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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第十四話 ランチ

この物語は残酷な表現が含まれる事がございます。ご注意ください。

マリアは警察の取調べから離れてレオハルトと再会した。

レオハルトとマリアは再会と同時に抱き合った。

「レオ!良かった。貴方が怪我をしていたなんて!」

「マリアが無事で良かった。まさかマリアが巻き込まれるなんて!」

レオハルトはマリアの体を抱きしめた。マリアもレオハルトの体を両腕で抱く。二人の体温が互いを暖める。

マリアはレオハルトの体を自身の腕で抱きしめる。離れる事を拒むように。

その様子はどこにでもいる愛し合う二人男女そのものであった。

「……正直、父の知り合いに会うなんて思わなかった……もう会いたくないのに……」

「会いたくない人か……どんな人だ?」

「料理の腕以外はどうでも良い人たち」

「……知らない世界だけど。命は大事にしないと……」

「それよ!良かった……私一人じゃなかった……」

マリアは涙ぐみながら、レオハルトとキスをする。レオハルトは最初驚いていたが、彼女のことを察して大人しく接吻に応じる。

唇と唇。

重なり、体温が伝わり合う。

マリアはレオハルトのうっすら赤くなる顔をみて笑顔になる。

彼も笑顔で返す。というより、マリアの笑顔に反応するかのように彼も笑顔になった。

「一人じゃない。残酷なことにはなんにでも立ち向かうつもりだ」

「私のせいだったら?」

「君にそんな事はさせないし、巻き込んだ者は誰であっても許さない」

「……ありがとう」

「当然だろう?」

「そうね」

「そうだ」

レオハルトはもう一度唇を重ねる。しない理由はなかった。

マリアは自分から受け入れる。拒む理由はなかった。

「……なんだかお腹すいちゃった。安心したから?」

「かもね。……もうさ。作りたくないや」

「そういえば、ヘルズと行動を……」

「もう……せっかく忘れたかったのに」

「ああ、すまない。あまりに印象的な集団なものでね」

「全く……あいつらよりもシャドウのほうが良かった。シャドウは優しいし」

「……シャドウが優しい……か」

シャドウの正体がシン・アラカワである事を知る者は少ない。

軍でも一握りで、警察の大物がかろうじて知りうる程度であった。政界はその正体を探っているが正体にたどり着けていない。

現時点で知っている人物をまとめると、実の家族、レオハルト、自身の仲間と相棒、警察の大物、古巣であるSIAの人員、軍の何人かの人物、大国の諜報機関の関連人物。以上になる。つまりそれ以外で知りうる者は正規の手段以外で知り得たか、彼と親交のある人物であると推測できる。

当然、マリアは知らなかった。

マリアにとって、シンは背の低くて穏和な元軍人程度にしか知り得なかった。

シンの任務の性質上、知られないということはとても重要な事だった。知られることで死に向かう命があったからだ。シンにとって、無関係な人間の命を奪う事は忌避すべき事であった。それは自身のトラウマに基づくものか。あるいはそれ以外の……。

いずれにせよシャドウの正体は一部の人間を除いてかなり厳格に秘匿されていた。







いくつかの疑問があったが、それよりも二人は食事を優先する事にした。人間の歴史は空腹との戦いでもあり、空腹を解決して初めて他の事に専念できる。生物としての宿命であった。

レオハルトもマリアも空腹な上、街を動き回っていた。なので、手早く食べることを二人は望んでいた。

「……知り合いの店にしましょ」

「そうしようか」

二人は顔を会わせながら近くのレストランで食事をとる事を決定した。

そうして二人がしばらくその店を目指して歩いてゆく。

車の往来や人の話し声が周辺に満ちあふれていた。爆発の現場はパニック状態だったが、それ以外の場所では普段通りだった。

呑気とも言えるかもしれないが、それこそがこの街の強みでもあった。

談笑。

陽光。

活気。

会話。

あらゆる陽気さと平凡を内包してこの街は回る。

食事もまたこの街と同じくらい平穏なものであることを祈りながら二人は店の前へとたどり着いた。

ビリーズ・キッチン。

かつてはアズマ国で店を開いていたが、首都ヘイキョウの歓楽街で見た事件を期に一度畳んでしまった名店。今現在は生まれ故郷のヴィクトリアにて再スタートを始めたという。その事件には若い少年が血で血を洗う闘争を行なったとか『冷血カール』が関わったという噂もあるが真相は定かではない。

知る人ぞ知る名店でここに訪れる人間は少なくない。

その店内はその当時と変わらない落ち着いた色彩の内装で出来ていた。

「……いらっしゃい……おお、レオさんか」

「お久しぶりです。ビリーさん」

ビリー・ブラント・ジュニア。

この店の店主だ。ネイティヴ・アスガルドの生まれで、顔の皮膚には苦労の跡が伺えた。長身で無口だが、声色と表情そのものは穏やかだ。

この店に来る人には三つの理由がある。

シンプルな料理。

店主の人柄。

落ち着いた店の内装。

隠れ家のような店の雰囲気でファンになった客は特に多い。

マリアは外食をしないがここにはたまに来る。レオハルトはマリアの手料理を食べられない日はこの店か、軍の食堂、購買店などで買ったもので食事をとることが多かった。

「……今日は?」

「いつもの」

マリアはエッグライスとデザートのセットを頼んだ。

「僕はトマトパスタとスープのセットで、あとコーヒーとデザートも」

「……あいよ」

ビリーは静かに微笑んで返事した。

『あいよ』が彼の口癖だった。静かに良いながら下ごしらえした材料を器用に調理する。エッグライスはこの店の名物料理であった。いくつかの刻んだ野菜や細かくした薫製肉。それらを米と卵と共に炒めたシンプルな料理だが、絶妙な味付けでファンが多かった。

