第六章 三十話 虫使いと射手
この物語には残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
粒子式短機関銃の駆動音と共に虫が粒子弾の雨に射抜かれ、焼かれていた。
それでも生き残りの虫の方が多く、シンの状況は圧倒的に劣勢であった。
「うぉおおおお!!」
「ぐ……ぬぉ……!」
シンとイェーガーの身体に虫が何匹も這い回る。人間の新鮮な肉を食らうべくぎちぎちと口を鳴らした時であった。
「アラクネェ!前に放てェェエエエエッ!」
シンの叫びを合図にユキが防御をやめる。機械の両腕から蒼い稲妻のようなエネルギーの奔流がシンとイェーガーの方角に放たれる。
瞬時に虫たちの体が異様な動きを見せる。それはアルコールを大量に摂取した時や電気を受けた時の動きとは違っていた。思考性を持った動きをしつつも偏執的で狂ったように何かを追い回していた。
かと思うと、虫たちがもがき苦しみ、痙攣しながら地面に落ちていった。
「…………ぐぅ……強烈な」
「すまないアラクネ」
「おい、シャドウ。やるなら言え。頭がガンガンと痛む」
「言ったらバレる」
「……こっちの身にもなってみろ」
能力の行使は出来ないもののGFへの耐性や感受性を持ったシン。
十分な耐性訓練を受けたイェーガー。
その奔流は通常の人間でもきつい苦痛だった。だが、二人はぎりぎり耐えられた。
悲惨なのは『虫使い』の方であった。
「ぎぎぎぎ、あぎぎぎっぎぎい」
痩身で長い体躯の男から悶えるような声が響く。
「……一匹の虫に脳機能を移転した事が仇になったな?」
シンが冷徹なまでに男を見下した。
男は涙を流しながら、明後日の方角を見ている。目は斜視で、両手は全身をかきむしり、口からは甲高いような男の悲鳴を発していた。男の胸から羽音が聞こえる。脳機能を司る虫の羽音であった。シンは男の方を冷たい目で見下しながら質問を始めた。
「ぎぎぎ、……か、か、か、……可愛いいいい虫たちががががががぎぎっぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
「お前は誰だ」
「だれって……だれれれれれれれれれれれれれれれだれだれだれ。だれだれ誰だれぇぇ?」
グリーフ・フォースの衝撃のためか男の言葉は今ひとつ要領を得ない。
「……やり過ぎたか?」
「一発目だぞ!?」
「これがグリーフの怖さだ。出力と条件、そしてこいつの精神性と耐性似よって変化するが……場合によっては、心が崩壊する。まあ、本来はこんな使い方はしないがな」
「……」
「おい、お前は誰だと聞いている」
「れ?お、お、お。オレオレ、ジミー」
「そうかジミーか」
「いや、ロバート……じゃなくってジョン……えもなくでぇ……ポールだったかな?えへへへひゃへひゃ」
男は錯乱してしまっていた。敵意は喪失していたが、情報源にもならなかった
「となると……もう一人か……」
シンは虫使いが隠れていた方を見た。
「……本当に一人だったか?」
「……どうだかな」
シンは確かに察していた。
攻撃には打って出てはいないが、虫使いの反応から敵がもう一人いる事はシンの中で予想できていた。問題は決め手。敵の存在そのものの確定と、位置。
相手は確実に仕留める事を優先すべく、一人になった所を確実に消す算段であった。
そうなると、デュナとドラコを逃がす事も危険であった。敵がどのような手段で攻撃するかも分からない状況である以上は固まって動く事が賢明な判断と言えた。
「……デュナ、ドラコ」
「?」
「な、……なんでしょう?」
「まだここにいろ。危険かもしれんぞ」
「……はい」
シン、イェーガー、ユキは周囲を見た。
木の葉一枚。
わずかなさえずり。
それら一つ一つの変化の見落としが、即死への前奏曲となる。
三人は警戒を続ける事にした。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
