第六章 四十二話 銃と剣
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
アイビスタン近海宙域の戦闘は熾烈を極めていた。
駆逐艦が両断され、AFが翼をもがれる。ラインアークもアスガルド側の猛攻にとうとう本気を出さなければならなくなった。そしてそれはレオハルトの側も同じであった。幸いにもまだラインアークの手による死傷者がいないが、時間の問題である。
「……『アキレウス』を出す」
覚悟を決めた表情でレオハルトがスペンサー大佐に発言した。
「……貴方は指揮官です。貴方を失うリスクは避けたいと考えております」
「戦いに出た以上、誰しもリスクを背負う。将とて例外ではないよ」
「ですが!」
「それにユダは少数精鋭での戦闘を行なっている。精鋭には持てる全てをぶつけるしか無い。出し惜しみは敗北に繋がる」
「……わかりました。ですが無理だけは」
「ああ、艦隊の指揮は頼む」
「はい」
レオハルトはメタアクト能力を発動させ直ちに格納庫へと向かった。高速移動によって数秒の間に移動は完了する。
ある地点に特別な改造が施されたAFが厳重に格納されていた。
それこそが『アキレウス』。
俊足の英雄の名を冠する鮮やかな青を基調とした機体がそこに存在した。
「久しぶりだな。これに乗るのは」
レオハルトは格納庫のロックを解除した。
アンジェラ曹長の機体『バロール』は逃げた敵艦に接近していた。
艦の種類は民間でも流通しているハナビシ重工の旧式モデルで、アズマ国の宙域で普及している艦であった。積載量がやや小さいが、船足は速く、丈夫な船で危険な宙域を航行するために用いる船である。
「……見つけたわ」
「よお、どうだ?」
「サイトウ中尉。後でおごってちょうだいね」
「倒せたらな。ただ気をつけろ、敵は絶対に弱卒じゃない。この状況を考慮した動きがある筈だ」
「わかった。それで射手は?」
「どうにか捕縛……」
「お疲れ」
「ああ、気をつけろ」
アンジェラは射程圏内にさしかかろうとした時だった。
鬼と鎧甲冑を合わせたような機体が片刃刀を振り回してバロールに接敵してきた。アンジェラはとっさに避ける操作を行なった。周辺の隕石が両断される。
「……よりにもよってラインアーク?」
だが、敵は一人ではなかった。
「アンジェラ避けろ!」
ジョルジョが無線越しに絶叫する。
アンジェラはとっさに隕石の一つを盾にして逃げた。その隕石が両断された後、青い機体がアンジェラのほうをじっと見つめていた。それはまさに『蒼い恐怖』の名にふさわしい出で立ちであった。
「な、な、なぁぁああ!?」
飛行形態のパラディンが機銃掃射を仕掛けた。ジョルジョ機であった。二つの粒子機銃から光る弾丸が連射される。それは雨の如く敵を蜂の巣にせんと降り注いだ。しかし、敵は健在で機械にも関わらず傷が塞がる有様であった。
「……やばいね」
スチェイが青ざめた顔で呟く。
すぐさま、スチェイ機が援護射撃を行なった。だが、ジョルジョと同様の有様であった。高速で飛行している筈なのに動きの少ない敵の方がアスガルド軍とSIAを翻弄していた。
アンジェラのバロールも特殊兵装で応戦する。
シンクロニシティ・シューター。
搭乗したメタアクト能力保持者のパイロットの特性に応じた弾丸を射出する射撃兵装だ。アスガルド軍が何十年もかけて開発した装備の発展型である。
アンジェラはリミッター解除と共に慣れた手つきで照準をラインアークに合わせる。射撃機構とパイロットとの同調は搭乗前に済ませていた。後は引き金を引くだけだった。
射出。放たれたのは黒い歪みであった。
小さな空間の歪み。あるいは異空間の小さな口がラインアークに放たれる。重力を圧縮したような黒色の弾丸が白い機体に迫る。
「これで!」
だがラインアークは姿を消した。否、ラインアークはバロールの背後に顕現した。
「……え?」
アンジェラは背後の敵からとっさに距離をとった。
それは刹那の事象であり、極限の一瞬であった。
その判断は正答の一つであった。
なぜなら、バロールの表面に袈裟切りのような小さな跡が残っていたからであった。
「…………うそ……でしょ……」
回避はほぼほぼ不可能な筈であった。アンジェラとバロールが同調して放たれる弾丸は捕縛か圧殺を目的とした重力場生成弾であった。それは、ある一定の距離まで近寄られたら通常の方法では脱出は不可能の代物である。当然、不意打ちのような形で放たれたものなので初見での判断はほぼ不可能であった。したがって、アンジェラの判断に間違いは無く、むしろ模範解答に近い運用であった。
だが相手が悪すぎた。
ラインアークの特性は顕現。
太陽が地球上のどこにでも光を降り注ぐかの如く。
神が信者に皆、等しく恩恵と祝福を与えるが如く。
正義が光さす世界の下に平等に行使されることを体現するかのように。
その身はどこにでも移動が出来た。究極の瞬間転送である。
アンジェラの受けた精神的な動揺は察するに余りあるものであった。
「どうやって……どうやって……」
ブルーフィアーがバロールと対艦戦闘艇の部隊に迫っていた。
「散開!散開!」
「逃がすと思うか?」
ブルーフィアーのコックピットの中でモリがにやりと笑っていた。狙っていたのはレイチェルの戦闘艇だった。
「レイッ!!」
「させない!」
