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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第二十一話 ハッカー集団の影

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。

遺体の搬入をすませ、ダニーは呼吸を整えた。

武道が得意だった警察学校の先輩からダニーは冷静さの保ち方を教わっていた。

吸って、吸って、吐く。

吸って、吸って、吐く。

それを繰り返すとダニーの感情的な衝動が消える。その事は彼自身の表情からも知る事が出来た。

レオハルトが彼に近づいてきた。

「……お悔やみを」

「いえ、……彼らも覚悟してこの仕事に就いていました。悪党に『NO』を突きつけられた事が彼らの少ない誇りの一つでしょう。……逃げ出したかったろうに……」

「……すみません」

「気にするな。お前の出来る事をしてくれば良い」

「……はい」

レオハルトは敬礼を行なった。ダニーも敬礼を返す。

年齢と職業の違いを越えた敬意と信頼で結ばれた敬礼であった。ダニーとレオハルトは互いに背を向け成すべき使命のために向かうべき場所へと向かっていった。背後でレオハルトが音速で駆ける音がした。それを聞いてから、ダニーは凄惨な現場へと向かった。







鑑識に向かってダニーは言った。

「……こんなことありか」

「……もう何度言ったことか……と言いたいところですが、お気持ちをお察しします」

「……このあと発火系列のメタアクトの話するんだろう?」

「ええ……被疑者のメタアクトは被害者の細胞の熱量を狂わせます。平たく言えば」

「平たく?」

「ええ……このことを説明するとミトコンドリアの話から」

「……すまん。結論は?」

「人の細胞のATPを用いて猛烈な熱量を発生させる。あるいは自身の細胞内部を使って熱を起こす。いずれにせよ。我々常人とメタアクターの間には能力の差がありすぎます」

「……殺すのもか」

「そうです」

「はは……笑えねえ……」

ダニーは一度うなだれた後、鑑識に質問をした。

「……犯人はどこから?」

「正面から堂々と侵入したようです」

「……正面?」

ダニーは何かに気がついた。ダニーの中には確かに違和感が残っていたが、その答えは今になってようやく彼自身に理解することが出来た。

「……おい」

「どうしました?」

「警備ドローンは?」

「え?」

「監視カメラや警報装置は?」

ダニーは矢継ぎ早に疑問を口にした。

「……突然故障したそうで」

「…………は?」

あり得ない事態であった。通常、共和国警察の装備は月一で定期的点検を行なう。それ以外にも部門や機材の性質ごとに複数回の整備が行なわれており。警備ドローンや署内の監視カメラなどは常に正常に作動出来るように厳重に検査が行なわれているはずであった。

「ですがシステムはいま復旧して……」

「本当に復旧したのか?」

「……と言いますと?」

「……クラッキングだ」

「え?」

鑑識は目を見開き、口をぽかんと開けたままになる。彼は愕然とした表情を浮かべていた。だが、ダニーは確信に近い表情を浮かべていた。

「あり得ませんよ。だって外部の業者に修理をしてもらったばかりで……」

「どこだ?」

「ええと……エレメント商会の……」

「……エレメント商会?」

ダニーは怪訝な顔をした。修理業者ならもっと地元出身の馴染みの業者に頼むのが普通であった。ダニーはそばいた警官から機材修理のリストを調べてもらった。

一応、正規の業者として記録はされていた。電子記録上で。住所やその日の業者の名前や日付が細かく記録されていた。

「…………アッカーマン巡査」

「はい」

その場にいたアッカーマンが頷く。彼も何かを確信していた。

「エレメント商会の本社に行ってきて、業者の名前やら日付やらあたりでカマかけてこい」

「カマ……ウソを言えと?」

「そうだ。何気ない訪問のふりをして聞いてこい」

「わかりました。ですが、規則の範囲内でやってきます」

「おう。待っている」

「では……」

そう言ってアッカーマンの報告を待つ間、ダニーは周辺を調べる。敵の逃走経路や攻撃の手口を調べる必要があった。

ダニーは床から壁からあらゆる場所を調査する。鑑識と同行しながら現場である警察署ロビーの状態を一個一個チェックする。アッカーマンの方で収穫が出ないことも想定し、綿密な捜査を行なう。現場で分かることは可能な限り迅速に結論を出しておきたかった。

「……整備はしてあったのだろう?」

「はい、ドローンは本来なら動くはずですが……どういう訳かコマンドを受け付けなくて……」

「命令を……?」

「はい、機械そのものには異常はないと整備担当から聞いております……こんなことは皆目見当が……」

「……やはりな……」

機械そのものに異常が見られないことを考えると、敵がハッキング技術に秀でた人物に協力を要請していたことが伺える。警察はどうしても『官の組織』である以上、突き抜けた人材が少ないという脆弱性があった。

