第六章 三十一話 ナタラの影、その一
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
シンはエランとユキを伴ってある場所に向かった。陣地の一画、中型のコンピュータ設備のある場所をSIAから借りていた。
「――――」
エランがシンの耳ではあまり聞き慣れない言葉を話している。オズ語であった。ユキにもその言葉は完全には理解出来ないが、PCでの操作から意図を察する。
「回線を例のもので……リンク接続完了。星間ネットワークを通して、複数のサーバーを経由……よし」
ユキがいくらかの操作を完了させると聞き覚えのある声が響く。
「ハロー、こちら多目的戦術支援AI『ヒューイ』だ。接続良好。標準時を確認……ふむ……だいぶ間が空いたようだな。ジャングルでの旅は楽しめただろうか?」
「残念ながら、大きな仕事が入った」
「データ確認中。更新された情報を精査……なるほど、マスターは引き寄せるらしいな……」
ヒューイは人間と変わらない流暢な語り方で冗談まじりにシンとやり取りをした。
「それで……クライアントはまだ無事だろうな?」
「無論だ」
「OKだ。そうなると次の目標はどうする。どうせマスターの事だから、マフィアも中央政府も血祭りにするのだろう?」
「……ああ」
「なら作戦はいくつか草案がある。表示するから確認してくれ」
ヒューイがそう言って画面を切り替えると。五つほどプランを立案してくれた。シンは細かい文字を慎重に目で追いかけてゆく。
「……三と五は駄目だ。人的被害が大きすぎる。可能な限り人的被害を減らし、ターゲットに重大なダメージを負わせたい」
「分かった。そうなると一が現実的だろう」
「……なるほど、予備として二の方も準備しておきたい」
「そういうと思った、OKだ。各方面の連絡態勢を整える」
「頼むぞ。合図は例の端末に頼む」
「OKだ。マスター」
そう言ってヒューイは一時接続を切る。
「ユキ、端末を」
「アップロードは済ませてあるわ」
「ならいい。もらうぞ」
シンは腕部の端末に小さなカード状の装置を一つ差し込む。
「……よし」
そう言ってシンは少し離れた所で武器のチェックを始める。小銃、拳銃、羽根手裏剣、近接戦闘用の特殊警棒、変形式のトマホーク、ワイヤーガン。あらゆる武具と装備が既に運び込まれていた。
「ここにいたか」
不意にシンに話しかけるものがいた。
「……相変わらず気配が薄いな。イェーガー」
「……どの辺りで気づいた?」
シンがイェーガーの方を振り返った。
「そうだな……4メートルくらいまで近寄られてからだろうな。だが、なんとなく見られている気配はずっとあったが」
「…………よく気がついたな?」
「いろいろありすぎたからな。ユキの件もあるし」
「ライコフの事件は大変だったな」
「一歩間違えれば死んでいた。恐ろしい男だったよ、ライコフ教授は。……まあ、倫理観と思想は三流以下のクズではあるがな」
「相変わらずの物言いだな」
「クズに遠慮はいらないだろう?」
「否定はせんよ。こっちはこっちで大変だしな」
「……そんなクズの話をしにきた訳じゃないだろう?用は何だ」
「ああ、レオハルトと皆がまっている。すぐ来てほしい」
「了解した」
ユキとシンはSIA側のヒューイの中継端末の整備を任せ、レオハルトたちと他の仲間のもとへ向かった。
仮説陣営の中央司令所にSIAの人員と正規軍の将校、そしてレオハルトと話すバレッドナインの他の仲間がいた。
「おまえさんもいつのまにかそこにいたか。チャールズ」
「正規軍といろいろ揉めたりしましたからね。まあ、今はどうにかなりましたが、SIAの面々と共に行動する方が居心地はいいのは事実です」
「そうか……でも大変だろう」
「……覚悟の上です。正規軍にいたときにも、ここには縁はありましたがね」
「そうだったな……」
ジャックはスペンサーと互いの近況を話していた。
そもそも、フルハウス隊とアスガルド共和国はバレッドナイン結成前から仕事上の付き合いがあったことが二人の様子から伺える。
ユキの方はノイマン先生に自身の身体を調べてもらっている。グリーフ能力を行使出来る機能によって変化があったようだ。身体能力の向上、演算機能の一時的向上、虹彩や髪の毛の一時的な変化など大きな変化は確かに数値に出ていたが、普段の生活には支障はないようであった。
「……あの後、シンに聞いて驚いたわ。髪と目が青くなっていたなんてね」
「とりあえず症状はなさそうだ。一通りの検査をした結果、君の変化は一時的なものに限定されるようだ。……今の所は。あまり機能を酷使しすぎない方が副作用の心配に見舞われずに済む事は……」
「それはさっきも聞いた。よく気をつけておくわ」
「うん……よく気をつけてくれ。君は僕の患者だからね」
「ありがとうギュンター先生」
「お礼はレオハルト君に言ってくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
席を動いた時、ユキの長く美しい黒髪が揺れ動いた。青さのない完全な黒であった。国の違う人間、それも人造人間の髪であるにもかかわらず、アズマ人のそれと遜色はなかった。
瞳は元の黒であった。
夜よりも暗く、闇より深い黒であった。
シンはそれをじっと見つめていた。
「……無理はするなよ。ユキ」
「それはお互い様でしょ」
「まあ……な」
シンが安堵しているとき、アディはアオイと久々に言葉を交わしていた。
