第七章 第三十九話 警部補はバーにいる
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
ダニーは待っていた。
目的の人物は『ゴッデス』で会うという約束であった。時刻は午後6時ちょうど。
「……ご注文は?」
やや淡白な声色で女性バーテンダーが訪ねる。美人で物静かな人物だった。黒いポニーテールの髪が印象的だ。
「まだだ。注文は連れが言う」
「……そちらの方ですか?」
「いや。こいつじゃない。……今から来るツァーリン人だ」
「どんなお方ですか?」
「女性だ。それ以上は俺よりこいつが知っている」
ダニーはヌルの方を指差した。
「……店先の張り紙で存じていると思いますが……当店、未成年の方の飲酒はお断りしてます」
「分かってる。そもそも俺が許さん」
「……あなたは警官ですか?」
「ああ、現職のな。人と話をしたくてな」
「……なるほど……ではソフトドリンクのメニューを渡しておきます。……ごゆっくり」
淡々と職務と会話を済ませてバーテンダーは別の客の応対へと戻って行った。
「……やれやれだ。仕事で来たくなかったな」
「良いバーだろう?人と話をする時はここ選ぶ」
「お前は酒を飲めないだろう?というかお前は未成年だったのか?」
「レディに年齢を聞くのかい?」
「失礼したな。ならなぜここを?」
「雰囲気がいい。こう言う場所だと酒が好きな人物はぽろりと本音をね?」
「……淑女が酒で籠絡させるなおまえはァ……」
「すまない。職業柄ね、情報は大金になる」
「……やれやれ」
短い間の後、ダニーは古風な腕時計を見た。
午後六時四分。
中途半端な時刻だった。
ダニーは辺りを見渡す。人は少ない。自分たち以外には二人の客がいる程度だ。だが二分後にはその二人もいなくなった。ダニーが思うに彼らはこの辺りの人であった。顔に見覚えがあるがその程度だ。怪しいところは特にない。犯罪歴はダニーの記憶が正しければ二人とも皆無だと言えた。
「……」
「バーに来て黙りなんだね」
「仕事だからな。酒も飲まん」
「オフも?」
「それは秘密だ」
「ちぇー……」
ヌルは少女らしい受け答えの後、流れてきたソフトドリンクに口をつけた。柑橘系のジュースであったが、どんなジュースかはダニーにはよく分からなかった。
「ダニーも頼みなよ」
「いや、来てからにする」
「もう来てるよ」
「何!?」
ダニーは思わず辺りをさらに騒々しく見渡す。
出入り口に長い金髪の女性が立っていたことにそこでようやく気がついた。
「あら、ここは初めてかしら?」
「いえ、ここは私も来た事があります。ただ……」
「ただ……?」
「仕事で来るのは初めてで……なにぶん、ここは人と会うのには」
「使わないと言う事ね。……誠実そうな人ね。ヌル」
「そうだね。堅物だけどさ」
エリザベータとヌルは親しげに話していた。それは幼馴染の会話に似ていた。二人の間にはそれほどの親しさが確かに存在していて、両者の表情は柔らかい感情がうっすらと広がっていた。
「……どうかな?ゼクス」
「……尾行はいません」
何もない空間から霧状のものが現れた。霧は服を着た生き物となり、人の形をその場に作り出した。
霧が消え、屈強な男が現れる。
それはゼクスであった。
「……他の……ツヴァイとフュンフは?」
「留置所だ」
「……そう」
「だが、数日後には釈放されるだろう。ナンバーズは残念ながら無関係だ。それに有力な情報を得たからな。司法取引ということだ」
「ナンバーズの内部に他の勢力が干渉していたからでしょう?」
「そうだ。我々はその勢力を追っている。そのために使えるものは使いたい」
「RIDは納得しないでしょうね」
「だろうな。だがそれはここで気にする話題ではない」
ダニーは座り直してから発言した。
「問題は……アインとドライ。そして彼らと繋がりのある黒幕だ」
「……そうね。そして私はその黒幕に心当たりがある」
「!!」
ダニーは目の前の人物の言葉に心を引かれていた。驚愕の表情の後、食い入るように警官は彼女を見つめていた。
「どっちだ?」
ブラッドクロス党。あるいは、リセットソサエティか。
ダニーはどちらが黒幕かを聞き出そうと身を乗り出して言った。
この街を揺るがしたいくつもの事件。その真実は意外な形だった。
「共犯者は何人もいた。知ってか知らずかは置いておいても多くの集団がこの計画に関わった。ブラッドクロス残党。リセットソサエティ。……そんな連中と『ガールズ&エレメンツ』が関わるなんて不名誉だけどそれはナンバーズも同じだったわ。でもその全てを手引きしたのはある人物とある国家だった」
「それは……?」
「ノブ・ホソカワと神聖ガーマ帝国の残党ね」
ダニーはあまりにも壮大な真実に唖然としていた。
エリザベータは構わず言葉を続ける。
「正直、この街はマフィアなんていなくても混沌としているわ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。本来なら午前中のうちに大混乱に陥るはずだったの」
「誰がだ?」
「警察よ」
「……とりあえず全部話せ」
「いいわ。……そもそもこの計画は午前中だけで二つハプニングがあった。ヘルズ・キッチンの出没騒ぎ。それとアインがシャドウに発見された事。この二つがなければ順調にこの街はもっと大きな混乱に包まれていたはずだわ」
