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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 三十二話 ナタラの影、その二

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

アンジェラは苦悩した。

アンジェラの顔にいつものおどけた感じはなかった。それは他の主要な局員も同じであった。作戦ブリーフィングを前に皆、緊張を隠せずにいた。

「…………」

彼女が沈黙する場合はいくつかある、プライベートの仲間内でやっている新作のボーイズラブ作品を描く時か、寝る時か、音楽を聞いているときなどがあった。

だがこの時の彼女の沈黙はそのどれとも違っていた。

普段は社交的で朗らかな彼女が深刻に悩んでいた。その理由はユダであった。

「……正義か」

「アンジー?大丈夫?」

隣から声をかけられる。レイチェル。レイチェル・リード曹長。隣にはキャリー・カリスト特務中尉がいる。キャリーはかなり階級が上ではあるが、プライベートではレイやアンジーと愛称で呼び合うほどに仲が良かった。

レイチェルが心配そうにアンジェラを見る。

「うん……平気」

「……やっぱり知っている顔と戦うのは辛いよね」

「……そう……だね」

アンジェラは改めて知った顔と殺し合うことになる事を覚悟していた。見知らぬ人間との戦闘は慣れていた。極力気にせず次の食事にありつく程度には慣れがあった。

知った人間が正義を語りながらこっちを倒そうとする事実にアンジェラは背筋に冷たいものを感じていた。

「……アンジー、無理しないでね」

キャリーがアンジェラの頭にぽんぽんと触れる。そして撫でた。

「……ありがと、キャリー。うん……頑張れる」

「よかった。暗そうな顔してたから」

「全く、激マジ心配だったから」

「あはは……心配かけたね」

「……うん」

「……さて、仕事仕事……と」

捜査資料の整理、軍議に向けての資料作成、各種装備の整備、戦闘に向けての訓練などやるべきことは山積していた。

自室でやる事を整理しようと背を向けると、SIAで一番偉い人の顔が見えた。

レオハルト。レオハルト・シュタウフェンベルグ中将であった。

「アンジェラか。すこし時間空いているだろうか?」

「ええ、いかが致しましたでしょうか?」

「現場の意見として君の意見を聞きたい」

「ええ……でもどのような?」

「今回の件についてだ」

「……ユダの件でしょうか」

「そうだ。きみは正義感が強いから今回の件について悩んでいるだろうと思ってな。遠慮のない視点での意見が欲しい」

「……お見通しでしたか……正直今回の対応についてはかなり悩んでいます」

「相手が相手だから悩んでない人物はいないさ。なんせラインアークと戦うこと自体が『この銀河での正義』への挑戦だからな」

「……そうね」

「……この世で最も恐ろしいものは『正義』かもしれないな」

「?」

「アンジェラ。常識や歴史は誰が作ると思う?」

「うーん……時の権力者とか?」

「ほぉ……では時の権力者は誰が成る?」

「難しい事聞きますね?」

「歴史は常に難解だ。権力や武力は真実を功名に隠蔽する。そして脚色してしまう。例えば……再興歴以前の時代たる聖人暦、我々の母星……我々の側が『地星』と称した故郷では大きな戦争があった。しかも二回」

「そのニュース!驚きましたよ!最近の考古学で分かったんですよね!」

「そうだ。それ以外にも散逸したと思われていた物証が比較的、最近になってから発見されている。それらの資料を見れば分かるが、当時の記録は勝利した者の側で記載されている」

「…………勝った側でしか情報は残らないの?」

「そうだ。それが歴史を学ぶ上で難しい点だ」

「……勝った方が正義って事ですね」

「そういうことだ。だから我々は勝たねばならない。あらゆる意味で」

「……うう、歴史も大変ですね……私、男の偉人同士の絡みしか考えてなくて……」

アンジェラが悩む。腹痛で顔を歪めたような顔で目の前の現実に結論を出せない様子を中将に見せていた。

その様子を見たレオハルトは意を決したかのように言った。

「……アンジェラ、勝った人間だけが正義なんだろうか?」

「……?」

「軍人の仕事は自分の国が正義の側に立てるようにする事だ。勝者として……だが、時折分からなくなる事がある。アンジェラとしてはどう思う?」

「……確かの我々は軍人です。けれどもそれ以上にSIAの一員でもあります」

「……」

「SIAの目的はエクストラクターを初めとした人類の敵から未来を守る事でしょう。それはアスガルドだけでなく銀河全体の……私個人としては、アイビスタンだけ除け者っていうのも……卑怯ではないかって思って」

「卑怯……か」

「でも自国を戦いに巻き込みたくないって意見も分かるんですよね……でも、……答えが出ません。うー……いつもやってるゲームだったら、もっとなぁ……」

「卑怯が嫌いだったのだろう?昔から……」

「はい。私としてはバレッドナインやデュナ王女を救いたいとは思っております……ただ、軍人としてもSIAの一員としての義務は優先したいとも思っております」

「そうか……わかった。だが無理だけはするな」

「ありがとうございました。中将」

「気にするな。部下の面倒を見るのは上官として当然の責務だ」

レオハルトはそう言ってその場から立ち去った。アンジェラも自身の仕事へと向かっていった。






作戦ブリーフィング時には大勢のSIAの局員がレオハルトの方を向いていた。艦内の中央司令所には緊迫した通信がリアルタイムで視覚化されている。

それにあえて背をむけてレオハルトは口を開いた。

「全員分かっていると思うが、今から我々はラインアークを初めとしたユダの戦力と戦闘を行なう。……ただし目的は討伐ではない。時間稼ぎだ」

「……それでもきつい戦いになる。こっちにも引けない理由があるとはいえな……」

「……説得は出来ませんか?なにせ相手が相手ですから……」

「既に電文が届いている」

「内容は?」

「あんな危険人物を庇うなと」

「どっちが危険なんですか!」

レオハルトの苦々しい顔を見ながら、スペンサーはユダ側の強硬な態度に頭を抱えていた。ハヤタとモリ、マサタカを中心にした『自分たちが正義の中心だ』と言わんばかりの傍若無人なやり方にSIAのすべての局員が乾いた失笑を浮かべていた。

