第七章 第十二話 院内の篭城戦
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
シンが床に飲み込まれるところを全員が目撃した。
「そんな……」
ユキが茫然自失の状態になる。ジャックがどうにかその場にいる人間をなだめようとしたが、ユキが冷静さを失いつつあった。
「嫌……いや!ああああ!」
「アラクネ!自分を保て!」
「だって!」
「……ただで飲まれた訳じゃない!なにか考えがあるはずだ!」
シン・アラカワ。元空挺部隊士官。前大戦における影の功労者。
彼を敵にさらわれたことで起きた動揺は決して小さなものではなかった。
カズもユキ同様、心の整理がついていない状態であった。
アディとルイーザは冷静さをどうにか保っていたが、気の利いたジョークも提言も言う事はない。動揺のあまり言葉を失っていた。
ジャックだけがどうにかシンの言葉を守っていたが彼も目が泳いでいる。
この反応からシンが如何に信頼されていたかがダニーには伺えた。
「……動じるな」
ダニーは静かに、しかし確かな重みを持った口調でバレッドナインのメンバーに言った。
「ただの刑事さんは黙ってて!」
「……そうだよ。俺はただの警官だ。だからこそ動じるな。そうだろ?」
「!!」
ユキははっとしたように目を見開く。
「……お前ら、アイツがなんの策もなく敵の中に引きずり込まれるアホだとでもおもっていたか?」
「だがな……敵はメタアクターで」
「ジ……今はスペードと呼ぶようだな。そこの黒い肌の兄ちゃん。お前さん、軍歴は?」
「……それが?」
「軍歴だよ」
「……フランク連合外人部隊にいた。310年から319年までいた。最終階級は軍曹だ」
「へえ……たいした根性してやがる。マッチョなのは見てくれだけじゃないだろうに」
「それと今の何の関係が?」
「大有りだ。お前さんだって空挺降下の経験があるのだろう?」
「……ああ、敵地の真ん中に降り立って撹乱したり、破壊工作をすることもある。死ぬような状況でもな。飛び降りて地表すれすれで落下傘を開いてから……」
「戦ったか?」
「もちろんだ。何人も殺した。装甲車相手に手投げ弾で挑んだこともある。あの時は生きた心地がしなかった」
「スペードだったな。……ロメオをどう思う?」
「優秀だ。俺なんかよりもずっと」
「なら信じてやれ。飲み込まれた先できっと大暴れしているだろうさ」
「だろうな」
「俺たちは自分の安全だけ考えるぞ」
「まさか、刑事に諭されるとはな」
「俺も若いときは陸上部隊にいた」
「そうか。あんたも」
「ああ……といっても若いときはそんなに立派なヤツじゃなかったがな。足引っ張ってばかりでな。お前さんはもっと立派だったのだろう?しっかりしな。……アイツは今も戦っているのだろう?」
ダニーはそう言って階段の方から一階の方角を警戒する。
敵の動きは今のところ見られない。
次の襲撃があってもおかしくないはずなのに敵は沈黙していた。
「……」
「……」
「……」
ダニーとジャック、ルイーザが武器を構えて一階を見る。
ユキが深呼吸して地面に片手を置いた。冷静さをどうにか保とうとしていたのが伺える。
「すー…………」
アディも窓の外に警戒する。
全員が敵の襲撃に備えと言葉を最小限にする。
互いの靴音や装備の擦れ合う音だけが響く。
静謐の中で潜む。沼地に潜むワニのように。
「……」
「……」
ユキとアディが顔を見合わせた。
ジャックがユキの方を見る。
ユキがハンドサインで会話する。柱の方角を指差した。
敵。一人。
ジャックはそこをみると人の姿がちらついていた。ジャックから見て左側の柱であった。来院者用の長椅子が側にあった。それを盾にするかのように『敵』は動いていた。
バチッ!
通路の蛍光灯が強烈な電気と共に砕ける。ガラス片が両チームに降り掛かる。
二階にいる入院患者や看護婦たちから悲鳴が上がる。
「離れろ!離れろ!」
ユキが何かを悟って一階の方を見た。
何かが二階程の高さまで跳躍する。
彼は『片手に怪我』をしていた。ユキが義手をアームキャノンへと変形させる。光と共に飛びかかった男が階段を転げ落ちた。
「敵襲!!」
そう言ったときだ。
いつの間にか床から女が現れた。その女はニーナ・ケルナーに似た赤毛の女だった。
ルイーザの顔色が変わる。
銃は抜かれていた。
ケルナーもどぎはにやりと笑いながら指をルイーザに向けた。
「お前……刑務所にいるはずじゃ!?」
「刑務所?オリジナルのことぉ?キャハハ」
子供のような笑みを彼女は浮かべる。
そして、互いは互いを撃った。
ルイーザは体を逸らしたが左の義腕にゴルフボール状の穴が開いた。
「貴様ァァァアアア!!」
ルイーザは怒り狂い、滅茶苦茶に拳銃を乱射した。
ケルナーもどきは脇腹に拳銃を掠っていた。出血はあるが致命傷ではない。
その状態で回避を試みたが彼女はとうとう手傷を負った。
三発目に脇腹。
六発目に左足。
「……まずい!」
ルイーザは嫌な予感がした。
大抵の人間にとって三という数字はどちらかといえば縁起の良い数字の一つであった。だがルイーザにとって三は不幸の前兆であるという予感があった。
「だから三は嫌なのよ……」
ルイーザは背後から強烈な衝撃を受けた。より正確に表現するなら後頭部の方角からであった。
