第七章 第九話 変遷
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
時刻はちょうど正午になっていた。
マリア、ダニー、そしてバレッドナインは病院の個室で、ある人物を待っていた。それはシンにとっては忌々しく、ダニーにとっては若輩でありながら雲の上の人物であった。
ハヤタ・コウイチ。
ユダの何人かの人員がヴィクトリアシティである調査に参加していた。その縁でハヤタはダニーたちに合流する事になった。
「…………」
「……久しぶりだな」
「…………ふー、なんでこいつなんだよ……ダニー」
シンはダニーの方に不満げな視線を送った。
「別件で捜査しているらしい」
「別件……?」
ハヤタがシンたちの前に出て説明する。
「……あー……なんて言えばいいか?俺アスガルド語は出来ないからアズマ語で言うわ」
「心配するな。腕の良い通訳がちょうどここにいる」
シンは意識を取り戻したカズの方を見た。頭に包帯を巻いているが元気そうではあった。
「……シンかよ……お前はなんでここに?」
アズマ語でハヤタがシンに語りかける。自動翻訳装置なしでこっちにくるほど慌てていたことが伺える。
「親友の危機だった。下手すればユキも失いかけた」
「失わないわよ。心配性ね」
ユキが苦笑いを浮かべながらシンを気遣った。
「お前は色々ありすぎる」
「私の事になると冷静じゃないんだから」
「そしてマリンのことも」
横からハヤタが口を出した。
「ほう……まだ文句が?」
「そう言う意味じゃない」
アズマ語で高速でやり取りをされるのが耐えきれずダニーが口を出した。
「お前ら……たのむからこっちの言葉で話してくれ」
シンとユキはともかくハヤタが最初キョトンと呆然する。そして慌てて無理にアスガルド語らしき音声を発した。
「わ、わ、わたしアスガルド語できません」
『アイキャントスピーク』とでも言うつもりだったのだろう。片言での返答が奇跡的に噛み合った有様をみてシンは吹き出した。
「え!?間違った!?」
「合ってるよ」
「合ってるわ」
カズとユキが困惑するハヤタに救いの手を差し伸べた。
「そ、そうか。ありがとう……ユキと……えっと」
「カズマ。カズマ・L・リンクス。みんなから『カズ』って呼ばれている」
「アズマ系!?そう言えばいたなぁ……風使いの……」
「そう。僕は外国語が得意でね。アズマ語、アスガルド語、銀河共通語、フランク語、オズ王国語、ツァーリン語。五大国に加えて小さな星間国家の言葉も話せる。今はツァーリン語にお熱なんだ。恋人がツァーリン系だから」
「ご、語学の達人か……いいなぁ……」
ハヤタがアスガルド語に四苦八苦している横で語学の天才の親友を持つシンは露骨な悪い笑みを浮かべていた。
「くく……我が親友は貴様とは格が違うのだよ」
「……シン貴様ぁ……」
「ふふふふ……嫉妬の感情に身を焦がすといい。不勉強な正義の味方サマよ」
「おのれェェ……」
悪い笑みのシンと地団駄を踏むハヤタ。
その様子を見てカズが発言する。
「あれ……きみたち仲良いの?」
それを聞いたシンはカズから目を逸らした。まるで居心地が悪いかのように。
「…………正直、今は良くない。だが……む……」
「……お前はさ。昔はもっと遠慮なく話せたんだけどな」
「お前が悪い。マリンをもっと大事にしていたなら結末は違ったんだ」
「だってアイツは……」
「やめろ!マリン・スノーは十分苦しんだ。アイドルとしての地位も失ってテロリスト扱いの誹りも受けたんだ。これ以上彼女を苦しめることは俺が許さない」
「……だが」
「……俺は『やめろ』って言った。聞こえたか?」
殺気立った目でシンはハヤタを見る。言葉が分からないダニーもギョッとした様子で驚愕する。
「……わかった」
しぶしぶハヤタはシンの言葉を承諾する。
カズは困惑したような様子でハヤタとシンの仲を取り持とうとした。
「あー……む、昔は仲良かったんでしょ?なら握手握手。ね?」
「……」
「……」
「ほら、しかめっ面しない」
「分かった。……親友が言うなら」
シンは出来る限り穏やか表情を作った。ぎこちないが先ほどの殺気立った顔より友好的であった。
「まあ……通訳の恩が今から出来るからな……」
ハヤタも片手をシンに差し出した。シンもハヤタに応じる。
それを見てカズは一応の安堵を得た。満足そうに彼は微笑んでいる。彼の良い美点の一つであった。ダニーも同様であった。
「……せめてアスガルド語で言ってくれ。固有名詞で察しはしたが」
「……む、すまんな警部補」
「悪いが外国語はさっぱりでな。アズマ語は『ニンジャ』『ワビサビ』『ゲイシャ』ぐらいしか分からん」
その言葉を聞いてハヤタも発言した。
「そのおじさんの言葉は分からないけど……なんとなく分かるぞ!オレも『アスガルド語』『おはよう』『ごめんなさい』『できない』『話す』『こんにちは』『こんばんは』ぐらいしか分からない。共通語の授業ですら苦手だったからな!」
「…………はぁ」
呆れたようにシンは吐息を吐いた。マリアを中心に笑いが起きる。仮にも『世界正義の味方』を名乗る人物が外国語の素養がないことにシンは思わず頭を抱えたくなった。だが、話の本筋はそこにはない。