「あの料理狂いどもはともかく……バレッドナインが?」
「そう。これは完全に想定外だった。『あのブラックバード』が怒り狂って追尾してきたそうね。……どんな恨みを抱かれたのかしらないけど、自業自得ね。アインはここの人間を舐めすぎよ」
「ああ……アインの糞野郎はどうしようもない悪党だ。俺の部下と警官仲間を殺しやがったからな」
ダニーは冷静を保っていた。が、彼の表情が怒りのためか強く強張っていた。
「心中お察しするわ……だけど、彼らは無傷ではない。そこは大きな救いね」
「無傷じゃない?」
「そう……さっきも言ったけど『敵』の計画は狂ったの。アインの一体が失われてクローンたちは計画の変更を余儀なくされている。本来なら街の混乱に乗じて私の他にある人物を捕獲しようとしたの」
「ある人物……マリアか」
「そう。マリア・シュタウフェンベルグ。彼女はSIAの総司令であるレオハルトの妻。彼女が普通の女だったら計画は成されていたわね」
「…………ボクササイズを嗜むメタアクターだったのは想定外だろうな」
「ええ。マリア女史の戦闘力は完全に想定外だったみたいね。拳闘と特殊能力の合わせ技による自衛は敵の計画を完全に混乱させたみたいね」
「メタアクトと言えば……カズマ・L・リンクスを誘拐し爆弾自動車に閉じ込めたのも?」
「そう。天敵たるシンに残虐な悲劇を与え、同時にシンの戦力を削ぐ狙いもあった。爆弾だから巻き込まれて死傷者が増えることも想定していたみたいね。結果は『お察し』だけど」
「ナンバーズはどこまで知っていた?」
「ほとんど知らない状態ね。組織の敵がいるとだけ」
ヌルがニヒルな笑みを浮かべる。自嘲の意味合いもあるのか、ため息も同時についていた。少女がリーザの方に視線を向ける。リーザは再び口を開いた。
「つまり真相はこうなる。ノブと不愉快な仲間たちはナンバーズとガールズ&エレメンツとバレッドナインを引っ掻き回した。特に私のガールズ&エレメンツとヌルのナンバーズは仲間面していたらいつの間にか嵌められていたということね。我々は『被害者』よ」
こうしてダニーにも全ての真実を知る事が出来た。
病院でのバレッドナインの襲撃や爆発は『カズの殺害』が目的で、それ以外の事件はレオハルトの妻『マリアを攫うか殺害する事』でSIAを撹乱させ、それに乗じてSIA本部か衛星管理センターへの襲撃を敢行する目的があったと考えられる。
「……だけど。一つ納得がいかない事がある」
「なんだ?」
「今さっき連絡があったんだけど……ウェルズ先生がついさっき襲撃されたみたいよ。撃退したけど」
「なんだと……?しかも……撃退?」
ダニーは大混乱に陥ったが次の言葉ですぐに納得する事になった」
「あら?先生の養子はかなりの狂犬作家だって有名よ」
「……ああ、ヒビキか……よりにもよって、ハードボイルドで変わり者の…………」
警察内部でもヒビキの小説のファンは多くいた。それと同時に厄介者呼ばわりするものも少なくなかった。良くも悪くもこのことが彼女の真実を示していた。
「だとすれば……なぜヒビキを?」
「彼女も先生の子でしょう?養子だけど」
「……まさか、……何かを知ってしまったのか?」
「そういうこと。それしかないでしょ?」
好奇心は猫をも殺すとは言うが、彼女は死神に愛される程死に近づく事が少なくなかった。それは彼女の創作の源泉であったが、あらゆる危険の源泉でもあった。
「……まとめよう。ナンバーズは利用されていた。真の敵はライコフもどきと不愉快な仲間たちであって、そいつらはエレメンツのハッキングやらを利用してこの国を崩壊させ、ついでにシンたちも苦しめようとしていると……」
「その認識で間違いないわ」
「さて肝心の居場所だが……」
「ええ……知っているわ。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「厄介な場所なのよね」
「どうせ今までの話の流れからガーマ人とかの……」
「そうよ」
「……ああくそ」
ガーマ人のグループは警察で常にマークしていたが、彼らは厄介だった。今となってはガーマ人の大多数は過去の栄光を捨て堅実に生きる道を選んでいたが、一部の暴力的で選民意識の強いグループがマフィアとして近隣の危害を加えることが警察でも問題となっていた。
結束、凶暴性、装備の潤沢さ。
どれをとっても他の勢力に引けを取らないものであった。
「なら、あなたはノブやガーマ人と何をしていたのだ?ヒビキは一体何を知っている?」
「あえていうなら……仕事ね。もっとも……小規模なテロとかが関の山だと思っていたわ。どんなに悪く見積もっていてもね……」
「なぜだ……あなた程の技術屋が……」
「……弟を救いたかったの」
「弟?」
「彼は悩んでいた。起業したけど自分たちの技術を活かす場所がないって……私も彼もそこをつけ込まれたわ……馬鹿みたいでしょう?」
「……いや、自分がその立場なら……」
「……リーザ」
ヌルが珍しく暗い表情を浮かべていた。
そして、ダニーにも人ごとだとは思えなかった。この街は栄光の光で満ちているが、同時に孤独と挫折の影も多く隠れていた。長い警官としての経験からダニーはその事を痛感していたのだった。
時は進み、日が沈んだ。街は夜の顔を覗かせる。闇と共に事件は更なる恐怖を引き連れる。
次回もよろしくお願いします




