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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第二十七話 マイファミリー

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

マリアは走った。

人混み、道路、雑踏。

あらゆるものを必死に掻き分けた。そこに他が追いかける。

アオイ、レイチェル、マリン、そしてペニーワース。

誰よりも早く彼女は駆けた。

自身の家族。その命がかかっていたからだ。

メタビーングのアオイも、能力者のレイチェルも、適合者のマリンも、執事で過去に戦闘訓練を積んでいたペニーワースですらマリアに追いつけなかった。他の三人と違いペニーワースは道順を知っていた。マリアのオリジンである場所を知っていた。だが、それでも追いつけない。知恵を絞って距離を詰める。だが、マリアは速かった。

あらゆる近道もマリアの全力疾走には敵わない。

ついにマリアはある地点で止まった。

マリアは息を切らしながらそこの扉を開けた。

一件の料理店。扉の札は『休業中』と表示されていた。

「……お母さん……父さん……」

息を切らしながらマリアは店の中に踏み込んだ。

中は薄暗く、そこは丁寧に清掃されていた。それだけに不気味な印象は拭えなかった。マリアは目を凝らす。カウンター席の下に予備の懐中電灯が置いてあった。それを取って彼女は店内を見渡した。

「お母さん!父さん!無事!?」

半ばパニックになりかけながらマリアは店内に呼びかける。

返事はない。

沈黙だけがあった。マリアは思わず唾を飲みこんだ。

一歩。

一歩。

マリアは奥の方を覗こうとする。

「誰だ!?」

男の声が響く。

マリアは思わす叫んだ。

「お父さん!?」

マリアは振り返る。ガタイの良い男が入り口にいた。

マリアの父『ジョセフ・キャロル』だ。強面で、顔はマリアと似つかない。だが、マリア同様瞳は青く、装いそのものは調理に適した割烹着であったが、清潔そうな印象で紳士的な男性であった。

「……マリアか?」

「無事だった!?お母さんは?」

ペニーワースがようやく来た。

「マリア様。お母様はこちらに」

ペニーワースにエスコートされるように初老の婦人が店内に現れた。

スージー・キャロル。マリアの母であった。

彼女は淡い色彩のワンピースに丸いつばの帽子を被っていた。

表情はマリアと似た柔和さがあり、それでいて上品な雰囲気を全体的に纏っていた。なにより目の大きな美人でマリア同様長い茶髪が似合っていた。

「良かった……お母さん無事ね」

マリアは安堵して彼女に駆け寄った。

スージーも笑顔と抱擁で応える。

「久々に顔を見れて嬉しいわ……」

「私も……でも今は」

「どうしたの?」

「……ここから逃げて」

「どうして?」

「悪い連中が来るの。レオハルトに脅しをかけるために」

「まあ……」

「すぐ避難しないと……」

そう言ってマリアがお母さんの手を引こうとした。

「待て」

ジョセフがマリアを引き止めた。

「……父さん?何言ってるの」

マリアが苛立った様子でジョセフに言う。明らかに不機嫌そうだった。

「その必要はない」

「父さん。ふざけないで」

平然と発言するジョセフとは対照的にマリアの声には怒気がこもっていた。マリアはジョセフに非難の言葉を投げかける。

「何を言っている?」

「それはこちらの台詞よ!何考えているの!!」

マリアはさらに怒気を強めて父を非難する。

「自分の命がかかっているのよ!いいから早くここから逃げて!」

「俺の店だぞ!ここを捨てろと!?」

「死ぬよりマシでしょ!?ふざけてないで逃げる準備をして!」

「店を捨てるのは津波が来る時だけだ!人だったら倒せばいいだろう!それにこんなときのために用心棒は呼んである!」

「冗談も大概にして!相手はテロリストなのよ!」

「誰かに殺される程俺は落ちぶれちゃいない!!」

「相手は殺しのプロよ!いい加減に逃げて!!」

ジョセフはマリアの頬を叩いた。

「うるせえ!娘は父のいうことを聞けば良いんだ!」

「!!……お父さんの馬鹿!」

マリアはそう言って、店を飛び出した。扉も勢い良く開け、衝動的な状態のマリアは何処かへと駆けていった。


マリアが我に返ると、ハミルトン地区の片隅に一人でいた。

「……」

人混みだけがいつも通りであった。

ストリート・ミュージシャンが思い思いの歌を歌い。キッチンカーに人の行列が出来る。若者が話に花を咲かせ、親子連れが買い物を楽しんでいた。

いつも通りのヴィクトリアの日常があった。

「馬鹿よ……私の父も……料理人なんて……」

マリアは俯きながら息を整えた。

全力疾走したために彼女はなかなか息が整わない。

マリアは四角四面にしか考えられない父の世界に苦しんでいた。それは親の因果というにはあまりにも複雑すぎた。修行、修行、ただ修行。男社会で料理以外は息苦しいやり取りと罵声が飛び交っていた。マリアは料理そのものが好きだったが、競い合い蹴落とし合う環境だけは嫌いだった。

