第七章 第三十話 好奇心と流星
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
ウェルズが娘の端末に電話をかけたのは彼らが『ネットワークフロンティア』の本社に急襲をしかける20分か15分ほど前のことであった。つまり、十五時五十五分頃。既にスペンサービルの周辺には爆発を察知した付近の警官車両が到着を果たしていた。その頃には脱出した後、バレッドナインの社員が軽妙な口調で会話をしながら次の一手を考えていた頃だ。
「……ここ苦手なんだよね」
「うん、私も」
「ほこりがね……奥のパソコンルームはマシだけれど……」
部屋の埃はアレックにとっても地獄以上であった。生存を確保するためとは言え埃と同居することはウェルズにとって堪え難い苦痛であった。
六十八歳の歳に加えて神経質であったウェルズにとって無骨と不潔を具現化したようなこの空間は快適とはほど遠いものであったことは明確だった。
「さて、……アレック。君の安全を守るためにいくつか聞きたいことがある」
「……どういう意味です?」
「君はただの一般人じゃない。さもなければジーマ人に狙われるなんてことはないからだ」
「……」
「アレキサンダー・スタドニク。君の素性を改めて聞きたい」
「……僕はカズを愛している。それ以外に伝える必要は」
「ある。敵は終始無言だが、敵の存在そのものは特殊だ」
「……!」
始めでこそ優しく控え目だったシンの口調が徐々に緊張感を帯びてゆく。彼らはしばらく会話を交わしていた。アレックは重い口を動かして逃れようとしていたが。シンの鋭い指摘からは逃れられなかった。それが何を意味しているかはウェルズには理解に苦しんでいたが、一つ確かなことがある。
アレックの顧客の中に今回の事件の黒幕がいるとウェルズは悟っていた。
事態が動いたのはアレックが謝罪の言葉を口にした後のことであった。
「……カズすまない。お前を巻き込んじまった」
「……どういうこと?」
「……俺の会社は新興の会社だ。技術を持った社員はいるがとにかく金がなかった。だが、一年前のある時に紳士服と緑のコートを着た男が仕事をいくつか持ってきたんだ」
「仕事?」
「とても複雑なAIで船外作業ポットに使うと言っていた。だが、渡された仕事がいつしか軍用仕様のものに切り替わっていた」
「良く気がついたな」
「当然だ。俺の技術はアスガルド共和国の研究機関とも交流して作ったものだ。才能のあるエンジニアの卵も遊びにくるくらいだ。……まさかそのことで……」
「……AIか。軍用仕様ってのは」
「明らかに操作体系のプログラムが複雑になっている。船外ポットじゃなくて船のAIになってる」
「……まさかな」
「まさかって」
カズが怪訝そうな顔をした。
だが、シンは何かを確信したかのように
「……『流星戦争』の再来をやって得する馬鹿はいないはずなんだがな」
「え……」
シンは告げた。それはおぞましい過去の残滓だ。数百年前のおぞましい歴史の記録。あるいは教科書で見る悪夢であった。
「それってどういう!?」
ウェルズはそう言ってシンに問いかけた。だがシンはこう答えただけだった。
「……確定じゃない。今はまだ仮説の段階だ」
「…………」
「……ユキ。スーツを出せ」
「カラスの?」
「ああ、シャドウが必要だ」
「了解。こっち」
「あと武器も出せ。全員の分だ」
「ええ」
そう言ってバレッドナインは慌ただしく動く。それを見たユダは何かを推し量ったかのようにシンの方を見た。
「……『彼』の出番か」
「そうだ」
モリの問いにそう答えた。
闇夜の番人。黒衣の騎士。あるいは、寄る辺なき者の救世主。
シャドウと呼ばれ、カラスを模した正体不明の男。その正体を知りうる者は少ない。
ウェルズの内部の衝動的な知識欲が噴水のように湧き上がる。このアテナ銀河で重要な深淵の一つに彼も近づきつつあった。
彼らが口にする『彼』。まぎれもなく『シャドウ』を意味していた。
「……まさか……シャドウがここに……」
「……?」
モリが首を傾げていると、ウェルズは興味津々の様子でモリに問いかけた。
「君たちはシャドウの正体を知っているのか?」
「……だとしても言えない」
「なぜ?」
「……危険が及ぶからだ」
「危険だと?」
「あいつは暗黒街に恐れられていると同時に狙われてもいる」
「英雄の宿命だな。ますます知りたくなった」
「よせ。そもそも彼がそれを望んでいない」
ウェルズはますますモリにその正体を問いかけてきた。あまりに興奮した様子だったのでモリは困惑して拒絶のポーズをとった。
「お客人」
着物の男こと、ソウイチロウがウェルズに呼びかけた。
「なんだ?わたしは取材の」
「ええ、ですが一つやっておくべきことがあると思います」
「うん?」
「もうすぐ我々はここを出て、乗っ取られた企業の本社に向かいます。おそらくそこは戦場になるでしょう。あなたはご家族の安全の確保と自身の避難を最優先なされたらどうでしょう?わたしとしてはあなたの小説は好きなので続編が書かれないままお亡くなりになるのは堪え難いもので……」
「む、そうか……そこまでいわれたら仕方ない。ちなみにどの小説から?」
