第七章 第二十四話 テロリズム
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
「なぜ居場所が?」
マリアはペニーワースに疑問を伝えた。
「隠れ家の居場所は厳重に管理されているはずです。情報が漏れるのは考えられません」
マリンが壁の回線に手を突っ込んでから言った。
「……調べる」
そう言って回線という回線に意識を伝わせた。
「…………なるほどね」
マリンは納得したように頷いた。
「……これね。『アラクネさんのやり方』に似ている。けど、どっか違う」
「えっと、チンプンカンプンだけど……」
マリアは完全に理解の外だった。アオイも言葉に出していないが首を傾げていた。
「外部とやりとりはするでしょ。この隠れ家」
「はい。たしかこの資料によると業者は決まった人物から……」
ペニーワースの言葉にマリンは即座に反応した。
「漏れたのはこの人。間違いないわね」
「そんな!彼が情報を……」
「脅されたり、あるいは身分を偽装したり。やりようはあるわ」
「……なんと」
「それにしても早いわね。やり方が洗練されているわ」
マリンの発言にレイチェルが頷く。
「そうね。SIAの情報解析班でもここまでスピーディにはしない。業者を騙したり脅したりしても、正確な位置情報を調べるには……」
「数式に乗っ取った解析が必要。でもそれに行き着くにはスパコンでも数日かかる。これが意味するのは、先輩?」
これこそが『シャドウの相棒と似たやり方』の所以であった。
「……まさか」
「ジーマ人。アラクネさんを追放した亡国の勢力ね」
回線越しにマリンは敵を見つめていた。敵もそれに気がついていた。
それに呼応するように外の敵が機敏な動きを始めた。
敵の一人、否、一機が窓からの侵入を試みた。だが、それは叶わなかった。ガラスを破った後にマリア渾身の右ストレートが直撃する。殴られた箇所が熱を帯びて分解される。マリアのメタアクトのためであった。
「エネルギーを送ったわ」
マリンが言った時には、節足動物のような敵の陸上型ドローンは所々をショートさせながら機能停止に追い込まれる。だが、敵は機械だけではなかった。
制圧射撃の雨が外から流れ込む。
マリン、マリア、アオイ、レイチェル、ペニーワース。
五人が物陰に身を隠す。ガラスが砕け、コンクリートの欠片が飛び散る。
何体もの敵が強化された身体能力を用いて窓へと跳躍する。
その着地点を狙うように五人は攻撃をしかけた。
「えい」
アオイはそういって軽く敵を押した。
ただ押しただけだった。
それだけで、人型の機械が吹き飛ばされ他の人型に激突する。
それに合わせるようにペニーワースとマリアは敵兵を殴り飛ばした。
何度も何度も殴りつける。マリアの敵は数発で倒れた。能力によるエネルギーの逆流。それに耐えきれず機械の敵が火花を散らしてデタラメな挙動をする。
ペニーワースの敵は倒れない。同じ拳闘で攻撃するがびくともしない。ペニワースがその場にあった電気スタンドだった金属棒を突き刺す。そしてようやく敵が倒れた。バチバチと派手な火花が散る。
「これは……本気出すか……」
そういってレイチェルは敵の一人に語りかけた。強化外骨格のためにどこか耳か外見からは判別が出来ない。だがレイチェルは頭部のそばに触れてこう囁いた。
「味方になって」
そう言った後、機械兵はレイチェルに敬礼をした。
「敵を倒して」
そう言った後、機械兵は味方であるはずの他の機械兵に向かって機銃やグレネードランチャーを撃つ。同士討ちの形になり、敵部隊は完全に混乱する。それを利用するようにアオイ、マリア、マリン、ペニーワースが一斉に攻撃を加えた。
アオイが背中から節足を二つ生やした後、機械兵二名を同時に相手取った。口から蜘蛛糸を吐き出し、敵の頭部を覆った後、節足で相手を完全にスクラップに変えてしまった。
ペニーワースが金属棒と小型拳銃で応戦しながら、マリアを援護する。マリアの能力を合わせた拳闘が敵を次々と撃破する。
そして特筆すべきは、マリンであった。着ていた戦闘服を操作すると彼女の顔は首元から伸びた布状のマスクで覆われる。
マリン・スノーの任務時の姿であった。
「ペニーさん!」
そういってマリンが壁の一部を素手で破壊した。彼女は何かを取り出す。黒光りする金属の筒であった。それは火薬式の散弾銃だ。それをペニーワースに手渡した後、素手で多くの敵を相手取った。
「私も似たようなものね」
そう言った後、機械兵たちの機銃を完全に回避する。弾丸が飛び交う空間を縫うようにマリン・スノーは敵の機械の体を完全に蹴破る。
「……ジーマの技術と私の正義。勝負!」
マリンは『神の剣』で強化された身体を存分に発揮して機械たちの群れを次々と撃破する。
そうしながら五人は建物からの脱出を目指した。
「こいつら、目的何?」
「見当もつきません!」
マリアの言葉にペニーワースが返事する。
『分からない』ということが『分かった』だけだった。だが、それでも例外的に確実なことは一つある。マリアはなぜか標的であると言うことだけだった。
五人はマリンとアオイを先頭に部屋を脱出する。
二人の身体能力の高さはジーマ人たちの身体能力と引けはとらなかった。そもそも身体能力の底上げの原理がマリンとほぼ一緒で、対処は簡単であった。
