第六章 十八話 FORCE
この物語は暴力描写や残酷な場面が含まれる事があります。ご注意ください。
タカオはシンの方をじっと見た後、唐突に口を開いた。
「……シン。やはりお前は戦いには向かない」
「……突然なんだ?兄貴」
「お前は罪の意識を感じている。人を傷つけることに対して」
「……それが何だ。もう慣れた」
「いいや。慣れていない。現に今のお前の心には罪悪の気持ちが渦巻いている。抑え込まれてはいるがな。……その少年。ギャンブラーだな?違法な賭博をして生活費を稼いでいる。お前はユキを救うためとはいえ、その子の手に傷をつけた。そのときの自身への嫌悪がお前を苛んでいる」
「……そうだな。だが、人には限界がある。だからこそ、そのときそのときの最善を尽くべきだと考えている。問題は無い」
「……シン。グリーフ使いでありながら『能力』をほとんど持たず、常人よりグリーフフォースへの感覚が少しあるだけのお前は戦いには向かん。その王女。デュナ王女だ。彼女をこちらへ引き渡せ」
「断る」
「なぜ?」
「彼女をユダに引き渡すつもりだろう?この少年。ルコから聞いたことだ。だから駄目だ。兄貴の頼みであっても」
「……彼女は救えない。もう決まったことなんだ。これは終わったことなんだ」
「勝手に決めるな。死人じゃない」
シンは隠し持っていた軽機関銃をタカオに向ける。タカオの方に一切の動揺は無かった。まるで向けられた機銃が玩具であるかのように、ひどく冷静に振る舞っていた。
「シン。こんなことしても無駄だ。こっちに彼女を渡すんだ」
二人の間にユキが入り込んだ。
「……タカオさん。……残念ですが、私たちのことはどうか放っておいてください」
「ユキ・クロカワ。……シンを止めてくれ。おまえもせっかく助かった命を散らすつもりか」
「…………デュナは私と同じ。独りぼっちで苦しんでいて……だから、私たちはどうにか彼女の味方でありたい。そう思ってるの。……お願いします」
「……駄目だ。ユダは世界の正義として名を馳せる集団だ。彼らと敵対することは、死ににいくようなものだ。社会的にも……文字通りの意味でも」
「…………なおさらね。マリンの事件といい。どうして正義は孤独な命に厳しいのかしらね?」
「……それが正義だからだ。正義とは社会のためにある。そこに生きる多くの人のために……ある。そして俺は……システムの、『正義の側』の人間だ」
苦々しい顔をしながらタカオは自身の最も使い慣れた得物を抜いた。
両刃の剣だ。それは夜の闇のように黒かった。刀身が漆のような黒で統一されていた。
そして銃。大型の拳銃だ。白銀の拳銃。雪のように白かった。
それを構えたときタカオの黒に近い虹彩が群青色に光った。
グリーフ使いの能力。それが発動した合図だ。その目の群青色は蒼穹より澄んだ青をしていた。
覚悟の青だ。
瑠璃のような虹彩がシンを見据える。
「……ルコ。もう逃げていい」
「……どういうこと?」
「早く。戦場になる」
「なぜ」
「お前は無関係だ。それに手を怪我させた子供にこれ以上貸しを作りたくない」
「……」
「行け」
シンはあえて冷徹な口調で逃げるように呼びかけた。それに徐々に応じるかのようにルコは逃げたはずだった。
ルコはどういう訳かその場で泣き始めた。目から青い光が微量に漏れると泣き喚きながらその場でうずくまってしまった。
「逃がさない。参考人だ」
タカオはルコの方をじっと見据えていた。
「……グリーフ!?」
「そうだ。俺のグリーフは自在に操れる。時空間も物理法則も何も意味をなさない。元々の『命を生み出す能力』から派生して、植物ならどのようなものでも生み出せる。奇想天外なものだとしても、そこから他者の生命エネルギーとグリーフに干渉しグリーフの太極に至った。神の領域だ。人にして神、その領域に至れるものは偉人だろうと英雄だろうと一握りだ。この意味は分かるな?シン。俺の弟ならこの意味は分かるはずだ」
「……ファンタジー小説さながらの状況……いや、俺の兄だから必然なのか……」
「なら降伏しろ。そのほうがお互いに……」
「なおさら引けない。デュナもユキも安い悲劇の小道具じゃない」
「残念だ。……覚悟はいいか?」
「……」
「覚悟は無いんだな?」
「カラスの男は『救うため』にここにいる」
「……!」
「……俺は『孤独と絶望に在る者』を見捨てない。決して」
「だからか?」
「?」
「お前の仲間は」
「……!!」
シンは目を見開く。タカオの方を警戒しつつ、シンは自分の仲間の方を見た。
ユキ。カズ。ジャック。アディ。ルイーザ。そしてデュナ。
誰も彼もが泣いていた。異常な涙が『カラス』の仲間を支配する。感情の波。目に見えない心の軋み。彼らの脳を見えない『呪い』が支配する。
「……嫌、嫌、わ、私は……正義の……味方に……」
「ユキ!前を!」
シンの叫びを他の嘆きが圧し潰す。
「……衛生へェェエエエエッ!!」
「……いじめないで……どうして……どうして!!どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
「弄くらないで!嫌ぁ!たすけて!助けてえ!私モルモットじゃない!!いやいやいや!いやぁ!いやぁあああああああ!」
