第六章 四十一話 凍結剣将エステラ
この物語は残虐な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
見晴らしの良い場にいたイェーガーは重大な通信を二つ傍受していた。
一つはバレッドナイン。友軍の通信であった。
「こちらはバレッドナイン。拠点への工作に成功した」
「そうか、想定より速い」
「だがいいニュースと悪いニュースがある」
「まず悪いニュースを」
「何人かナタラの敵と交戦した」
「いいニュースは?」
「全て抹殺した」
「……良い首尾だ」
「合図と共に爆破し、王城内に一足先に侵入する」
「……おい」
「どうした?」
「……死ぬなよ」
「ああ、わかってる」
シンとの通信が切れた。そこでもう一つ通信が入った。レオハルトからだった。
「こちらスコーピオン」
「ウィンドだ。悪いニュースともっと悪いニュースがある」
「レオハルト様、ニュースとはどのような?」
イェーガーはレオハルトの深刻な声色に少なからず嫌な予感を感じていた。だが、プロフェッショナルとしてその感情を声色に出す事無く、返答を待った。
「……ラインアークとブルーフィアーが戦果を出している」
「……死傷者は」
「多数。巡洋艦3隻と駆逐艦40隻、正規軍のAFはかなりやられた。これは後々の軋轢になるだろうな……」
「もう一つのニュースとは?」
「……エステラの出撃を確認」
「……まずいですね」
「彼女の能力は間近で見た。あれは訓練した人間がどうこう出来るレベルではない。非常に危険だ」
「エステラの現在位置は?」
「……城下町にいる。このままではアイビスタン大連合が城下町へ攻め込んだ時に……」
「……『キング』を失うと」
イェーガーがチェスに状況をなぞらえ、レオハルトの苦悩を察する。それと同時だった。街の方へと向かうためそばに待機していたAFにイェーガーは急いで搭乗した。
エステラは全ての時を『凍結』した。
凍結した時の中でエステラはわずかに動く事が出来た。
わずかとは体感時間にして10秒。十秒間の内に人間が移動出来る範囲は限られていた。だが、時を停止させるという事象は他の人間が到底行なえる事ではないため、十分な優位性を創造できる時間であった。
人間の走るスピードは訓練されてない一般人が百メートルを走るのに十五秒から二十秒かかるものとすると、秒速で五から六・七メートル。訓練された成人、兵士やアスリートが10秒としてなら10から11メートルと換算出来る。
エステラがゼロ秒で100メートルの距離を詰めたことはエステラからすれば単純な短距離走に過ぎない。
だが、イェーガーの目線からすれば瞬間移動に等しい所業をその目で目撃する事になった。
「な!?」
エステラは抜刀していた。危険を察知していたイェーガーはとっさにライフルを捨て回避行動に出た。イェーガーのライフルのみをエステラは切断した。野菜かなにかを切るようにして金属と高強度プラスチックの塊が切断され、そこからわずかな熱が漏れる。
すぐさまイェーガーは胸元の拳銃を抜きすれ違い様にエステラを撃った。
致命傷にはならなかったが『当てる事』が重要であった。
撃つことで与えられるダメージも小さくなかったが、キーとなるのは弾丸そのものである。
細胞抑制弾。メタアクト能力者との戦いでは重要な因子であった。
目から光線を出そうと、熱球を産み出そうと、分身しようと、時間を支配しようと、メタアクターの細胞内の因子が抑制されれば理論上メタアクト能力は使用できない。それが必勝の定石であった。第一次銀河大戦前期で発明されたその画期的な弾丸は一時期『メタアクト不要論』を産み出すほどの利点があった。
だが、メタアクター側も我々と同じ人間である以上は知恵という武器を駆使してくる。能力という優位性がある以上、弾丸が当たらないように戦えば問題は無いと考えるのは当然の帰結であった。
エステラは尚更その戦術を最大限に活用していた。時間と空間などの森羅万象の凍結。その延長で時間を支配するという能力、それがエステラを優位にさせた。
だが、この戦いは違う。
勝ちを確信し、不意打ちを食らう形でエステラは二発の抑制弾を受ける構図になった。かくして、イェーガーはエステラという強大な難敵と対等に戦う資格を得る事になった。
「……やるな……アスガルドの……狙撃手」
エステラは右肩をやられ、左の脇腹が貫かれていた。負傷箇所から失血した状態でエステラはイェーガーの方を見る。
「仕事ですから」
そう言ってイェーガーは後方に下がりつつ、叫ぶ。
「銃を!」
兵士の一人がイェーガーに向かってアサルトライフルを投げ渡す。制式の粒子アサルトライフルだった。
イェーガーは転がるようにしてライフルを受け取りエステラに射撃する。
何十発もの高熱源の弾丸がエステラに放たれた。エステラは細胞の配列をわずかながら動かし、粒子のエネルギーをゼロにした。が、それだけの力しかなかった。
イェーガーは機械のように精密な射撃を右腕で行なう。触れるような短い間隔で彼は引き金を引いていた。
イェーガーの射撃は相手の呼吸や動作に合わせるようにして放たれる。予測し短く撃つ、撃って予測し撃つ、装填を短く保ち、敵を損耗させることを狙った。