マリアはレオハルトの方を見る。

「そう言えばこの店って結構来てたっけ?」

レオハルトは言った。

「たまにね。来れる時に来るって感じ」

「そう。お気に入りのお店なの?」

「お気に入りだ。君の次に」

「ありがと。……次の休みは気合い入れて作るね」

「楽しみだ」

「もう……相変わらず上手なんだから」

「それだけに許せない」

「……うん?」

「無理矢理、マリアに料理手伝わせた連中も……。マリアの近くで爆破したヤツも」

「……いいの」

「よくない」

レオハルトはマリアだけに本当の気持ちを露骨に見せた。彼の額にしわがあった。

「怒ってくれるだけで嬉しかった」

「……そうか」

「うん、……私ね。爆発の前に人を助けたの」

「人?」

「料理対決の後、人が大けがをしたの。私だけが治療してた」

「そうか……そんなことが……」

「見知らぬ競争相手だとは言え、怪我した人を見捨てるなんて酷すぎるわ」

「全くだ。……彼らはもっと厳重な刑務所に送られるだろうな」

「そうね。……それだけが救いだわ。だけど審査員は……」

「見つける。どういう連中かは知らないが……」

「……フサジロウ・ウナバラ。彼が中心だった」

「彼か。ダニーにも伝えておこう」

「そうね。彼も追っているんだっけ?」

「尻尾は出さないが……いずれ捕まえる。美食のために手段を選ばなすぎたのはいただけんな」

レオハルトが厳格な表情を浮かべていると店主が料理を運んできた。

マリアのエッグライスとレオハルトのトマトパスタであった。パスタの具材は塩漬け肉の細切れとキノコで、ソースの味付けがシンプルかつ絶妙であった。

シンプル。

ビリーの料理はシンプルさの中に奥深い調和があった。

派手な料理は何度か食べると飽きるが、ビリーの料理は飽きにくい工夫がなされていた。季節ごとに具材が変わる事に加え、味付けのバランスに毎日変化があった。

「……良いトマトだ」

開口一番レオハルトがそう言った。

「ジョージア・アイランドから持ってきたようだな」

「ご明察……首都星ヴィクトリア内でとれた野菜だが南半球だと季節が逆だから二月でも美味しいトマトが収穫できる。知り合いの農家に頼んで空輸してもらった。他の野菜のついででな。今日はトマトが食べたいお得意様がいて……」

「なるほど……」

「…………気に入ったようですな」

「正直驚いているよ。素敵な食事になりそうだ」

レオハルトとマリアはビリーの素敵な食事に舌鼓を打った。

シンプルだけにごまかしのない味は料理に慣れたマリアの舌にすら、否、料理好きのマリアこそ感動を覚えさせた。

「ああ、……美味しかったわ」

「これは……マリアの味に肉薄するレベルだな……ううむ」

「……ありがとうございます。コーヒーとデザートもございますので」

「ああ……そうだったね」

ふとレオハルトはカウンター奥の写真に目を向けた。その一つ、少年の写真を見てはっと目を見開いた。

まぎれもなく、シン・アラカワの写真であった。シンのそばには彼の兄タカオと店主のビリーが笑みを浮かべていた。シンは無表情であった。

「……これはいつの写真です?」

「これか……もう五年以上前のものだな……」

「この少年見覚えがある……」

「……シンか」

感慨深げに店主は呟いていた。

マリアが驚いて素っ頓狂な声を上げる。

「え!?シンって……あ!本当だ!可愛い……でも表情が……変よ?」

「この子は……可哀想な子だった……」

「彼になにが?」

シンが問いかけると、涙ぐむような目でビリーはレオハルトに言った。

「…………触れないでやってくれ。彼は泣き虫だが優しい子だった」

「……そうか」

「…………」

マリアとレオハルトが別の写真に目を向ける。

おそらく五歳ぐらいの頃のシンの写真だった。

その写真のシンは笑っていた。普通の少年と変わらない朗らかな男の子であった。その彼は美しい白いワンピースの貴婦人に抱えられて映ってる。明らかにシンの母親であった。

デザートを楽しんだ後、レオハルトとマリアは店を出た。料理は美味しかったが、それ以上に緊張していた。

「あの三人も気になるが……」

「レオ、聞くべきだわ」

「どっちだ?」

「店主の事。もしかしたらナンバーズについて手がかりがあるかも?」

「そうだな」

「……どうしても聞く気か?」

ビリーは特殊な軍服を着たレオハルトを警戒していたが、マリアはどうにかなだめようとする。

「……私ね。シンの仲間なの」

「バレッドナインか?」

「違うけど、それとは別の仲間」

「…………詳しく聞かせろ」

「私……知りたいの」

マリアは一拍置いてから口を開いた。

「シンの過去。……ナンバーズの手がかりになるかも」

マリアの目には暖かく強い光があった。

シンの因縁とナンバーズ。二人は暖かな食事を終えて、真実へと向かう。


次回もよろしくお願いします

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