「それはもちろん『限りなく孤独な青』からですよ。他の本も愛読しております」
「なら、なおさら生き延びねばな。ファンは大事にする主義だ」
「ご理解に感謝します」
イシカワ・ソウイチロウの説得によってウェルズはしぶしぶヒビキの安全確保を優先することにした。
ウェルズはシャドウのことを気にかかっていた。だが、ヒビキを失うことはウェルズにとって堪え難いことであり、なにより命あっての小説執筆だとも考え彼はひとまずバレッドナインやユダと別行動をとることを決意した。
ウェルズは人混みにしばらく紛れた後、近場の百貨店の休憩スペースで通話を開始した。
時刻は四時近くになる。
ジュニアハイはホームルームも終えている時間であった。
「……ヒビキ出ろ」
ウェルズが祈るように呟いた。
「……お義父さん?」
ウェルズが安堵のため息をついた。
「良かった無事だったか……『もしもの場所へ』」
「避難でしょ。うん分かっている」
「……うん?」
異様に物わかりが良かったのでウェルズは違和感を感じた。普段のヒビキ・メアリー・ムラカミならば『理由は?』と根掘り葉掘り聞くことが予想されていたからだ。ウェルズ譲りの知的探究心と物事に対する観察眼は確かに受け継がれていた。
「……ヒビキ……襲われたな?」
ウェルズは端的にそう聞いた。
「うん。全て返り討ちにした」
「……銃は使ったか?」
「学校だよ?手元にあるもので戦ったに決まってるじゃない」
「……ま、まだマシか……はは……」
ウェルズは乾いた笑みを浮かべた。
心配すべきは襲撃者の身の安全のほうであった。なにせ彼女は自分の創作と自分の日常を守るために手段を選ばない。それだけに実力行使に出たヒビキほど恐ろしい人物をウェルズは他に知らなかったからだった。鋼鉄の意志と創作への無窮の渇望。彼女こそが創作の化身であり、探求の体現者であった。ウェルズ以上の才能と合わさり、創作に対する意志は常軌を逸していた。
彼女にとって創作と日常は不可侵の領域であり、それを土足で侵す愚者は暴力をもって迎え撃つのがヒビキの定石であった。
「さすがに……生きてるな?殺してないな?」
「ええ。殺人罪はこの国に置いては第二級殺人だと最高刑が無期懲役で……」
「殺した!?」
「まさか。生かして縛ったわ。警察に引き渡されるところよ。あ、パトカー来た」
電話越しに警察車両特有のサイレンの音が聞こえてきた。
それを聞いて安心したが、ウェルズは念のためヒビキに確認をとる。
「本当にパトカーか?」
「そうっぽいけど微妙に違う」
「は!?」
ウェルズは唖然した。
「は?は?どういうことだ!?」
「エンブレムとサイレンの偽装は良く出来ているけどパトカーにしては車種と白黒の塗り方がおかしいわ。この車種なら違う塗り方をしている」
養子とはいえ、観察眼の鋭さはウェルズの訓練の賜物であった。もちろん天賦の才能もあるだろうが、この場合は様々な知識を与えたウェルズの功績も大きかった。
「警察車両の特徴は前にも教えたな……たしか……」
「今回のは『ロード・インターセプトの300カスタム』ね。この車種なら……あ、撃ってきた」
「おい、身を隠せ!すぐ行く!」
ウェルズは大急ぎでその場を出た。
「タクシー!!」
ウェルズが一台のタクシーに声をかけるとそのタクシーは器用に止まった。その運転手の顔にウェルズは見覚えがあった。というより、締め切りを守るためウェルズは腕の良い運転手の顔は軒並み暗記していた。それも現在進行形で情報を更新しているといっても過言ではなかった。
「お前さんかよかった」
「急ぎみたいだな?また閉めきりかい?」
「違う!娘の命がかかっている!!」
「それはまた難儀だな!分かった!ツケで良いな!?」
「ああ!飛ばしてくれ!」
ウェルズの乗ったタクシーは猛烈な速さでヒビキの学校へと向かっていた。ハミルトン地区から南のアイビーズビーチへと向かうとある地点で偽パトカーから銃撃されている中学校があった。ヒビキの通う学校だった。
「ここで降りる!」
「正気か!?死ぬぞ!」
「ここだ!いいから降ろせ!」
「ああ畜生!分かった!死ぬなよ!」
タクシーを降りると銃撃に夢中で男たちはウェルズの存在に気がついていなかった。
男の数は複数だった。
一人。拳銃。
二人。拳銃。
三人。機関銃所持。
四人。拳銃
五人。散弾銃所持。
敵は五人いた。
ウェルズは忍び寄って敵の背後に忍び寄った。
「……クソが」
学校のそばには警備員らしき死体と負傷した学生らしき姿が見えた。
「ふざけやがって」
ウェルズが怒り狂って、敵の一人のそばに近寄った。
そしてウェルズは敵の首を後ろから掴んでこう言った。
「銃よこせ」
敵が糸に操られるように不自然な動作でウェルズに銃を渡した。
それはフランク連合では軍用として使われる拳銃だった。
「悪くない」
ウェルズは敵の両足と腕を撃ってから敵に向かっていった。敵のスーツ男は完全に無力化される。
敵の人数は残り四人。事態の打開には工夫が必要だった。ただ一つの幸運はまだウェルズに気付いていないこと。彼はそれに賭けた。
『流星』の恐怖は日常を侵す。ウェルズの養子ヒビキにも謎の襲撃者の魔の手が。
次回もよろしくお願いします




