第七章 第五話 モーニングバトル
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
双子のケンとレンは息の合った攻撃を続けている。
マリアの拳闘を主体とした攻撃もなかなか出会ったが、いかんせん数の不利があった。
あるエンジニアが言うに『一人が一度に相手できる人間は四人まで』という数理モデルに基づいた法則を発表された事がある。
もちろん種族の身体能力やメタアクターとしての能力や武装によってはその法則は簡単に崩れるだろう。これは小銃や機関銃による戦闘が本格的に搭乗した時代の著書による法則だ。再興歴の時代にはそぐわない点もある。
だが、同等の技量の敵の戦闘ではその法則性が重要になる。
現にマリアは人数の不利によって気力や体力の消耗を余儀なくされていた。
「…………ぐぅ……」
マリアは決して弱い訳ではなく、メタアクトとボクシングスタイルを織り交ぜた変化に富んだ戦法に長けていた。彼女の能力は『エネルギーの変換』であった。主にそれは手に触れたものや殴ったものに対して様々なエネルギーを流し込むことのできる能力である。そのことはマリアの戦闘スタイルと非常に相性が良かった。能力は両腕を通して『治療や修復』に使える。それに加え、スタンガンのようにして敵を『無力化』する事もできる。
触れさえすれば、かすりさえすればマリアの勝負が決まる。
だが、敵はやり手だった。
双子の空間認識と音の認識は群を抜いており、それに裏打ちされた連携戦法によって左右に中尉を払う事をマリアは強いられていた。
古の格言に『二兎追うものは一兎も得ず』と言ったものだが、マリアが二兎を得るためには策と準備が不足していた。無策と素手では一兎も得る事はできない。
「伊達に死線をかいくぐっていないからな。なあ兄貴」
「当然だろう?弟よ、俺たちはプロだからな」
「兄貴はそうだろうが……俺はただの古物商だぜ?」
「『ただの』古物商が喧嘩と銃に慣れているか?」
「そりゃあ、『お客様の皮を被る悪い狼』がだなあ」
「……なるほど、民間人なりの備えが……」
「メモせんでいい兄貴」
「そういうな。敵を知るのも備えだ」
「なるほどな兄貴」
「そういうことだ」
コントみたいなやり取りを終え、双子はマリアの方を見据えている。
「そういうわけで、ついてきてくれ。さもないと俺に向かって包丁が飛んでくるのでな」
「……板前ってあんなヤツらばかりか?」
「し、失礼だぞ、弟よ。……まあ、肉とか魚とか扱うから気性が荒い連中だろうがな」
「…………頼むから来てくれ……ね、後生だから」
「…………残念だけれど。犯罪者の仲間はごめんだわ」
「い、いや、彼らは例外だし君は料理を」
「しつこい!!」
パァン!
怒りをたぎらせたマリアが渾身の右ストレートを放つ。
平手ではなく拳であった。
ケンのボディにマリアの殴打が直撃した。右腕から10ミリアンペアの電撃が殴打と共に直撃した。電流は抑えているため殺傷力はほぼないが、強烈な電圧によってケンは身動きのとれない状態になった。テーサーガンさながらの一撃である。
「の……ぉぉ……」
コメディアンの変顔さながらの顔でケンはその場に崩れ落ちた。
「ケン!ああマジか」
マリアの攻撃に対してレンが迎え撃とうとした。
「……そこまで」
「!?」
「!?」
マリアとレンは何者かに呼び止められた。
最初は警官かとマリアは思ったが、紳士的な物言いと異質な雰囲気からそれとは違うものであると理解した。
それは糸目のアズマ人であった。来ているスーツの種類と色合いから高級な代物であるとマリアは察する事は出来た。ノブはマリアが美しい女性であると見るや否やニヤニヤと笑みを浮かべ自己紹介を始めた。
「これはこれはこれは、美しいお嬢さん。私ノブと申します。本名はノブオ・ホソカワと申します。元メディア関連のお仕事をしてまして……ええ、ええ、情報に生きる紳士でございます」
「……どちらさまです?」
身震いする程の嫌悪感を内に秘めながらマリアはノブに対して当たり障りのない言葉を返した。ノブは美人のマリアを前に上機嫌であった。
「おやおや美しいお嬢様。あなたの長く美しいブラウンヘアーは神話の女神を彷彿とさせる美しさだ。顔立ちも申し分ない。料理ではなくぜひぜひ私の仕事の手伝いを……」
マリアはどうにか冷静さを装って、しかし明瞭にノブの誘いを断った。
「……数々のお褒めのお言葉ありがとうございます。私にとって身に余る言葉でございます。残念ですが、私は今忙しいので……」
「そ、そんな……後生な……」
ノブが言葉を紡ぐより先にレンが割って入った。
「……ノブさんよ。話が違うぜ。アンタは俺の仕事を手伝ってくれるんじゃなかったか?まさかスカウトの仕事を横取りするなんてよ」
「ぐ……話が違う。こんな美人だなんて」
「こっちの台詞だ。とっとと失せろ、この嘘つきが」
ノブが渋々退散するのをマリアとレンは見届けた。
「……貴方には恩が出来ちゃったね」
「そうか……すまないな、料理の助っ人はまた別のヤツを……」
「行ってあげる」
「え!?」
マリアはケンの上半身を起こし、目を覚まさせてあげた。
「…………どういう状況だ?」
「あなたの兄に恩が出来たの」
「恩?」
そういってケンはレンの方を見た。
「……あのノブってヤツが嫌みたいだな」
「はぁ?兄貴当然だろうが、ジョルジュのナンパ癖がマシに思えるぜ」