「ふ……小賢しい狙いだ」
そう言ってエステラは脇腹には短く触れ、肩からは銃弾を無理矢理摘出した。血で濡れた弾丸が投げ捨てられる。
「凍結する」
エステラの片手に氷の塊が生成される。それは凍結した空気であった。
「お互い様だ」
そう言ってイェーガーはアサルトライフルを今度は連射する。今度は弾幕であった。制圧射撃の要領で敵の消耗を早める。
だがエステラは遮蔽物に隠れようとする。味方の兵士だ。
「無駄だ」
イェーガーはライフルをデタラメに撃ちながら、既に狙いをつけていた。
右手での射撃は始めから『捨て』あるいは『囮』であった。
狙いは『左』だった。左手には回転式の拳銃が装填されている。
本来は鉛玉だが、六連装のシリンダーの中には四発の細胞抑制弾が込められていた。
それはもう三発となった。
弾丸が放たれもう一度エステラの肩へと着弾する。
「ぬぁ…………!?」
エステラは唖然としていた。時を止める相手にひるむ事無く戦い、なおかつ痛手を負わせる相手が目の前にいたからだ。
「この時代は……つくづく面白い……」
イェーガーの戦いは銃に依存したものである。
したがって、エステラの次の狙いは相手の弾切れであった。細胞抑制弾が相手だとしても、かすり傷であれば致命傷にはならない。しかも相手は何人もの敵を仕留めた後なので抑制弾の残りは少ないとエステラは見ていた。将軍として、兵を率いる者としての観点からイェーガーの状況を完璧に読んでいた。
イェーガーの方も残弾が少ないので二つの狙いやり方で敵を抑える事を考えていた。
一つは抹殺。
一つは無力化。
すなわち、急所を撃って無力化するか、足や手を撃ち攻撃や行動を阻害するかであった。
イェーガーは思案する。
そして投げた。
手榴弾。
「無駄な事を!」
エステラはグレネードを無力化する。その隙を縫うようにしてイェーガーはエステラの刀を銃弾で弾き飛ばそうとした。
残り二発。だがエステラは刀を持った左手を氷の篭手で防いだ。そこに触れた弾丸は当然細胞に到達する前に停止する。
「無駄だっ――」
だが、イェーガーは躊躇無くもう一発撃った。
残り一発。
着弾したのは左足だった。
「が……」
体内に二発の抑制弾。どれほど強大な能力だとしてももはや行使は出来ない。摘出し、十分な処置を受けるか、抑制効果の切れる一日ほどの時を待つかしない限り、エステラは能力を使えない状況になった。
無力化。
だが、敵には戦意があった。
左腕が氷の篭手で満足に動かせないにもかかわらず。
「バカめ。まだ終わったとでも!?」
エステラは足の靴からナイフを取り出した。
イェーガーの拳銃めがけて飛ぶ。
イェーガーは刃に毒が塗られている可能性を嫌い。即座に回避の姿勢をとった。左右に避け、無駄な負傷を避ける。膝をついている敵である事もあって攻撃の回避は難しく刃が軍用プロテクターをかすめる場面もあったが、怪我を負う事はとうとう無かった。
「チェックメイトだ。将軍殿」
イェーガーは渾身のローキックを繰り出した。それはエステラの側頭部に命中し、エステラの意識を混濁させた。
「な……が……」
呆然とした状況でエステラは完全に戦う力と意志を失った。
確かにイェーガーが勝った筈だった。
「どーもどーもー」
サラリーマン姿の男が横を通るかのような場に似合わない声がイェーガーの横から発せられる。
「……」
イェーガーとアスガルド兵たち、それとアイビスタン大連合の面々が完全にあっけにとられた様子でスーツの男を見ていた。
「あーあー撃たないでください僕はビジネスマンですー撃たないでー」
「……お前は何だ?」
「僕?僕は助けにきました。なにとぞ至急」
「誰をだ?」
糸目でスーツの男がにやりと笑う。
「エステラですー」
糸目がそう言って懐から出した拳銃をイェーガーに向けた。
イェーガーは即座に拳銃を叩き落とした。軍隊式の格闘戦のやり方だ。だが、糸目の男はうんうん頷きながらイェーガーと対等に格闘を行なってゆく。手練れであった。
「何だお前!」
「うんうんうんうん……これはお強い。対処しなくては。とりあえず至急」
スーツの男は『至急』という言葉をことあるごとに繰り返しながら猛攻を加えてゆく。
「いやー残念残念。売春婦に困らない所だったのに残念。デュナたんは気持ちよかったなぁ。それだけに残念だ」
「ぐ、この野郎!」
ドラコが即座に加勢した。近接戦ではイェーガーよりも遥かに戦力になる。通常ならこのような挑発は悪手であった。
「では失礼」
その言葉を合図にスーツの男はスーツケースを開いてエステラを無理矢理収容した。そして糸目は即座にその場から離脱する。ドラコの蹴りが空振りし、糸目がアスリート並みの走力でその場を後にした。同時に歩兵戦闘車の部隊がイェーガーたちに襲いかかった。
だが、イェーガーは慌てず端末を動かす。市外にて待機モードのAFが戦闘支援の態勢で飛来する。イェーガーのAFが歩兵戦闘車に銃撃し、イェーガーたちがその隙に戦闘態勢を整えた。
次回は宇宙での戦闘を描こうと思います。『援軍』とは?
次回にご期待くださいませ。




