第六章 二十四話 弔いの銃弾
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
どぎついほどに色鮮やかな混沌の空間の中で言葉だけが交わされる。
「若い女って……どういうことだ」
現象の発生源が人間の成れの果てである事を理解していたジャックですら、その言葉には目を白黒していた。
「……魔装使いには、莫大なエネルギーによる因果操作と武器を主体とした戦闘能力を得る代わりに体内に汚染物質を溜め込む、それが許容限界を超えると、汚染された精神が元の肉体の細胞から生命エネルギーを取り込み始める。そして、精神は汚染物質に乗っ取られて亜空間を生成するほどの化け物が出来上がる。……これが魔獣。そしてその一連の現象を、魔獣化現象と呼ぶ」
ジョルジョの説明に三人はますます困惑の色を強めるが、現在の状況を理解すること自体は出来た。
「……信じるしか無いようだな。目の前の状況を見る限り」
ジャックの言葉に、残りのルイーザとカズも頷いた。
この奇怪な状況に投げ出されて、常識を信奉することは愚劣であった。ジョルジョは改めてパワードスーツを飛行モードに切り替える。甲冑を思わせる金属質な装置からスラスターが展開される。二メートルほど宙に浮いた。
その後、両腕から砲身らしきものが展開される。それはミニチュアサイズのミサイルランチャーと粒子機関銃であった。
「……エランのヤツが見たら、垂涎の装備だな」
「エラン?」
「俺たちのメカニック。殺し合いに向いてないから今はいないがな。言葉もオズ連合の方の言葉しか話せないしな」
「腕は確かか?」
「プロ中のプロ」
「それはいい。スカウトするようレオハルトに言っておくぜ。若大将は有能な人材が何よりの好物だからな」
「おいおい。俺らから貴重な専門家を奪う気か?」
「はは、冗談だよ。カラス野郎が怖いからな」
「……減らず口を」
「はは、それより憂うつな葬式が待ってるぜ」
「はは……憂うつな弔いねぇ」
通信装置越しにジャックとジョルジョは軽口を交わしていた。
「……ナンパ野郎がすまんな」
「いつものことだ」
イェーガーとシンは互いの得意な得物を出して周囲を警戒していた。
シンは羽根型の手裏剣。ナイフの代わりにもなる。
イェーガーは小銃だった。
狙撃に適した粒子ライフル銃だ。いわゆるスナイパーライフル。
粒子式なのでライフル銃という呼称には一見すると齟齬があるかのように思える。荷電粒子は鉛の銃弾と違い空気中では拡散するリスクがある。
しかし、複数の荷電粒子を一個の塊として圧縮して運用することで一個の銃弾のように飛翔する事が出来る。この技術によって、金属の弾丸のように一点に飛ばしつつ、荷電粒子の弾丸の特性により高い殺傷能力と静音性、高い射程距離と精度を確保する事に成功した。
スコープは無い。反射光を嫌うイェーガーの方針と彼自身の高い視力によって弱点を補われていた。
「……お前は相変わらず凄い射手だ」
「褒めるのは、標的を仕留めてからだ」
「ああ」
イェーガーの妥協の無い姿勢にシンは惜しみのない賛美を思わず送っていた。
イェーガーはそれに最低限の返答をしつつ、周囲の警戒を緩めずにいた。シンの方もそれに合わせ辺りを見回す。無論、既にカラスのマスクを着用していた。
ユキやカズ、ルイーザの方も周囲に意識を向けていた。
数十秒後。
数分後。
十数分後。
敵影無し。
狂ったメルヘンの空間で一行は敵影に警戒しながら前へと進む事を決定した。
ユキ・クロカワの眼球のスキャン機能が大いに役に立っていた。
ユキの眼球はナノマシンと生体改造の影響で通常の人間よりも遥かに高い能力を獲得していた。そのことによってわずかな影も見逃さない。人の眼球、網膜の中心窩には二十万個もの視細胞が存在する。ユキの場合はその数が明らかに多く、見る機能に非常に優れていた。
それに加え、ユキの体内には小型の補助脳が存在しており、情報処理の能力に長けていた。それは純粋な『見る』と言う行為ですら、非常に優れた力を発揮する。
脳に伝えられた視覚機能を常人より早く処理する事が出来るのだ。判断がとても速く、見る機能自体も優れていた。
イェーガーとはまた違った斥候としての才能を発揮していた。
「……これで空間内にロデムパルドやロプロックを進入できたならね……」
「贅沢はいわないさ。今は空間内で出来る事をする」
ユキのため息に対してシンが頭を撫でてやる。ユキの黒髪にシンの手が触れる。
「……あら」
ユキが思わず赤面するが、シンはひとしきり撫でた後、黙って前へと進むだけだ。ルイーザが思わずニヤニヤと微笑む。
「良かったねユキ」
「む……むぅ」
カズの言葉にユキはさらに顔を赤くした。
「……?」
不意にイェーガーが足を止めた。
「…………敵だ」
イェーガーは一言だけ言った。
「人数は?」
「人じゃない。……虫の足音みたいなものが……28」
「にぃ……!?」
カズが思わず驚愕の声を上げる。
ジャックが懐から短機関銃を一つ取り出す。
「ああ、クソ。ブロンソンM203重機関銃が欲しい所だぜ!」
カズだけが銃のイメージが分からなくてキョトンとした顔をしたが、すぐに粒子式の軍用車両に取り付けるような大型の機銃であることをすぐに悟った。悟らざるを得なかった。『ヤツら』の足音を聞いた以上、軽い装備で来た事を絶望したくなるような状況であった。
「ひぃい……なにこの音……」
「が、ガサガサって……辺り一面……」
