第六章 三十八話 ナタラの影、その八
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
バレッドナイン側が爆薬を設置するポイントは複数存在するが、そのどれもが首都攻略に重要な軍事的施設であった。シンは軽業がごとき身のこなしと爆発物の知識によって適切に爆薬を設置して回った。
そして、その作業にはバレッドナインのメンバーによる援護も大きくシンを助けた。
「……ボスはすげぇな」
「全くね。何食べたらあんな動き出来るのかしら?」
背の低い廃ビルの上、遠くから双眼鏡で見ていたアディとジャックの二人は、傭兵として多くの戦場を駆け抜け多くの場数を踏んではいた。それでも、シンの精密な設置作業の動きと敵の目をかいくぐる大胆さには度肝を抜いていた。敵を後ろから排除する時の動きも鮮やかで、気絶した敵の隠蔽まで完璧な手際だった。
「時刻は?」
「予定時刻の40分前」
「へぇ……余っちまったな」
夜に乗じての作戦であったが、『シャドウ』の動き方は昼間の時と大差は無かった。
「……ん?」
アディが不審な気配を感じていた。それは感覚というにはか細い変化ではあったが到底無視出来る変化ではなかった。
「二人組?観光かしら?」
「表通りは夜中でも人多かったからなぁ……」
「…………」
嫌な感覚をアディは払拭出来ずにいた。これまでのことを彼女は思い返す。遠くの家屋からラジオの音声が聞こえる。
『親愛なる国民諸君、悪逆なるカラスのテロリストとそれを支援するアスガルド共和国が我が国に対してついに侵略を行なおうとしている。しかし我々は自分の国を守り、邪悪な毒婦デュナ・ラン・バニアと反逆者たちの首魁ドラコ・シルバを討つべく細密な準備と作戦を……』
国王の国内外に向けた演説が続いている。街は普段通りに喧噪があったが、異質な気配もまた巧妙に隠れていた。アディだけがそれに気付く事が出来た。
五感だ。彼女の五感はとても優れていた。
アディの目は蠍の目だ。蠍の視力そのものは弱いが光の感度は高い、蠍の特徴を模倣した彼女の細胞はわずかな光を感知する事が出来る。
そして振動や臭いなどの五感の高さで敵対する生物の位置を把握出来る。
視力に頼らない戦略によって彼女は敵の動きを探る。
「…………いる」
体臭と振動から、敵の動きを把握する。
位置は驚くほど近くにあった。訓練された敵の動きだ。
「……血と死肉の臭い……ナタラかしら」
ジャックも即座に銃を構えた。散弾銃。近くの敵を仕留めやすく携行しやすいように銃身を短く切り落としたタイプを所持していた。
いわゆる、ソードオフショットガンだ。
「いずれにせよ只者じゃあないな」
潜入という任務の性質上、アディとジャックの持って来れる装備は限られていた。敵はやってくる敵を迎え撃つだけなので、装備は自由に選べた。だが、メタアクト能力で対応出来るアディと違い、ジャックに頼れるのはサイレンサー付きの拳銃と小型に切り詰めた特殊な散弾銃、いくつかのグレネード。後は軍用ナイフと自分の肉体だけだった。
敵が姿を表す。
半裸。上半身だけが半裸の男性が、ガムを噛みながらビルをよじ上ってきた。
「……くちゃ……くちゃ……くちゃ……くちゃ……」
傷だらけの顔をした男がガムを噛みながらじっと直視する様子に二人はただ嫌悪感を感じざるを得なかった。
「おい。おまえなんだ」
ガムを吐き出した後、半裸の男は二人を見つめてから言う。
「……なんだハズレか。そっちの女はそれなりにセクシーな能力だが」
「おい、言われた質問に答えろ」
「ほぉ……このメタアクトは……細胞変異型か……人間が違う生物になったり違う形をしたり……ぃぃぃぃいいにおいだ、君はどっちだ?」
「質問に質問で返さないで、あんたは?」
「これは失礼。わたしはナタラ一家の特別尋問部隊を束ねております。ハリバラと申します」
ジャックはハリバラの異質な反応に怪訝な顔をするしか無かった。自身の質問を無視し続けたと言う事もあるが、それ以上に警戒すべきはアディへの異様な執着であった。
「むぅぅ……見た目も申し分なし。肌は白、目は茶、髪型は黒の短髪で眼鏡着用。顔つきと端正で……体つきも……とても……美人だぁ。しかも変異型の中では強力な部類のメタアクトを扱う。これは逸材……」
「な、なによ……あんた……」
「これはこれは。とんでもない。仲間を殺ったヤツの仲間を探れと言われましたがね。へぇ……こんな逸材がバレットナイン恐るべしといったところか……」
「おい、三つ数えるうちに失せろ」
「あー、うるさいなー、邪魔なんだよ」
ハリバラが腕を振るった瞬間、腕から骨が射出された。
「うぉ……」
持っていたソードオフショットガンが破壊され、背後の建物の一部までもが破損する。強烈な力であることが二人には瞬時に理解出来た。
「これはこれは……言い忘れてましたな……自己紹介がまだって名前は言ったか。身体を使う能力。そして元は医者でしたので人体に精通しております」
「この野郎!」
ジャックはサイレンサー付きのピストルを連射したが、致命傷を与える事は出来なかった。胸の真ん中を撃ったのにも関わらず。血もろくに出てはいなかった。
「嘘だろうが……」
「いいえ、現実。……これが現実でぇす」
ハリバラは腕から何かを伸ばした。骨。自身の骨であった。それを爪のように振りかざしてジャックを切り捨てようとした。
