第七章 第十七話 セーフハウス
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
食事を終えたマリアとレオハルトの二人は見知った顔に出会った。
SIAのエージェント『アオイ・ヤマノ』であった。
彼女は黒っぽいスーツ姿で上に明るい色彩のレディースのコートを羽織っていた。彼女はレオハルトの姿を見るなり、安堵した様子で駆け寄ってきた。
「ここにいましたか。レオハルト長官」
「ああ、アオイ君か」
「マリアさんも一緒でしたか。お世話になります」
「レオの部下の方ですね!話に聞いております」
「ふつつか者ですが」
「とんでもない。レオから活躍をきいております」
「そんな!私なんて」
女同士で話が弾みそうなタイミングでレオハルトが話に入り込んだ。
「そろそろ、すまない。……アオイ。ツヴァイの件はどうだった?」
「黙りですね。彼はやり手で……ただ……」
「どうした?」
「気になる情報があって」
「そうか。どんな?」
「アインには気をつけろと」
「アイン……そう言えば数字で呼び合っていたな」
「今のところ確保できているのが二、三、五のみです」
「……他のメンバーは?」
「一、四、六がいますが、現在未確保です」
「……どこまで信用できるか……」
「ただ、こうも言っていました。シン・アラカワが一を追跡していると」
「……シンが?」
その名前を聞いてマリアが首を傾げる。
「……それは不可解よね?シンだったら即座に追跡せず慎重に下準備するはずだけど……?」
「そうだな」
レオハルトが頷いた。
それに合わせて、アオイがもう一つ情報を告げる。
「ただ、もう一つ気になる事が……」
「?」
「……マリア様」
「え、私?」
マリアが大きな目をぱちくりと開閉する。
「ツヴァイの情報によれば貴方ともう一人、アレキサンダー・スタドニクがアインの狙いであると疑われていると……」
「マリアと……もう一人は?」
「シンの友人カズマ・L・リンクスの恋人です」
「……恋人か。彼がどうした?」
「我々の知らない秘密があるようです」
「…………話を聞きたいところだな」
そう言ったところでアオイが通信端末に応答する。
「はい……え!?」
アオイがかなり驚いた様相で端末の方に目を向けた。
しばらくやり取りした後、レオハルトに報告を急ぐ。
「……ヴィクトリア警察署にアインが出現しました!ドライの脱走を幇助する目的のようです!」
「……まずいな。被害は?」
「十数名の警官が殉職。負傷者も二十名以上いる模様!」
「ペニーワース!アディ!マリアを頼む、セーフハウスへ!」
レオハルトがそう言うと彼は群青色の軌跡を描いて道路を疾走した。時速二百キロ以上のスピードで一人の人間が自動車よりも速く走り去った。彼の走った後には落ちていたチラシ等や雪の欠片などが巻き上がった。
どこからか歓声が上がる。レオハルトの存在はこの国のヒーローだからだ。
「!!」
ユキが覚悟を決めたようにレオハルトの行き先を見つめた。
「マリアさん!ペニーワースさんも早く!」
「ええ!」
「お二人とも、用心を」
マリアはアディに付き従って動いた。その後ろには執事のペニーワースも付き従う。
「マリア様」
「え?」
「これを」
マリアからペニーワースからもらった帽子をつける。帽子の縁の部分でマリアは顔を隠した。
マリアの周囲から端末の撮影音が響く。レオハルトへの撮影が大半だと考えられた。マリアはそれを気にしながらアディの方へと向かう。
レオハルトへの歓声を背にマリアたちは避難を開始した。
マリアとペニーワースはアディに連れられてセーフハウスへと退避する。そこは一見すると古いオフィスにしか見えなかったが数人が寝泊まりする分には十分な機能が備わっていた。エアコンも十分に機能していた。
「私の他に味方を連れてきたの。中に人がいても驚かないでね」
「ちなみにその人数は?」
「私を含めて三人かな」
そう言ってアディはエレベーターを経由して数階上の事務所へと進む。その中に入る前に彼女はアナログな鍵を解錠した。
ギィッ……。
軋むような扉の音が薄暗い廊下に響いた。
中は応接室、事務室、休憩室、小さなユニットバスが備わっていた。奥の方には小さな執務室もある。
「……セーフハウス……ねぇ……」
マリアがふと事務室のホワイトボードを見るとこう言う表記が見えた。
旧SIA本部。
「……レオは苦労していたみたいね……」
「そのようですな……立派になられたものです」
ペニーワースが感極まった様子になる。
「ほらほら……感動は後、今は出来る事をしましょう」
「ええ」
マリアがペニーワースに語りかけたときであった。
「誰?」
女の声が奥から聞こえてきた。執務室の方にだれかがいた。
「私よ!マリン!」
「え?」
扉が開く。マリアは目を見張った。意外な人物がそこにいた。
マリン・スノー。
片方を三つ編にした特徴的な長髪。ブラウンの髪が印象的なハーフ系で肌は雪のように白かった。
まぎれもなく元アイドルのマリン・スノーであった。今はサングラスを着用し軍服を着用していたが、アイドルの時の面影は確かにあった。
「ええ!?マリンって。マリン・スノー!?」