カズとルイーザが小さく悲鳴を上げながら周囲を伺うと、周囲に無数の眼光がこちらを見ている事に気がついた。
「カズ!遠慮はいらない!切り刻め!」
「!!」
シンの言葉に我に返ったカズはすぐにメタアクト能力で周囲の空気を支配下に置いた。
「風よ!風よぉぉ!」
彼の言葉と共に腕を突き出した方角の十メートル先に向かって竜巻が産まれなぎ倒した。それはただの竜巻ではなく、腕の細胞から放たれた『エネルギー因子』によってかき混ぜられた空気の刃であった。巻き込まれた『虫』の十数匹は竜巻の中に放り込まれ、切り刻まれ、活動を停止した。
残った『虫』たちがガサガサと音をたてながら、シンたちに向かってゆく。先頭の一匹に羽根手裏剣が刺さる。シンのものであった。
「アル!」
「!」
シンの号令と共に一発の小さな銃声が響く。
着弾点から衝撃と轟音が響く。そこには業火と煙が既に存在していた。
「……焼夷弾かよ。えげつないな」
ジャックが機銃を撃ちながら、シンの準備の良さと遠慮のなさに驚いていた。事実、その無慈悲な炎は虫たちに苦痛と浄化の熱を与えていた。熱によって甲高い声を上げる事もままならず、虫たちは燃焼の光の中で息絶え、ただの灰と化した。
「……虫たちが逃げてく」
「お、終わった……」
「…………」
「おい……イェーガーまだ敵がいるなんて――」
「まだいる」
イェーガーの現実的かつ無慈悲な宣告はジャックの頭を垂らすには十分だった。事実として、ジョルジョから急報が告げられる。
「本命だ!来るぞ、構えろ!」
一同はジョルジョの指差す方を見た。
イェーガーとユキは険しい顔でその姿を既に視認していた。
銃声。
イェーガーが狙撃する。
だが、気配は消えない。
………………かさ。
………………かさかさ。
………………かさかさかさかさカサカサ
………………カサカサカサカサガサガサ。
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ。
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ。
ドレスを着飾った5メートルの虫がぶつぶつと何かを呟きながら突進してきた!
「…………ろす。ころ。ろす。つぶすすすす。こここここここここここここここころろろろろすころすころしころす」
ユキとシンが目を見開いた。
虫の頭部には元の人間の特徴だろうか。複雑に結われた髪の用なものが残っていた。
「……ッ!撃て!撃て!」
絞り出すようにイェーガーは全員に指示を出す。
それを合図に各々は一斉に攻撃を加えた。
だが、粒子の銃弾も風の刃も虫の甲殻によって阻まれてしまった。
「ナンダコイツ!カテエ!」
ルイーザのアローの一体が鉛玉を中継しながら、早くも音を上げる。
「ああ、クソ。こうなりゃ虎の子!!」
ジャックが手投げ弾のピンを抜き、野球の要領で投げた。
全力投球。手投げ弾が虫の脚部に絡まり、そのまま爆裂する。
……しかし、致命傷にはならない。
全力で突進する!
「うぉおぉお、うお!」
ジョルジョが援護射撃をし虫の注意をわずかに逸らす。爆風が甲殻のヒビを大きくする。
虫の突進を回避しジャックが悪態をつく。
「のわあああ!どうしたらいい!この化け物!虎の子が無駄に!」
「……そうでもないようね」
ユキが冷静な口調で虫の方を見た。
銃声。
決着は静かについた。
イェーガーの放った銃弾が着弾していた。
コア。虫の甲殻のわずかな割れ目から『それ』が覗いていた。
「……ガぁ……ギ……た……けて……」
ユキはぞっとしたような顔をする。
虫は声を上げる
「……た……ケテ…………いた…………たす……け……イ……た……い……」
奇妙な事だが、虫の複眼から人間のような涙が溢れていた。
それは生前の名残か。それとも模倣か。
その場にいた者のほとんどは気がついていない。言葉は、既に青い光に目覚めているユキとその感覚だけがあるシンだけが聞いていた。二人と他の者の距離は変わらないにもかかわらず。だがジョルジョは、言葉が聞こえなくても悟っていた。
ほとんど死にかけの体で、虫にされた者がもがいていた。
その姿を見たジョルジョは涙する。滂沱の涙。溢れんばかりの人間性の雫がジョルジョの頬を濡らした。アーマーの中で顔を濡らしていた。
シンは手を合わせた。
「……助けてやれなくて……すまない……」
シンはイェーガーに合図を送った。
せめてもの慈悲。
死の安寧であった。
『ライフル銃の死神』が、無表情でコアを撃ち抜く。
汚濁した宝玉のような物体が砕け、虫の体が砂と化した。
ルイーザはSIAの仮設陣地で除染作業を受けた後、同じく処理を受けたジャックに対して疑問を投げつけた。
「……うちのボスとユキがさ……変なんだよ」
「……気づいたのか?」
「そりゃ……普段から背中をあずけているのに、あの様子に気づかないとかバカじゃない……」
「……ま、そりゃそうか……そこそこ裏社会で生きてきたんだろうしな」
「ジャックは知ってんの?」
「そりゃな」
「どうして?」
「聞こえたらしい」
「へ?」
「ユキは……特別な改造を受けているし……シンはグリーフをソナーみたいに感じられるからな……ま、それ以外のグリーフ能力は使えないらしいけど」
「それってどういう……」
「後にしろ、仕事が残っている」
「い、イェッサー……」
二人は『時』を待っていた。レオハルトとの会話を。
大きな『嵐』が眼前に迫っていた。
次回もよろしくお願いします。




