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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 三十六話 ナタラの影、その六

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください

とっさの判断であった。

サイトウは僚機の方の武装を見た。

拳銃、サブマシンガン、肩部ランチャー、そしてナイフ。

無線をつなぎ、叫ぶ。

「ナイフだ!ナイフを!」

迷う事すらなかった。

機体の手がAF用ナイフを渡そうとした。しかし振り払われる。ナイフだけが虚空に残されそうになる。サイトウはとっさにマニピュレーターを操った。

右腕部が摑み取る。ナイフの柄を。

そしてサイトウのファランクスが黄色い右腕部の切れ込みに刃を突き立てた。

右腕が切断され、両腕をなくした機体の胴体と肩の砲台だけが残される。

「……やっぱひと味違うなぁ。アンタはさ」

「……そこいらの若造だと侮ったツケが回ったな?」

「どうだろうね?まともに動けるのアンタだけでしょ?」

「かもな……」

サワシロの発言は的確であった。無傷な機体はサイトウのファランクス一機のみで戦闘に耐えうるのは、先ほど振りほどかれた二機だけで、後はどこかしら破損していて、目に見えて不利であった。

戦闘に耐えうる二機も回転にしがみつく事になった時に武装を喪失し、戦闘はかなり不利になる事が目に見えていた。

そう考えると実質戦える戦力は完全にサイトウのみと言えた。

だが、サワシロの『神の剣』も両腕を失い。砲撃と大きな体躯だけが勝負の要と言えた。それが逆に言えば、それ以外の手札を無くしているとも言えた。

両者は睨む。

サイトウはナイフとサブマシンガン。

サワシロは砲身を操作しつつ、脚部のエンジン出力を調整する。

「…………」

「…………」

空気の無い空間で、二機の鉄巨人が睨み合っていた。

頭部カメラと頭部カメラ越しに二人の若者が睨み合っていた。

沈黙ではなく、音なき緊張感が空間と二人の思考を支配した。支配された思考は恐怖に移る可能性があったが、二人は踏みとどまっていた。

古い映画の早撃ち勝負の如く、タイミングを摑み取るべく。二人は互いに相手を伺っていた。

刹那。

不意の銃撃が『射手』を襲った。

「……な!?」

二機の破損した機体が銃撃を浴びせたのだ。

周囲の機体、振り落とされ小破した僚機たちが次々と援護射撃を行なう。

「じゃますんなって……な!?」

それ以上の言葉を言う前にサワシロは大きな打撃を受ける事になった。

サイトウの一撃。

もう一撃。

ハインド・アーチャーがその辺の隕石まで吹き飛ばされた。

体勢を起こそうとして、コックピットの至近距離に人間大サイズのナイフが迫った。

「……手間かけさせやがって」

「…………くそぉぉ……」

どうにか動ける僚機たちが『神の剣』を拘束すべく作業へと移っていた。

「……艦のほうは?」

「……逃げられた。正直こいつの相手で手一杯だ」

「無理すんな。アンジェラ曹長がどうにかする」

「了解」

僚機との通信を切り、サイトウは『射手』の拘束を手伝った。







「……『上空』は大変そうだな」

無線通信を傍受しながら、イェーガーは眼下の敵を伺っていた。

「……こっちもこっちで大変だ」

オアシスグループは武闘派とはほど遠い集団であったがため正規軍の地上制圧部隊を差し向けられるとあっさりと降伏した。彼らはマフィアというよりは売春や密輸、マネーロンダリングなどで儲ける闇の商売集団としての面が強く、金にも利益にもならない戦争には消極的だった。呼び名である『オアシス』というのも裏で安全にボロ儲けを行なう集団としての象徴として仲間内で呼び合っていたことも大きかった。

