第七章 第十一話 襲撃
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
正午がすぎた頃だ。
アルファ・フォート地区の『ヴィクトリア市立総合病院』の一室にシンたちはいた。
話に加わってきた老紳士は臆面もせず芸術への欲求を告白した。
シンは警戒しながらも、その言葉は本心であると悟る。
表情筋、目線、息づかい、心拍、口調、言葉遣い、動作、呼吸。
あらゆる観察できる要素が、老紳士ことウェルズの本心を如実に示していた。
「……」
シンはこの奇怪な老紳士が執筆の為だけに自分に近づいてきたことを察した。その後、シンは言った。
「……流石はジョージ・H・ウェルズということだな。俺たちの事は分かっているな?」
「……『カラスの男』の仲間。お前たちはある男とその協力者たちに命を狙われている」
「悪党の恨みなら買っているからな。俺たちは他人と自分たちの安全を守るためにこの商売をしている」
「民間警備会社バレッドナイン・セキュリティ」
「このご時世、アスガルド国内外にも助けが欲しい人はいるからな」
「……この前のアイビスタンの内戦を終結させていたな」
「そうだ。今回の敵はその時に商売を邪魔された人物の報復だと考えている」
「あの国は裏社会の住民にとっては美味しい場所だったからな。麻薬、売春、資金洗浄、賭博、違法な銃器・兵器密輸の温床……」
「ああ……趣味と実益を邪魔されて怒っている人物に心当たりがある。……教えはしないが」
「その心配はない。……アズマ人だろう?ノブって名前だったな?」
「……よく調べてあるな」
「小説の執筆はリアリティが命だ。リアリティの維持には常に学ばないと」
「ああ、なるほど……だがこの話題は手を引いた方が良い」
「どうしてだ?」
「分からないか?自分の利益と快楽の為に手段を選ばない人物だ。うかつに調べられていると知ったら確実に……」
シンは一拍置いてから言った。
「消されるぞ。これは脅しじゃない」
ウェルズは胸元から何かを取り出した。シンたちは一瞬警戒したが、銃ではないことを悟り警戒を解いた。
「そうビビるな。ライターだ。お気に入りの品でな」
カチャン。ピン
金属質な音が病室に響く。しばらくライターを弄った後、ふたたびウェルズは胸ポケットにライターをしまいこんだ。
「喫煙者か?」
「違うが、くれたヤツが喫煙者だった」
呼吸を整え、シンは再度口を開く。
「すまんな。こういう商売はいつ撃たれるか分からないんでな」
「そのご友人もそうか?」
ウェルズはカズの方向に目配せをした。
包帯を巻かれたのカズは相手が相手だけに興奮した様子だった。
「か、『限りなく孤独な青』のウェルズ先生が……目の前にいる……」
「ああ、……懐かしい名前だ。私が若い時に書いた作品じゃないか……」
「先生の作品のファンですから!」
「そうか……嬉しいねえ」
感慨深げにウェルズは微笑む。彼のしわの多い顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「それで私のファンはどうして包帯なんか?」
「殺されかけた。後ろから殴られて、自爆車両に閉じ込められていた」
「……下衆なヤツらもいたものだ」
「だろう?誰であろうとお構い無しだ」
カズのそばにはアレックがいた。彼がカズの読みたい本や語学の本を探してきてくれている。
「ほう……外国語に詳しいようだね」
「あ、先生もこの本読みます?」
「フランク連合の田舎に出張した事がある。取材でね。田舎の農村を題材にしたかったんだ。その縁で読んだりした」
「あ、それって……」
カズが思い出そうとするが題名が出ない様子だった。
「それは『神と眼球』でしたね」
アレックがそう答えた。
「アレック、それだ!」
カズが肯定する。
「……農村に住む大家族を抱えた大地主と都会で孤独と絶望を抱えた実業家の主人公の話だな。それは俺も読んだ」
シンが頷きながらカズと話を弾ませる。
「そういえば、どんな話かしら?」
「アディは読んだ事なかった?」
「私はまだその小説は読まなかったわね」
「主人公の過去が哀しいのよね。人間不信と将来への不安に苦しんでお金だけが彼の心のよりどころだったわ」
「……そんな話なんだ」
ユキの説明にアディは何処か哀しい目で何処かを見ていた。
「えっと……すまない。私は文字だけの話はさっぱりで。映画なら見るけど……」
「あー……俺も小説はあまり読まないからさっぱりだ。仕事で忙しくてドラマぐらいしかなぁ……」
ジャックとルイーザは活字の芸術に馴染めないためか完全に置いてけぼりの様相になっていた。
「そちらの二人、あまり本は読まないかね?」
「ええ……まあ……」
「ごめんなさい。私は元々お勉強もそれほどだったから……」
「そうか。まあ、学校の教科書と違って肩肘張った読み方は必要ないからこんど短編小説を見せて上げよう。気が向いたら足を運んでみると良い」
「感謝します」
「ありがとう。じいさん」
ジャックとルイーザは老紳士の気遣いに感謝していた。
「二人は他の読者諸君からあらすじを聞いておくとして……本題だ。君たち以外にノブを追っている人物がいる」
「まあ、特務機関や警察機関は軒並み追ってはいるが……」
「君には興味深い人物だ。タカオ・アラカワ」
