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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第七章 ヴィクトリアシティ・ミラクルズ編
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第七章 第七話 正午の目撃

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

マリアは一心不乱に形を整え、食材を切って食べやすくする。

果物一つだとしても美しく整える事で香りや色彩と合わさって食欲をそそる要素となる。マリアはデザートとスープに持てる力の全てを出した。

審査員はただ黙々と食べる。審査員長のフサジロウ・ウナバラは素行が悪い事で有名だったが、決勝の場では黙々とただ食べていた。マリアの料理は特に味わっていた。何度か頷きまた口に運ぶ。

相手チームの品も同様に口を運んでいたがマリアの作品ほどの頷きはなかった。

「……熟練の技か。前菜、スープ、主菜、魚料理、肉料理、デザート……ふむ、酒に合わせることも想定しつつ、素面で食べても十分美味い。しかも魚も旬のもので合わせつつ、肉料理の質も良い……これは……ふむ」

「美味い」

「なるほど……」

「審査員長の一番は?」

「主菜と魚料理、スープとデザートだな。魚は……ああ、『マツ』か。流石だな。だが驚かされたのはマリアだな。シンプルだが……奥深い……女の料理とは思えんほどなぁ。侮っていたわぁ正直」

ウナバラは終始ヘルズ・キッチンの料理を褒め続けていた。相手チームの料理には言及しない。

「……ふむ。ダシの取り方もブランクのある女とは思えん。絶妙だ。そしてデザート。味自体は控え目だが、他の料理の余韻を殺していない。色彩も美しく香りも良い……むしろ活かしておる。やるな女ァ」

マリアが呼吸を整えウナバラの言葉に答えた。

「正直どうしようかとは思いました。最初のヘルズたちはバラバラで喧嘩しながら作っている感覚で……ですが彼らの料理の共通点を見つけた途端にやることが見えてきました」

「共通点……?」

「魚ですよ。魚料理を引き立てるのにうってつけの状態に料理長は持ってきたかったのが見えたんです。他の人はどうか知りませんでしたが、私とカトウはその道筋は見えていました。だから料理長は一番信頼しているカトウに前菜を託したのかなって思いました。……正直一番信頼している人に託すことじゃないですよね?」

「ふむ、魚の味は繊細だからな。一番良い状態で食べてもらうのは料理人の本能じゃ。そのためには最初から濃すぎる味のものを食べるのは食い合わせが悪いものだと判断したのだろう。だから、旬の野菜中心の料理を最初に出し、徐々にスープ、魚、肉と段階的に味や香りに変化を与えたと」

「ええ、……正直スープ役の私が一番難儀な役回りでした。下手な事すればフルコースの計画が丸つぶれですから」

「なるほど……なかなかのお手前でした」

「そんなんじゃないですわ。私は」

「ただの料理好きがここまでの腕をしているのは滅多に見ない事だ。今日は素敵な時間を過ごさせてもらったぞ」

「ありがとうございました」

マリアはやや仰々しい様子で頭を下げた。ウナバラは強面のままマリアに言葉を告げた。

「ただ……プロの料理人でないことだけが残念だ」

そういってウナバラが立ち去ろうとしたが相手チームが不満げに引き止める。

「ちょっと待て、俺たちの料理も負けてはいないぞ!」

「俺たちの料理は味にだって自信がある!」

「素人ごときの料理に満足するのか!堕ちたもんだな!」

「ウナバラもモウロクしたな!それとも相手が女だから配慮したか?」

ウナバラは虫かなにかを見る目で相手チームの料理人たちを見下した。

「きさまらは確かにここの料理は悪くなかったな。で?」

「で!?でってどういう……ごほぉ」

ウナバラが男の顔面を片手で掴むとキッチンの流しに思い切り顔を叩き付けた。ウナバラは憤怒の形相で何かを絶叫しながら何度も男の顔を叩き付けた。

「貴様らの料理何ぞままごとだ!貴様らは自分自分自分自分自分自分自分!自己顕示の濃い味ばかりでフルコースが台無しだ!!こんな粗悪品を決勝の場で食わせやがって!あああ!?なにが堕ちたもんだだぁ!?ゴラァ!?顔潰すぞオラァ!」

ウナバラは怒りのままに何度も顔をシンクに叩き付けた後、フライパンで顔面を何度も殴打した。

「ぎゃあがあが!」

男は顔を両手で抑えながら悶絶する。

「この!食通のジジイの分際で調子に乗りやがって!」

相手チームが包丁と麺棒などで武装しウナバラに襲いかかった。

だがウナバラは突如叫ぶ。

「喝ぁぁぁぁあああああ!」

相手チームが面食らった隙にその一人を掴んで熱したコンロに顔を押し付けた。肉の焼ける音と共に男の悲鳴が辺りに響く

「あがッああがッあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!あがぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!があがあがぎゃあが!」

