第六章 二十一話 大国とアイビスタン
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
アディの治療と大国同士の会談など、レオハルトの抱えた問題は山積みであった。アディの件に関してはシンとの信頼関係の構築や腹心たるイェーガーの報告を聞くチャンスを得たというメリットがあったが、後者の会談に関しては不毛であった。
『抜き取る者』に対する対策に消極的なアイビスタン側の対応にアスガルド側の大使や大統領がさんざん苦汁を飲まされ、レオハルトは表立って動く事が出来ずにいた。
原因はAGUである。ユダ側が内戦状態のアイビスタンの問題の解決を急ぐあまり、ユダ主導で問題の収拾にする事に執心していたのであった。
「……レオハルト殿。何度もいうように我々に任せていただければいいのです。すぐに『悪の中枢』たる『アイビスタン大連合』を名乗るテロ組織を叩きアイビスタンの平和を回復いたしますよ?」
「……彼らの置かれている状況を考慮せず一方的なテロリスト扱いは尚早なのでは?マサタカ室長」
「正直、アイビスタン大連合とその下部組織『騎兵連合』の行いはテロと言わずしてなんと言うのです?いたずらに戦火を拡大し――」
「お言葉ですが、アイビスタンの治安と犯罪組織の勢力拡大は深刻です。彼らは叩かなければ犠牲者が増える」
「アイビスタン連合はアイビスタン中央政府に対して敵対的だ。彼らに組すればアイビスタンと戦争をするという事になる。それはそちら側にもいたずらに血を流す事になるのでは?」
「血ですか?血なら今でも流れています。犯罪組織どものせいで……」
「正直、我々はあなた方を信頼しがたい。前回の件も、問題児のマリン・スノーとカラス男の暴走に手を貸していた疑いすらある」
「……サワダの事件でしょう?それはむしろあなた方の不手際のせいで不要な犠牲が起きかけた。問題があるのは――」
「レオハルト殿、マサタカ殿。その件は今回とは無関係でしょう?脱線しないように……」
「これは失礼しました。ミスター・カワグチ」
「む、失礼しました。総理。すぐに本題に戻ります」
レオハルトとマサタカ。軍服と背広の双方が頭を下げた。下げた先には六十代のアズマ人が席に着いていた。スーツの老年は立ち上がるとゆっくりと口を開いた。
「そもそも今回の議題は、SIAがこの問題に関わるかどうかだが、……正直内政干渉では無いかね?民族ぐるみの犯罪者が潜伏しているからといって正規軍を引っ張りだすのは……」
「抜き取るものの恐ろしい所は人命を資源としてでしか考えない事にあります。放置すれば、大きな問題になる。現に我が国は三百年前も……」
「それに関しては、我々オズの国際警察機構にまかせてはもらえぬか?スパイ映画ではないのだぞ?レオハルト殿。重大な犯罪ならば我々が黙ってはいない。アイビスタンと我が国の関係は良好だ。放っては置かぬよ」
年配の虫の頭がレオハルトに向かって語りかけた。オズ連合の外務担当大臣ギバ・バガブがもごもごと口をうごかして再度着席した。
旗色が悪いとレオハルトは悟った顔をした。レオハルトは大使や大統領と共にその空気を痛感する。ツァーリン連邦はシャドウに敵対的であり、ここぞとばかりにシャドウを非難していた。事情がどうであれ軍の人間を叩かれた事や自国の汚点をさらけ出した恨みもあった。
唯一、レオハルトたちアスガルド側の肩を持ってくれたのはフランク連合王国だけであった。
シャルル・ルイ・エル・フランク八世。
フランク連合の次期国王と称される。フランク連合の政界における最重要人物が口を開く。
「……正直あなた方の警察機構は信用出来ません。我々はあなた方の警察の『不祥事』と『袖の下』に苦汁を飲まされてきたのです。今回もマフィアと繋がっていないとは限らないでしょう?」
「……若造め。知ったような口を」
「その若造一人騙せない三流詐欺師がなにかおっしゃいましたか?」
「…………着飾った青二才め。でっちあげた証拠でもあるのか?」
「おや?でっちあげるのはそちらの専売特許では?」
「だまれ小童ァ!!」
一触即発の雰囲気にカワグチ総理がおっとりと言葉をかけた。
「あー。君たち、仲良くしなさい。金持ち喧嘩せずって言うでしょう。王族が貧乏人みたいにいがみ合わないの。……そんな風に思われたくないでしょう?ほら、レオ君とマサ君を見習いなさいな」
「……レオくん」
「ま、……マサ……」
国の首相とは思えぬほどフランクな態度(と唐突な愛称呼び)に止騒ぎを仲裁としたレオハルトとマサタカも呆気にとられていた。自然と場の雰囲気も気の抜けたものとなる。
「んん、……さて本題に戻りましょう。我々は疑惑を解きたいだけなのです。あのおぞましい種族の偏執的な正義の為に多くの人命が失うことを避けたいだけなのです」
レオハルトが改めて自分の態度を示す。その凛々しい態度にその場にいた要人たちだけでなく、彼らの警護隊も引き締まった表情をした。
「……かの悲劇は心中察する余りあるものだ。だから君の必死さも理解出来る。……だが、問題があるのだ」
「問題?」
レオハルトが怪訝な顔をした。
