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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第十話 好奇心とハードボイルド

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

ジョージ・H・ウェルズの朝にはパターンがあった。

急いでいる時、重要な予定がある時、病気の時、遠出をする時。

そしていつもの朝。朝食は日が出てからとる。二月などの冬の季節では七時以降に食事をとる。

そう言う時のウェルズは養子の『ヒビキ・メアリー・ムラカミ』と静かな朝食をとるのがお決まりであった。彼女は割と変わった子だ。といっても見た目は普通の女の子だ。

黒い髪は朝の時点で丁寧に整える。お洒落にはやや無頓着だが周囲に不快感を抱かせない配慮はきちんとされている。髪は肩くらいで切りそろえて、肌は毎日丁寧にお手入れされていた。清潔感を感じさせる容姿を彼女はしていた。容姿そのものはそこそこ整っている。特別美人と言う訳ではないが、醜い訳ではない。中の上もしくは上の下程度には彼女は位置していた。丸い眼鏡をしている。

変わっていると言うのは内面の話だ。

彼女は『ハードボイルド』なのだ。

全てウェルズ以上である。執筆に鋼鉄の信念を持ち、行動や発する言葉にさえ無駄が一切ない少女であった。その信念は時に攻撃的で、『銃火器の使用』や『メタアクトの利用』、『法の逸脱』すら、厭わない一面があった。

冷徹であり、狂気的である。十四歳の少女でありながら。

その一方で、文章の才能はその行動と狂気にふさわしいものであった。

彼女は天才である。常人とは見ているものが違っていた。

ウェルズのデビュー時を凌駕する才能が彼女にはあった。

「おはよう」

「おはよう」

二人は簡潔な挨拶と共に起き、食事の準備をする。

日のでていない内から準備し簡単な朝食を各自で準備する。何でもない日、朝の二人はいつもそうしていた。

「父さん」

「どうした?」

「進捗はどう?」

「企業秘密だ」

「そう。私は新作のアイディアがまとまった」

「そうか。……だが人に言うのはやめておけ」

「親であっても?」

「ああ。小説に関しては親すら超えるつもりでいけ」

「わかった。父さんがそう言うなら」

「そうだ。それでいい」

会話は簡素であった。そして食事を始める。

知りたいという気持ちを抑えながらウェルズは食事をとった。

親と子の境目や礼節は越えずにいること。

それがウェルズの数少ないルールであった。尽きぬ好奇心を持つウェルズであっても、養子とは言え自分の子供の尊厳を侵す事だけは、絶対的に忌避すべき事であった。

ウェルズは小説家である。厳格なまでに。だが彼はそれ以上に一人の人間でもある。人非人になることはウェルズの本意ではない。

「学校はどうだ」

「……文芸部が出来た」

「ままごとみたいなものだろう」

「だけど、同世代の目線を知る事が出来る」

「なるほど……」

「独りよがりは創作の敵だから」

「確かにな」

「もちろん、流行に安易な迎合もしない」

「当然だ。独創性の追求を忘れてはならんぞ」

「ええ」

「……そうだ。食事をとったら……今日は休日だったか?」

二月八日。カレンダーで確認する。金曜日であった。

休日は明日である。曜日感覚が狂うと今日来そうな感じがすることは人間往々にしてある。

「明日でしょう?」

「そうだったな。俺のような人種には関係ない事だがな」

食事を済ませた後、ヒビキは学校へと向かっていった。ウェルズも後から支度を整え外へと出かける。執筆は土日、月曜日と金曜日は取材のために出かけるものであると決めてあった。

ウェルズは小さめのバックの中にいくつかのものを入れた。

財布、AI搭載型スマート端末、電子辞書、小さめのメモ帳を二冊、万年筆(アナクロニズムな骨董品でお気に入りの一つ)、予備のボールペン、端末用の拡張型充電装置、制汗スプレー、思い出のジッポライター、地味な色彩のハンカチ、しっとりとしたポケットティッシュ。後は、せいぜい箱入りの絆創膏ぐらいである。街を出歩くにはふさわしい持ち物であった。

その準備を済ませた後、ウェルズはヴィクトリアシティへと向かっていた。







アヤ・ストーンズの歌。朝十時の事である。

街を歩くと彼女の歌声がウェルズの耳に響いてくる。

マリン・スノーを追放した芸能界は醜聞ばかりが聞こえていたが、彼女の登場と共にその様相は変わる事になる。



嵐が吹き荒れたの。子供の涙を押し殺すように

嵐が吹き荒れたの。乙女の悲しみを潰すように

光を妬み、悪者だと決めつけ

悪意が大手を振るった

こんな露悪に何の意味があるの?

真心を踏みつけた悪意に背を向けたい

世界は一枚じゃない。世界は一枚じゃない

露悪がどす黒く真心を踏みにじる

褒められずとも。認められずとも

わたしはわたしの道を生きる

わたしはわたしの笑顔を取り戻す



嵐が吹き荒れたの。子供の想い隠蔽するように

嵐が吹き荒れたの。乙女の苦しみを隠すように

偽善と誹り、嘲り笑い

悲劇が猛威を振るった

こんな正義に何の意味があるの?