「アディ……あなたは本当に『巻き込まれ体質』ね」
「そっちはそっちで大変そうね」
「部下は変人だったでしょ」
「まあね。でもどの子も悪い人じゃなさそうね」
「正解。アンジーもレイもキャリーも可愛くって優しい子よ」
アオイは優しい笑みを浮かべながら三人の方に目配せをした。彼女らはリラックスした様子で会話を楽しんでいた。
「……それにしても一文無しで落ち目の王女様を助けるなんてね、あなたにしては珍しいわ」
「金勘定はしっかりもらうけど、それ以上にアタシと似たものを感じたのもあるわね。……まあ、もちろん我らがボスの決定ってところも大きいけど」
「……とんでもない人ね」
「まあ……ボスは確かに過激で狂犬だけどさ。アタシとジャックだけが見かけたとしてもかばうくらいはしたと思うわ」
「……そのボスのことも気になるけど……あの機械は?」
「ボスの相棒が設計したAI」
「少し話したけどとんでもない皮肉屋ね。さっきルイーザも言ってたわ」
「……ユキも変な所があるわね」
「全く」
不意に四人の人物が司令官の席とその隣につくと、その場にいた人間がすぐに会話をやめた。
一人はレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。
もう一人はシャドウ。覆面をしたシン・アラカワ。
残りは、バニア族の元女王デュナと『多民族騎兵団』総司令兼『アイビスタン大連合』のリーダー、ドラゴ・シルバであった。
「……最初に言っておきたい」
シンが初めに口を開いた。
「……我々バレッドナインには、プランがある。デュナを嵌めたものを暗殺するプランだ」
一瞬、その場がどよめく。
「だが……それを確実な者にするためには協力者がいる。だから今は君たちと歩調を合わせたい」
「……シャドウ。こんなことを言うのもなんだが今更だな」
「どういう意味だ」
「この状況は防げなかった。予想は出来たが、SIAに何の行動もとれはしなかった。だが、……この国に君がいると知ってこの結果を悟っていた。ひとしきり暴れて王女の安全を確保してくれると。君は昔からそうだったね」
「さすがに分かっていたか。だからイェーガーとジョルジョを……」
「そういうことだ。有能な人物に恩は売っておきたいからな」
「おべんちゃらは……ってお前はそう言う男だったな」
「シュタウフェンベルグ七家訓、第一条。『褒め言葉は創造的な人を創造する』だ」
「意味深だな」
「我が父だけが理解がなくて残念だ」
「だが、レオハルトはその姿勢に支えられている。今もこうしてな」
「ああ……さて、我々が倒すべき敵は三つも存在する」
「中央政府と黒獅子旅団の連合軍とナタラ、そしてオアシスグループ、中央政府の味方にはエステラもいる」
「だが襲ってくる敵はもっと増える恐れがある。しかもさっき言った三つ以外は手を出してはいけない」
「……どういうことだ?」
「秩序の乱れたこの地に、AGUの『正義の味方』が降臨する」
「……まさか」
「ユダ。そう君はもう察しているだろう。AGUの評議会が『ラインアーク』の出動を承認した。この人道危機と外国政府の干渉を収拾せよと」
「チッ……。またしてもハヤタか……」
シンはげんなりした様子で舌打ちをした。
「しかも出るのは『ラインアーク』だけじゃない。モリ室長の『ブルーフィアー』にサワシロくんの『ハインド・アーチャー』も出るそうだ」
『ブルーフィアー』の名前を聞いてSIAの面々がまたしてもざわつく。
「サワシロはともかく、『あの室長』もかよ。本気で殺しにきやがって。まずいな……これではプランが成り立たんぞ」
「……なにげに厄介ね。あそこ腕のいいハッカーが二人もいるからね」
「そういえば、そのうちの一人が『ハインド・アーチャー』のサワシロ・サトシだったな」
「…………もし、SIAと手を組んでいなかったらと思うとぞっとしていたわ」
「まあ、名実共に『正義の味方』を名乗る連中だからね。相応の実力や組織はあるだろうね」
「ラインアークって……あのラインアーク!?」
「ドラコ……?」
「か、彼らは『正義の味方』なんだろう!?なんで!?」
敵の名前にドラコが困惑する。
「……『神の剣』って呼ばれてる人型軌道兵器の機体群、その最高傑作ね」
「……なんで……」
「ドラコ司令官殿。動揺する気持ちはわかるが。今は抑えてほしい。君は指揮官という立場上、兵士の前で動揺することは許されない。……それに、君は『君の大切な人』を守る義務がある。違うかな?」
「!!……すみません」
「気にするな。僕も彼らと敵対するのは初めてだ。正直、緊張している」
苛立った様子でシンが口を開いた。
「緊張するで、済むか。彼らは機体を降りてもナノマシンとそれに伴う生体改造で身体機能が熟練の兵士の何百人分の戦闘能力がある。たたでさえこっちは悪趣味な殺人集団とマフィアと軍隊の三つを同時に相手取らなければならないというのに……」
「ああ、その件だがバレッドナインと『騎兵団』の担当はアイビスタン国王とその手下の討伐とエステラとの戦闘に集中すればいい」
「それが出来れば……まさか」
「オアシスグループとナタラ一家はアスガルド正規軍が、我がSIAの直属艦隊とAF部隊がユダとAGUおよび有志連合軍の足止めを担当する」
とんでもない爆弾発言が、レオハルトの口から飛び出した。
SIAとレオハルト、大軍に挑む。シャドウ驚愕
次回もよろしくお願いします。