敵はいつの間にか天井にもいた。
「がががあが……!」
ルイーザはどうとその場に倒れてしまった。義手や拳銃などの金属製の物体を身につけていたことも災いした。
「敵襲!!」
ユキは電気を操る男と穴を開けるケルナーもどきと床人間を同時に相手しなければならないことを悟っていた。
ジャックとユキ、ダニーがカズやアレック、マリアのそばに密集する。
人数での優位性が崩れ始めていた。
不十分な装備。
庇いながら戦う状況。
閉所や電気の通った場所。
あらゆる要素がユキたちを不利にした。
「…………まずいまずいまずい……」
ユキはともかくジャックとダニーは訓練を受けた兵士と警官にすぎず、特殊能力を持った敵に対しては著しく不利であった。
ダニーはたまらず前に出る。警官として目の前の危険人物たちを放ってはおけなかった。
「この野郎!」
ダニーは警察装備の一つで応戦する。変形式の銃を取り出す。近距離ではスタンガンとしての機能も備わっている代物であった。
ダニーは電気男を攻撃するがびくともしない。それどころか元気を増している様子であった。
「ぐ……」
男は片腕を振り下ろしダニーを攻撃しようとする。とっさにダニーは銃で攻撃を受け流したが男の腕の電気で変形銃が機能不全を起こした。
「回線が!?」
ドライが両足で猛烈な蹴りを喰らわせた。
ダニーは二メートルほど吹き飛ばされ、体を起こそうとしたところでドライのローキックを顔面に喰らった。
「ごぉ……」
だがダニーは怯まないドライの足を摑み掛かった。
「この……変態親父が……」
「どうとでも言え……犯罪者が……」
何度も顔面に蹴りを入れられても放さない。警官らしい執念だった。アディもドライの捕縛に加わり敵の捕縛を試みる。
「借りるよ!」
アディがダニーの手錠を借りる。当然、手の先は上へと向けた。指が味方に向かないようにしたためだ。
「ああもう……ツヴァイ!どうにかして!」
ドライの呼びかけに床男が反応する。
「頃合いだな」
そう言ってツヴァイと呼ばれた紳士服が床から『焦げた男』を引っ張り上げる。
シンであった。
「……!!」
ユキを始め、バレッドナインが動きを止める。
「全員聞け。降伏しろ」
ツヴァイが尊大な表情をしてバレッドナイン一行を見下ろす。
「抵抗すれば……分かるな?」
ユキは泣きそうな顔になった。バレッドナイン一行も戦意を喪失しかけた。
だが、何かに気がついた。
ダニーとマリアはもっと早く気がついた。
「……私は戦わなくて良かったわね」
「お前さんはキツく言われているだろう?」
「でも、いざって時は……」
「まあいい……あいつは御愁傷様だ」
ツヴァイは訳が分からず苛立ちの様相になる。
「聞いてなかったのか!?抵抗すればこいつを殺すぅご!?」
感電によって気絶しているはずのシンは猛烈な速さでツヴァイの顎を殴り砕いた。
「ご……がぁ!?」
混乱したツヴァイのこめかみに殴打を喰らわせる。
「な……なんで!?」
「おいドライ!?なんでこいつ起きてんだ!?」
「知らないわよ!?……フュンフ、アンタちゃんと電撃浴びせたッ!?」
「したぞ!?どうなってんだ!?」
ふらふらの状態でシンは言った。
「良いぃ……スーツだ……起こす機能……あるとは……」
その言葉でドライとフュンフと呼ばれた電気男は全てを察した。
「バカ……な。気絶したふりを……」
「暴漢に……スタンガンで襲われることも想定した……スーツだからな」
ふらふらの足取りであるにも関わらずシンはスーツの機能と気力だけで立っていた。気絶はしていたが途中でレイヴンスーツの強制覚醒機能で無理矢理起きる事が出来ていたのだ。
「こいつ……普段着じゃねえ!?まずい……」
それを境に反撃が始まる。
「じゃ……一番調子に乗った……『あなた』からね」
マリアが両腕をエネルギーで覆った。艦船のエナジーバリアーの要領で電気から身を守るガントレット状のフィールドを自身の能力で彼女は作成したのだ。
「う、うるせえ!!」
マリアが男の動きを目で追う事が出来た。夫の加速能力程ではないが、数秒程度ならばレオハルトの加速並のスピードで動く事も出来た。
フュンフの動きの軌跡を読み、マリアは渾身の右ストレートを与えた。
敵は加速した勢いとマリアの強烈な殴打によって猛烈なダメージを負った。
カウンターの要領である。パンチによる作用と敵の動きの相乗効果でフュンフは強烈な一撃を直撃されることになった。
「がごがッ!」
強烈なマリアの殴打によって奥歯が砕け、フュンフの口から歯の欠片が反対側の口から飛んでいく事になった。
「現逮!現逮だ!お前ら全員現逮だ!」
ダニーは顔から血を流しながら、『現行犯逮捕』を叫んだ。
「ポイズン!!それとロメオ!」
「ここに」
「手錠……いや、特錠だ!Sの字があるヤツ!」
「二つもらう!」
「腕だ!やれ!」
ドライとツヴァイ、フュンフはこうして捕らえられた。
特殊手錠は手錠型の捕縛装置で被疑者がメタアクターの疑いがある場合に使用される。細胞抑制装置が手錠自体につけられていて、メタアクトを使用するとその細胞エネルギーを逆に利用し気絶させる機能があった。
かくして、手傷を置いながらもシンたちは正体不明の敵を全員捕縛することに成功した。
ぎりぎりの勝利。数字で呼び合う敵の正体は……?
次回もよろしくお願いします。




