第六章 二十九話 LOVERS
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
デュナは意外な人物と出会った。
仮説陣営の中、それはレオハルトに連れ添われる形でデュナの前に出くわした。
戦士にしてはやや痩せた体躯の男の姿をデュナは確かに知っていた。
「ドラコ……」
ドラコ・シルバ。アイビスタン大連合のリーダー兼その下部組織にして実動部隊たる多民族騎兵団の総司令官であった。彼はただ彼女を歩み寄り。抱きしめた。
「……よかった……よかった……死んじまったのかと……うう……デュナ……」
ドラコの眼から大粒の涙が流された。
しばらくしてデュナも泣いていた、自身の涙の理由を彼女自身ですら理解しかねていた様子であったが、すぐに微笑みながら彼女もまたドラコを両手で包み込んだ。
その様子をしばし見届けた後、レオハルトは口を開いた。
「……さて、ドラコ殿。このたびの事は我々も感謝しなければならない」
二人は怪訝そうな顔をしていたが、彼は気にせず続ける。
「……エクストラクター。まさかこんな星で……いや、ヤツらはどこにでもいます。知的生命体の痕跡が少しでも確認出来れば…………蛆やゴキブリのように現れるのです」
「……ええ、……彼女は自分の国を守るために戦っただけです。なのにみんな誤解して……」
「だから、束ねようとした。しきたりに囚われない多民族の軍団を」
「ええ……」
「……ここまでの軍団を束ねる苦労。そしてデュナを失う恐怖に耐える日々。心中察するに余あるものを感じました」
「いえ……私も助けられながらここまで来たもので」
「SIAの長官である私もそうですよ。とにかく……あなたの大切な人が生きていて良かった」
「……ありがとう。レオハルト殿」
「そんな。我々はただ仕事をしたまで……エクストラクターや犯罪者たちから、可能な限りのものを守るだけですよ」
「……それでも感謝してもしきれません」
「…………私にも妻がおりましてね。どうしても放ってはおけませんでした」
「きっと、素敵な方でしょうね」
「ええ、最愛の妻です」
こころなしか、レオハルトの顔は明るかった。
「そうか……デュナの方は……」
「ああ、恋人と会えたみたいだな」
シンとユキが安堵の表情を浮かべているのをイェーガーはいつも通りの無表情で見ていた。シンにとってはその顔がどこか緩んでいるように見えた。
「……ここ数日の出来事とは思えないわ」
「……全くだ」
イェーガーは顔を空に向ける。空は明るく青かった。残酷なまでに。
先日雨だった空はからっと晴れていた。それは冷酷なまでに移り気だった。
「…………憎らしいほどの晴れだな」
「あんな大雨だったのにね」
「……どうも熱帯の気候には慣れん。植物も虫も違う」
「故郷と?」
「ああ……ここまで違うといろいろと調子が狂う」
「それにしては、百発百中じゃない。しかも寸分違わないわ」
「スナイパーにとっては『百発百中』は『必須』だ。それよりもそこに至る過程が大変だ。お前だってPCの解析に最新のセキュリティと普段と違う機械言語が一緒にあったらどうなんだ」
「……ふつうにしんどい。時間さえあればやるけど」
「その『時間さえ』が、ときに命取りな時がある」
「……ああ……そうね」
「雪原や都市部での活動なら完璧に出来る。サバンナも耐える。海上だって十分な装備さえあれば問題はない。ジャングルはしんどい。いちいち予防接種を受けなければならんし、植物と虫がうんざりだ……ただ……」
「ただ?」
「食い物には困らん。食用に適した植物、蛇に、魚に、小動物に、場合によっては虫ですら……それだけは自然に感謝だ」
「さすがはイェーガーだな。順応のスピードと忍耐が違う」
「全く。頭の切れも凄いしね」
「そこのカラス男と同じ訓練を受けたからな。教官もあの『カール・シュタウフェンベルグ』だからな。レオハルト様の父君」
「まあな。あの訓練は体以上に頭を酷使する」
げんなりした顔で二人は顔を合わせる。
優秀な戦闘員であるはずの二人ですらげんなりとした様子だった。
それ見たユキは、彼らの受けた訓練がいかに高度で過酷かを悟らずにはいられなかった。
「ちなみにその訓練何歳に受けたの?」
「15歳からだ」
「俺も」
「…………どうかしてるわ。事情はわかるけど」
「カール殿は焦っていたからな。いろいろと」
「今になってみればそうだな」
軍服姿(に擬態した)シンとユキ。彼らとイェーガーはよく晴れた空を見ながら、しばらくぼぅっと内省をしていた。
イェーガーふと別の方を見た。
シンとユキもそっちを見る。
デュナとドラコが手をつないでこちらの方を見る。
「……デュナか。それと……」
「ドラコです。私の最愛の人を救っていただきありがとうございます」
ドラコが自身の右腕を差し出した。シンはしばらくその手を見た後、握手に応じた。
「気にするな。一人くらい、生真面目な正直者が報われると良いと思ったまでだ」
「……僕もそう思います。そのために私設武装組織のリーダーにまでなったので……」
「そうか……あんたは……昔から経営か何かを?」
「いいえ……アイビスタンがおかしくなるまでは……アニメーションや特撮が好きなだけのナードだったもので」
「……そうだったか……大変だったな」
