第七章 第三十五話 ダニーとヌル
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
人気の少ない場所を移して、ダニーとアッカーマンはヌルに出会った。
ヌルのそばには屋上にいたゼクスも伴っていた。
「お前の能力は便利だな。……ゼクスだっけか?」
「そうだ」
ゼクスはただ短くそう答えた。
「……それで……ヌル。お前は何歳だ?」
「失礼な警官もいたものだ」
「若く見えたんでな。十五歳ぐらいか?」
「……コメントは控えておこう。今は何も関係はないからな」
「すまないね。警官のサガというやつは厄介でな。細かい事が気になって仕方ない」
「何とも厄介だ」
「職業病ってヤツだ。仕事をするなら理解は出来るだろう?」
「たしかにな……私にも癖と言うヤツはある」
「ほお……どんな?」
「街を歩く時背後に意識するな。後は……電話のやり取りに異様になれていると言われている時がある」
「同級生から?」
「おっと、誘導が上手いな……『知人』だ。知人は学生だからそう言っていたな」
「……『知人』ねぇ」
自分に関わることをかたくなに言わない癖をダニーは敏感に感じていた。裏社会の大物と会話をするような緊張感をダニーは再認識していた。同時に目の前の少女が見た目や年齢の割に世の中に慣れている相手だとも痛感する。
厄介。ダニーの脳裏にその言葉が浮かぶ。
ダニーがこの言葉を思い浮かべる人物はほんの一握りであった。
しかも、その中でも上位の存在となると彼は確信する。
「さて単刀直入に表現すると。私と私の軍団はあなた方警察に協力する。もちろん一時的だが」
「その理由は?」
「当然、アインとドライだ。彼らを無力化する事と、今回の件は我々の落ち度であり、我々の手で解決すべき案件からだ」
「ほう……」
「彼らの理念と我々『ナンバーズ』の方針は一致しない。そればかりか理不尽な離反までする彼らに失望している。早急に制裁を加え反撃の隙を与えたくない。……そのためならあらゆる手段は選ばない」
「だから警察に協力すると?」
「本来ならありえない事だが、緊急事態であり共通の敵を潰すチャンスだということだ。それに警察の手で裁かれれば我々の労力は比較的軽く済む。いい話だと僕は思ったのだがね」
少女がため息をつきつつダニーの方を見た。
「それでお前たちの全てを見逃す訳ではない……だが……」
一拍置いてから、ダニーはヌルの目を見た。
「共通の敵なのは事実だ。なによりこの街の危機だからな」
「なら交渉成立ね」
「ああ、そういうことだ。司法取引ならちょうど良い検察官を紹介してやる」
「ありがとうね。『午後6時10分、ゴッデスにむかえ』よ。予定通りにね」
「わかった……うん?」
「あら疑問が?」
「……ヌル。お前はゴッデスで出会うつもりだったのではないか?俺はそのつもりでいた。なら今話してもいいだろう?」
「うーん……ちょっと誤解があるみたいだからヒントを言ってあげるわ」
「ヒント?」
「重要人物は来るよ。でも僕ではないね」
「お前じゃない?」
「そうだ。僕じゃない」
少女はいたずらっぽく笑ってそう言った。
「そもそもフュンフとツヴァイはそちらの手の内。フィーアにいたっては死んでいる。この状況自体が色々と想定外だよ。あ、ゼクスはそっちの黒服のことだよ。彼は知っている?」
「数字だけ言われても分からん」
「あー……簡単に言えば、0、2、5、6がナンバーズで、1と3は裏切り者。その裏切り者のせいで本来のナンバーズは仕事が全く出来ない。自分たちの事で精一杯。わかる?」
「なるほど。悪巧みの余地はないと」
「うんうん。分かってもらえて何よりだ」
「それで……重要人物とは?」
「結構複雑な人物でね……エレメント商会。聞いた事ある」
「ある。今は待機してもらっているが知り合いがその関係者だ」
「なら話が速いね。この街出身の最古参の一人が君に会いたがっているよ」
「最古参?それはおもしろいな……」
ダニーはこの街で暮らして長い身であった。それだけにその『最古参』が誰かがとても気になった。
「……そう言えば君はこの街出身?」
「そうだ」
「ならちょっと驚くかもね。彼女はあのマリア・シュタウフェンベルグとも知り合いだしね」
「む……想像がつかない人物のようだな……さすがにヒントをくれ」
「強欲だね……まあ、警官だから仕方ないか」
「もったいぶるな。教えろ」
「ああ……彼女は『エリザヴェータ・スタドニク』。エレメント商会の現取締役の一人だ。……ああ、驚いているだろうね。アレックの姉でもあるからね」
「それは……なんというか……まさかスタドニクの名前を聞くとはな……」
「しかも意外な形でしょうからね」
「で、『でしょう』もなにも……意外だ」
「やはりね。僕の予想通りだ。ただ、……彼の兄弟姉妹はいないなんて一言も言っていないはずだけども?」
「チッ……それ言われちゃあ弱いな……確かに……」
わずかに勝ち誇ったような笑みを浮かべながらヌルは話を続けた。
「さて、彼女のことは我々でも調べてみたけど、分かっている情報だけでもとんでもない人物だと判明している」
「お前らのような裏の人間でもか?」
「そうだよ。これは見た事はない。今まで生きてきてこんな人物は見た事はないな」