マリンやアオイ並の身体能力に機械の装甲。それならば、脆弱性は機動性を犠牲にしたことに他ならなかった。マリンとアオイが敵の足を止めて、残りの面々で敵を倒す。必勝法はその場で完全に確立された。従って、敵には必然的に勝ち目はなかった。メタアクトという手段を持った集団は戦闘で十分な戦力足り得た。
アオイはどうにか自分の中の破壊衝動を抑え込んでいた。
「ぐぅ……ううぐ……ぐうう……」
「アオイ!?駄目、落ち着いて」
レイチェルがアオイに駆け寄った。マリアも心配そうに近づく。
「ぐうう……ぐう……」
どうにかアオイは呼吸を整えたが長期戦は最悪の事態を招く恐れがあった。アオイには深刻な『爆弾』を抱えていた。敵を殲滅するなら問題はないが、市街地用いる手段としてはあまりにも人道に反していた。
「……長期戦は無理ね」
「……でも下には敵が」
「それでもアオイが暴走するよりかはマシよ」
「……どうもヤバそうね」
「皆様、一つ重要なことをお忘れです。脱出した後……どこに逃げ込むべきでしょう?」
ペニーワースが仲間に告げる。
「……そうね。それは重大だわ」
レイチェルが苦々しく表情を歪めた。
敵の目的と正体が分からない今、下手な行動は致命的な事態になる恐れがあった。
「……」
マリアは思案した。
マリアは軍略を知らない。一般人程度の知識しか持ち合わせていない。しかし、マリアにはある繋がりがあった。
レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。
マリアの夫は偉業を成し遂げた英雄であった。
レオハルトから軍での話は何度も聞いたことがある。二十代後半で中将に上り詰めるのは通常であれば不可能であるとも。それこそ救国を成し遂げる程の偉業を持って初めて可能になるほどの難行であると。
だから、マリアにとって夫レオハルトは誇りであった。そしてレオハルトもマリアを大事に思っていた。理想的な相思相愛。
これこそが敵の狙いだと疑う余地はなかった。
「……脅すつもりね」
「……まさか」
ペニーワースもそのことに気がつく。シンプルに考えれば当然の帰結であった。おそらく敵は『将官クラスの軍人に何かをさせる』ことが狙いであると二人は悟った。
「街に出ましょう」
「……あなた正気!?」
「ええ。狙いは私。だから、人混みに出た方が良いわ」
「……どういう?」
そこまで言ってレイチェルたちも気がつく。
「……SIAに戻るのもよした方が良さそうね」
「……そう……ね。確かに……」
マリンも悟ったように言った。その言葉にアオイもふらふらになりながら同意する。
散弾銃を持ったペニーワースとマリン・スノーを先行する状態で五人は建物から脱出することを決定した。
市街地の大通り。人混みの多い場所に出る前にペニーワースは散弾銃を落ちていたその辺の布切れで包み隠す。そうしてようやく五人に平穏が訪れた。
雑談と笑み。車の往来。クラクション。宣伝の音声と派手な広告画像。
いつもの日常が一時的に戻る。銃弾一発で変化しそうな脆さはある。
それでも、マリアの好きないつもの風景であった。
「……ふう」
マリアは息を吐く。
人目は多く、警官もいる。戦いを避けるには良い状況であった。VMPDやヴィクトリア市警と表現されるこの都市警察はアテナ銀河内の警察組織のなかでも大規模で人員の練度も高かった。この組織を相手することは不利益の方が多いはずだとマリアは踏んだ。
それを考慮しつつマリアたちは次の段階へと進む。
マリアはこれまでの情報を頭の中で整理する。
『将官クラスの軍人に何かをさせる』
『敵は爆弾を扱う理由と技術がある』
『ハッキングができる人員が存在する』
『この街で爆破・戦闘などの事件が発生している』
『謎のアズマ人ノブ』
『グリーフの兵器転用』
不吉な言葉ばかりが彼女の頭の中をかき乱す。
街を歩きながら、マリアはレイチェルに質問した。
「ねえ……グリーフって?」
「悲しみ」
「そうじゃなくて」
「機密よ」
「そうなんだ。……敵の狙いってそれじゃないの?」
「……」
「ほら、レオハルトを私で脅せば敵の目的は……」
「それを知ってどうするの?」
「……敵の狙いが分かれば対処が出来るわ」
「……ありえなくは……ないか」
一般市民にすぎないマリアですらこの状況がテロリズムの脅威に晒されていると容易に理解できた。
それならば敵の交渉の手段を与えないことが大事であると彼女は思った。
「ペニーワース……レオハルトの実家は?」
「シュタウフェンベルグ家の皆様なら大丈夫かと。信頼の出来る警備隊が邸宅に常駐しております故。ああ、それと……本日のオルガ様は警備主任と……」
優れた軍人を何人も排出しているレオハルトの実家は家の人間全員が武術の教育を受けており、ペニーワースを始めとした従者たちの警備体制も政府要人レベルであった。彼らを狙うよりも警察署を襲撃する方がマシなくらいの厳重さだったことをマリアは思い出していた。特にレオハルトの祖母マリー・オルガ氏も射撃の腕に優れた才女で若い頃はレオハルトに劣らない優秀な武人だった。
「……なら……どこが……」
マリアがハッと顔色を変えた。もう一つ重要な場所へと向かう必要があったからだ。
「わ、私の実家!」
マリアは自分の家の方角へと突っ走る。他の四人も追走する。
もう一つの可能性はマリアの家族を掌握されることであった。
大都会の影でマリアたちもまた戦う。卑劣なテロの魔の手はマリアの家族に及ぼうとしていた……。
次回もよろしくお願いします。