それとは対照的にナタラ一家は正規軍相手に激しく抵抗した。正規軍側に多くの犠牲者を出していたのだ。

「……メタアクター……か」

メタアクターは数が少ないが、戦力としては優れていて訓練された一個中隊以上の戦果を産み出す事さえあった。

再興暦の歴史に入って確認されたその能力は、先天的、あるいは特殊な条件下で発現する。詳しいことは未だ分かってはいないが、エクストラクターの産み出したグリーフ汚染が要因の一つとしてアテナ銀河の医学会、歴史学界、生物学会などで有力視されていた。

もちろんそれだけが発現の条件ではないが、いずれにせよエクストラクターこと『抜き取るもの』の影響は無視出来なかった。

「……星のアレルギーとはよく言ったものだ」

イェーガーにとってみればその存在は厄介であった。

正確無比な狙撃に成功しても、弾丸が特殊な磁場やメタアクト因子に阻まれてしまえば、弾かれてしまう。

命中し、仕留めたと思っても点での攻撃では再生してしまう恐れがある。

そんな常識はずれで正気の世界の法則から逸脱しているような能力をもつ敵を相手する事は相応の危険が伴っていた。

異能を悪用する異常で残虐な犯罪集団。それがナタラ一家であった。

「前のチンピラ兄弟とは訳が違う。ただ殺すばかりでなく楽しんでいるとはな……」

イェーガーが聞いた正規軍の被害状況はどれも常軌を逸していた。

惨殺。結論から言ってしまえば、その一言に集約される。

腸を抜き取られた死体。四肢をもぎ取られた死体。ピアノ線のようなもので切り裂かれた死体。あらゆる死体をナタラは量産していた。そして死体で生きているものを挑発するかのような演出。血文字。

あらゆる残虐性が正規軍の士気を容易く削り取っていた。

「…………」

幸いにも現時点でのイェーガーは何人かのナタラ構成員を仕留める事が出来た。

現時点では8人。

正規軍側から見ると、とんでもなく驚異的な戦果であった。

正規軍が一個大隊を動かしてようやく一人仕留める。一方のイェーガーは一人でメタアクターを射殺する事が出来た。

アルベルト・イェーガーの卓越した狙撃の技術と年齢に不釣り合いな経験に裏打ちされた戦略によって、この大戦果は産み出されていた。

「……そろそろだな」

夜更け。闇は暗く。夜襲にはこの上ない時刻。

「…………」

大部隊ならイェーガーには察知出来るが、少人数で来た時は厄介な状況であった。

イェーガーは狙撃をやめ、通信機に音声を残した。

「……スコーピオン。一時、周囲を警戒する」

周辺からは鳥の気配すらしなかった。

「……いる」

鳥や小動物の気配がない。

それは殺気のある存在が接近していることの証拠に他ならない。イェーガーは五感を磨いて辺りの不審な気配に感覚を研ぎすませた。

静寂と暗黒。

尚更、聴覚と視覚が重要であった。

わずかな見落としが死に繋がる。シビアな状況下でイェーガーは草一本ですら警戒を緩める事は無かった。

「…………」

だが、脅威は見えない形ではなく見える形で現れた。

イェーガーは即座に狙撃銃を構え音の方を見る。

足音。

重い足音。

それは地響きのような質感を伴ってこちらに接近してきた。

巨人。

3メートルほどの赤茶色の人型が着実にイェーガーのもとへと近寄ってくる。『それ』は昆虫の補食や野生動物の狩りと似た殺気を放っていた。有機的かつ無秩序な殺意であった。だが、それらとは違う戦闘ドローンのような無機物的なもののイェーガーは確かに感じていた。

