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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第十六話 追憶

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください

シンとハヤタの食事は不穏な雰囲気があった。

両者はマリンが命を落としかけたこととチームの和を乱してしまったことで深刻な溝が出来てしまっていた。その後遺症は今現在までも尾を引いている。

「…………」

「…………」

言葉にはしないが両者は互いに牽制をし合っていた。シンは普段着(に偽装したレイヴンスーツ)を着用していたが、ハヤタはシンの『もう一つの顔』を理解していた。

『カラスの男の顔』だ。

それはマリンの事件だけでは収まらなかった。

それを見かねて互いのパートナーが話題を変える。

「シン、今日は貝が美味しいよ」

「ハヤタくん、これ美味しいわ」

ユキ・クロカワとエリ・キャッスルが互いの相棒に和やかな食事を促す。

アズマ国由来のファストフード『スシ』にユダ・バレットナイン双方が舌鼓を打っていた。当然そこにはウェルズとアレックもいた。

アズマ料理店に両者は立ち寄っていたのだ。

エリはさっぱりとした料理が苦手であった。特にアズマ料理は食べる事自体は出来る。だが、最初の彼女はあまり乗り気ではなかった。そのために彼女は入店ですら難色を示していたが、店のオーナーがアタリア料理の素養があり簡単な料理を作ってくれたことでエリは食事を思う存分堪能していた。

もちろんスシには手を出さない。

「……彼女はどうしてアズマ料理店でパスタ食べてるんだ?」

「この店のオーナーの親戚がアタリア系の血を引いているらしくてな。その縁だってさ」

アディとジャックがヒソヒソと話をしていた。

「まあ、彼女は分かる。母国の料理苦手なヤツなんて珍しくないしな。……シンはなぜ両方食ってる?」

「……さあ?」

シンはアタリアの麺料理が好きで、それには目がなかった。そして海産物を使った料理も好物である。その結果、シンはハヤタを睨みつけながらパスタとスシを独占するという珍妙な行動に出ていた。

「…………やらんぞ」

「なにしてんだお前」

好物を目の前にするとある種の人間は欲張りになるがシンはまさにその典型であった。

「見れば分かる。食事だ」

「いつの世にスシとアタリア料理を同時に食うバカがいるんだ」

「バカとは失礼だな。どちらも人類史に誉れ高き料理だと思うが?」

「そういう問題じゃねえ。同時に食うとかあり得ねえ……」

「米で出来たアズマ酒も美味いぞ。今は勤務だから飲まないが」

「そう言う問題じゃねえ……というか未成年だ、こっちとら」

「……そう言えばお前は高校三年生か」

「何回言いわせんだゴラ」

ハヤタが思わず喧嘩腰になる。シンは完全に食欲の奴隷だ。量も多い。

「こら……ハヤタくん……せっかく食事に誘ってくれたのに」

エリが周囲の人間と仲間に気を遣いハヤタを諫める。

「ライバル意識強くてな。悪く思うな」

「おう……」

「さてどっちも美味そうだ」

「無視すんなやゴラ」

シン・アラカワは普段着に偽装したレイヴンスーツのまま両方の食事に夢中になっている。食欲の奴隷と化した元空挺部隊士官の成れの果てを見て、正義の味方を自称する少年は唖然とした様子で男を見ていた。

「ジャックだっけ?こいつなんとかして」

「無理だ。俺たちのアラカワ社長はこれと決めた事は変えないからな。食事も例外じゃねえ……というか、邪魔したら殺される」

「右に同じ」

ジャックの言葉にアディが賛同する。

それを聞いてハヤタががっくりとうなだれる。

「おい、コウイチ」

ドウミョウがハヤタに声をかける。

「なんだ?」

「そんなことより甘エビ美味いぞ」

「友よ、おまえもか」

再興歴以前の政治家の最期よろしく『友よ、おまえもか』と言ったハヤタはパンクした脳みそを抱えたままうなだれた。そしてそのままスシをむしゃむしゃする存在に堕ちてゆく。

「うめえ」

かくして、スシが元々好きなハヤタはしばしの間、考える事をやめた。

この店のスシは絶品であった。スシ好きのハヤタでなくても虜になるほどに。ハヤタは普段食べられる安物とのレベルの違いに思わず恍惚の笑みを浮かべた。

「ここの料理は好きなんだよね。僕はアズマ料理が恋しいときはいつもここ来てた。ここのオーナーが分かっている人でさ」

カズが得意げな様子でこの店について説明を行なった。

「スシもいろんなところで研究していたらしくってさ。本格的な味で美味しいんだ。ここ大好きでさ」

「お気に入りのようだな」

背広のモリ室長が回遊魚のスシを頬張りながら頷いていた。

あらゆる技術が発達しても人類は食の喜びを忘れる事はなかった。ある種の人間は食べられさえすれば良いと考えるが、大半の人間は腹を満たした上で味を堪能することを渇望していた。スシもその文化と言える。

あらゆる魚介類の切り身を一口大のご飯に乗せて食べる文化はアズマ国を代表する文化の一つと言える。この見慣れぬ料理に魅了されるものは多かったがその本質をよく理解する人物は美食にうるさいフランク連合の人間でも多くはなかった。