「お前さんは若造だろうに……」
「否定はしないがこんな人物は見た事があるのか?」
「人物によるな」
「分かった。なら聞かせてあげる。この人物はエンジニアね。表向きは。だけれど彼女は凄腕のハッカーよ。それこそ銀河のトップ10に入るくらいの」
「……失礼。その時点で見た事ない」
「素直でよろしい。さて刑事さん?これで驚くようではこの先が不安だよ?」
「どう不安なんだ?」
「心臓マヒで死ぬかも?」
「死なないから続けろ」
「ほう……彼女は人脈が広い。それこそ秘密結社と関わりがあるくらいにね」
「何!?秘密結社って……どうせ同好会とか……」
「ブラッドクロス党」
「ぶぶふぉ!?」
真っ黒なビックネームにダニーは思わず吹き出した。
ブラッドクロス党。
『血十字党』とも呼ばれる彼らはメタアクターと改造人間で構成された犯罪組織である。彼らは証拠隠蔽能力に優れ、『世界の統一と安定のため』に脅迫や殺人などの重犯罪も辞さない狂気の戦闘集団であった。彼らは文字通りの『悪の秘密結社』であった。総統と四人の大幹部を中心に構成された組織で大幹部の下には幹部を中心としたチームがいくつか存在した。だが何年か前にある人物の死闘と、レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ率いるSIAの尽力によって事実上の壊滅を迎えていた。
現在、大幹部が二人と総統が既に死亡し、残りの二人も行方不明で、あらゆる政府系の捜査機関がその行方を追っていた。
DRIもその幹部を追っていた。なぜならば幹部の一人は元々ある麻薬カルテルの頭目であり、DRIにとっては最重要の標的と言える人物だったからだ。その人物の死亡はまだ確認されていない。
「どういう繋がり何だ?彼女は?」
「簡単に言うと外部の業者ね。仕事を通して当時の総統と関わりがあったみたいね」
「……衝撃的だな」
「でしょう?彼女は元々ヴィクトリア市で育った事もあって、かなり重宝されていたみたいね。……まあ、ある人物の影響である時期から関わりを断っていたようだけれども……」
「ある人物?」
「マリア。マリア・シュタウフェンベルグ」
「……あのマリアか」
ダニーはマリアの顔を思い浮かべる。明朗快活を地で行く女性。朗らかで太陽のように明るい笑顔と優しい言葉が印象的な美人で街の人気者。お節介で世話焼きで料理好きのお転婆娘。憎みきれないお調子者でもあった彼女とはダニーとは家族ぐるみで仲が良かった。
スタドニク。
ブラッドクロス党。
マリア。
繋がるはずのない点が線となりかけていた。ダニーは質問する。それは一見すると大胆な言葉だが、ヌルになにも悟らせまいとする思考が確かに存在していた。
「……ヌル」
「なんだい?」
「質問してもいいか?」
「ああ。いいよ」
「ありがとう」
「お礼なんて珍しい」
「やめろ。矢がふるとでも」
「正解」
「やれやれだ」
「それで質問は?」
「……どんな仕事をした?」
「仕事?」
「エリザヴェータの仕事だ」
「……へえ?」
ヌルはにやりと笑った。
「……ねえ。刑事さん?君は何を聞こうとしているかな?」
「相手の仕事がどんなものかを聞くのは当然だろう?他意はないぞ」
「他に聞く事はあるんじゃないの?」
「例えば?」
「姉の方のスタドニクは今回のテロに関与しているのかとか。アインとは関わりがあったのかとか、ハッカーなら活動の目的はなんだとか……」
「まあな。だが、俺の警官としての経験がこうも言っていたんだ。情報は普通の聞き方からは得られない事もあるとな。常識は従うものだが、人生においては時に逆らうべきときもあるんだろうなって思っただけだ」
「ほう……それは気が合うね」
「もっとも俺は警官で、お前はルール無用のアウトローであることが問題だがな」
「そうかな?僕はこれでも守るべきルールは守るよ。破るべきは破るけど」
「破るな。俺たちの街で犯罪は許さん」
「さて、本題に戻すとスタドニクは裏切り者たちが今一番抑えたい重要人物だ。スタドニクを抑えれば彼らの作戦は飛躍的に進行する。アインもドライもハッキングに関しては専門外だ。彼女を抑えればアンチコメットを無力化がより安易なものになる」
「なるほどな……外部から制御系統を……」
「そそ、でも我々ナンバーズは人を殺したい訳じゃない。我々の顧客はどこにでもいる。この街にもね。我々は仕事でいろんな街を見てきたけどこの街の雰囲気は悪くない。多くの人がいて開放的で、人種や種族がサラダボウルのように混ざっている。さまざまな文化があってそれでいて自由だ。だから我々はよその街でも仕事はするが、この街は格別の思い入れがある」
「……法に触れなきゃウエルカムなんだがな……」
「すまないね。僕の顧客も事情が色々でさ」
「言い訳にならないぞ」
「それより時刻」
「……もう五時か」
ビルの谷間に夕日が赤々と光る。この街の表情は昼や夕方や夜、深夜と顔を変える。ヴィクトリアという街の繊細で複雑な一面であった。
「……スタドニクはある仕事を断ったそうだ」
「どんなだ?」
「……SIAと共和国軍基地、そして衛星管理センターのサーバーだ」
「なぜ?」
「敵の作戦がそうだろう?」
夜と共に『流星』の恐怖が迫っていた。
夜が迫る。
次回もよろしくお願いします