「否定はしないぞ。あれはとんでもない強姦魔だ」
「……どうやら私の直感、とびきり冴えてたみたいね」
マリアが納得するように頷いた後、一言質問した。
「ヘルズ・キッチンの四人は今どこ?」
シナガワ兄弟は互いに笑顔で顔を見合わせた。グーにした拳を合わせながら。
ヘルズ・キッチンとマリアたち三人は高層ビルの一室で合流した。
「おう、きたか。マリアのお嬢さん」
「我、再会、喜ぶ」
「よぉ、おてんばさんお久しぶりだな」
「…………結婚してから腕が鈍っていないか?」
四人の白い割烹着たちが四者四様にマリアとの再会を喜んでいた。マリアの方は『若干の』緊張で済んでいた。シナガワ兄弟はガクブルの有様であったが。
「……怖ぇぇよ兄貴」
「雰囲気があるな。……マリア殿の心臓は鋼鉄製か?」
怖じ気づく二人を後目に、マリアは通称『料理長』と呼ばれている老人に状況の説明を求めた。
「……四人とも、この勝負はどういうこと?」
「心配ない材料は揃えてあるぞ」
「料理長。説明になってないわ」
「黙って着替えて手伝え。食材は時間の問題だ」
マリアはヘルズ・キッチン四人に論理的説明を求めた自分の愚を恥じる。仕方ないので彼女は回りの状況から全てを察する事にした。
厨房は向かい合うように設置されており、司会の男女と審査員に当たる紳士淑女の五人グループが席に座っていた。司会は覆面と正装を着用していたが、審査員は顔を見せていた。そのうちの一人と相手チームの顔を見てマリアは全てを察した。
料理対決であると。
審査員長はアズマ国料理界の暴君と謳われた『フサジロウ・ウナバラ』で、なかなか傍若無人な美食家として有名であった。
マリアは思わぬ『ラスボス級』の乱入に悟ったような諦観まじりの顔をした。審査員もそうそうたる面々である。そして相手チームの存在。
アスガルド共和国国内における若手料理人たちが集結し、食材のチェックを行なっていた。更衣室で急いで着替えた後、ルール説明を受けながら死んだような目でマリアは司会者の方を見ていた
「…………どうして……こうなったの」
ヘルズ・キッチンの行方を追って警察が辺りを捜索しているはずであるが、その当事者たちは料理対決の事しか考えていない。あまりに狂った状況にマリアは頭を抱えたくなった。
「では、五人ずつ集まったところで、第42回ダークスティールシェフ料理コンテストの決勝戦を開始致します!!」
「……どうかしてるわ」
「ルールはシンプル!指定された調理器具と食材で十一時半までの一時間で料理を作ってもらいます!制限時間以内に料理を作れなければ失格となります!もちろん審査員のうち一人でも零点を出した時点で失格になります」
マリアはさらに愕然とした。よりにもよって『ウナバラが審査をする場で短い時間で料理を作りさらに零点を出させないルール』であったことがマリアにさらなる苦難を示唆した。
「……狂ってるわ」
マリアは料理に関して負けない自信はあったが、審査の人選のシビアから、頭を抱えたくなる気分に陥った。
それとは裏腹にヘルズたちはいつも通り料理の方針を話し合っていた。といっても料理長が決めた方針に沿ってそれぞれが動くだけだ。
「わしが魚のメインディッシュ、肉料理はチャン担当、デザートとスープはマリア。前菜はカトウ。ドミニクは俺を手伝え」
「担当は!?俺の担当は!?」
「うるせえ手伝え」
「はぁ!?どうしてフランク料理の担当がねえんだよ!?バカにしてんのかこの糞爺が!?」
「お前らの国の脂っこいレシピが方針に合わねえんだよ」
「祖国を侮辱するか!?」
ドミニクと料理長の言い合いにカトウが怒る。
「うるせえぞ!ゴラァ!さっさと料理作れや!」
カトウが包丁を投げる。ドミニクの顔ぎりぎりの空間に刃が掠る。
ドミニクがフランク連合の言葉に何かを呟くとカトウと取っ組み合いの喧嘩を始めた。
それをみて相手チームが嘲笑を始めると包丁が三本ほど相手チームのすれすれに投げ付けられる。
チャンとマリアが料理に専念する。最狂料理集団『ヘルズ・キッチン』の荒々しい調理風景はいつも通りだった。
マリアは手際良く繊細に野菜を細切れにしてゆく。
「マリア、手際、最高」
「当然でしょ」
「我努力」
「さて……えっ」
マリアが驚いたのは前菜が出来ていない事ではなかった。
徐々に作られていたのだった。
喧嘩をしながら包丁で食材を処理し、競うようにして手際良く作業を進めていた。方針が定まっていないように見せつつ、食材の処理を水面下で進めていた。マリアはその食材の状態から考えられる料理の種類を数十種ほど考えていた。
「……相変わらずね。でもスピードは格段に上がってる」
「我等、能進歩」
チャンもまた故郷の言葉で何かを話しつつ野菜の処理を手早く済ませていた。
マリアの作業スピードも段違いに速いがヘルズ・キッチンの面々はそれ以上であった。繊細な包丁さばきの腕は並のプロよりも芸術的な手際であった。
相手チームの動向も気になるが、目下のマリアの目的は自分の担当する料理を最高の状態で仕上げることであった。
いくつかの疑問はあるが、マリアは料理のみに意識を集中し始めていた。
時刻は進む。
十一時五分前。時計の針は制限時間へと近づいていた。
第42回ダークスティールシェフ料理コンテスト。大会とヘルズの関係。相手チームの素性。全ての謎を抱えたままマリアは料理『抗争』へ。
マリアの運命やいかに。時は進む。