真心を踏みつけた秩序にすら背を向けたい

世界は一枚じゃない。世界は一枚じゃない

暴走した秩序が真心を傷つける

燃やさないで。切り刻まないで

わたしはわたしの明日を守りきる

わたしはわたしの笑顔を取り戻す






決意に満ちた力強い歌詞がハスキーな美声やエレキギターなどの伴奏と共に流れてくる。街頭モニターから聞こえる歌が通行人の心を何人か掴んでいた。

アズマ系アイドルが醜聞によって衰退した後、アスガルド系のロック音楽を中心に大きなムーブメントが起きていた。アヤ・ストーンズもその流れの一つであり、ウェルズが密かに敬意を払っていた歌手でもあった。

「……いい歌だ」

ウェルズは自宅でもこっそり音楽を聴く。最近のイチオシはもちろんアヤだ。

このまま音楽に浸るのも良かったが、ウェルズには行くべき場所があった。

彼は後ろ髪を引かれながらその場を後にする。

彼は前から約束していたある人物との出会いを待ちわびていた。

その人物はある純喫茶店にいた。

「お待ちしておりました……ミスター・アラカワ……」

「タカオで良い。まさかアスガルドで暮らしているとはな」

「ここはヘイキョウとは空気が違う。なんというか……開放的で人々もおおらかだ」

「そうなのか?俺は外国の空気は馴染めなくてな」

「そう言えば都会は苦手だとか?」

「元々、高地の田舎で暮らしていた身だからな。高山植物とか寒い地方の農産物の研究をしたかったんだ」

「なるほど、……行ってみたいものですな、アラカワ殿の故郷は」

「ぜひ来てみると良い」

「そうさせてもらおう……さて、そろそろ本題に入ろう」

「……情報だったな。何を知りたい?」

「マリン・スノーの安否だ」

「……血縁者でもないのになぜ?」

「個人的に彼女の歌は好きだった。他の二人はただのアイドルに過ぎないがマリンの歌い方には憂いがあってな。何度か作品でのヒロインとしてモチーフに何度もしてきた。だから彼女には恩があるんだ。作家としてな」

「そうか……彼女は無事だ」

その言葉を聞いてウェルズは安堵の表情を浮かべた後、何かを思いついたようにこう言った。

「奇妙な縁だ。レオハルト中将の大親友にこうして、尊敬していた歌手のことを聞くとは……私のような年老いた作家が」

「……」

「マリンは良い歌手だ。そばにいたアイドル崩れとは違う。あんな量産品とはバックボーンが全然違う」

しみじみとした面持ちでウェルズはマリン・スノーの歌を思い返していた。タカオは無表情で語りかけるように忠告を送る。

「そう言うな。彼女たちだってステージの上に立つ度胸はあるだろう?」

「主題のない芸術ほど哀れなものはない。主題のある芸術は輝きと熱量が違うものだ」

「……わからんな」

「今に分かる」

「熱量は伝わった」

「……そうだろうか?」

「……まあ、それはそれとして……例の情報はどうだ?」

「……ノブと言っていたな。この……糸目のアズマ人」

ウェルズはタカオから受け取った写真の男をまじまじと見ていた。

「この男の素性を知りたい」

タカオが真剣な視線をウェルズに見せる。

「……風俗狂いだな」

「…………は?」

突拍子もない答え。タカオは思わず口を大開きにして目を開閉していた。

「えっと……?」

「風俗狂い」

「ふうぞく」

「女に貢いでいる」

「そ、そうか……」

「……その界隈では美人やっとけばお金落とすって有名だ」

「……資金はどこから?」

「どうやらかなりのボンボンらしい」

「うん?ノブは有名なのか?」

「ああ……マスメディアに強いコネクションがあるようだ」

「それは有力な情報だ。どこだ?」

「……アズマ系の映画制作会社とテレビ局だ。幹部の息子でかなり好き放題していたらしい」

「今も好き放題しているだろうがな」

「ああ……、まあ……」

タカオの的確なコメントにウェルズは思わずしどろもどろになる。

話題がやや混沌とした事も関係したが、それ以上に理論整然とした雰囲気のある人物に顔を合わせた事がウェルズを緊張させた。長年、作家として多くの人物と出会ってきたウェルズですらそんな人物は久しいものであった。

「作家の情報網も侮れんな」

「いえ、そちらこそマリンの安否に教えていただきありがとうございます」

「気にするな。俺の友人もマリンを支持する人物の確保に苦慮していたからな。これくらいは友人への配慮の一環だと思ってくれ」

「タカオ殿には本当に感謝している。マリンの歌に救われてきた身としては彼女が野垂れ死にされては後悔してもしきれないからな」

「そうか……なら、『カラスの男』にも伝えておこう」

「カラスの?」

「彼が救助の立役者だ」

「そうか……噂には聞いていたが……」

「ああ、今回も動いてくれた」

「……凶鳥、カラスの男、黒翼の救世主、ヴィクトリアのヴィジランテ……あらゆる名前で呼ばれているのを良く聞いている。孤独と絶望に苛まれた人物の前に現れ、彼らの敵をあらゆる手段で粉砕する」

「こうして聞くと、英雄を題材とした小説やヒーローコミックで聞きそうな話ですな」

「ああ……だが、事実は小説よりも奇なりともいうだろうな」

「ええ……」

「正直、これがノンフィクションだということに作家の私が一番驚いているよ。そんなことがあるんだなって……」

「そうだ」

「……さて、ノブとやらの居場所を聞きたいのだろう?」

「どこにいる?」

「ハミルトン地区の集合場所にいるとは聞いている。それ以外の事は分からんな。なにせアスガルドのそういう風俗店舗は人通りの多い場所で顧客を集めるからな」

「……そうか。感謝する」

そういってタカオは店を出た。ウェルズの机の上にはノブの写真とコーヒーとタカオが置いた札束が置かれていた。報酬は新札の束であった。

第七部における五人目の主人公と意外な人物。この出会いとマリンへの恩を起点に新たな運命が駆動する。


次回もよろしくお願いします。

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