぼすだけならいくらでも手段はある。毒ガス、ウィルス、なんなら、誰かを都合の良い手駒を直接街に出向いて暴れさせるだけでも効果はある。その場合、実行犯は人間でなくても良い。自立型の武装ドローンでも良い。それだけで経済や都市機能は麻痺し、十分な結果が得られる。けれどもアインがそれを選ばないのは不自然ね」
「……ああ、マリアの言う通りだ。その方が効率的で厄介だ。都市と言う複雑な地形は侵入されるだけで厄介な要塞になりうる」
「車、人の多い公園、建物。使える場所はいっぱいね」
「だから、我々のホームグラウンドであるという部分を有効に活用しなければ……敵にしてやられるだろう」
「なら…………」
敵の素性は国内の勢力が一枚噛んでいることは明確であった。それと土地勘に優れた人物。それが必要であったのは明確であった。それでいてヴィクトリアという街を象徴的なまでに破壊する動機のある人物。
「……ガーマ人」
ウェルズの脳裏にある人物の顔が浮かんだ。彼の口から言葉が自然に紡がれる。
「え……」
「知り合いにガーマ人の男がいる……あまり会いたくない人物だ」
「どんな人……?」
マリアの疑問に苦々しく答える。
「……常に誰かを妬んでいる。表向きは……実業家を名乗っていた……だが……実体がない。どんな仕事をしていると聞いてもあまり答えてくれなかった。不自然なくらいにね。それだったらあまり気にしないが、彼はとにかく実業家で才能に溢れた人物だと言う事を強調していたよ。不気味なくらいに、強迫的とも言えるくらいにね。多くのガーマ人は陽気で冗談が好きで楽天的な人物が多いと思っているが、彼はどういう訳かかなり悲観的で内面に暗い闇のようなものがあった……」
「特徴は?なんでもいい」
「……絵が好きだったな。だが本人の嫌な内面が出るのか露悪的な画風だった。あと……首元にタトゥーが見えてな」
「よく見えたわね?」
「その時会ったのは夏の頃だった。お互いに薄着でな。別れた時にちらりと首元のタトゥーが見えたんだ」
「おい」
「どうした?若い狙撃兵くん」
「……こんな文様か?」
イェーガーが持っていた軍用端末からホログラム状の画像データを浮び上がらせる。その文様は爬虫類の顔を思わせるやや華美なシンボルであった。その文様の一部に紛れもなくウェルズは見覚えがあった。
ウェルズの様子を見てイェーガーは呟いた。
「……やはり、帝国の家紋か……」
これは帝国残党のシンボルマークでもあった。今は亡き帝国への狂信と忌まわしいテロリズムへの信望の証でもあった。
それだけにイェーガーの顔に緊張の色が見える。
「この刺青の人物は?」
ウェルズは始めその人物の名前を言う事を躊躇った。が、観念したのかその名前を小さく言った。
「……グロロ・ゲルゲル」
「変わった名前だな」
「ガーマ帝国の命名規則には特殊な法則がある。優秀な臣下や特殊な役職についた人物には特別な名前が与えられる。かのグループにはその伝統が残っているというわけだ……」
「そういえば……やたら濁音が多いな。音を繰り返すこともな」
「ああ……昔の儀式になぞらえているらしい」
「どんな?」
「歌だ」
「歌?」
「彼らは神を呼ぶとき濁音で呼んでいたそうだ。大昔のガーマ神話の名残だ」
「その辺の知識まで知るのは流石作家というところか?」
「止してくれ。ただ……自分が見聞きした事を口から垂れ流しただけだ」
「貴重な証言だ」
「そうか……そう言ってくれるとありがたいな。……話を戻そう。グロロは酒好きで酒が入ると陽気であった。が、普段は冷酷な人物らしい。正直、口に出来ない仕事をしていたそうだ」
「どんな仕事だ?」
「それを聞くか?……まあいい。殺し屋だそうだ……しかも腕利きだ。私が聞く限り……殺したのは一人二人ではないらしい」
