第七章 第三十七話 追跡
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
ノブヤ・ホソカワ。
スタドニクがシンから手渡された写真にはアズマ人が写っていた。
一見すると紳士服を着用した糸目の男に過ぎなかったが、スタドニクはそれを見て完全に青ざめていた。
そして、そのアズマ人はある小国にて恐るべき人体実験に関わった戦争犯罪者でもあった。
「どうして……この人が……」
「知っているな?」
「え、ええ……彼は最近、姉と知り合いで……」
「姉だと?」
「……最近はお互いに忙しかったので、あまり食事も共に出来なかったのでしたが……俺には姉がおります……」
「名前は?」
「エリザベータ。エリザヴェータ・スタドニクです。知り合いや僕は『リーザ』と呼んでいます」
「リーザ?」
カズが頭を掻いてシンに説明した。
「ツァーリンの方だとエリザヴェータって名前はリーザとかリズーシャって呼ぶのが一般的だ。いわゆる愛称だ。僕もみんなからカズって呼ばれているようなものだよ」
「なるほど……にしても、リーザか。ややこしいな」
ジャックがシンの言葉に同調する。
「まあ、俺も向こうで仕事したときは同じ事思っていたな。いかんせん言葉が違う」
「にしても意外な形で見つけたな……ノブは」
シンが周りの仲間の様子を見て戦いの予感を感じていた。
アディとジャックは平常心と保っているが目つきが戦闘に向かう覚悟を帯びていた。ルイーザは拳銃を弄っていた。彼女は緊張すると拳銃に触れる癖があった。ユキはヒューイの画面を見ていた。
ヒューイがウィットに富んだ発言をする。
「ようやくノブが牢屋に入る時が来たようだ。丁重に持て成すとしよう」
「それで済みゃ良いんだがなあ……」
ジャックが苦虫を噛み潰した顔で俯く。
「ノブがいる事は分かる。狙いも分かった。だが、肝心の場所が分からん」
「ああ……それですが……」
バレッドナインとユダの面々がアレックの方を向く。
「思い当たる節が?」
モリ・ダンが彼に問いかける。
「ええ……まあ……」
「どこだ」
シンが彼に問いかける。歯切れが悪い返答に全員が焦らされる。
意を決してスタドニクは言った。
「……風俗店……だと思います。それも……マニアックな感じの……」
「……」
「……」
「……」
「……サイトウを思い出すな……」
シンの言葉だけがその場に響く。サイトウ・コウジ。SIAの局員の一人だ。シンにとっては彼の変態趣味とそれによるドタバタ騒ぎには辟易する事もあったが、かけがえのない戦友の一人として彼を記憶していた。
『モンスターハウス』とも称されるSIAの変わり者筆頭で、女好きのエースパイロット『ジョルジョ・ジョアッキーノ』とは旧来の友であった。サイトウは彼と並んで面倒ごとや騒動の数も多い。だが、その分二人は戦果の数も非常に多かった。
特にサイトウとは得意分野が似通っている事や、互いに非メタアクト能力者でありながら、メタアクターと対等以上に戦う存在であることや、人の痛みを繊細に感じ取る一面がある点で共感し合う中でもあったことから、公私ともに仲は良く、オフの日は馴染みのバーで飲みに行く時や、鍛錬の相手をすることも良くあった。
「違いもある。サイトウはなんだかんだ気の良い兄ちゃんだが、ヤツは変態な上に糞野郎でもあるということだ」
「……最悪な組み合わせだな」
ジャックの発言にドウミョウが苦々しく返事する。
「ええっと……」
「ハヤタ。お前はそのままでいい。この件に関してはな」
困惑するハヤタにシンは久しぶりに優しく忠告の態度を示していた。
「お前が俺に優しいのは久しぶりだな……」
「……お前が、人間の理解が出来ていれば今もそうだったがな……」
「…………正直すまないとは思ってるよ……」
「……」
「……だからさ」
「なんだ?」
「俺はどうすれば良い?いくのか……その……フーゾクだかカイゾクだかに……」
「やめろ。俺が突入するから指示するまで待機だ。未成年組もお前も」
「う……むむ……」
赤面しながら鼻血を出して困惑するハヤタにシンは冷徹に待ったをかけた。待機という言葉を聞いた瞬間、ハヤタはがっくりと俯いた。
「おい」
「へ?」
「後ろ」
「……」
ハヤタが振り向く。
おそるおそる。
殺気に似た冷気がハヤタの背筋を撫でていた。シンはその正体を知っていたが敢えて具体的な発言は避けた。ハヤタへの反省を促す狙いがあった。
ハヤタは完全に振り向くと、さっきまでの自分の発言がいかに迂闊であったかを悟る羽目になった。
相方のエリ・キャッスルが般若の形相で彼を睨みつけていた。
「お前は懲りろ。一度と言わずに何度も」
「鬼だ……お前は鬼だよ、シン」
「マリンの件といい……反省が必要だ。愚か者が」
「だってぇぇ……」
シンと言い合っていたハヤタにエリは一声。
「ハヤタくぅん?」
「ひぇ……」
『鋼鉄の正義漢』と呼ばれている青年はこうして自分の相方にずるずると引きずられて恐ろしい制裁を受ける事になった。それを後目にシンは仲間やユダの面々と作戦会議に入る。
こころなしかユダの面々の顔はどこか血の気が引いていた。
時折、彼の情けない悲鳴が木霊する。
