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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第三十四話 好奇心と闘争

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

ウェルズと襲撃者たちの戦闘は静かに始まった。

ウェルズは忍び寄る。銃声に紛れ姿を慎重に隠しながら敵の背後に迫る。ウェルズのメタアクトは支配。触れた生物に命令できる。好奇心おう盛なウェルズにぴったりの能力であった。そしてその能力は危機を回避する能力としても有用であった。敵に触れさえすれば無力化は容易い。だが便利な能力と言う者はそれ相応のデメリットもあった。

まず第一に『命令は具体的な指示であること』が求められる。曖昧な指示だと暗示が途中で解ける危険性があった。

次に『はっきりした音声で命令する必要があったこと』が問題であった。声に出す。その行為はそれ自体が敵に自分の位置を悟られる危険があった。銃声とかでいくらかは遮られるが、それでも銃声の合間で発生すれば敵に感づかれるリスクはあった。

そして、『敵に触れる必要があること』これが一番の問題であった。

敵は誰一人の例外なく銃を所持しており、しかも銃撃を現在進行形で行なっている。

近づくのも危険なのに触れるというリスクを犯さないといけない。

それでもウェルズはその能力で相手を完全に支配する事ができるというメリットがあった。

「……あいつか」

ウェルズは一人の敵に視線を向ける。

機関銃をもつ敵に注意が向く。

散弾銃を持つ敵も気になるが、弾数という手数を考えれば彼を狙うのは定石であった。

ウェルズは敵に近寄る。幸いにもショットガンの敵は校舎の方に注意が向いていて背後は仲間に任せきりであった。そして肝心の仲間も警察が来ないことをいい事に完全にリラックスモードで周囲を見ていた。立て篭るヒビキに対して威嚇射撃を行なうがせいぜいそれくらいであった。

ウェルズの勝機は敵の油断をいかに有効に利用するかに懸かっていた。それでヒビキの救助の可否だけでなく自身の生き死にすら変わる重大な局面の真っ只中にいた。

ウェルズは足音を極力消した。姿すら見せずに物陰から彼は忍び寄る。銃声に紛れ車と車の間を縫うようにして彼は機関銃男に忍び寄る。

十メートル。

ウェルズは近場の車から飛び出した。

七メートル。

街路樹に身を潜める。

五メートル。

横転したゴミ箱に隠れる。

ゴミ箱から機関銃男の方を見た。

機関銃男は無線で誰かから指示を受けていた。そして拳銃使いたちに命令しながら、ヒビキの方に銃を放つ。

ウェルズは飛び出した。

3メートル。

2。

1。

50センチ。

ウェルズは手を伸ばした。

「誰だ!?」

拳銃使いにウェルズは気づかれる。

だが、間に合った。

零。至近距離。接触。

ウェルズは機関銃男に触れる。

「おぉ……お?……あー……」

機関銃男の目は焦点が合っていない。意識を完全に支配下に置かれていた。

「構えたら撃て!」

「あい……」

暗示を強めつつ、命令を下した。

敵は四人だ。構えかけた敵たちがその場で固まる。ウェルズの手は機関銃男に触れたままだった。

「こいつ、メタアクターか!」

「くそ……いかれた女の次は白髪のメタアクターかよ!」

「慌てるな!敵は一人だ……」

ゆっくりとウェルズは口を開いた。

「構えたら……撃つ。そう言ったろう?」

「う……」

「話をしよう……銃を降ろそうか」

「…………」

「…………」

「……どうする?」

「どうするも……」

「じゃあ、……もう一個命令」

「分かった!言う通りにする!」

拳銃使いの必死な叫びと共に四人は銃をその場に降ろした。

拳銃、拳銃、散弾銃、拳銃。四人は両手を上げ、無抵抗の手振りをみせていた。周囲から聞こえる悲鳴と足音、それだけが響く。

「……」

「……」

リーダー格の男がウェルズを見据える。

ウェルズも敵の顔をまじまじと見据えた。前にあった敵と比べると明らかに違っていた。練度、服装、容姿、全てが違う。

バレッドナインが戦った相手は無個性と統率を体現したような優れた軍隊であったが、今いる相手に関しては自己主張と混沌を体現したようなチンピラの集まりであったのがウェルズの目でも理解できた。観察眼に優れた小説家とは言え、軍事関連に関しては素人同然のウェルズの目でもその連携の稚拙であった。

特筆すべきはリーダー格の雰囲気だろうか、体は鍛え抜かれ生傷があちこちにあった。おそらく敵対していたギャングとの交戦を通して経験を磨いたのだろう。彼だけはどこか風格があった。ただしそれだけであった。

「さて、名前を聞こうか」

「……」

「本名じゃなくてもいい。呼び名は?」

「ナックル。ナックルだ」

「意味は『拳』かい?見た目通りの名前だ」

「……アンタは俺と違って頭脳派の雰囲気を感じる」

「それは有難い。頭と感性を使う必要もある仕事に就いていてね」

「……画家か?」

「いや。だが惜しいな。小説家だ」

「……すまないな。文字は読まん。せいぜいラップぐらいでな」

見た目とは違ってナックルは落ち着いた話し方をした。

「一度読んでみるといい。ラップをやるなら小説も合うだろう」

「なぜ?」

「ラップは詩と似ている。韻を踏んだり、言葉を順番につなげたり、主題は限定されるだろうが、言葉を味わう点は詩と変わらない」

「……お前とは戦場以外で会いたかったな。名前は……?」

「ウェルズだ」

「それは偽名か?……んん?どこかで……」

「想像に任せる。とにかく小説家だ」

「お前はなぜ俺たちを支配する?」

「家族のためだ。小説も大事だが家族も大事だ」

「どんなヤツだ?」

「女の子……おそらくお前さんたちが思っている以上に武闘派だ」

「……まさかな。あんな狂った女の親じゃあないだろう?」

目を白黒させるナックルのそばに近寄る影があった。

「私?狂っているなんて失礼ね」

制服を着た女子中学生だ。黒い髪のアズマ系で眼鏡を着用していた。一見すると典型的な文学少女といった見た目だが、どこか硬派な雰囲気を放ちながら歩み寄ってきた。片手には少女には不釣り合いな小銃があった。