「やれやれね……別件の調査を聞くんでしょう?」
「すまんなユキ。こいつがへんてこな話ばかりするものでな」
「オレのせいかよ!?」
「ということで無駄話はおしまいだ。本題に入るぞハヤタ」
「……釈然しないが良いだろう。俺はある人物の行方を追ってここまで来た」
「ある人物?」
「お前も知っている人物だ。……『ノブ』だ。ノブヤ・ホソカワ」
「!!」
糸目のアズマ人。己の欲望に従って生きる悪そのもの。あるいは吸血鬼。そうとしか表現できそうにないおぞましい生きたエゴイズム。
その名前を聞いてシンは大きな情報だと確信した。
「お前らも追っているのか」
「何……?ではお前も?」
「当然だ。放っておいたら被害が出るからな」
「否定はしない。アイツは……危険だ」
ハヤタの表情が強張っているのをシンも確認した。
ハヤタは何枚かの写真を病室に置いた。
「う……」
警官のダニーですら吐き気を催すおぞましい写真であった。被写体がマフィアらしき男であったのは唯一の救いであった。
遺体の画像。それも特殊な手段で殺害されたと推測できる画像であった。そしてその遺体のそばにノブは居た。
「……なるほど、これほどおぞましい現場にノブがいるとなれば黙ってはいないだろうな」
殺人は通常外的な手段で実行される。絞殺なら首に縄の跡、刺殺ならナイフが刺さっている。溺死でも遺体のそばに溺れた要因があるとか海辺で撮影されている等、そばにその手段が見えるはずであった。
だが、その死体は何もかもが特殊であった。
体には結晶のようなものが突き出している。青い結晶だ。腹部には大きな傷がある。まるで内部から食い破られたようだ。血液が青い。こんなことは通常あり得ない。毒物の摂取が考えられるが、それでも現場の状況が異常過ぎる。だが、その様子を見てシンはある結論にたどり着いた。アラカワという家ならではの結論であった。
「……適性のない人間がグリーフフォースを致死量体内に入れている。しかも暴走の形跡あり……どうしてこんな……?」
「わからねえ。オレはグリーフや理系分野に関してはさっぱりど素人だからな。アラカワ関連……タカオかシンに聞きたかったが、タカオはこれとは別の事件で忙しいからなぁ……」
「……それとなぜカズの事件に関連が?」
「よくわかったな。それを聞いてほしかった」
「……俺を標的にカズが誘拐された件。それとグリーフにどんな関連が?」
「もちろん『お前』だ」
「……なるほど。だがなぜ俺なんだ?俺は『絶縁体質』だ」
「……そう言えばよく聞いてなかったな?その……絶縁体質ってやつ」
「俺は本来血筋の上で言えば『グリーフを行使できるはずの人間』なんだ」
「え?お前にそんな?」
「まてまて……だが俺は使えないだろう?」
「そういえば……なんで?」
「……先天的な身体の機能障害のせいだ」
「生まれつきで?どうして?」
「わからない。別に手足や五感に不自由な事はないし、そのような症状も感じた事はない……そもそもグリーフを自由に行使できる人間自体が科学やメタアクト学の範疇から大きく外れている。……なにも分からないんだ」
「……そうか」
「だが、俺には『つながり』がある。グリーフを使える人間との繋がりだ」
「それが狙いだろうな」
「ノブと誘拐犯の狙いは……グリーフの兵器転用だ。アレは……人を殺傷できる能力が実際にある。アイビスタンでもそうだったろう?」
「ああ……アレは危険すぎる」
「だから追っているんだろう?」
「そうだ……ノブはどういう訳か『魔装使い』に傾倒している。それが厄介だ」
「ああ……アイツは狂っている。お前も分かっただろう」
「そういうお前は?」
「デュナとオネスとの調査で出会った。アイツは異常だ。……人間の心を持っていない」
「……厄介だなそれは。ますますこの画像が怖くなってきた」
「とにかく調べる必要がある。アイツを放置すれば何か恐ろしい事が起きる」
「ああ……でも当てはあるのか?」
「警察のダニーはともかく……俺はお手上げだ」
「わたしも……正直、大きすぎるお話すぎて……あ、でもでも知ってそうな人物が……」
各々が今後の捜査方針を発言しそうな時であった。
「ちょっとその話にまぜてもらいたいものだな」
見知らぬ初老の男の声が通路の方から聞こえてくる。
一人の年老いた紳士が入室をしてきた。
「誰だ……?」
シンが警戒する。老人は飄々とした口調で言葉を紡いだ。
「ふむ……わしを知らない人間は新鮮だな」
「…………!!」
シンはハッとしたように目の前の人物に辺りをつけた。
普段読書の習慣がないマリアやハヤタやダニーのような人間には見覚えのないのも当然だった。小説や本を愛好してようやく分かる人物がそこにいた。
「……大作家の先生が何の用だ?」
「大作家?本は見ないからなあ……」
「うぅぅん……わたしはさっぱり分からないわ」
バレットナイン以外の三人は首を傾げてしまっていた。
「……ジョージ・H・ウェルズ。アンタのような有名作家がなぜここに?」
「好奇心。強いて言うなら、……新作小説の題材のためだ」
臆面もせず老紳士はそう言ってのけた。
不吉な敵。街を揺るがす事件。そして乱入する人物。四人目と五人目の主人公が介入し、事件は混沌とした様相を見せ始める。
次回もよろしくお願いします。