「あのとき以来ですよ」

「あのとき?」

「我が共和国の対惑星兵器の不祥事。あのときあいつらなんて言ったと思います!!?」

「なんて言った?」

サイトウの一言をきっかけだった。

「……『俺たちがアスガルドの尻を拭いてやる』ってアズマ語でぇよぉぉッ……おがぁあああああ!クソがぁ!!」

とうとう、スペンサーの我慢が限界を迎えた。

「○×△○ぉああああああああああ!!どうして正規軍の上層部と政治屋のバカどもはよりにもよって外国の!しかもAGU側のアズマ人に不始末の処理なんざさせんだゴラぁ!自分たちで処理しろッ!自分たちでッ!クソがぁあッ!」

とうとう、スペンサー大佐はその場にあるものを手当り次第に破壊し始めた。

パソコン、書類の山、机、椅子。

絶叫と暴力がレオハルト以外の全てをかき乱す。

サイトウとジョルジョ、スチェイが三人掛かりで止める。

普段と立場が逆であった。

「離せゴラァ!離せゴラァ!」

とうとうレオハルトが鋭い一言を放つ。

「チャールズゥ!!……そんな酷い様を妹にも見せる気か?」

「う…………」

レオハルトの放った殺気は全ての人間の行動を静止させる。

禍々しいまでの威圧感がスペンサーの暴虐をあまりにもあっけなく制止した。

「……すみません」

「気にするな。気持ちは僕とて同じだ」

先ほどの殺気立った表情とは違い、普段通りの穏やかな笑みをレオハルトは見せる。それを確認したスペンサーは徐々に安堵の表情を浮かべていた。

「さて、どっちにしろ我々は『バレッドナイン』がうまく国王の悪逆を世界に知らしめない限り、『ユダ』は止まらんだろうな。だから時間稼ぎが必要だ。全員いいね?」

全員がそれを合図に各々の仕事に戻った。

主要な面々は残り今後の作戦と各々の作業スケジュールを調整する。それはアンジェラも同様であった。






「まあ……気持ちは分かるけどね……」

中間管理職の悲哀に同情を感じていたが、先ほどまでの暴力に関してはアンジェラも困惑を示していた。その点に関してはキャリーとレイチェルの両名も同様ではあったが、それ以上に今後ユダと対峙する事の問題を恐れていた。

「相手が……世論も彼らの動きに左右されるし……」

「超ヤバいね……さすがに……。あ、でもでも、こっちにはレオハルト中将がいるし大丈夫っしょ」

「うん……でもラインアークに加えて、あの『ブルーフィアー』もいるんでしょ……怖いわ……誰も死んでほしくないね……」

キャリーは弱音を口にした。それは自分の死の恐怖もあるが、仲間を失う事への恐怖もはっきりとあらわれていた。

「心配しないで」

アンジェラが毅然とした態度でキャリーを安心させようとした。

「でも……」

「相手が誰であっても死なせない。友達のピンチは友達が救う。少年マンガの王道ね……は!」

アンジェラが不意に恍惚の表情を浮かべた。

「アタシったら!たぎるアイディアが……むふふふ……」

爛々と輝く目、口から垂れる唾液。彼女は完全に淫らな変人と化していた。こうなった時の彼女の脳内は倒錯的な男二人の世界だけが存在していた。

「あーあ、また始まった……アンジーの悪い癖」

レイチェルは思わず呆れたような困惑したような表情を浮かべていた。だがその表情にどこか安心したような様子も見て取れる。

「あ、ごめん」

アンジェラが我に返る。

「いつも通りで安心したわ。アンジーがいるとなんとなくほっとするというか……」

キャリーもどこか、さっきまでの強張った表情が和らいでいた。いつも通りの控え目な笑顔がアンジーを見つめる。

「うはは……失敗失敗」

「そうでもないよ。アンジー」

「へ?」

「アンジーのおかげで場が和んだからオールオッケーじゃん。アンタって超イケてるじゃん」

「あ、どうも……」

アンジェラは照れくさそうに後頭部を掻いていた。黒く短い髪の毛が少し乱れる。

アンジェラが照れくさそうにしていた時だった。背丈の高い男だ。軍服を着た美男がアンジェラに近づく。

「三人ともここにいたか。すまないがアンジェラを借りたい」

「へ?」

レオハルト中将がアンジェラ曹長に話しかけた。アンジェラは自分の趣味がまた場の空気を乱してしまったのかと戦々恐々としていたが、そうではなかった。

「曹長。君に一機。機体を預けたい」

「機体?」

「アサルト・フレーム。いわゆる……試作機のAFだ」

「え?え?」

他の二人もそうであったが、アンジェラは特に困惑していた。

突然の指令。

この命令はユダ側の『神の剣』との交戦を意味していた。

SIA側の視点。今回を含め、しばらくはアンジーの目線で物語が進行します。

メタアクターであり女軍人でもある視点からユダや今回の事件がどう見えるかを描写していこうと思います。

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