「ぐ……おまえは……ターゲットの……ヒビキ」

「ヒビキ。無事か?」

「ええ……危険なのに来てくれたのね」

「ああ、当然だろう?」

そのやり取りを見てチンピラとナックルは更に呆然としていた。そしてその原因にウェルズは察しがついていた。

「……銃は撃っていないね?だと言ってくれ」

「無茶言わないで。撃ったのはこいつらよ」

「ええ……お前は開拓期映画のガンマンか何かか」

「死んだら小説書けないわ」

「捕まっても書けんぞ」

「死ぬよりマシね」

「やりようはあったろ」

「そもそもこんな状況が理不尽よ」

ヒビキは落ち着いた様子でとんでもないことを口にしていた。ウェルズは溜まらず話を戻した。

「……ふー、わかった。話を彼に戻そう」

そう言ってウェルズはナックルの方を見た。

「……」

「すまんね。うちの養女が……」

「どんな教育を施した……。軍事訓練でもさせたか……」

「まさか……彼女の件はすまない。……雇い主は?」

「……変な紳士だ」

「変な……?どんなだ?」

「アズマ人だ」

「アズマ人?」

「スーツの男で常に卑屈な態度だった。ごますりのような手振りの糸目の男で……」

「まて……薄汚れたコートの男ではないのか?」

「ん?たしかにそういう男はいたが、頼まれたのはアズマ人の方だった」

「……」

ウェルズはナックルの視線や表情を観察した。嘘を言っている可能性があった。言葉だけなら。だが、表情や声、視線などに一切の揺らぎや力みはなかった。自然に紡がれた言葉であり、緊張のない発声であった。厳密に言えば、撃たれることを恐れる緊張だけはあったが、それ以外の不自然な力みは見られなかった。

「……ウソではなさそうだ……アズマ人?」

「名前を言ってたな……ノブだったか?」

「……ノブ……?」

ウェルズはその名前に当てはまる人物を思案した。だが、それに当たる人物にたどり着く事はなかった。ウェルズではなく他の人物が聞いたなら反応は違っていたに違いないが、いずれにせよウェルズにとって、あまり馴染みのない名前に過ぎなかった。

「なんでそんな怪しい人物と取引を?」

至極当然な質問をウェルズはぶつける事にした。ナックルはしばし考えた後こう言った。

「俺のような貧乏なヤツは金がなくてさ。腕っ節だけは強いから裏家業で糊口を凌いでいたのさ。この仕事は実入りが良くてな。怪しいヤツの怪しい依頼なら珍しくなくて受けた。ヘマやらかしたからおじゃんだろうがな……」

「依頼の理由ぐらいは聞かないのか。ウソだったら死ぬだろう?」

「まあな……チッ……。鋭いな、おまえ……ある金持ちが邪魔な女を始末してほしいと依頼した……それがアンタの娘と言う訳だ……それに関してはお前の養女に聞け……俺よりアイツが詳しいだろうからな」

「……もう襲わないか?」

「……そうする……小説家を殺す依頼だとタカをくくったらこれか……仕事をきちんと選ぶ事にするぜ……命がいくつあっても足りん……」

「それが賢明だ」

「あんたに貸しをつくっちまったから連絡先を渡しておく……ヤバいときは力になる……」

そう言ってナックル一味はその場から逃げ出した。機関銃男は我に返って左右を見ていたが、ナックルの中止命令を受けて困惑しながらも退散した。

「……」

「ヒビキ……彼らは知っていたのか?」

「成り行きで……でも直接は知らない」

「直接は?」

「おそらく『ノブ』の手先。ナックルはこの国の闇社会では有名な地下闘技場の選手兼用心棒ね。普段は彼の言う通り用心棒と危険な仕事で生活しているようね」

「ノブ?」

「元メディア関連の企業で働いていた男ね。裏でマフィアと関わったり、女性芸能人を食い物にしたりとやりたい放題だった悪党よ。変な口癖だったから覚えているわ」

「どんな?」

「『なにとぞ至急』だったわね」

「……人をいちいち急かすのか……口癖まで失礼な男だ……」

「そうね。気に入らない私を殺そうとするくらいの低俗さね」

「許しがたいな……だが、それだけなのか……?」

「?」

「殺すという行為はリスクがあるだろう。警察に捕まり、最悪死刑になることだ。そいつはそもそも狂っているだろうが……ただ狂っているだけの人物なら自分で殺しに向かう気がしてな……」

「そうね……そうか……」

ヒビキは何かに思い当たった。それを見てウェルズはいぶかしんだ。

「どうした?」

「……マリア・シュタウフェンベルグ」

彼女はそう呟いてから次にこう言った。

「この前の『会食』ね」

ウェルズはその言葉を聞いた後、レオハルトの元に向かうことを決めた。

小説家二人への突然の襲撃。二人の危機は去った。爆破、スタドニクやスペンサータワーのテロ。全ての答えは『会食』に?


次回もよろしくお願いします。

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