自然の音。
滝の落ちる音。
草や葉の音。
小さな音だけの世界がそこにあった。
言葉が抹殺され、微音だけが存在していた。
言葉の代わりに交わされる合図だけが存在していた。
不意に音が放たれる。
音と共に攻撃が誰かに着弾するはずだった。
だがそれは防がれる。イェーガーへの攻撃はあらかじめ知っていたかのように迎撃された。そしてその一瞬のうちにシンとイェーガーが態勢を整えた。
「見えたか?」
ユキは防御に専念するため、それ全ての機能を障壁の生成に集中させていた。
シンの目だけが、頼りであった。
空挺あがりの勇士とは言え、眼球そのものは常人のそれであった。
あまりにも頼りない普通の眼球が――。
――眼球は敵の姿を捉える――見据えた。
「あれだ」
だが問題は伝え方であった。
緊迫した短い間では方角を伝えるのが精一杯であった。
そして……。
シンは投げる。恐ろしく短い動作で羽根状の刃物が投擲される。
羽根手裏剣。刃の根元にはタイマー式の焼夷弾が装着されていた。
「……!!」
敵から言葉は無かったが、動揺している様子がシンには理解出来た。風の動き。木々の不自然な揺らめきが大慌てでその場を離脱しようとする様子が見て取れる。
「点火」
シンの一言と共に着弾点から火が燃え広がった。
木々が燃え、草が焦げる。
ススのついた人の姿が五人の目で確認出来る。
「いい作戦だ」
そして銃声。
弾丸は男の足を撃ち抜いた。
「ぐぎゃあ!」
男が炎から距離を置いた所で撃たれた足を抱きかかえる。手には狙撃銃を持っていた。
「なあああぐぞぐぞ!いでえええ!何ヘマこいてんだ間抜げぇ!」
「俺ジミーだったけけけけえ?バシルあに兄に兄ぃ貴」
「アリー寝言言ってんじゃねえぞ!超いてえぞ間抜け!」
「ばじじじじじいじじじむむるるるる兄貴きき」
「意味わかんねえぞ間抜け!」
「あにあにあにき」
「なんだよ!」
虫使いが一呼吸置いてから言った
「オレ、ジミーだっけ」
射手が激しく怒る。
「アリーだっつってんだろうが!間抜けぇ!」
「まぬけはねええええええよおおおおおおお!」
虫使いが子供みたいに泣き始める。
射手はさらに激怒し、機関銃のように日頃の不満を捲し立てる。
「…………なにこれ?」
ユキが首をかしげる。
「…………さあな」
イェーガーが思考を中断した。
思考回路をやられた虫使いと足をやられたヒットマンが目の前の敵をそっちのけに口論を始めていた。あまりにも混沌としたやり取りに敵方であるシンたちも思わず困惑していた。
不意に二人の暗殺者が見えない力で抑え込まれる。
「あにぎぎぎぎぎぎぎ」
「ぐがげげげ……」
口論が止み、重しを押し付けられたような奇妙な声が代わりに響いた。
「……これじゃあ、たぎらないじゃない。兄弟愛なんて格好の題材なのに……はぁ……代わりに地面とひっついちゃって」
がっかりした様子の声。その主はアンジェラ・ヘラ。階級は曹長。
SIAの工作員の一人にしてメタアクターであった。
彼女は今、自身の能力を発動している。
万有引力であった。
「冷静に考えればケンカップルもありね」
目を煌煌と輝かせてアンジェラは笑った。
それを見てチャールズ・A・スペンサーが彼女の頭を軽くひっぱたいた。
「なにすんのさ」
「お前がラブロマンスや同性愛に耽溺しようが構わんが、戦いと仕事の時くらいは、破廉恥な行いは控えろ。この残念美人め」
「いいじゃんべつに。人に迷惑かけてないし」
「場をわきまえろ。どんだけ自由なんだお前は」
「えーこの堅物」
「おまえなあ……べつに他人のロマンスを否定する訳じゃない」
「知ってる。でなきゃ、ぶん殴ってるわ」
「だろうな……おまえ、公共の場でコミックの女の子の胸の大きさ談義されたらどう思う?」
「……あー、それはちょっと……公共の場で……」
「ほう……なら新作のBLコミックの話題だったら?」
「その話、詳しく」
「……そういうところだぞ」
