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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 二十六話 偽りのオアシス

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

レオハルトは静かに口を開いた。

普段のような穏やかな語り方ではない。裁判官が被告の罪状を確認するかのような厳正な態度で言葉を紡いでいた。レオハルトの目がシンを見据える。

「……アラカワ退役中尉。今回の件。どう思う」

「……女王になるはずだった子を守るためにやった。それだけだ」

「それは否定しない。デュナ王女がオアシスグループに売られ、売春まがいのことをさせられたことも知っている」

「なら止めるな。デュナにそんな生き方は向いていない」

「聞いてくれ。単刀直入に言う。君の行動で戦争が起きるだろう。多くの人が死ぬ可能性が出てきてしまった。君は無関係な人を巻き添えにするのか」

「……無関係?」

「そうだ。あんな国だが穏やかに暮らそうとした市民も……」

「だからデュナを見捨てろと?」

シンは先ほどのレオハルト以上に厳しい態度で応じてきた。

「……多くの人を守るために一人は目をつむれって言葉は飽きるほど聞いてきた。お前の父もかつてそうだったように。……俺はうんざりだ」

「うんざりってどういうことだ」

レオハルトは多くの人を犠牲にしかねない発言ともとれるシンの言葉に怒りを感じていた。だが、その感情を声色だけにとどめ聞くことに徹した。

そして、シンは口を開く。

「……カールもそうだし、お前の『因縁の相手』もそうだった。そしてハヤタも……鉄鬼って言われているあいつも。あいつは最初から正義の守護者ではあるのだろう。だがそれ以上に優しい男だったはずだ。マリン・スノーのようなひとりぼっちの女の子には手を差し伸べるほどの。だが、あるときから変わったな。今のお前みたいに」

「……そう……かもな」

レオハルトは俯いていた。聞く姿勢は崩さない。だが、それ以上に言い返せずに苦々しい表情を浮かべていた。

「…………レオハルト中将……あの時は大佐だったな」

「……第三次銀河大戦の時だったな。そう呼ばれたのは」

「ああ……やはり貴方はカールとは違う」

「……」

「非情じゃない。命を切り捨てることへの抵抗感はまだ残っている。昔からそうだ。今だってそうだ。五感で分かる」

「……」

「……なあ、中将。正義ってヤツはいつから『独りを切り捨てるための価値観』に成り下がってしまったんだ?俺の知っている正義は救うためのものだったのに」

「…………」

「……中将、俺はデュナを諦めるべきではない。バレッドナインの皆もそう考えている」

「……全ての人がそう思っているわけではない」

「……それはお前の本音なのか」

「違う。それは『SIAの長』としての意見だ」

「……なるほどな」

「こっちも聞かせてほしい。……お前は何をするつもりだ?」

「……?」

「デュナの敵を葬る為に動いている事はわかっている」

「……オアシスグループ」

「?」

「オアシスグループの頭目。そしてこの国の元首。彼らから聞き出す必要がある」

「…………」

かくして、二人は協力者となった。デュナを一時的に託し。シンはシャドウとしての覆面を着けた。


翌日の天気は雨であった。

雨と言っても都会で見るようなしっとりとしたものではない。

アイビスタンは一個の惑星で成立する国。そして、その惑星の気候は熱帯と亜熱帯のそれであった。場所によっては強烈な雨期が来る。バケツをひっくり返すって表現がなんのための表現かを、気候の知識に馴染みの無い者は知る事になる。

