第七章 第三十六話 インターセプト
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
ついさっきはレオハルトに翻弄されていたエージェントたちとはいえ、彼らも手練れであった。マリアも決して弱い人間ではないが、殺しの場数は二人の方が有利であった。頭数こそ、ペニーワースとイェーガーの二人がいるから有利ではあるが、メタアクターであることが予想される人物である以上油断は出来なかった。
「……」
イェーガーは慎重に間合いを計っていた。ペニーワースやマリアもそれに合わせる。拳銃を所持しているイェーガーがそばにいるのがマリアにとってとても心強く思える。
「…………」
持っている拳銃は古い型の名銃だった。レオハルトが言っていた拳銃の知識をマリアは必死に思い返す。
コルド・オフィサーM二八〇。
第三次銀河大戦で活躍した傑作粒子拳銃であった。湿地や砂漠でも作動する信頼性や頑丈さ、マンストッピングパワーのある粒子銃弾の出力から現在でも多くの愛用者が存在する。
それはイェーガーの慎重さが現れていることの根拠でもあった。
常に作動する。その一点のみを考えた選択。それでいて頑丈。拳銃と言う武器の性質上、隠密性と閉所での取り回しに優れている。
イェーガーは最善の武器を手に敵を見据える。
敵は二人。
「……」
「……」
敵の大きな動きはない。
イェーガーや二人が敵を注視する。敵は二人。
「……ぐぅ……ぐるるぅおぉぉぉお……」
唐突に敵の一人が悶える。
腕を滅茶苦茶にねじり動かした後、彼は人間の姿を捨てる。服と共に彼は人間の皮膚を脱ぎ捨てる。それは獣人という言葉がふさわしい存在であった。彼は狼と人の特徴を持ちもう一対の獣の耳と共に顔の構造も獣の形へと変貌した。人の皮膚の下には毛で覆われた体が存在し手や足の爪や歯も猛犬や狼のそれへと変異を遂げていた。
もう一方の男も服を脱ぎ捨てると体からいくつもの機械腕が伸びる。それらは先端が銃口となっていて、粒子弾を撃ちだせる構造である事をイェーガーは推察できた。
「メタアクター……と、片方は改造人間かしら?」
「ご明察だ。降伏しろ」
「出来ない相談ね」
敵の手の内を理解したマリアとペニーワースは臨戦態勢を整える。マリアは細胞の代謝を活性化させ攻撃の準備を整える。ペニーワースもまた、隠し持っていた小型拳銃を構え、じっと敵を見据える。その迫力と底の知れなさはイェーガー以上であった。
「ぐるぉぉ……」
「やれやれですな。荒事の心得はいくらかありますがね……」
機械腕はマリアを人狼はペニーワースとイェーガーを狙った。
機械の方がマリアに照準を定めるとマリアはタイミングをずらして回避する。
「殺すつもりはない」
「さもなければあなたが死んでいるわ」
マリアがそう言って敵の腕の一つを破壊する。機械の部品や小さなボルトが辺りに散らばる。
「腕はまだある!」
分解された腕の一本から電流が走っていた。それをスタンガンのようにしてマリアに押し付けようとした。だがマリアの俊敏なジャブが無数の腕と粒子弾を迎撃する。
打撃。
そして、連撃。
無数の風切り音が機械の腕を、触手のような銃口を刈り取っていた。金属の千切れる悲鳴と共に無数の連打が敵の勢いを削ぎ落としていた。マリアのメタアクトは『エネルギーの入力』。マリアは自身に運動エネルギーを付加し、弾丸はそれと同等以上の衝撃と熱を加える。相殺された弾丸はその場で光を失い霧散する。加速された身体能力から放たれる熱の拳は攻守一体の技術となって機械男を少しずつ削り落としてゆく。
レオハルトの『加速』と比べると速度と持久性の面で劣るが、火力の面ではマリアが優れていた。なぜならば、レオハルトの攻撃手段は超高速で繰り出す軍隊格闘や持っている業物の刀や軍刀などの斬撃がメインになる。
それに対してマリアは、素手だけで装甲車を全壊に追い込むジャブを放つ事が出来た。メタアクトの性質により一撃がそのまま致命傷にすらなる事がマリアの強みである。
敵は腕をパージする。すなわち切り離す事で致命傷を回避する事が出来た。それは幸いであったが、同時に不幸でもあった。
敵が銃などで武装したところでフェアにしかならなかったのである。
マリアの拳は銃で武装した男と対等に渡り合う能力が備わっていた。
最初こそ敵の方が手数で押していたが、時間が経てば経つ程にマリアに状況が味方した。マリアの能力によって敵は段々と手数を失っていた。
金属の砕ける悲鳴のような音と共に敵は追い詰められていた。
「くそ……どういうことだ……!?」
「あら?さっきの威勢はお忘れですか?」
「ぬぅぅ……」
破けたスーツから機械の腕が三十本は生えていたが、マリアによって半数以上が壊されていた。
残りは十四本。
マリアは完全に無傷であった。
軽く汗を流しているだけだ。長い茶髪がマリアの足さばきに合わせて揺れる。拳闘の構えでマリアは軽快に敵を翻弄していた。マリアだけ見ると軽いボクササイズをしているように見えたが、相手をしている彼は完全にへばっていた。それほど状況に開きがあった。
唐突に彼は呼吸を整え始める。
「オーケーオーケー、話し合おう……な!」