母の懸命な支えやレオハルトと出会ったことで精神的に改善し、本来の明るさを取り戻せていたが、料理を職業にすることだけは彼女は嫌がった。

天才的な腕前であるにもかかわらず。

そんな彼女がメタアクトに目覚めたのは、小学校の時だった。

階段から落ちた男の子がいて彼を救おうと必死になって処置をしていた。養護教諭や救急隊が来ていた時にはどういうわけか怪我が全快していた。

頭を打ち付け意識を失っていたのにも関わらず。

その時マリアはパニックになって彼の止血をしていた。周りの男子生徒の証言によればマリアはこう叫んでいたそうだ。『血が止まらない』と。

だが、その時マリアが彼の頭に触れると出血が止まった。病院の検査と警察の調査でそれが彼の命を救った決め手になったと判明した。

その数日後、マリアは共和国国立メタアクト管理局で検査を受けることになりメタアクターの反応が陽性であることが判明した。それがマリアの一つの転機であった。家業を継ぐことなく生きられる。小学生だった時のマリアにとっては願ったり叶ったりであった。結局レオハルトと行動を共にし、彼の伴侶として生きることにはなったが、それでもマリアにとっては嫌な思い出を忘れられるきっかけの一つになった。

だが、それでも料理人。それも粗雑な振る舞いをする料理人が彼女は苦手だった。それだけは変わらない。

マリアがレオハルトに深く信頼と愛情を感じていたのはそういう過去を過ごしたことも起因していた。紳士的で思いやりに溢れ、礼節と信頼を重んじる彼の人柄はマリアにとって理想的なパートナーであった。幼い頃から彼の人柄を知っていることや彼の悩みを知っていることもあり、彼女にとってレオハルトはこの世で一番安心できる人物の代名詞であった。

「……」

マリアが携帯端末の写真を見る。淡いピンクの端末に入っている写真アプリをマリアは手慣れた手つきで起動する。思い出と書かれたフォルダの中から彼女は一つの画像に指で触れた。画像は画面一杯に拡大される。

「……レオ……どうしたらよかったんだろう……」

レオハルトとのツーショットだった。

レオハルトといるマリアの顔は心からの笑顔だった。彼と同じ。

マリアは空を見る。

時刻は15時半になるころであった。

蒼穹。あるいは紺碧。空はまだ明るい青であった。

そこに駆け寄る影があった。

マリン・スノー。彼女もまた過去に苦しむ女。

マリア・シュタウフェンベルグの行方を追ってここまで来た。

「いたいた!探しました」

「……マリンさん」

「ここにいたら危ないわ」

「ごめん。私、感情的になっちゃった」

「いいのです。私と比べたら健全な反応ですよ」

「そんな……私は……」

「正直、羨ましいです」

「どうしてですか?」

「私には喧嘩の出来る家族もいなかったのです」

「え?」

「私の両親は交通事故で亡くなって」

「マリンさん……」

「それに……あなたは私と違って心配してくれる夫やペニーワースさんもいるでしょう?早く帰りましょう」

「そうね……ありがとうございます。マリンさん」

「おきになさらず。仕事ですから」

マリンは微笑んだ。僅かな微笑みだった。だがどこか哀しげな影があった。マリアは彼女の表情の動きや目線で察していた。繊細なまでにマリンの感情を感じていた。生来、マリアは人の感情の機微に敏感であった。

「……マリンさん」

「どうしました?」

「……お話ししたいことがありましたら、いつでも相談に乗ります」

「ありがとうございます。……でもどうして?」

「……なんとなく、あなたは……一人で抱え込みそうだったので」

「……まあ……良く言われます。レオハルト様にもその辺は気をつけろと」

「あなたは真面目そうですからね」

「い!?そこまで言われますか……」

「うん。真面目な人ね」

「……面と向かってそう言われたのは正直初めてです」

「あら?誰か言わなかったの?」

「元アイドルだったもので……」

「へー……歌、歌ったり?」

「ええ……お恥ずかしながら」

「そんなことないわ。あなた声が綺麗よ」

「ふふ……」

マリンは照れた様子で赤面する。

そうして会話していると、遠くから悲鳴が聞こえ始めた。それに混じって音が聞こえる。

爆発。そして警察の変形式銃の銃声。

「……何?」

「銃声です!避難を!」

マリンが緊張の面持ちで避難を呼びかける。

マリアは避難しようとした。その矢先だった。

泣き声。独りぼっちで泣く女の子の声がした。

二人が声の方を見ると一人の少女が大声で泣いていた。

「え?迷子!?」

マリンの困惑を後目に、マリアは話しかける。

「お嬢さん。大声で泣いたら美人が台無しよ」

「うああああん!お母さぁぁああん!」

「ほら泣かないの。お母さんはどこ?」

「公園から逃げたらいないのぉぉ!びえええ!」

「心配しないでお嬢さん。私が探すわ」

「ひぐ……ひぐ……」

「泣き止んだね!偉いね!お名前は?」

「……わたしエリー」

「良く言えました!偉いね」

「ありがと。……お姉さん」

「いい子いい子!」

マリアはエリーを撫でる。それはやや強いが、優しくもあった。

マリアの決定にマリンはやや困惑するが、マリアの一言で決意を固めることになった。

「見捨てる訳にはいかないでしょ?」

「……確かにそうですね」

「決まり!公園に行くわ」

「ああ!待ってください!!」

マリアの陽気な行軍にマリンは急いで追走を始めた。マリンとマリアが女の子と共に公園に向かうと見覚えのある警部補がいた。見知らぬスーツ男や双子の女の子たちも一緒だったが、マリアにとっては彼が一番注意を引いていた。

ダニエル・グレイ。通称ダニー。

銃を持った彼はある敵と相対していた。

アイン。数字の一を意味する男は女性の人質をとっていた。

「お母さん!!」

エリーが青ざめた顔で叫んだ。

家族。因縁の糸が事件を引き合わせる。マリアは再びアインと対面する。


次回もよろしくお願いします。

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