だが、ジャックの手前で骨は止まった。
刃の音。
ジャックの手にはナイフが握られていた。
鍔迫り合いのようにして骨と刃がせめぎあっていた。
「アディ!」
声を合図に蠍の尾がハリバラを刺そうとした。
だが、ハリバラはそこに攻撃がくると理解していたのかのように回避する。
「ますます、そそる……コレクションに無いタイプの能力者だ」
ハリバラの肉体が異様な変化を見せる。蛸のように柔らかな細胞の触手と節足動物を思わせるようないくつかの足がハリバラから伸びた。
ハリバラは恍惚の笑みを浮かべながら高らかに宣言する。
「よし!殺して採取だ!!」
あまりにも不味い状況と見た二人は思わず顔を合わせた。
「合図は」
「もう送った」
「よし逃げるわ!」
「おう!」
ジャックは階段から、アディは身体能力にものを言わせビルから地上へ直接逃走する。
ハリバラはアディを追っていった。
「おっと逃がす訳にはいくまい!」
アディは服の中に隠し持った小型拳銃でハリバラを撃った。粒子の弾丸がハリバラの体を貫通するも敵はどういう訳か生きていた。
「嘘でしょ……」
騒ぎに乗じて、当然敵がやってくる。黒獅子旅団の兵士だった。数は二。だが、哀れな兵士たちはハリバラによってズタズタに切り裂かれてしまった。
落ちていた機関銃をアディは拾い上げ、銃撃を浴びせるがまだ息があった。
「ひどいですね。君は芸術品になれるのですよ?これほど名誉なことはないのになぜ拒むのです?」
「…………わたしとしては黙って死んでくれるとありがたいけど」
「手厳しい……が……それも魅力的」
アディは蠍の尾で突き刺そうとする。それは完全に防がれてしまったが、動きを止める事が出来た。そこに拳銃を撃ち込む。だが、ハリバラはグリャリと体を変形させたかと思うと、人間の可動域を逸脱した動きで頭部を避難させた。
そして逆にアディの体を掴み彼女の頬を舐め回した。
「ひぃぃ!?このバカなにすんの!!」
「んんんん!実にテイスティィ!」
「ぎゃあああ!変態!変態!」
べろべろ。べろべろ。
アディの顔と首筋が舐め尽くされる。
が、ふいにハリバラの頭が蹴り飛ばされ路上に転がっていった。
ジャックの援護だった。
「た、助かった……」
「……お前はああいう変態に狙われやすいな。つくづく」
「ううう……冗談じゃないわ……」
ハリバラはまだ息があり頭から節足を生やしてアディの方に向かってこようとした。
「…………一体何の冗談よ」
ジャックは即座にハリバラの頭を蹴っ飛ばし、その辺に置いてあった車にハリバラをぶつけた。そして手榴弾を投げつけ、アディがそれに向けて拳銃を撃った。車は轟音とともに炎と光と煙を放ちハリバラの頭はその高熱によって完全に焼却された。
「ごぁぁぁぁぁぁああああ!ごぉああああああああ!」
甲高い悲鳴と共にハリバラはようやくその命を落とした。
「…………この国はあんなヤツが蔓延っているのね」
「…………つくづくこの国はやばいな」
「そうね……一刻も早くデュナたちにこの国を戻してやらないと……ね」
「そうだな……正規軍はどうしているやら」
「確実にやられているわね。何人か」
「とっとと、ここを離れて仕事の続きだ。報酬をもらったら酒盛りにしよう」
「ええ、こんな戦争を終わらせましょう」
ジャックの通信機にシンの音声が聞こえる。
「……無事か?」
「ああ……とりあえずはな」
「よし、こちらは他のメンバーと合流して設置を手伝う。支援頼む」
「了解だ」
ジャックとアディはその場から離脱した。
作業中のユキたちと合流したシンはバレッドナイン側の状況を確認後、右腕の端末を『ヒューイ』と接続した。
「順調だな。マスター」
「おかげさまでな。全体の戦況はどうなっている?」
「いいニュースと悪いニュースがある」
「悪いニュースは?」
「ユダ迎撃部隊が押されている。防衛ラインは突破されてはいないが」
「まだ想定内だ。さすがは天下の『ラインアーク』ってところだな」
「ラインアークの戦闘能力も大概だが、ブルーフィアーがこちら側に人的な被害を出している」
「モリ室長は遠慮がないからな。人の事は言えんが。……それといいニュースとは?」
「アスガルド正規軍がアイビスタン連合と合流できることになった」
「なるほど、イェーガーがやってくれたようだな」
「ああ、ナタラ側の勢力はメタアクターが多く苦戦を強いたが、アルベルトイェーガー少尉が敵に多大な損害を与えたようだ」
「つくづく味方でよかったよ。『レオハルトの懐刀』は伊達ではないと」
「そうだ。地上側はこれで大きく作戦を進める事が出来るようになった……ただ……」
「ただ?」
「不安要素がある」
「どんなだ?」
「そもそもSIAがこの戦争に参戦することにどんなメリットがある?」
「……非人道的なこの国の状況もあるが、それだけでは一国の特務機関は動けない……おそらくは」
「そうだ……『魔装使い』と『エクストラクター』だ。これらが関わる事件である以上、『黒幕』は一人ではない可能性がある」
「国王を倒しても終わりではないと」
「そうだ。要警戒だ」
「……わかった」
シンは通信端末の『ヒューイ』との接続リンクを切断した。
作戦は静かに進行する。アイビスタンでの戦いはいよいよ佳境へ
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