「元々、シンプルさが売りの料理なんだよね。それを分かってくれる店って少なくてさ」

「ああ……確かにそうだ。フランク連合の料理みたいにソースをかけたり、するのも許しがたいが、……アボガドはもっと許しがたい」

「それな」

「ほんとそれ」

カズとハヤタのコメントにシンとユキが全面同意する。

そばで聞いていたジャックとアディは気まずそうに顔を見合わせていた。そんな様子をつゆ知らずルイーザがうんうんと頷いていた。

その後、はっとした顔でルイーザが口を開いた。

「ボス?」

「どうした?」

「元々仲良かったんじゃない?」

「誰と?」

ルイーザはハヤタの方を指差していた。

「ああ……元々はな」

「……途中参戦だったし、私元々『ガールズ&エレメント』の用心棒していてあまりよく知らなかったけれど……マリンのことで……」

「……ルイーザ。あんまり人の事情に……」

アディがルイーザを注意する寸前でシンが止める。

「いい……元々俺はこいつの事を尊敬していた。それは事実だ」

シンがハヤタの方を見て言った。

「マリンは恋人だったのだろう?前は」

「今は違う。……というより元々、俺はエリが好きだった」

「マリンから聞いている。前は水族館に行くくらいに仲良かったはずだ」

「……ああ」

「その時もらったぼろぼろのぬいぐるみ。おまえのだろう?」

「……ぼろぼろ?渡したときはそこで買って……」

「……なぜぼろぼろだったと思う?」

「……え?」

「……マリンが同じグループのアイドルに嫌がらせを受けていたのを知っているだろう?」

「………………ま、まさか」

「そうだ。そいつらにやられた」

その場の空気が凍りつく。先ほどまで和やかな再会の空気は異質な緊張と隣で食事をしていた団体客が身震いを感じる程の殺気とシン以外の人物の恐怖が支配していた。

「…………ざまあないな。今、アズマ系のアイドルが不景気だろう?自業自得だ。特にマリンの古巣はな。マリンという才女をないがしろにした無能どもにはお似合いの結末だ」

シンは無表情だ。

しかし、シンの放った殺気は極寒の空気よりも冷たく、その瞳にはクレバスのような暗黒すらあった。

「お前は正義の味方を自称しながら、独りぼっちで苦しむ女の子を見殺しにした。俺が救いはしたがな。……このことについてきちんと話をしておきたかった」

「……」

「なぜだ。ヒーロー君?前だって飛び降りかけたマリンを救ったのだろう?」

「……ああ」

「……ドウミョウ」

「…………」

「その時、お前もいたんだろう?ユキの調べた情報から知ってるぞ」

「ああ……」

「お前は何とも思わなかったのか?」

「……いや、俺だって……」

「なんだ」

「いろんなヤツを見てきた。自分の煩悩の為に苦しむ人間の闇を払うのは俺らドウミョウ家の役目だったからな。今もそうだが」

「……煩悩ねぇ」

「お前が無神論者なのは知っている」

ドウミョウが不服そうな表情を浮かべた。シンは気にせず言葉を続ける。

「……神は親友や母を救いはしなかった。いつだって、神は人を救わない。人が人を救うんだ。今も昔も」

「神はそこにいるだけだ。アズマではそういうものだ」

「……なるほどな」

「マリンがアイドルとしての道を考え直してくれたなら…………俺たちだって…………救ったさ」

「……さっきも言ったが、前までのお前たちは尊敬していた。仕事でも共にいた事もあったけな。ハヤタ」

「……SIAの特殊部隊にいたときのお前は凄かったよ。外人空挺部隊にいたときの噂は聞いていたが、あれほど苛烈で勇猛な戦い方をするのはモリ室長か……彼以上かもな……」

「嬉しいね。お前たちの上官のモリ以上だなんてな」

柄にもなくシンは笑みを浮かべる。ハヤタの前で笑みを浮かべたのは久しぶりの事だった。

「その時は曹長だったっけ」

「いや、SIAにいたときは少尉になっていた。曹長だったのはSIAに入局して数日の間だけだった」

シンはふと何かを思い浮かべ、ハヤタに語りかけた。

「……そういえばハヤタ」

「なんだ?」

「第三次銀河大戦のスコアはどうだった?」

「要塞艦二隻、戦艦三十四隻、空母十二隻、駆逐艦は……二八〇〇隻沈めたな」

「お前一人でか?」

「ああ」

「……要塞艦は……あの時か」

「ああ、第三次アネッサ会戦だな。その時に戦艦三隻沈めたろ?」

「お前もお前で、戦艦二十五隻沈めたな」

「その時だ。少尉昇進が決まったのは」

「そりゃ……な」

ツァーリン連邦を中心とした管理主義三国軍事同盟とアテナ銀河連合軍が激突したその戦いは、シン・アラカワとレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ、コウイチ・ハヤタにとっても大きな転換点となった戦いであった。

ツァーリン連邦は銀河の延命の為に活動するエクストラクターの魔装使い量産政策を支持し、二ヶ月に渡ってアスガルドと小競り合いを繰り返すことになった。

再興歴326年十月についにツァーリン連邦軍を中心とした三国同盟とAGUおよび共和国軍を中心とした反エクストラクター派の国家連合が交通の要所、アネッサ星雲にて空前の軍事衝突を行なった。これが後に第三次アネッサ星雲会戦と呼ばれ、人類史に残る大激戦となった。

この大会戦でアスガルド軍は勝利を納め、レオハルトやシンにとっては重大な局面を迎えた戦いであった。

そして、ハヤタにとっても様々な意味で忘れられぬ重要な過去でもあった。

ハヤタ、ウェルズ、シン。戦いと英雄。過去と現在。正義と流された血。不吉な影を抱えて、時は進む。


次回もよろしくお願いします

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