もちろんSIAやRIDのような特殊な組織となると別だが、幅広く様々な業務を行なう必要のある警察組織はそう言う人間は居辛いという欠陥が根本的に存在した。

「…………」

ダニーは深呼吸してから持っていた通信端末を使ってある場所と連絡を取った。

SIA。別名『レオハルトのモンスターハウス』であった。

ダニーは受付との会話を経由してある人物とコンタクトをとった。

「……久しぶりだな。チャールズ」

チャールズ・A・スペンサー。

階級は大佐。SIAの実質的なナンバー2であった。

彼は見知った人間以外には毒舌かつシニカルだが信頼した人物には心を開いてくれる男であった。スペンサー家、次男として様々な苦労をしてきたことが影響していた。

ダニーはチャールズに信頼されている数少ない人物の一人であった。

「……ダニーおじさんか……お久しぶりです」

「すまないが、頼まれてほしいことがある」

「どんな?」

「コンピューターに秀でた人物が」

「それは凄い話ですね……なぜ?」

「警備システムが敵に掌握された可能性がある。可能な限り調べてもらいたい」

「物騒な案件ですね」

「ああ、おかげで警官が何十人も殉職した。顔見知りも死んだ。協力すれば、後で色々と返す。だから……いいな?」

ダニーは殺気を若干含ませながら相手の返事を聞いた。

「……仲間がやられたなら仕方ないですね。同じ立場ならなりふり構わないのはお互い様です」

「理解が早くて助かるよ」

「首謀者はともかく協力者は生かすように……いいですね?」

「警官にそれをいうか」

「それもそうですね。失礼しました」

「気にするな。……自分を見失わずに済んだ」

「……ダニー警部補」

「どうした?」

「……正直言うと……残念だ。警官の友達もいたから……」

スペンサーは怒りを滲ませた声で素の喋り方をした。敬意表現をかなぐり捨てた彼ならでは表現だった。スペンサーとダニーはレオハルト同様古い親交があった。地元に根ざした付き合いで歳の差を越えた付き合いでもあった。ダニーは人脈優れ多くの地元の有力者とコネクションがあったが、立場や年齢の隔たりを考えずにつきあえる人物は二人のみであった。

一人はレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。

もう一人は、チャールズ・A・スペンサーであった。

「そうか……」

「だから捕まえてくれ。首謀者の……アインを……これは俺の願いでもある」

「……分かってるさ」

「感謝する」

通話が切れる。

感謝すると言ったときの声はこころなしか泣いているような声色であった。

そして、スペンサーから電子メールで情報が届いた。

内容はSIA専属のハッカーから特急で伝えられた情報であった。

特急。わずか数十秒後に届いたそれは緊急性の高い情報であった。

『拝啓、ダニー警部補へ。緊急の情報をお知らせします。本来ならいろいろと挨拶や説明を交えたいところですが……。とにかく結論。今あなたは狙われています。ええ、狙われています。ただ……朗報もあります。それも二つ。まずあなたは完全に殺害対象とはされてはいません。そして、ある集団があなたを調査しています。彼女たちがあなたを狙っています。ガールズ&エレメンツ。彼女たちに注意です』

「…………そうか」

一つめは気になったが、ダニーとしては二つめの情報がとても重要であると把握する。

「ガールズ&エレメンツ……手がかりが……」

ダニーは同僚を守るために敢えて一人になった。手がかりと策を残しつつ。

現場を離れ、変形式銃を抜ける態勢にした。パラライズモードだ。

「……」

野次馬の群れを離れると街はいつも通りの光景だ。呑気だと非難することも出来るが。ダニーにとってはこのおおらかさは好きであった。

四六時中いつも通り。

若いときもベテランと呼ばれ始めた時もこのおおらかな街の空気に助けられてきた。仲の良い仲間の殉職は幾度と見てきたダニーにとってこの街の空気は味方であった。

「……」

片手を懐に入れつつ、ダニーは街を歩く。

背後に人の気配がした。おそらく『エレメンツ』の構成員の気配であるとダニーは薄々感じていた。気づいたのはわずかな物音のせいであった。それは聞き落としかねないほど小さな音であったが、尾行を疑うダニーにとっては最良の手がかりであった。

雑踏の中にあるわずかな音。あるいは風景に溶け込む僅かな人影。

ダニーは薄汚れたコートを着込んで雑踏を歩いた。

雑踏から雑踏へあるタイミングでダニーはある場所へと入り込んだ。

裏路地。

普通の警官にとっては魔境であった。

だが、ダニーにとってはホームグラウンドであった。そこが狙い目であった。

そこは地元の人間でも入りづらい場所であった。

理由は三つあった。

一つめはその場所自体が入り組んでいたこと。

二つめはそのせいで見通しが悪く、あまり清潔そうな場所ではないこと。

三つめは……住民の性質であった。

住民の性質とは見た目や職業的なものであった。アングラな住民が清潔さのない厚着でうろうろしていたのだ。そんな場所に普通の警官は行かない。だがダニーは悠然とした足取りでそこに入っていた。

「……そろそろ出てこい」

ダニーはそこで足を止めた。

背後にはものの良いレディーススーツを着た美女がいた。

「誰だ」

「……ふふ」

「……三番通りあたりか?見た顔だな?」

「……」

女は黙していた。

「……あー、クレア・カニングだったか?こないだのコートの件は世話になったな?」

「……だから?」

「近所の人間は傷つけたくない」

「自分の心配をしたら?」

二人の間に緊張が走った。ダニーが拳銃を握りしめた。

街に潜む者。街に生きる者。運命が交錯した先に待つのは……。


次回もよろしくお願いします。

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