「……ええ、私がそのマリンです」
思わぬ有名人の思わぬ再就職にマリアは思わず腰を抜かした。文字通りに。
「ほろ、ほろろ、おろろろろ!?」
目の前にテレビに出ずっぱりだった有名人がいる。その現実によってマリアは感情の制御を失った。
「大丈夫ですか?手を……」
マリンが手を差し出してくる。おそるおそるマリアはその手を握った。
「あ、ありがとうございましゅる」
マリアは目を白黒させながら、スノーが本物であるかを確認した。お礼を言ったが、彼女は慌てて喋ったために舌がもつれてしまっていた。
「えっと、もう一人の味方は?」
「あなたが執事の?」
「はい、シュタウフェンベルグ家執事のペニーワースと申します」
ペニーワースがもう一人の仲間の存在を確認する。有名人との接触に日頃から慣れていた彼はいたって冷静であった。
「ええマリンのそばに」
もう一人も警戒を解いたためか落ち着いた足取りでマリンのそばに寄った。
レイチェル・リード。
SIAの三人娘の一人であった。階級は曹長。軍人とは思えないほど陽気で化粧も濃かった。
「どもー、ってマリア夫人か。あー……これは責任重大そうだねぇ……」
レイチェルはめんどくさそうに後頭部を掻いた。
「レイチェルさんね。マリアと申します。マリア・シュタウフェンベルグです」
「い!?知っているのですか!?」
今度はレイチェルが白黒させる。
「やはりね!レオから聞いてます!明るい方でみんなをまとめていると」
「り、理解が早いなぁ……奥様奥様?頭脳処理強化とかそっち系列のメタアクター?」
「おしい!メタアクターだけど、もっとダイレクトなタイプね」
そう言ってマリアは拳闘のポーズをとった。それを見てレイチェルが笑みを浮かべた。
「へぇ……あ、ということは私の能力も知ってます?」
「はい、あるということだけ」
「あー……隊員の能力自体は外部には機密だからね……そんなにクリアランス高くないけどさ……あ、レイチェルです」
「よろしく!」
マリアもレイチェルも人との付き合いが好きなタイプのためすぐに打ち解けた。マリンは警戒心が強かったために、仲良くなるのは時間がかかるが、レイチェルは仲良くなるのをマリアは強く感じていた。
「よかったぁ……仲良くなれそうね」
「どんな方イメージしてた?」
「もっとこう……知的だけど大人しそうな感じで……」
「人付き合いが苦手そうな感じ?」
「そうそう!中将の奥様だから悪い人ではないと思ってたけど。予想よりも明るくいい人って感じする!」
「ありがとー」
「そんでさ。マリアさんが狙われているって聞いたけどなんで?」
「分からない」
「うーん……敵の狙いが分かると守りやすいよね」
レイチェルの端的な言葉に対してマリンも同意する。
「そうね。うかつに動くのも危険だけど、敵の狙いが分からないともっと危険だわ」
「……アレックの方はバレッドナインが守っているけど……」
「バレットナインと我々が合同で動けば敵もうかつに手が出せなくなるはずだし、協力を仰ぐのはありね」
二人の意見に対してペニーワースも提言する。
「レオハルト様はマリア様に対してセーフハウスへの待機を指示されました。今のところここにとどまるのが安全では?」
「そうね。当面はそれで良いけど、マリアがここにいる事が知られた場合の備えが必要ね…逃走経路はいいけど、時間稼ぎの手段が必要よ」
マリンが老執事の意見に同意しつつも、予備の手段の提言も同時に言う。
マリアにとっては分からない事だらけだ。だが、一つ確かな事はある。正体不明の敵が自分を狙っていると言う事。それだけが明確に彼女に自覚できた。
「……人員を分散した方が良いの?それとも、ここに大勢でとどまるべき?」
マリアは最終的な方針を固めることを皆に求めた。
ペニーワースはお辞儀をした後、こう言った。
「レオハルトとの連絡手段はあるでしょう?なら彼の情報を待つべきでしょうと考えております。マリン殿やレイチェル殿、アオイ殿はいかがでしょうか?」
三人は短く思案した後、口々に同意した。
「レオハルトはこの国でもっとも優秀な指揮官よ。私はペニーワースに賛成するわ」
アオイがこう言った後、レイチェルとマリンも発言した。
「あー……私はこういう頭脳労働はあまり得意じゃないけど、情報源は確保されているんでしょう?なら……動かないでいるのはありかも?」
「うん、問題なさそうね。一番の問題点が払拭されるならそれに越した事はないわ。……待ちましょう。レオハルト中将がすべて終わらせてくれているかもしれませんし」
「決まりですな」
ペニーワースは頷いた後、こう言った。
「コーヒーはいかがしましょう?」
「備蓄ならあるわ」
「準備がよろしくてなによりですが、そうでなかった時のためにコーヒー入りの水筒を持ち歩いているのです」
そう言って彼は一個の水筒をテーブル上に置いた。
ピンクの水筒だった。
「テレビある?」
「そこよ」
マリアは壁の側にあった小さな画面の電源を入れる。ワイドショーの特集で今日の爆発騒ぎが報道されていた。
マリアに忍び寄る不吉な影。意外な出会い。その選択は吉と出るか、それとも……。
次回もよろしくお願いします。