「……なるほど、挟み撃ちか」

すぐさまイェーガーは片手で回転式拳銃を持ち、背後の少女に発砲した。

二発。

少女はすぐさま回避し、距離を一気に詰めようとした。

だが、二発目は足に命中した。

「ぎゃあ……!」

少女は不意をつかれ、手から何かを落とした。

ナイフだ。

装飾や模様が施された高級品であった。

人型が両腕を振り下ろしイェーガーを粉砕しようとする。

だが、それを見越していたのか、イェーガーは転がるようにして回避する。そして拳銃をホルダーにしまい、持っていた狙撃銃を撃ち込む。

一。二。三。

頭を撃たれた巨人は悶えながら片腕で薙ぎ払った。

姿勢を低くしてイェーガーは回避したが、そばにあった木が折れミシミシと音を立てて倒れ伏した。

「チッ……」

イェーガーはもう一人の敵の存在をはっきりと視認した。

貴族。令嬢。

彼女の見た目からはナタラという存在からほど遠い雰囲気を感じた。

だが、腕を見たイェーガーは彼女を『ナタラ』の一員だとはっきりと視認出来た。

刺青。

ナタラ一家の構成員は特徴的な刺青を右腕にしていた。

それは正式な兄弟を示す証拠であり、前に捕まえた『虫と射手』の兄弟とは違う存在であることを示していた。

イェーガーは正規軍を援護するとき、ナタラの敵をじっくり観察する事が出来た故に理解出来た。

「……ナタラは人材不足のようだな」

その言葉を聞いた少女は珍しいものを見たかのように笑った。

「にひひ……外人が人の言葉を話しておりますわ?」

オズ語で彼女はそう言っていた。相手がオズ語までは理解出来ないと想定して。

「……お嬢さん。外国語はそれなりに嗜んでおります」

イェーガーはオズ語で即座にそう返答すると、少女は癇癪をおこしたかのように怒り狂った。

「が、が、が、外人が、アスガルドの……か、神に嫌われた民族が!言葉が話せるからって調子乗るんじゃないッ!ぎぎいいい!」

イェーガーは相手の反応に冷静に応対する。

「……差別主義者とは珍しい。……絶滅したものだと思ったが」

珍しいものを見るかのように言ったイェーガーの返答に更に怒った少女は赤茶色の巨人をけしかけて暴言を浴びせた。

「ぎぎいい。田舎者ふぜいが人のふりするんじゃない!家畜が!家畜が!と『ココ』に殺されて晩ご飯になりなさいよッ!」

赤茶の巨人ことココは猛烈な勢いで突進してイェーガーを圧し潰そうとした。

だが、それは叶わなかった。

胸の真ん中。脳を一撃で貫かれていた。

「へ……?」

「…………」

どうと倒れた巨人を見て、少女はその場で泣き始めた。

「ひぃぃぃええええ……ココが……ココが死んじゃったあああ!」

イェーガーは拳銃に弾を込め直した。

「…………」

少女の殺気は消えておらず、明らかに不意打ちを狙っているのをイェーガーは確かに感じていた。

拳銃を構えたのを見て、少女は怯えたように命乞いを始めた。

「ひ!?わ、わ、わ、わたしはキタス家の次期当主のアリアンヌ・キタスよこ、こ、こ、ここで殺したらキタス家を敵に……」

イェーガーは警戒を緩めない。

アリアンヌはただ眺めた。

さっきまでの泣き顔は無かった。

「…………『プロ』だったか」

アリアンヌは少女らしい顔をやめた。醜悪な笑みと共にナイフを投げた。それは恐ろしいほどの速さであった。

即座にイェーガーはナイフを避けたが、今度は少女が組み付いてきた。片腕を異形の豪腕に変え、イェーガーを引きちぎろうとした。

「殺った」

少女の心臓は拳銃で撃ち抜かれていた。

対メタアクト用の細胞抑制弾。その弾丸で心臓に撃ち抜かれれば、細胞が強靭だろうと再生しようと意味が無かった。

少女はずるとその場で倒れる。イェーガーは座るようにして自身の脇腹の傷を見た。肉が抉りとられていた。血が吹き出しているので彼はすぐに自身の止血に移った。

「……やれやれだ」

そう呟き、『狩人』は狙撃に備える。

初冬の空気は乾燥していて、健康の敵だと常々思います。


ここでナタラが動きます。地上は宇宙より地獄になる模様。次回もよろしくお願いします。

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