「ええ……でも人と話すのも楽しいものですよ。女の子が好きなのは体育会系もインドア派も同じですからね」
「そうか。親友は違うが、俺もそう言う話は好きな方だ」
「ああ、すみません……あなたのご友人の事は彼女から聞いております」
「気にするな。人の好みは違うものだからな。それに……」
「それに?」
「あんたは……目の前のドラコ・シルバは、理不尽に怒る事の出来る人間だ。それも真正面から……普通の人間は困難を前にすると逃げたり回り道をするものだ。が、お前は違う。……カズが同性を好きになるタイプの人間だとしても傷つけたり卑劣なことを言ったりはしないヤツと俺にはわかる」
「……ありがとうございます」
「一回くらいは顔を合わせたいと思ったよ。イメージとは違うがいいヤツだとは分かる。デュナは幸せ者だ」
「……あの」
デュナがおずおずと前に出た。
「私からもお礼を言わせてください」
「…………よかったよ」
「え?」
「出会ってすぐに分かった。生真面目でバカ正直なヤツだってことが」
「……い!?馬鹿正直って!」
「だから助けたいって思った。世間じゃ正直者がバカを見るって言うけどな。俺はうんざりなんだよそういうの。世界が狂っているのは今更だ。だがな、クソ真面目な正直者ぐらいは幸せにならないで誰が幸せになるんだ?麻薬で稼いでるオアシスのクズか?それとも悪趣味なナタラの下衆どもか?それとも誰一人助けられない中央政府と黒獅子旅団の偽善者どもか?…………そんなヤツらが幸せになって正直者が馬鹿を見るこの国の今がうんざりだったんだ。だからみずぼらしい格好の正直者を助けた。それだけだ。どうせ偽善かもしれないけど、命あってのとはいうだろう?違うか」
「…………」
「さて、仕事だ……」
「……あ」
デュナは俯いた顔で声を発した。それは不器用なまでに震えた声だった。
「なんだ?」
「あ……あり……がとう…………………………」
デュナの頬から大粒の雫が流れる。
あまりにも人間的な雫であった。勝ち気な印象の吊り目から大粒の水滴が溢れる。
ドラコのほうもその影響を受けたのか潤んだ目でデュナとシンの方を見ていた。
「…………気にするな……それに」
「…………」
シンは一呼吸置いてから一言。
「まだ終わってない」
「え!?」
「え!?」
呆気にとられたデュナとドラコの後ろにユキが高速で回り込む。
その一言を合図にユキが二人を守った。両の機械腕が変形し、対エネルギーフィールドを展開する。エネルギー弾が弾かれ、障壁の表面が波紋のように波打つ。
イェーガーがライフルを。シンが拳銃を草むらの方へと構えた。
「出ろ」
一言だけだがドスの利いた声が響く。草むらから細く長い体躯の男がゆらりと現れた。幽霊のような出で立ちの男は慌てるどころか両手でゆったりと拍手を始めた。銃は見えない。
「…………」
男はしゃべらない。ただ微笑むだけだ。銃を持っている形跡がシンたちには分からない。
「…………もう一人出せ」
「…………はぃ?」
銃声。
乾いた音が響く。
地にものを叩き付けたような音がシンの片手の金属から響く。
その音と共に男の頬を弾丸が、かすめた。
「二度言わせるな」
「……ッチ」
銃声。
不気味な男の片足に穴が開く。鮮血を吹き出しながら、男は苦悶の声を小さくあげた。男は両の手で血の出る穴を抑える。
「ぐぉ…………」
「身の程をわきまえろ。今度は頭だ」
見下すような冷酷な目をしたまま、シンは拳銃を男の頭に近づける。イェーガーも同様に心臓に銃を向けるが、周辺に注意を払っていた。
「おかしい……」
「なにがだ?」
「気配が……変だ」
イェーガーは耳を澄ませた。人間の足音ではなかった。
羽音。微細な羽音があちこちから聞こえる。草木の音にまぎれてシンたちを取り囲んでいた!
「……ユキ」
「何?」
「デュナとドラコを連れて離れてろ」
「え……」
「早く!」
シンはそう言ってサブマシンガンを取り出す。片手で安全装置を器用に外し、周囲に意識を向ける。
「ああ……待っててくれ……出すよ。出す。出す。すぐ出すよ。出すよ。出すよ。ボクの可愛い子たちだ……」
羽音が大きくなる!
地面からもガサガサと音が広がってきた!
シンはたまらず怒鳴る。
「そいつらを引っ込めろ!!」
「出す…………………無理ぃ」
男がにっと笑う。シンは発砲した。
銃口から小さな閃光が瞬く。
男の眉間に穴が開いた。だが、すぐに塞がる。
「……なにぃ!?」
男の体とあたりの草木から羽虫の群れが飛び出してきた。
シンがサブマシンガンを乱射しながら、後方へと跳んだ。
拳銃も食らわせる。二つの瞬きから、粒子の弾丸が飛び出し、何匹かの羽虫を焼いた。だが、それだけだった。無事だった羽虫はシン――シャドウの身体に食らいつこうと直線に襲いかかる!
プロテクター、迷彩オフ。
シンのレイヴンスーツが戦闘モードに速やかに移行する。
粒子式機関銃、内部シリンダー駆動開始。
シンは首元の覆面――ワタリカラスの紋章を――鼻まで被ってから応戦した。だが、虫は微細で何より統率がとれていた。虫は撃っても撃ってもわき出してきた。ライフルを持ったイェーガーはさらに分が悪かった。
「…………く!」
シンとイェーガーに攻撃手段が無いように見えた。
嵐の前の静けさ。そして、奇襲。シンとイェーガー、両名が苦境に。
次回もよろしくお願いします。