顔を焼灼された男はその場でバタバタと悶絶する。

「野郎ッ!」

長方形の包丁で男はウナバラに襲いかかったが逆に包丁を奪われ脇腹を斬られる。

「未熟ッ!」

脇腹から血を流しながら包丁男はその場に倒れ伏した。

「このやろっごぼろぉぉ!?」

すれ違い様にウナバラは包丁を用いて麺棒の男の口を斬りつけた。悶絶しながら男は棒を落とす。相手チームは困惑する一人を除いていつの間にか血祭りにされていた。

「美味い料理さえ食べられればそれで良い。それが出来ぬ未熟者など潰れてしまえ」

冷酷にそう吐き捨ててから、ウナバラはその場を後にした。審査員たちも困惑しながらその場を去る。

「…………」

ヘルズ・キッチンが勝利で喜々としている中、マリアは目の前の凄惨な光景に心を痛めていた。

「……今から救急呼ぶから」

「があぎゃああがぎゃあアアアアア!」

マリアは手慣れた手つきで相手チームの応急処置を始めた。

顔を焼かれた男。顔面の皮膚と言う皮膚が焼け焦げている。男は痛みのあまり意識を失っていた。

「まずい……誰か手伝って!」

男はショック状態に陥った。だがヘルズたちは勝利に沸き立ったままその場を後にしてしまう。

「……だから嫌なのよ!もう!」

マリアは男の火傷の程度が三度熱傷であると理解できた。皮下組織までダメージが及んでいる。皮膚が熱で壊死し、病院での植皮処置が必要な状態であった。

医療に関して素人であるマリアには手に負えない状態であった。出来る事と言えばバケツの水で冷却を行なう事ぐらいであった。氷水を使いそうになったが、火傷の程度が酷いことを考え常温の水をマリアは使ってあげた。その後、マリアは他の男たちの処置をする必要があるがどうにも手に負えない。手数が致命的に足りていなかった。

「そこの!」

比較的若手のコックに声をかけた。彼はウナバラと戦っていないために無傷ですんでいた。

「え!オレ?え!?」

「誰でもいい!人を呼んで!」

「ひ!ひとぉ!?」

「急いで!救急搬送が必要なの!後、ワセリン持ってきて!」

「は、は、はい!」

そういって男が部屋の外に出る。

「ラップ……ラップ……あった、あと他の人の止血しなきゃ……」

マリアはラップと包丁を手元においてから他の人の処置に移った。

「そこの脇腹やられた人!ああもうひどい出血!」

マリアは白いおしぼりや清潔な手ぬぐいをいくつか持っていてその人と顔を斬られた人の失血に使った。何もしないよりかはマシであったが、それでも脇腹の人の顔から血の気が引いているのを痛感していた。

「ごが……あが……」

「ああ!ごめんね氷水と袋用意するわ!」

顔を叩き付けられた人に関してはおしぼりと氷水の袋を与えるだけでどうにかなった。打撲は酷いが失血量は少ない。深刻なのは脇腹の人と火傷の人である。

「まだなの……」

マリアは焦燥する。時間は全てを悪化させた。

突如、聞き慣れた男の怒号が響いた。

「全員そこを動くな!!」

ダニエル・グレイ警部補がSWATと共にその場に現れた。

「撃たないで!怪我人がいる!私は何もしない!救急車呼んで!」

マリアは矢継ぎ早にダニエルの方に叫んだ。

「ま、マリア!?これは!?」

「ああ!話は後!せめてワセリン持ってない!?」

「この変な割烹着がワセリン持ってうろうろしていたぞ」

「それだ!早く!」

見習いらしき若者とマリアは再会し、即座にワセリンを火傷の男に塗布した。その後、ラップに穴をあけて患部を覆った。呼吸をする意味合いもあるが滲み出た組織液を外に出す事も考えての事であった。

細菌感染による皮膚の損傷の悪化を避けての行為であった。

「ダニーおじさん!救急!救急!」

「今来る!」

何十秒か経ってから、警官と共に救急救命士らしき男たちが部屋に押し入っていた。







ヘルズ・キッチンは何分かして警察に投降した。

壮大な脱走の理由は美食家であるウナバラに呼ばれ、美食の裏祭典に参加することが狙いであった。目的を果たしたヘルズの四人は大人しく投降した。彼らは笑顔であった。

「…………」

マリアの顔は浮かばれなかった。

「あ、あ、あの」

「え?」

「……ありがとうございました」

「……私は……なにも……」

「い、いえ、貴方がいなければ救急を呼ぶ事も、お、お、応急措置をすることも……できませんでした、で、ではこれで」

「……ありがと」

お礼を告げて、マリアは若者と別れることにした。

マリアの顔は暗かったが、名も知らない若者のおかげで少しだけ笑顔であった。

マリアにとって権力闘争と争いのための料理は何よりも無味乾燥なものである。今回のような凄惨な争いの結果も伴うからであった。美食のために暗いものも見てきたマリアにとって料理人という職は忌避するべきものであった。

マリアは憂うつな気持ちを紛らわすようにハミルトン島の西海岸を沿うように歩く。建物から遠ざかるようにして。

「……馬鹿げているわ」

そう呟いた時の事であった。

閃光。

そして、爆音。

地面すら揺るがす地割れのような衝撃と共に道路とビルの境目が弾けるようにして吹き飛んだ。アスファルトの欠片とガラスの残骸が、風船が弾けるようにして豪快に四散する。

「ッ……!」

マリアに向かって破片が飛んでくるがマリアは拳だけで迎撃した。

「オララララララララッ!」

高速のジャブ。マリアのメタアクトが拳を通して炸裂する。エネルギーを流し込まれた破片の群れが弾かれるようにして明後日の方角ヘ向かってゆく。

破片の群れはマリアから逸れていった。

一つの事件は終わり、新たな事件が来襲する。マリアと街の平穏は遠い。


次回もよろしくお願いします。

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