キャリーのAFはブルーフィアーに肉薄した。鍔迫り合いの態勢で両者はぶつかり合った。
「ああ、まずいまずいまずい!」
アンジェラはイェーガーの言葉を頭の中で反響させていた。
モリに気をつけろ。モリに近寄られるな。
その言葉が意味する最悪の結末をアンジェラは青ざめた顔で想起するしかなかった。そして、それは現実のものになりつつあった。
キャリーの赤紫色のAFが四肢をもがれ、蒼い武者の刃がコクピットを貫こうとしていた。
「他愛もない」
「キャリィィィィ!」
アンジェラは叫んだ。
だが、それは阻止された。
二発の弾丸。それはアズマでは『紫電』。それ以外の国では『グリーフ』と呼ばれたエネルギーを纏っていた。
「……ゲストってまさか」
「あー……シンがいると聞けばな」
「……生きた……伝説の…………」
カムイ。
両手には拳銃のような武装が装備されていた。そのAFに似た青紫の機体は謎が多く、アズマ国側は『戦術特戦機』と名付けていた虎の子の一つであった。
「……ここで暴れて何のメリットがある?」
中に居た男の声が呆れたような口調で言葉を発した。
「……タカオ・アラカワ教授!?……これは……?」
「これはもヘチマもない。モリ。お前は少々お灸をすえる必要があるようだ。そこの白い鬼武者もな」
「ぐ、いくら貴方と言えど」
「止めるか。お前らの『正義』はどうしてこう融通とか歯止めが効かんのだ?」
「これ以外に方法を知らんのでな」
「やれやれ……うちのシンとどっちがおっかないんだろうな」
タカオはカムイを巧みに操り、粒子拳銃で弾雨を作り上げた。
その弾幕をモリ・ダンの剣術が巧みに迎撃する。
「やるな」
だが、タカオは更に攻撃の手を加えてきた。それは強迫的なまでに磨き上げられた銃の芸術であった。
それに対してモリは全ての弾丸を剣のみで迎え撃つ。生来の肉体の動体視力とナノマシンでの肉体・神経系の底上げ。さらにブルーフィアーの運動性が噛み合って神速の斬撃を形作ってゆく。
モリ対タカオ。
技巧対技巧。
銃士対剣士。
チェスや将棋の駆け引きが如く、両者だけが神が如き次元での熾烈な闘争を繰り広げていた。
「……なあ、これはなんだ?」
スチェイが青ざめた顔でジョルジョの機体に呼びかける。
「神々の雷さ、スチェイ。神々の雷」
「なら俺たちは?」
あまりにも次元の違う異質な駆け引きを目撃したSIAのAF乗りたちは、目を白黒して自分の身を守るしかなかった。
スチェイとジョルジョは改めてラインアークでの戦闘に専念する。ラインアークは未だバロールと戦闘艇部隊、そしてキャリー機を狙っていた。
「僕もいる」
通信越しに聞き慣れた上官の声がジョルジョには聞こえた。
青紫色の騎士が、ラインアークと、もみ合いとなり何処かへと消えた。
レオハルト中将の『アキレウス』だった。
「……俺たちは神々の後始末役だ」
「……世知辛いね」
「もっと世知辛いのはレオハルトのほうさ。現場だけでなくヘマこいたヤツや世論も気にしなけりゃならん」
「そうだな。とにかく、艦艇を!」
「ああ!さっさと終わらせる!」
ジョルジョとスチェイのAF部隊はキャリーたちの部隊と合流し艦艇に近寄る。
「さて、これでチェックメイト……だよな?」
「このまま、戦いそうな気配はありそうですよね……」
「安心なさいな、さすがに仲間を見捨てる真似はしない筈よ」
アンジェラ曹長がジョルジョたちの通信に入ってきた。
「でもマリン・スノーは?マリンたんは見殺しにしてたよな?」
「……以前、彼女は問題児だから仲間じゃないって言ってたわね。ハヤタが」
「……あいつら以前に俺がキレそうなんだが」
ジョルジョの声色に殺気が入っていた。
「ステイステイ、ジョルジョ。いま殺し合って何のメリットが」
「ああ、『自称正義の味方兼女の敵』を粉砕できる」
「後で、ね。続きはせめて素手でやろう。今は後生だから」
「……チッ」
ジョルジョの怒りをどうにか抑え込み、スチェイはどうにかユダの艦艇に戦闘停止の命令と降伏勧告を行なう事が出来た。
だが、それとは無関係と言わんばかりに、ブルーフィアーとカムイは死闘を繰り広げていた。
「……だれかこれなんとかして」
「……こんなことわざがある。『戦う雀人を恐れず』ってな」
「戦っているのは雀じゃない猛禽と猛禽だよ」
「ははは……それを言うなら竜と竜だな」
「……だれかこれなんとかして」
「さっき聞いたぞスチェイ」
両者の争いに突如割り込んだ機体があった。
アキレウスだ。レオハルトの専用機であった。
「……こんな争いは無意味だ。正直僕だって乗り気じゃない」
「……」
「よお、親友。そうは言うが、この青いのはお前らの仲間を殺したぞ」
「タカオ、僕のじゃない。ローソン提督の配下だ。彼が独断で連れてきてしまった」
「……なるほど、通りでお前にしては連携のとれていない動きだと思った」
「ローソン提督のミスだ。生半可なパイロットじゃ死ににいくようなものだって僕は反対していたのに」
「つまりお前はことを丸く収めたかったと」
「ああ……」
「わかった。貸しにしといてやるから、任せろ」
「……すまない」
アズマ国防衛軍の艦隊の姿が見えた時だった。アスガルド軍側の通信網に不吉な情報が流れた。
アイビスタン本星より、首都に異常あり。
次回、地上混迷。デュナやシンたちの運命やいかに。