「兄貴か。俺の兄がどうした?」
シンはウェルズに語りかける。
「……ハミルトン地区。つまりこのヴィクトリア市内にいると分かった。彼は独自のルートで彼を追っている」
「ハミルトン!?ヴィクトリア市の東部に!?」
「意外だと思うだろう?だが、人の多いところには潜伏もしやすいと言う事だ」
「なら今すぐに……」
「シン」
「どうした」
緊迫の面持ちでユキがシンに語りかけた。
「……警備員の通信がおかしい」
「何?」
「明らかに誰かと戦っている。……メタアクターと」
「……全員、警戒態勢。……ダニエル警部補。マリアとウェルズ氏の護衛を頼む」
「……君たちは?」
ダニーは拳銃を構えながら、シンに質問を投げかける。シンは普段と変わらずこう答えた。
「慣れているから心配ない。それに狙いは俺たちだ」
「駄目だ。ここは紛争地帯でも戦地でもない。警察に……」
ユキが話に割り込む。
「警部補、通報はこっちでしましたが電波妨害が」
試しにダニーが通信機を確かめる。
「……なんてことだ」
「敵は『プロ』でしょう。なら我々だけで動くことを考える必要が」
「……分かった。だが二つ約束だ。殺すな。そして民間人を巻き込むな。それを忘れなければ警察官として君たちの味方になろう」
「感謝する」
シンは都市迷彩モードのレイヴンスーツの状態をチェックする。人の目があるため『シャドウ』となることは出来なかったが、元軍人シン・アラカワとして出来ることはあった。
「……状況開始だ。これ以降、俺は『ロメオ』と名乗る。アラクネ、一階はどうなってる?」
「監視カメラ、アクセス中……カメラの破損確認。一階の状況は不明」
「……各員、武装は?」
「レフト。拳銃一丁と予備弾のみ」
「ポイズン。拳銃はこれだけ」
アディがポケットから小さな護身用の機械銃を取り出す。殺傷能力のない麻痺光線銃であった。
「……きついぜ」
「スペード、どうだ?」
「なんも無し」
「僕も」
「フォルテ、無理をするな。スペードは彼の周辺にいてやれ」
「あいよ」
「アレックはどうする?」
「フォルテのそばに」
「だろうな」
シンは今の状況がかなり厳しいものであると悟っていた。護身用の銃以外に武装のない状態での戦闘が強いられる以上、メタアクトを使えるアディやルイーザ、身体能力が拡張されているユキを中心とした戦略をシンは選択せざるをえなかった。
「ヒューイとの通信はどうだ?」
「妨害されている」
「……アラクネ、俺はアラクネとポイズンを中心として作戦を展開したい。俺も戦いはするが、正直厳しくなるとは予想している」
「分かった。任せて」
カズや民間人の護衛と避難を担当するダニーチームと戦闘を担当するシエラチームに別れる事になった。
ジャックが消防斧を持って辺りを警戒する。何もなければ病院の受付に返せば良いだけで済むが、残念ながら斧を返すだけで済む状況ではない事を悟る自体になった。
シエラチームは先行して現場の様子を見に来たが、到底ダニーチームが来れる状況ではなかった。
「……警備員の遺体を確認した」
「気配も感じる」
倒れている人間は二人いた。どちらも警備員だった。
一人目は拳銃を握りしめたまま、息絶えていた。
もう一人は足や胴体に大きな穴があいていた。息はあった。だが瀕死だった。
「……彼は……」
「……」
警備員はシンたちを見ると何かを呟いていた。
シンが近づいて警備員の言葉を聞く。
シンは無表情だ。聞き取りづらいのか、耳に集中していた。
シンが言葉を理解した時、彼は叫んだ。
「上に行け!まずい!」
シンの足元に何かがあった。手だ。
地面に人間の腕がいつの間にか生えていた。
ルイーザが即座に腕を撃ち抜いた。
破裂音。
火薬が弾ける音だ。
電光石火の早撃ち。鋭く冴えたクイックドローであった。
血を流しながら腕は地面に沈んでいった。
シンはどうにか敵の攻撃を避ける事が出来たがそれでも油断は出来なかった。
「逃げろ!逃げろ!」
シンがそう言うとジャックたちは階段まで退避できた。
問題はシンであった。
シンはもう片方の腕で掴まれていた。その足を。
「!」
「シッ……ロメオ!」
「俺はいい!行け!お前に指揮権を――」
シンの体は急速に地面へと引きずり込まれてゆく。
「駄目だ!!ロメオ!」
ジャックはシンに手を伸ばそうとした。
だが、後一歩のところでシンは地面へと消えた。
シンは腕の主によって白い部屋へと投げ飛ばされる。
シンはとっさに身を捩らせるが、何者かに捕まる。
女だ。『血染め天使』と呼ばれたテロリスト『ニーナ・ケルナー』に良く似た女がシンを抱きかかえようとした。シンは嫌悪感を感じて肘で女の顔を思いっきり殴った。
「ドライ!」
鼻から血を流しながら『ドライ』と呼ばれた女は指をシンに向けようとした。だがシンは何かを悟ったのかとっさにドライの指を蹴り砕いた。
「ぎゃああああ!?」
「その顔で俺に近づくな!」
折れ曲がった人差し指を片手で抑えたドライを蹴り飛ばし、シンは異空間に引きずり込んだ男に反撃を加えようとした。
その瞬間シンは全身に強烈な衝撃を感じた。
電撃だった。
「がががああッ!?」
その瞬間、シンは意識を失った。
敵の能力。シンに救われた者たち。病院の死闘は続く。
次回もよろしくお願いします。




