第七章 第二十九話 企業
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
アレキサンダー・スタドニクこと『アレック』とカズマ・L・リンクスが出会ったのは数年程前まで遡る必要があった。彼らが出会うきっかけはアレックがカズの入り浸る大学を訪ねたことがきっかけだった。立ち上げたばかりの会社が引き受けたことで外国語や外国文化に秀でた人材をアレックは探していた。
「……困ったな……相手はアズマ国でも指折りの企業だからな……粗相がないようにしないと……でもプロの通訳を雇うにも……どうしたものか……うん?」
アレックが目を引いたのは一人のアズマ人であった。
そもそもアズマ国は共和国と一時は険悪な関係だったこともある国だった上に外国に飛び出す人間自体が珍しかった。竜山連合の人間ならずけずけと外国の人間と関わるのも珍しくないが肌の色も文化も違う人種が共和国の人間と仲良くなること自体が珍しかった。ましてやアズマ人は薄橙の肌をもつ人間の中でも閉鎖的や保守的という言葉が似合う程、奥ゆかしい人種であったため、物怖じしないカズの性格が珍しく見えた。
おそるおそるアレックは声をかけた。
「あー……すみません」
「うん?」
「ここの学生?」
「うん?君も?」
アレックは答えに悩んだ。悩んだ末に彼はこう答えた。
「あー……ちょっと違う」
「え?どう違うの?」
「知り合いがもともとここの学生だった」
これは本当だった。社員がここに通っていたが中途退学していた。
「え!?そうなの!?」
カズの食いつきは良かった。
「えっとどこ学?サークルはどこだった?あ、僕も学生じゃなくって入り浸っているだけだから……あ、僕は高校生だよ」
「え!?高校生!?」
「うん。ヴィクトリア市内の高校に通ってる」
アレックは目を白黒とさせていた。
アレックとカズは二歳しか差はなかった。ただし、アレックは自身のコンピューター知識と経営センスにものを言わせて、起業家としての地位を確立していたが、それでも同世代とのやり取りはあまり多くはなかった。
「えっとどうして高校生が大学に?見学?」
「うーんある意味見学だね」
「えっと、どうして大学に?」
アレックがこう質問するとカズはにっと笑って答えた。
「ヴィクトリア大にいい言語学の先生がいてね!その先生の授業受けたかったんだ!」
アレックはカズの眩しい笑顔に惹かれていた。カズの優しい雰囲気に強い魅力を感じていた。アレックが同性愛者であることも関係するが、それ以上に明るく才気に溢れた人柄に強く魅了されていた。
この二人から新興企業『ネットワークフロンティア』が創設される。
シン・アラカワが『ネットワークフロンティア』に突入したのは15時半のことであった。
彼は『シャドウ』としての姿で作戦に従事していた。
「特務機関ユダだ!全員動くな!」
モリが威圧的にエントランスにいた職員にそう怒鳴り込む。拳銃を持ったミシマを中心とした射撃特化の人員とサカモト機関時代の兵隊たちが警官隊に変装しながら突入する。それに合わせるようにバレッドナインの別働隊が建物に屋上から侵入を行なった。
ラペリングだ。懸垂下降ともいわれ、ロープを伝って降りる手段が存在する。壁面、急斜面、ホバリング中の機体などから降下することで着陸不能な場所に侵入したり、窓から建物へ急襲をしかけることが可能になる。
警察のSWATチームや軍の特殊部隊など、特殊な訓練を積んだ人員によってそれはなされる。
元空挺部隊、元SIA特殊機動班、元潜入工作員だったシン・アラカワを始め、ジャック、アディ、ルイーザ、ユキといった従軍経験のある面々がラペリングを行なった。
カズとハヤタは建物屋上までの潜入に一役買ったが、さすがにラペリングは無理だった。もっとも彼らは自身の能力によってそれに近いことは出来る。カズの場合は空気操作によるホバリングで、ハヤタの場合は転移能力であった。
「各自、準備」
「スペード、問題無し」
「ポイズン、OKね」
「レフト、いつでも」
「アラクネ、準備良いわ」
「……ハヤタと『フォルテ』は能力で侵入。合図と共に作戦開始だ」
シャドウは頷いてカズの方を見る。
「……久々だなぁ……こんな高いところでの浮遊は……」
「無理はするな。フォルテ」
「大丈夫。久々だけど能力の行使は出来るよ」
「そっちはどうだ?正義の味方殿?」
やや皮肉めいた口調でシンはハヤタに呼びかけた。
「やれやれ、カラスさんは皮肉やなことで……」
「できないのか?」
「誰が言ったよ?」
「ならいい。侵入開始だ」
近くの指揮車両からアレックとサカモトの通信が入った。シンはレイヴンスーツの機能から通信を傍受した。
「……アレックだ。社長室にいけば機密データのアクセスキーが手に入る。それが入っている金庫の番号は僕が知ってる。たどり着いたら教えてくれ」
「了解した。『敵』の排除後。通信する」
「敵……?」
「誰かいる。おそらくアインの手の者だ」
「気をつけて……オーバー」
「承知した。シャドウ、オーバー」
事前の作戦会議によれば、建物は二十二階で、オフィスは二十階から16階に位置されていた。今回オフィス内部への侵入ルートは三つが考えられた。屋上からの侵入か、エレベーター、そして階段であった。