不意に彼は背中からナイフを取り出した。マリアは冷静に叩き落としたがそれはブラフだった。マリアがナイフの迎撃した瞬間である。
本命の攻撃がマリアを襲った。
それは僅かな隙を拭った攻撃だ。攻撃と呼ぶには常人にはやんわりとした動作に見える。
指の僅かな動き。
スプレー缶だった。
力づくでマリアは腕を二つ攻撃した。だが、マリアはその直後に振るった腕に違和感を覚えた。破壊した敵の腕が固かったかのような触覚的な違和感。いくらか判断が遅れたがマリアはその正体を悟った。
細胞抑制剤。
ナノマシンによる散布。
それはマリアが一転して危険になることを意味していた。
「……まだ、腕は十二本……これは有利だ」
敵は余裕の笑みを浮かべる。
だが、マリアはリラックスした様子を見せた。
「……あなたは根本的に誤解しているようね」
「うん……?」
「あなたは……私を殺せない」
敵はマリアの意図を理解できずにいた。否、理解したときは『手遅れ』であった。そうとも知らず彼は攻撃しようと五つ銃口型とスプレーから銃に持ち替えた腕を向けた。
火花。
そして爆ぜた。根元から。
マリアのエネルギーは時間をかけて流し込まれていた。相手がプロであることはマリアも理解していた。だから綿密かつ慎重に相手を無力化していた。
相手の腕は片方が三本。もう一方はゼロ。
敵の攻撃可能な領域に死角が生まれる。敵はかろうじて片方を守った。瞬時に利き腕一本と補助の腕二本、あとは『手遅れ』であった。
「……」
「……」
互いに大詰め。最後の一瞬である。
マリアが左右に体を動かす。拳闘の構え。
複腕だった男は静止しながらマリアをつぶさに観察する。
そこには開拓期映画のガンマンが早撃ちの勝負をするかのような不気味な静けさがあった。
「お嬢さん。銃を貸してあげようか?」
「素手に負けるのが怖いのかしら?」
「……試してやろう」
その後、両者は黙る。
沈黙。
静寂。
静まり返った空間に二人は最後の出方を待った。
「……」
「……」
無音の空間で二人は互いの心理を読み合った。
端から見るとただ静止しているように見える。だが互いに読み合いの末に敢えて動かない事を選んでいるに過ぎなかった。
一瞬の隙が命取り。その言葉がマリアの脳裏を掠める。それは敵の方も同じなようで相手の表情に油断や余裕の色は完全に消えていた。
沈黙。
静寂。
静まり返った空間で二人は互いを観察する。
先にしかけたのは……。
「!」
複腕の男だった。
男がマリアを射抜こうと腕を構えた。
マリアは俊敏に動いた。手刀だった。死角から放たれるメタアクトの手刀は範囲にある全てを両断する。
カシュッ。
何かが両断された音が響くと金属の腕が綺麗に切断されていた。
抑制剤の制御を超えてマリアのメタアクトは僅かに発現していた。
「馬鹿な……」
もし両断されたのがメインの腕だけなら男が勝っていた。
細胞抑制剤で能力の大きな制限を受けていたが、メタアクトは限定的に発動していた。時間が経ったことで、能力を抑えるナノマシンの呪縛を越えた手刀の熱は銃を持った腕だけでなく補助腕の接続すら断ち切っていた。
男は膝から崩れ落ちる。もはや戦意はなかった。
そして時同じくしてイェーガーたちも人狼の男に勝利していた。
「どうやって勝ったの?」
「動きが単調なんだよ」
イェーガーの台詞が全てを物語っていた。その証拠に人狼の黒服は両足を精密に射貫かれていた。
「がが……ぁぁ……」
痛みの余り、狼男は悶絶していた。
イェーガーの持っていた拳銃は熱を放っていた。少なすぎる弾痕と敵の両足の負傷が格の違いを物語っていた。
「……何度も思うけど、……イェーガー君はヤバいわね……」
『ヤバい』というマリアの言葉には尊敬と恐怖が綯い交ぜになっていた。僅かな弾数で俊敏かつ強力な敵を制圧するイェーガーの技量は敵を遥かに上回っていた。敵は強力なメタアクトと地道な訓練によって高水準の戦闘能力を持っていた事は疑い余地はない。
だが、イェーガーはただの人間であるにもかかわらず、純粋な射撃だけでメタアクターに勝利していた。傍らには戦闘力に優れたペニーワースもいたが、勝利の鍵はイェーガーにあった。
そしてレオハルトもRIDのサウスとの戦闘に勝利していた。
「どうやら、今回も我々の勝ちだったようだ」
だがサウスはニヤニヤとした笑いを消す事はなかった。
「あっははは……負けちゃいましたか……」
「狙いはなんだ?」
レオハルトはシンプルに問いかける。
「当然……マリア殿の保護ですよ。力づくでの行使は望んでいませんでしたし……」
「正直……信じられないな」
「でしょうね……でも、それは本当ですよ。あ、あとあと、ナンバーズの手がかりも欲しかったですね……とっても『重要な人物』への手がかりかと思ってましてね……」
「手がかり?」
「あるハッカーですよ……名前は確か……『エリザヴェータ・スタドニク』でしたっけ?」
とぼけた様子でサウスは話を続けた。サウスの不敵な眼がマリアを見つめる。それはスタドニクの姉が抱える重大な過去のことだった。
エリザベータの過去はあまりにも衝撃的だった。二人にとっても。
戦いの後、二人はスタドニクの過去を垣間見る。
次回もよろしくお願いします。