「さて、浮気とエロスにウツツを抜かす『自称正義の味方』の処分は有能な彼女に一任するとして……ジャック、悪党兼変態の捜索はどういう方法がいい?」
「……候補の数によるな。スタドニク?」
「……うーん……三カ所はあるだろうね。彼が他の店に行かなければだけどね……」
「……なるほど。それなら分担すればどうにかなるわね……」
アディが横から提案した。
「にしても三箇所か……いるのはそのうちの一つで間違えないか?」
「それなら大丈夫だと思う。ひいきの店だから、どこかに行くとは思う」
「ユキ」
「……気が進まないけどヒューイと分担すれば彼の予約情報が分かると思う。店内ランキング上位の子の出勤情報とかを解析してみるわ」
「助かる」
「まあ、相手が相手だから骨が折れるかもね」
「マフィアの息がかかっているかもしれないからな。十分注意しろ」
「分かった。……といっても変なミスしなければ問題ないわね」
「まあな。期待している」
「ありがと。期待してて」
マリアはすっと息を吐いた後、にこやかな笑みをシンに向けた。それは彼女の素の笑みであると同時にハッカーとしての自身が明確に現れていた。
それを見たシンは安堵し、情報関連の任務を任せる。
笑顔を示したユキは誰よりも強かった。武力ではなく心が。精神的に万全な時のユキは明晰な頭脳を発揮するのに最適な状態にあった。
「作戦は二段構えだ。スタドニクを狙う組織とノブは繋がっている。仲間だと考えて間違えはないだろう。そして彼はこの街にいる。だからユキたちの情報解析部隊と実働隊に分ける。そして実働隊も場所ごとに三つに分ける。三カ所のどこかにノブが出現するから、見かけたらしばらく敵を油断したタイミングで確保する。それまではじっと待機だ。都市戦に適した装備の準備に移ろう」
「ロメオ、ちょっといいかな?」
ルイーザが声をかけた。コードネームでシンに呼びかける。
「なんだ?」
「実弾は必要?」
「場合による。交戦の可能性は高いから小型の火器の所持は許可する。使用に関しては追って指示する。無論、自衛のための使用はその限りではない」
「了解」
作戦概要がまとまったところでシンはスタドニクに聞く。
「さて、スタドニク。いくつか質問がある」
「……あまり多くは知りませんよ」
「だろうな。だが、重要な質問だ」
「……」
「……この画像の糸目。ノブ・ホソカワがどういう経歴かは知っていたか?」
「いいえ。彼は元メディア関連の人間だと……」
「現在の職業については聞いた事は?」
「いいえ。聞こうとはしましたが……後進国で働いているということしか……」
「名刺はもらったか?」
「ええ……ここに……」
スタドニクはシンにもらった名刺を見せる。
アイビスタン王国・政府系コンサルタント。
ノブ・ホソカワ。女の子とのおしゃべり大好きです!
短い厚紙には大きく明るい字でそう書かれた表面と、いくつかの連絡先が書かれた裏面があった。
「……ユキ」
「分かってる」
音声を別人に偽装してノブの事務所にユキは連絡を取った。だが、事務員の一人が言うには今日一日は不在だと言う。なんでも今日はヴィクトリア市内でプライベートの約束があると言っていた。ユキは丁寧にお礼を言った後、その場で通話を切った。
「……今日『遊び』に出かけるだって」
「そうか……なら……」
シンがヒューイに今日一日の街頭監視カメラの画像を追跡させる。その過程で政府系のサーバーにいくつか侵入する必要があったが、ユキとAIであるヒューイの力で容易に行動記録を割り出した。
「……ここまでか」
「どうした?」
ジャックがシンに問いかける。
「良いニュースがある。さっき実働隊を三つに分けると言ったが、二つで済みそうだ」
「悪いニュースは?」
「……二つの店のどっちかに彼がいる。しかも両方マフィアの息がかかっている」
「どうして分かった?」
「ローカルな監視カメラの映像でノブとみられる男が移動しているのを確認した。……取り巻きみたいな男も連れてだ」
「偽装の可能性は?」
「所有者の違うカメラの映像をすべて精査した。偽装の可能性は低いと判断できる」
「なら……映像はシロと……」
「ああ……」
ユダとバレッドナインは腹をくくった表情をしていた。モリ・ダンとイシカワ・ソウイチロウの二人は得物の調子を確認していた。
それはバレッドナインも同じである。ルイーザは愛用の拳銃の調子と予備の弾薬の数を確認する。ジャックは散弾銃。アディもさすがにメタアクトだけでは分が悪いと判断したのか拳銃と短機関銃をチェックしていた。カズだけは殺生を嫌い自分のメタアクトを発動しやすく準備運動をしている。
シンもサカモト司令からもらった『ベレトM93』のチェックをした。弾数はそろそろ心許ない。粒子式のカードリッジも十人程度の相手がせいぜいの弾数まで減っていた。シンの技術なら多くの人数を倒す程の射撃精度はあるが、戦場で楽観的な観測は厳禁だった。威嚇射撃のために弾数を減らす必要があるかもしれない。不測な敵との会敵もあり得た。
シンには弾薬の補充と短機関銃のような新たな武器が必要だった。
おぞましい敵の行方と混沌とする街。バレッドナインは徐々に真実へと……。
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