だがエレベーターはハッキング等の敵の工作の危険があり、屋上も下に行く階段が内部の操作によって完全に封鎖されていた。つまりオフィスは正体不明の敵の一団に掌握されていることは明らかだった。
当然階段には敵がいる。
実際交戦の様子が通信から聞こえる。
「こちらモリ・ダン。現在敵の攻撃を受けている。応戦する」
「ハヤタ気をつけろ!敵は武装してこっちに銃撃を――」
「くっそ、気をつけろよ!マジでやべえ」
モリ室長、ミシマ、ドウミョウの順に通信が聞こえる。
「ああ!うざってーこうなったら」
「おい!サワシロ!やめろ!瓦礫が!瓦礫が!敵の身体ぎゃあ!」
「階段があ!階段壊れる!!」
階段での戦闘は混沌の様相を呈していた。
だがバレッドナイン側にも希望があり、アレックがアナクロな金庫に機密データのアクセスキーを隠していたお陰で敵にキーをまだ奪われずにいた。
五人は社長室の窓付近まで移動を完了していた。
「……さて、仕事の時間だ」
ジャックが階段での戦闘兼馬鹿騒ぎをあえて無視し、全員に目配せをした。全員が目で答える。敵の人数は8人のジーマ人らしき兵隊と4機のアンドロイドがいた。制圧にはかなり手間取る可能性はあった。だがシンはこの人数を見ても勝算があることに気がついていた。
風の音。
しばらくの沈黙があった。
「レディ…………」
シンが腕を掲げる。
すっと彼が息を吐き。
「ゴー」
シンは指示した。
全員が伝っていた壁を思いっきり蹴る。振り子の要領で五人は一度上がる。カズの疾風と落下の勢いに合わせて五人は窓を蹴破った。
軽快な破砕の音響と共にハヤタも転移する。
シンが銃を構えると同時にハヤタも拳を握る。
シンの射撃に合わせて敵の背後に転移したハヤタが敵を殴打する。シンと同時にルイーザとユキが敵に銃撃する。ルイーザの射撃は精密で素早く、早撃ちに関してはシンと並ぶ程の腕があった。それこそ身体能力の強化措置を受けたユキと同等のスピードで早撃ちが出来る程の練度が彼女はあった。
ゼロコンマの世界でルイーザとシンだけが速かった。
「…………」
「…………」
演算処理と強化された体を持つユキですら構えるだけでの十分な速さだった。だが、ルイーザとシンの早撃ちそれ以上であった。神速のクイックドロウ。二人の射撃が敵を即座に射抜いていた。音とほぼ同時の早業である。
そして敵が倒れた。一瞬で二人。急所を的確に撃ち抜かれていた。
〇・一五秒。
シンが僅かに速かった。だが、〇・〇一秒の差に過ぎず、早撃ちの心得のない者からすればほぼ同時に見えた。
次にユキが敵を撃ち抜く。〇・二秒の世界だ。それに合わせるようにハヤタが超人的な機動で敵を翻弄する。蹴りと殴打を複雑に交える、彼が複数の敵を軽々と打ち倒しそこにアディとジャックが続く。
階段での大騒ぎとは裏腹に屋上からの急襲は一瞬で完了した。
ハヤタが無力化したジーマ人はジャックに拘束され、稼働していたアンドロイドはユキのハッキングで完全に無力化された。そして、念入りに手足を手錠などで拘束される。
「注意しろ。敵はまだいるはずだ」
シンがそう言って周囲を警戒する。ジャックも散弾銃を構え周辺を見渡す。
「右サイドクリア」
「左サイドクリア」
ジャックに合わせアディもサブマシンガンを構える。アディは銃と近接格闘の訓練を積んでいた。長年傭兵として戦っていた経験もあり、アディとジャックの動きは非常に手慣れていた。
「……予定より早く済んだな。次だ」
「アクセスキーのある社長室はまだ先だ」
「わかった。要警戒だ」
シンがカズに合図を送る。窓から着地したカズはシンが指差した扉を突風で吹き飛ばした。ジャックが何かを投げた。手投げ式の煙幕弾だ。白い煙の展開と共にバレッドナインは通路を見渡した。
「向こうだ」
カズが指差した。
扉を挟んで左右にB9は配置についた。
扉は自動式でパネル操作によって開閉される。その構造によって下から内部をみることは出来なかった。
「アラクネ」
ユキはシンの方に頷いて扉の方を見た。ユキの目は生体改造がなされていて中の様子を透過して見ることが出来る。その能力を用いてユキは内部の敵を確認する。
六人。ドローンの類はなし。
アンドロイドからハッキングして得た通信記録を参照とアンドロイドに指示権限のある人物が内部にいたことに彼女は気がついていた。
いる。敵の幹部。
了解。
シンが全員に突入を合図する。ユキがパネルのロックを解除し扉を開放する。
敵が機関銃を一斉に撃つ。制圧射撃の嵐に通常なら手も足も出ないはずだった。だが彼らに想定外の敵に無力化された。
ハヤタ・コウイチ。
ユダの最終兵器ラインアークを駆る正義の体現者。彼は強化された身体能力に加え広範囲の転移能力があった。敵の背後に転移し、敵を背後から撹乱する。背後から敵の一人を投げ飛ばし、敵が銃を向けたら真横に『転移』。その小銃を手刀で粉々に砕いた。空手の達人が瓦を砕くようにハヤタは易々と破壊してみせた。
その隙にバレッドナインが敵を迅速に制圧する。
「動くな!」
「動くな!両手を上げろ!」
敵は完全に手詰まりに陥り、降伏以外の選択はなかった。
緻密な連携と勝利。一手真実に迫る。街を巻き込んだ戦いは激しさを増してゆく。
次回もよろしくお願いします。