ギバ大臣は虫の口をカチカチとしばらく鳴らした後、重たい口調で説法を行なうように口を開き始めた。
「……肝心のアイビスタン側に最も必要な人物がいない」
「…………」
「これが証拠ではないか、レオハルト君。アイビスタン側はあなた方のやり方を認めていないということの」
「……アイビスタン国王」
「そうだ。彼ほどの人物がこの大きな会談を欠席する理由は一つ。あなた方を認めていないという事でしょう」
誰も座っていないアイビスタン国王の席を指差してギバはにやりと顔を歪めた。レオハルトが苦い顔をすることを期待して。
だがレオハルトの顔は冷静で、黙するのをやめた。
「……どうやら私のお話をろくに聞いていなかったようですね?大臣殿」
「…………あ?」
「抜き取るものの犯罪がアイビスタン側で行なわれようとしている。私はそう言ったはずです」
「……何が言いたい?」
「……率直に言いましょう。我がSIAは国王が抜き取るものの犯罪を黙認していると考えています」
「…………な?」
その場にいたものたちからざわめきが起こる。アスガルド側以外の席から。
「れ、レオハルト・シュタウフェンベルグ!!お、お、お、お前は一国の国家元首が共犯者だとでも言うつもりか!?」
「ええ、そのとおりです」
AGUとオズ連合側からレオハルトへの怒号とヤジが飛ぶ。発現の張本人は涼しい顔で席にある資料をめくり始めていた。
アズマ側やツァーリン連邦側は唖然としていた。飄々としていた総理ですら。
反対に、フランク側は何かをヒソヒソと囁いていた。
レオハルトはその小さなやり取りが自分に対する者であると悟っていた。
不意に笑った
シャルルが笑う。
シャルルが大声で笑っていた。
三流の道化を見るような嘲笑ではなく、すばらしい奇術師の鮮やかな演出に度肝を抜かれたような笑みであった。
「はははははは……これは傑作!実に愉快だ!なんてことだ!我が国以外に同じ結論に達している者がいるとは!レオハルトと言ったな。そなたは余を存分に楽しませてくれる!」
「な……たわけは二人いたか!?」
「痴れ者が!たわけは貴様だ!」
「黙れ小童ぁ!証拠はあるのか証拠は!!」
「たわけ!!!」
シャルルが尊大な態度のまま相手を一喝する。
軽快な指の音。
シャルルによるフィンガースナップの音が大会議場に響く。
そして、元の紳士的な態度に戻った後、その証拠となるものをシャルルは従者に運び込ませた。
それは小さな記録媒体であった。
従者は奇麗な二段式の台車の上に『それ』を乗せていた。
「!?」
「あるではないか?ここに今まさに」
ギバの顔が一気に青ざめた。虫の顔であるにもかかわらず。
人間心理のスペシャリストであったレオハルトはその兆候を見落とす事は全く無い。レオハルトは隅から隅まで大臣の様子を観測した。
表情、手、呼吸、目線、動作。
五感から読み取れる心理の断片から、レオハルトがあからさまなまでの動揺と押し殺された恐怖を読み解く事が出来た。
「……大臣?お顔が優れないようですが?」
レオハルトはあえて問いかけた。無知を装い動揺を助長する事を狙っていた。
「ん……いや……疲れ…………かな?」
脂汗をかきながら苦しい言い逃れをレオは受け流した。
「ギバ大臣。先ほどまで元気そうでしたが、なにか気分が悪くなるものでもご覧になりましたか?」
「…………ぐ」
一気に畳み掛ける。レオハルトの言及にギバの顔色はさらに悪くなった。
「この映像の事……あなたの口から聞かせていただきます」
「…………ぐぅぅ」
ぎちぎちと硬質な音が会議室に響く。
レオハルトは小さな記憶媒体を拾い上げると、そばにあった映写装置にそれを接続した。
映写装置から光が発せられた。
レオハルトは疾走した。
蒼い残像を纏いながらある場所へと向かっていた。
全ての景色が置き去りとなった。あの映像を見終わってからは。
レオハルトの目に怒りと動揺の色があった。強張った顔はある一点を凝視していた。
バニア族のある集落。
そこでは人の集まるイベントが行なわれていた。
大武術会。
ただそう呼ばれていた。そこには女王をはじめとしたバニア族側の重要人物がゲストとして参画していた。民族の団結と武力の誇示。そのためのイベントであった。
通信機から音声。
大統領であった。
「……とんでもない事になったな」
「ええ……ですが我々にはまだ希望があります」
「……カラスの男……シン・アラカワのことかね?」
「ええ。彼無しにはこの事件の収拾は不可能でしょう……彼が混乱の元とも言えますが……」
「驚いたな。私と同じ意見とは……」
「彼の事はよく存じておりますので」
「うむ……仲間や家族や友と認めた者のためなら、『世界』や『正義』にすら牙を向く男だとは聞いている。君の父からな」
「それは間違いありませんね。なにせ我が父こそが『シャドウ』を『銀河屈指の人間凶器』に仕立て上げたのですから……」
「……つくづく恐ろしい話だ。君の父も……『彼』もだ」
その言葉を尻目にレオハルトはただ駆けた。
刻一刻と、『人間凶器以上の災厄』が訪れようとしていた。
一筋縄ではいかない状況でございます。大国の思惑とアイビスタン側の不可解な繋がり。不穏さを感じていただければと思います。