目の前の自由すぎるやりとりに困惑しつつも脱線した話題を軌道修正しようとシンはスペンサーとアンジェラの間に入った。
「あー、チャールズ大佐。それと曹長、我々はコミックの雑談をしにきた訳じゃないからこの辺で頼む」
「む……失礼した」
「うー……」
チャールズとはまた縁があったが、最初に出会った頃と比べると柔らかな雰囲気を感じるようになった。冗談や軽口にも彼が理解を示しているようにもシンには見えた。
「……あんたも変わったな」
「どうした?」
「ああ、こういう話題にも理解があるんだなって。あんたはもうすこしそう言う話題は苦手そうだったからな」
「そうでもない。家族の一人がレズビアンだ」
「なるほど。お相手はどんな人だ?」
「彼女の同級生。生まれも歳も同じだ。よく知った顔だったから最初は驚いたな」
「そういうことか。……さて仕事仕事、楽しいおしゃべりはここまでだ」
そういったやり取りをしながらスペンサーとアンジェラ、シンの三人は尋問室へと入っていった。
机のそばに二人の人物がいた。
アリーとバシル。
虫使いとライフルマン。
二人の正体不明のヒットマンがそこにいた。
「…………」
「えーとオレ誰だっけぇへへふぇ……」
弟は胸部の虫が逃げないように加工されて厳重に処置がされていた。SIAの医療班長、ノイマンの手際であった。アリーはどうにか落ち着きを取り戻したが、ぼぅっと明後日の方角を見ていた。
バシルは沈黙していた。
敵の陣地の真ん中にいることもあるだろうが、アンジェラのBL趣味に辟易している様子でもあった。アンジェラにとってはうっとりするような桃源郷でもその趣味も同性愛の気も無いバシルにとっては半ば拷問であった。
「さてバシルくんお話をしよう」
スペンサーが口を開く。
「……話す事なんてねえ」
「そういうな。コーヒーでも……」
途中でシンがチャールズを制止した。
「すまないな。こいつは理解がなくてな」
「…………ふん」
「さて、君にも大事な弟がいるが、私にも大切なクライアントを守る義務がある」
「……へぇ、いくらもらったんだ?」
「いいや。金じゃない。ある意味じゃ自己満足のただ働きだ」
「……奇特なヤツもいたものだ。珍しい男だよアンタ」
「だが、こうも言わせてもらう。クライアントは……深く傷ついている。心の傷だ。ある意味、俺や俺の親友がかつて負ったものと似たようなものだ。……古傷を抉られた人間の怖さはご存知かな?」
「……宗教絡みより厄介だな」
「そうだ。人間のトラウマは宗教のタブーより厄介だ。……いや、人間のトラウマに基づく戦いと宗教に基づく戦いは根源が同じだ。歴史を学べばそんな結論にたどり着く。違うか」
「へえ……歴史好きかい」
「兄がな。……お前もそうなら、お前の組織は見限るに限るんじゃないか?」
「……おっと、これ以上はしゃべらんぞ」
「……弟はどうかな?」
「…………たらら」
「?」
「タラら、ララララ『ナタラ』タララ――」
「おい、馬鹿野郎!消されるぞ!」
顔面蒼白で兄が弟を制止しようとする。
「気にするな」
「!?」
シンはその場にあった記録装置を破壊する。
「俺たちは聞いてないし知らない」
「…………」
沈黙。
さきほどまでリラックスした様子のアンジェラも緊迫した表情をしていた。
「そうだな。俺の予想じゃあ、敵は悪趣味で快楽に溺れている……違うか?」
「……どうだろう?違うとは言い切れねえな」
「お前たちは知らないヤツから半ば強引に依頼を受けた……その理由は?」
「…………脅された」
「……そうか。家族はそいつだけか?」
「……ああ」
「なら、『本国でじっくりお話』が必要だな、弟の治療も」
「……ああ」
そう言って三人は部屋から出た。バシルは俯いた。無表情で。
アリーだけが幸福な無知でいられた。
証言出来る人物を確保。混沌とした戦争前夜。ナタラの影がちらつくなか、SIAとバレッドナインの次の一手は……。
次回もよろしくお願いします。




