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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 二十七話 善意の悪魔

この物語には残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

狂気が微笑んでいた。狂気が人の皮を被っていた。

ノブと呼ばれる男が微笑を崩さずに言葉の羅列を紡ぐ。

それは説得するための言葉のつもりで形作られていたが、実際に出来たのは吐き気を催す言葉の配列であった。

「……私はね。別に『願い事』を利用して、何かを使用とした訳じゃないんですよ。それじゃあ偽善者じゃないですか。そうじゃないんです。魔獣化現象を使って国をまとめようとしたんです。……え?何の事か分からない?やだなあ。シンプルじゃないですか。魔獣という敵がいればみんなが幸せになれるんですよ。魔獣が暴れる事で魔装使いが増えます。そのことで魔獣になる少女が出るんですよ。もちろん全体から見れば微々たる犠牲です。ですが、そのことで国全体がまとまるんです。なんて安い代償なんでしょう!少女を数十人不幸にする『だけ』で国が幸せになれるんです。すばらしいシステムだとは思いませんか?」

シャドウの目の前にいた人間は喜々として、エクストラクターたちの活動を肯定していた。その言葉は論理の皮を被った思考停止であり、倫理や生命の冒涜ですらあった。

ルイーザが銃弾を撃ち込んだ。二発。

電光石火のクイックドローであった。

回転式拳銃が火を吹き、鉛の小質量体が肉を抉るべく虚空を飛来する。

「正直驚きましたよ。因果律を操作して契約を行なった者の望んだ事象を発生させるってことに、あらゆる法則を書き換える事が出来る。その気になれば望んでいたメタアクトを得たり、億万長者になることも出来る。ですが、代償を払わされる。コレは困った。あちらも商売人ですからねえ」

しかし、弾丸がどういう訳か逸れてしまった。ノブは喜々と講釈をたれている。

「弾丸が……」

ノブのメタアクト能力にルイーザは目を白黒させていた。

「効率の権化。芸術の極地。いくら褒めても褒める言葉がたりませんよ!ああぁ……効率とはなんて甘美な……うんうん、それにお土産もすばらしいものですねえ」

「……お土産」

「動かない少女なんてすばらしいでしょ?腐りませんし」

アディとルイーザ、ユキの三人はたまらず手に持った銃を乱射した。

だが、ノブには一発も当たらない。ユキの弾丸だけを避けてノブは涼しい顔で講釈を続けた。

「……さて、肝心の問題ですが、文字通り命をいただかれる訳なんですよね。……うん、ああ命って表現は不適ですね。あえて言うならそう、……『魂』っとでも言うべきでしょうか。グリーフによる汚染。しかもエネルギー転用出来るグリーフではなく、細胞にまとわりつくタイプのグリーフなんですよね。ひとしきり生体エネルギーを食い尽くした後、模倣するんですよ。人間だった時の行動と思考パターンをグリーフが。それがまたすばらしい。いくらでも兵器としての可能性がある。エクストラクターたちは『残りカス』なんて表現して見向きもしませんがね」