「……ああああああああ!やだあああああ!返して!腕返して!!彼氏返して!サキ君を返して!返して!カエシテ!返して!カエシテ!」
ジャックが恐怖の形相でいるはずの無い医務兵を呼び、アディは体を抱えるようにして何かに怯え、そして怖がる。ルイーザは泣き叫びながら左手の義腕を抑え込んでいた。
シンは理解する。カズやユキの反応を見れば明らかであった。
カズはかつていじめによる暴力を振るわれていた。
その原因は分からない。性格の不一致か。男の子を好きになってしまう性的志向によるものかは分からない。グリーフフォースによって得られる過去の思いの発露。シンはカズ一人の反応から――グリーフによる感情の撹乱を――兄の能力の行使を察知していた。
「兄貴!なんてことを!!」
「だから甘いと言っている!!」
タカオはシンに詰め寄った。シンの周辺。世界の色彩が反転する。
それは強大なグリーフフォースによるものでもあったが、同時に心のありようによるものでもあった。タカオを中心に色彩が反転する。暗く青く。全てが裏返った。
「これが『現実』だ。人間の本質が『孤独で無力』であるという『現実』にお前はどう立ち向かう?」
「今すぐやめろ!この野郎ォ!」
シンは問いかけに意を介さず、攻撃の手を加えた。
タカオはシンの近接格闘を全て完璧にさばききりながら、質問を続けた。
「コレが現実だ。……シン。お前だって分かっていたはずだろう?人間は大きすぎる恐怖の前では……強大な鉄壁の前じゃ『脆弱な卵』に過ぎないんだ。だから……もう楽になれ」
一閃。
鞭のようにしなやかで精密な打撃がシンの胴体を揺さぶった。銃床を伝って青い光がシンの胴体を伝播する。
「がぁ……」
殴られた直後のシンの世界が混乱する。グリーフによって。脳がトラウマの記憶で揺さぶられているのかシンは不規則に目を泳がせる。シンは他の面々よりかはだいぶ耐性があったものの強大すぎるタカオのグリーフの前では立ち直るのにいくらか時間がかかった。だがその『いくらか』が致命的であった。
「……昔は『泣き虫』だったな……それが……」
「黙れ……く、ユキ……」
シンの黒だった虹彩が群青に変化する。それは空の色が如く鮮やかな光を放っていた。目から涙がいくつか溢れる。
「諦めろ、俺たちにとっては『デュナ王女』は他人でしかない」
「ふざけるな……ふざけるな……見捨ててたまるか……誰一人……見捨ててたまるか……俺は嫌だ!見捨てるためだけの正義なんか!そんなものに!ふざけるな!」
「……シン……」
「くそ!……何か無いか!何か!」
「ここにいるわ」
「ユキ!?」
「私なら……助けられる。みんなを」
ユキはいつの間にか立ち上がっていた。まるで何事も無かったかのように。彼女はただ立っていただけに過ぎなかった。
だが、風にあおられた長い黒髪が、毅然と見据える黒目が、意思のある表情が、シンの目に神々しく映っていた。女神の如く。
「……ジーマが産み出した『紛い物のヒロイン』か。……思えば……あの時以来だな。ユキ・クロカワ」
「……紛い物……ね」
「……正義の味方としてジーマの大衆に祭り上げられ、見捨てられたお前が、デュナ王女に過去を重ねたか?」
「……否定はしないわ」
「……『偽善者』だって言われ続けていただろう?お前の存在そのものが余計なお世話だって思わなかったか?」
「……前は思っていた。今は……違う」
『違う』と言った時、ユキは俯いた顔を上げる。
「……私は……人に必要とされる事ばかり気にしていた。『誰かに褒められたい』……『誰かに認められたい』って……でも、大事なのは……それはみんな同じだってこと……私、そんな立場にいる人を……同じ気持ちの人を救いたい!誰にもその『真実』を否定されたくない!」
「……ほう」
タカオは感心するかのようにユキの方を見た。
ユキの髪や眼に群青の光が宿り始める。蒼穹色の光がユキの髪を完全に青く染め上げる。
「……あの時の……『ヒーローだった頃の』私!!本気みせる!」
「……なるほど、覚悟は買ってやろう」
タカオは得物を改めて構え直す。拳銃と黒い剣が不気味に光る。
ユキの方も片腕を射撃モードに切り替える。砲身に変化した左手を美しい機械の右手でそっと添える。蒼い女神がスーツの現人神を鋭く見据えていた。
「他者に甘えているだけの女だと思っていた。……予想を違えるのは久しぶりだ。敬意を払ってやろう」
「そして勝負も覆す。驚くのはこれからよ」
「やってみろ」
ユキとタカオは互いに銃撃を繰り出した。
グリーフで強化された両者の銃弾は蒼い対消滅を起こして消えてゆく。休む暇もなく連射された二つの銃口は光を放ちながら蒼い弾丸を空中に放出してゆく。
「グリーフ……やはり『隠して』いたか」
「おしゃべりの暇は……与えない!」
両者は連射速度を加速させた。銃弾が放つ速さを競うように、そして殴り合うようにして衝突を繰り返してゆく。火花のようになった、弾雨と弾雨が互いにぶつかり合っていた。
読者の皆様お久しぶりでございます。仕事の方が落ち着きましたので執筆を再開していきます。
この物語のテーマはいくつかありますが、『孤独と絶望の中で生きる人』が主題であることはもはや言うまでもないでしょう。この作品ではそれをこれまでのように追求しつつさらに楽しんでいただける作品を描いていこうと思います。よろしくお願いします。