巡回していたマフィアの男が歯をガタガタと振るわせながら辺りを見回していた。手にはアサルトライフル。他の組織と抗争でもしていたかのような様子であった。

「出てきやがれ!」

男は震える声で絶叫する。

「もういる」

マフィアの男は後頭部に強烈な打撃を感じた。その背後には黒い衣を纏った男が存在した。

「……シャドウ。まだ殺すな」

「殺して『は』いない」

シャドウに対するイェーガーの叱責にジャックが制止する。

バレッドナインの面々は大雨の中、再度の行軍を行なった。

その中にはアディもいた。

「アディ。無理はするなよ」

「大丈夫って言ったでしょ」

「ならいいが、無理は厳禁だ。いいな」

「……わかったわ、気をつけるわ相棒」

「そう言われるのは久しぶりだな」

「全くね」

ジャックはアディを気遣いながら、視界の悪い中を進む。

水かさのある場所を進んだり、泥の多い場所に足を取られたりして目的の建物へとむかっていた。

「あった」

「……ジョルジョが動けない分、お前がいてくれてよかった」

「一人だけ監視役をつける。そう言う話だったはずだ」

「その男は優秀な狙撃手でもある」

「……積極的には関知しない。いいな」

「ああ……」

黙々と熱帯雨林を進み、ある一点を目指す。

そこは要塞のようなある一件の邸宅であった。

数人の機関銃を持った男がいたが、時間はかからなかった。

狙撃、麻痺針、そして投げ技。

三秒もかからないうちに数人の敵が無力化され邸宅の塀を登ってゆく。

「……アディやイェーガーがいると違うな」

死体の隠蔽を済ませ、シャドウも塀を登ってゆく。

「……監視カメラ」

ユキの言葉に合わせ、ユキ以外が物陰に隠れる。

ユキは監視カメラに向けて何かを放った。

それは銃にも似ていたが、銃身が大きく弾速が明らかに遅かった。放物線を描いて接着した装置が監視カメラの動きを不自然に歪めてゆく。

「完了」

それを合図に全員が邸宅へと入っていった。


暗かった。室内は暗かった。

不思議なくらいに室内は暗かった。

何人かの警備兵がいたが練度は低かった。

「……警戒しろ。ここからはコールサインで呼べ」

それを合図にB9の面々は目出し帽や覆面、仮面などで顔を覆った。

「アラクネ了解」

ユキが頷く。

「ポイズン了解」

アディがそう言って辺りを見る。体はマントやポンチョに似た外衣で覆われている。

「スペード了解」

ジャックが大きな機関銃を構える。彼は重装備だ。手榴弾や予備の弾薬も完備している。

「フォルテ了解」

カズが返答する。顔には不安の色があった。しかし、彼はすぐに周囲の警戒に戻る。

「レフト、了解」

ルイーザが左の義腕を鳴らした。ぎちぎちとした音が小さく響く。アローたちもスタンバイしていた。サブマシンガンと拳銃を構え、彼女は辺りを見回した。

不意にレフトがシンに合図を送った。

敵。

人数は。

二人。

ハンドサインで交わされる会話。息の合ったやり取りであった。それに合わせ全員が敵のいる方角へと銃を構える。カズだけは銃を持ってはいないので、能力を発動させやすくする為に片手を前に突き出した。狙いを合わせるためだ。

靴音。

靴音。

ゆったりとした気配が近づいてくる。

「久しぶりだねぇ……カラスの男は」

エリックの姿がそこにあった。エリック・フェルナン・バルザック。

フランク連合での事件以来の再会であった。

「シャドウと呼ぶべきだったかな?んん?」

「……やれやれだ。まさかお前とはな。エリック」

「あいにくだが、雇い主は不在でね。君が散々に暴れてくれたおかげで、多民族連合のゲリラどもが元気づいてしまったよ。その対応に追われていてね……そのツケは命で払ってもらおう」

弾幕。

だが、蒼い光の壁に阻まれる。

「貴様の事情など知らないな」

「デュナともども、わずわらしい存在だ」

エリックが苦々しげな顔を浮かべると、シンは目で笑い始める。嘲笑うかのような敵意の笑いだ。

「メインディッシュはこれからだ」

そして一発の銃弾が放たれた。

「どうせ、恨まれているのだろう?……多方面に」

弾丸はエリックの片足を貫いていた。

「がぁ……クソが」

エリックが何かを使おうとしたが、すぐに次の弾丸に阻まれる。

手から何かが弾かれた。

「無駄だ」

シンは彼の元に近寄ろうとした。が、すぐに足を止める。

「……出てこい」

「…………バレましたか」

糸目でスーツを来た男がへらへらと笑いながら、物陰から出てくる。エリック同様、ゆったりとした足取りであった。

「……お前が頭目か?オアシスの」

「いえいえ、私はノブと呼ばれております。なにとぞ」

「…………アズマ人だと」

「ええ、今は……えー、エステラ様を雇い主として動いている者でございます。なにとぞ」

「質問に答えろ。お前のような上流層のアズマ人がどうしてこんな辺境の惑星でマフィアの手伝いをしている?」

「はて?いけませんか?この国際社会。世界に旅立つことが商売において最大のコツで――」

「嘘だな」

シャドウが言葉を遮った。

「あー、えーそこの黒い方……どういうことですかな?」

「言った通りだ。お前の言葉は嘘だ。外国で商売したいならこんな治安の悪い所ではなくもっと新興の活気のある国へ向かうのがセオリーだろう……お前の本来は別にある」

「心外ですねぇ……噂のヴィジランテさんは人を犯罪者呼ばわりするのですか。なるほど……」

「ぼろを出したな」

「……うん?」

「俺は一言も『犯罪』なんて言葉は口にしていない。つまりお前は自分のやっていることに自覚があるってことだ。……法に反する行いであると」

「…………」

ノブと名乗っていた男の雰囲気が変わる。

「これはこれは……どうしたものですかねぇ……」

早撃ち。

ノブは隠し持っていた拳銃でシャドウを撃った。

粒子の弾丸がシャドウの頭部を穿とうと迫る。

だが、すぐにユキが前に進み出た。改造人間の強化された身体能力とユキの後天的なグリーフ能力。つまりは蒼の障壁。

粒子の弾丸が蒼い光に阻まれ消える。雪玉が溶けて散るが如く。

「…………チッ」

その顔こそ『ノブの本性』であった。

引きつったこめかみ。苛立った口の動き。そして目。

瞳の中には闇があった。悪意の闇だ。それは全てを飲み込むかのような久遠の暗さがあった。

「……デュナを始末してまで、『抜き取るもの』と交渉する理由は何だ。そうまでして、誰かの願い事を食い物にするつもりか」

シンは静かに怒りの声をあげていた。

「おや……私はあくまで『善意』を目的にしているのですが?」

B9一同の表情が凍り付く。シンも例外ではなかった。

善意。

その男に似合わぬ言葉が紡がれる。

「……このアイビスタンは哀れだ。誰かが管理される必要がある」

男は静かに『狂気』を語り始めた。

ノブの狂気は深淵の入り口か墓穴か。次回に続きます

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