ユキはある地点で射撃をやめて、じっとノブの方を見た。

アディとルイーザは撃ち尽くし装填を始める。

「レフト。……ポイズンもだ、もう撃つな」

「冗談じゃ」

「口車に乗るな。いいな」

「く……」

「……っ!」

シャドウの制止と共にアディとルイーザは射撃を中止する。アディとルイーザは生理的な嫌悪感を感じているのか、おぞましいものを見る目でノブを睨んでいた。

シャドウはいくらか冷静だった。そして冷酷でもあった。

「……お前の変態趣味には興味ないが、実利のほうは気になるな。国家を転覆させてでもグリーフと魔装使いの研究をしていたってわけか」

「……よく気づきましたね。ここまで答えた人間は……あ、レオハルト氏も似たようなことは言ってたのかもねぇ」

「知らん。要は、叶いもしない願い事より、その『副産物』を欲した訳か」

「先人たちは『呪い』と表現しましたがね。それ、私としてはむしろ『祝福』ですよ」

「お前にとってはな。お前以外はいい迷惑だ」

「迷惑?……人類の進歩の邪魔をするつもりですか?」

「お前の邪魔なら、させてもらう」

「心外ですねえ……」

ノブは邪悪な微笑を浮かべながら拳銃で撃とうとした。

だが、シャドウのある一手によって全てが凍り付いた。

「……!」

黒い羽根手裏剣。複雑に回転しながらノブのそばへとそれは飛来する。

「……おどかさないでくださいよ。てっきりせん――」

白光。まばゆい光がすべてを飲み込む。

壁に刺さった羽根手裏剣から強烈な光が漏れ出た。

ノブだった虚像は数秒間グニャグニャと歪みながら消滅していった。

「……なんだったの?」

ルイーザが目を白黒させていた。

「……ヒントはユキだった。どうしてユキの弾丸だけはせっせと躱していたのかと思ってな」

シャドウがユキの方を見る。ユキがゆっくりと口を開いた。

「……ルイーザの射撃の腕は確かなのだから、最初に『二発も外す』のはおかしいと思っただけよ。だから、視覚情報を分析したらとんでもない事が分かった」

「とんでもないこと?」

「……実体がなかった。視覚情報が不自然に歪められていたの」

「どういうことよ」

「答えはシンプル。あれは……『闇そのもの』よ」

「……敵は闇そのものを操るメタアクターとでも?」

「ほぼ確定ね」

「……まさに……って感じね」

アディが身震いをしながら、虚像の存在していた方を見た。影だったところには拳銃だけが置いてあった。

「でも、アディが使っていたのは粒子銃でしょ。アレはどうして効かないの?」

「効かない訳じゃない。でも、光が弱すぎるわ。点の光ではなく、面の光が必要ね」

「……銃火でもだめなのね」

ルイーザはそう言ってアディが持っていた銃を確認する。

拳銃だ。型式はPP9だ。民間にも出回っている傑作小型拳銃であった。

取り回しがよくて暴発の危険が少なく信頼性の高い銃ではある。だが、威力だけで言えば一対一の対人戦闘や闇討ちでならば、十分である。

だが、大勢の敵やメタアクターなどの特殊な敵に関してはどうしても威力不足であった。火力は小さく、銃火も大きくない粒子銃。旧式の銃よりかはマシであったものの心許ないのも事実であった。

「……なるほどね」

アディも愛用の銃を確認しながら頷いていた。

アディが強い相手に対して戦う時には『変異』する。それが前提であったがために自身が銃を使った戦闘はあまり得意ではなかった。

否、現状をより正確に表現するならば『今回の戦闘より以前』は必要がなかった。

そして、ルイーザに至っては古風な火薬式拳銃を愛用する。粒子式の銃も使わない訳ではないが、鉛の弾丸でないと能力が真価を発揮出来ないのだ。中距離での精密さを維持した敵との銃撃。それこそがルイーザ・ルイ・ハレヴィ本来の戦闘スタイルであった。

粒子の弾丸では能力である『アローズ』が十分に軌道を修正出来ず、大味な攻撃しか出来ないこと(ただし、メタアクト能力なし・制限下の射撃も十二分に熟練している)が弱点であった。

よって、グリーフ能力を射撃能力に変換出来るユキと搦め手を使えるシン、そして、重装備で手札の多いジャックの三名が応戦出来る状況であった。

だが、ジャックの装備を無駄にしたくないというシンとユキの考えにより二人だけで虚像の処理を行なったというのがこの状況の帰結であった。

シンは羽根手裏剣の中央を取り外し別のものと入れ替えた。

「いつ俺の出番が来るのやら」

「スペード。それなら安心していい。でかい嵐はもう目の前だ」

「なるほど。別の意味でうんざりするな」

ジャックのぼやきを尻目にシンが辺りを探索し始めた。他の面々もそれに続く。






邸宅内部の調査ではアディとユキが大活躍であった。

アディには知識があった。薬学者としての知識だ。人体にも精通しており、下手な医者よりかは十分な知識を持ち合わせていた。そのこととユキの情報処理能力、そしてカズの豊富な外国語の素養も相俟って、残りの面々は整理と重い本の移動だけを気にするだけで済んだ。

「…………ん?」

カズが唐突に怪訝そうな顔で一冊の本を見た。

「どうしたカズ?」

「……変な印がある」

「印?」

「よく勉強とかで赤ペンで引いてある感じ」

「それがどうした?」

「引き方が不自然なんだ」

「なに?」

ユキがシンたちのそばに寄って来た。

「シン……ちょっといい」

「どうした?」

「オアシスの頭目のものらしきパソコンを見つけた」

「どうした?それなら、別に問題は」

「うん。見つけたはいいけど……パスワードを入力しないと中のデータを隠滅する仕組みになってる。しかもセキュリティもご丁寧に最新鋭のものを使ってたわ」

「どうにかできないか?」

「お手上げ。ここまで厳密だとパスワードを探した方がいいわ。当てずっぽうに何回かやったら消えちゃう」

「……カズ」

「どうした?」

「その赤ペンの箇所どんな感じだ?」

「……頭文字が強調されている感じ」

シンとユキも該当の箇所を覗き見る。オズ語でかかれた本であった。内容は窺い知る事は出来ないが、確かに赤ペンで単語を不規則に下線が引いてあるようにユキは見えた。

「……カズ、この本はどんな本だ?どこにあった」

「小説だね。オズ連合の出身の作家さんが書いた話題作だ。……ウェルズ先生やヒビキ先生と比べるとやや主題の練り込みがあまいけどね」

「あの二人と比べるのは酷だろう」

「まあ、あの二人はいろいろと規格外だからねえ……この本がどうしたの?」

「……頭文字はどう組み立てればいいか考えてた」

「…………へぇ」

カズが考え込みながら手元の辞書を引き始めた。しばらくしてカズがうなずいた。カズがユキに一枚のメモを渡す。

「ユキ。一回でいいからこの言葉で打ってみて」

「え……わかった。やってみるわ」

カズが打った文字を入力するとパスワードがあっさりと解除される。

「どうやってわかったの?」

「頭文字と後の文字の数。なんか引っかかったから数えた」

「へぇ……後の文字の数が入力の順番になってたのね」

「そそ、僕も冴えてるでしょ」

ユキがパスワードを解除したPCを大急ぎで読み解いた。すぐにユキは短くこう言った。

「……ビンゴね」

ユキの指差したモニターにはメール画面の表示があった。

やや間がありましたが、ようやく六部・二十七話でございます。不穏な展開が続き、次回から『大きな嵐』へと足を踏み入れる事となります。よろしくお願いします。

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