「プロか?」
「ああ……『上官』の命令で邪魔な人間を消していたようだ」
「手がかりだな」
「手がかり?」
「彼が。グロロだ」
「そうか……そんな台詞を言えるのは君ぐらいだろう」
「俺とシャドウだ」
「……シャドウ?カラスの男か?」
「アイツなら捕縛は俺より得意だ」
「そうか……」
それを最後に二人は黙々と街を走り回っていた。
ウェルズとイェーガーがたどり着いたのはある寂れた通りであった。
アルファ・フォートのスラム街。掃き溜めに等しい魔の通り。
『デッド・ガールズ・ストリート』
いつからそう呼ばれたのかは定かではない。
だが、それは恐ろしい由来とその名前に違わない治安の悪さがそこにあった。警官ですら立ち入りを嫌がる魔の空間がその場にあった。
イェーガーとウェルズはその空間を車両で移動した。
車両は装甲で覆われた軍用のものだった。そうでもしないと銃弾にやられるリスクが確実にあったからだった。緊急用の避難経路は両名とも頭に入れていたがそれでも移動には十分な手段が必要であった。
「わざわざ軍用車両をすまないね」
「気にするな。徒歩で行く方が危険だ」
「そういえば……そうだな」
「このデッド・ガールズ・ストリートだけは異世界だからな。この場所だけは……危険だ。さっきも警官らしき人たちが交代してこの通りの近辺を見回っていただろう?」
「たしかに……パトロールカーもうろついていた。それに装備もこころなしか重装備な気が……」
「ああ、万が一ということもある。注意しろ」
イェーガーは既に殺気立った様子で辺りを見回していた。
さすがにマリアを連れて行く訳には行かないのでイェーガーと外国語の素養もあるウェルズ、それと数人の軍人や警官を連れてこの辺りを捜索することになった。運転は従軍経験のある警官がやってくれている。
ある場所で装甲車両は止まる。
それはウェルズが見せられた紋章が旗としてなびく二階建ての事務所の前であった。外には機銃を構えているガーマ人の男が独特の威嚇の声を上げながらこちらを見ていた。
「……GGu……」
「そこの」
「なんだお前。GGuu……」
「グロロに話がある」
「兄貴は暇じゃねえ」
「会わせろ。二度は言わん」
「……死にてえか?」
殺気立ったガーマ人のチンピラ二人がイェーガーに飛びかかった。だが、すぐ叩きのめされてしまった。突進した二人の体を投げ飛ばし、冷静にイェーガーがその顔面を強打するだけで勝敗は決した。
「さて、いこう」
「……はぁ」
完全に気絶した若者を哀れに思うウェルズであったが、養子のヒビキの安全と街の平和、なにより創作活動に明け暮れる日々が恋しいウェルズにとってチンピラの心配をしている暇などなかった。
イェーガーがかろうじて意識のあったもう一方のガーマ人にグロロの居場所を聞き出すと彼は背後の建物の二階にいるということを聞き出せた。それを聞いたイェーガーは倒れていた男をスタンガンで気絶させて、軍人や警官のグループと共に拠点への突入を敢行した。
寂れた部屋。
酒の瓶が転がった部屋。
汚らしい廊下。
廃墟と呼ぶべき場所をいくつもいくつも経由した末、イェーガーたちは恐るべき事態に直面した。
「……アインだと?」
グロロのそばには髭の濃い紳士が露悪的な笑みをイェーガーたちに向けていた。グロロとアインが繋がっていた事は目の前の光景を見れば一目瞭然であった。
「全員動くな!」
イェーガーの怒号に合わせ、警官隊と軍人たちが拳銃を向けた。
グロロの部下たちと同時であった。
小説家と狙撃手。街の暗部に踏み込む。ガーマ人ギャングの幹部と対峙する二人は……。
次回もよろしくお願いします。




