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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 十七話 ギャンブル狂い その三

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。

シンの手にあったカードが投げられた。

紙は人の皮膚を切る事がある。厚紙であっても横の力が加われば不可能ではなかった。シンの投擲は狙い通りルコの手から出血をさせた。

「おい!一体何を!?」

ジャックが驚愕の声を上げた。

シン以外の人物からはルコの顔めがけてすれすれにカードを投擲したようにしか見えなかった。だが、ルコとジョニーは数秒後全てを悟った。シンの本当の狙いは『手』から『出血』させることにあったことを。

血のついたカードから、インクが浮かぶ。浮かんだインクはカードから壁へと移動し、壁に三つの星が浮かぶ壁からひらりと落ちたカードにはあるはずの三つの星が消えていた。

「油断したな。そして狙い通りだ」

「……ルコ」

「お前たちは二つイカサマをした。別々の策を同時に用いたってことだろうな」

「……チッ」

「一つはそのカード。もう一つは『能力』だ」

「……」

「ルコ・キバ。答えを聞こうか。場合によっては質問を拷問に変えることを想定しなければならん」

「……僕のような子供に暴力を振るうのか?」

「女の子の一生が掛かっている。俺に取って大事な相棒の……な」

「………………そうだ。僕は……イカサマをした」

「ルコ!」

「ジョニーこれはまずい。……この男……想定以上に場合によっては殺し合いも辞さない凄みがある」

「……ビビっちまったか?」

「……ジョニー。この人だけはフェアにやらなきゃならない。あんただって分かっているでしょう?」

「逆だ。フェアじゃ勝てない。この男相手に正々堂々なんてきれいごとは通じんぞ。そうでなきゃ何が何でも勝とうとする」

「だからこそだ。負けてもフェアな勝負なら命までは取らない。だがこの男はフェアでない全ての条件を憎んですらいる。……殺されるぞ」

ルコの額には確かに汗があった。それは暑さのためではない。精神的な動揺によるものであった。その神経が、彼の肉体が、少年の細胞が、シンと言うカラスの男を恐れていた。

「…………どうすればいい。どうすればヤツを止められる?」

「……もしかしたら、止めない方がいいのかもしれない」

「正気か?そんなものは博打ですらない!」

「……確かなことがある。この勝負自体をやめないと確実に死ぬ。百パーとまでは行かなくても九割九分以上の確率だ」

「それは百パーと同じだろうが!」

「同じだって言ってんだろ!さっきからさぁ!」

少年と老兵は大人げない言い争いをし始めた。もはや連携は成り立っておらず、周りの人間はシンを除いて呆然としていた。

シンはただ口を開く。

「……んで、勝負するのか?やめにするのか?」

シンの表情に漆黒のような影が覆う。それは闇というより殺意の具現化であった。冥府よりも暗い影がシンの俯いた顔全体を覆い、両の目だけが角灯の明かりのようにギラギラと光っていた。

「……や、やめだ!やめだ!」

「……それが……賢明な判断ですって……。この勝負、命どころの危険じゃない」

「ち、畜生……こんなことなら……カードのすり替えだけにしとけば……」

ドロップ。二人の精神の敗北を確認したシンはいつも通りの穏やかな顔に戻る。

「……ノーゲームってことでいいな。それが一番だ」

「だ、だろうな……」

「それで……お前らはどうして俺を止めようと?」

「……頼まれたんだよ…………ある人物に」

「誰だ?」

「ハヤタつーガキンチョに……賭博でも吹っかけとけってさ……」

「……なぜハヤタが?」

「……それはこっちの台詞だ!このアテナ銀河の『正義の象徴』がなんでお前を警戒してんだよ!?」

「……ハッ!正義の象徴?俺から言わせればな。あいつは多数決と機械の正義に心を売り飛ばした馬鹿野郎だ」

「お前はさぁぁどうしてそう敵を作るんだよぉぉおお!」

「……つくづく思うがお前も老いたなジョニー。かつてのお前はもっと人間として生き生きしてた」

「この野郎。俺は生涯現役だ!四十路後半になったって兵士やってるわ!」

「……なら。ハヤタは『仲間はずれ』をわざわざ作ってまで、リセットソサエティの幹部に取り入ろうとしたんだぜ?……アイツの正義はもっとまともだと思ってたのに」

「……アイドル崩れのことなら聞いてる。目立ちたがり屋の自業自得じゃあねえのか?」

不意にシンはジョニーの胸倉を掴む。シンの眼光は火花のように瞬いた。

「……アイツはな。学校でも芸能界でものけ者にされ続けて、それでもなお正真正銘の居場所を探し続けた強い子なんだよ。今度、アイツをアイドル崩れとでも言ってみろ?八つ裂きにして便所に流してやる」

「す、すまんな……ところで、お前どうして、そんな分の悪い賭けに勝ったんだよ?」

「……『賭け』じゃない。『突っ走った』だけだ」

「……お前が身内に甘いのは相変わらずだったな」

「その時のマリンが今のユキになった。それがお前の敗因だ。が、お前の場合、損切りが早かったな?」

「……この天才ギャンブラーのおかげだ。そうでなければ俺は今頃ブタの餌だ」

ルコが立ち上がり、改めて仰々しく挨拶をした。

「……ギャンブラーをしている。ルコだ。よろしく」

「……とんでもない見た目だが、腕は確かなようだ」

「子供なのは事実だが、ギャンブルは任せろ」

「子供が賭博場になんて入れないはずだろうに」

「いつも相方と行動している。それが理由だ」

「なるほど、お前が真の黒幕だと」

「言い得て妙だね。そういうこと。もちろんそれ相応の取り分はいただくけど」

「お前はジョニーの前はどんな相棒を引き連れていたんだ?ルコ」

「……うぅん。いろいろだ。ヤバそうなヤツもいれば訳ありの人もいる。本当にいろいろ」

「ジョニーは訳あり枠か?」

「そうだな。今までで十人目」

「……どういう訳ありなんだ?」

「……さっきジョニーが言った正義の味方に怒鳴られてた」

「……嘘は言ってないようだな」

「うん。というより。もう一人の男が怖かった」

「……どんな?」

「アズマ人でスーツの男」

「……やれやれモリ辺りからイカサマの技術を買われた訳か」

「イカサマだけじゃない」

「でも俺にはイカサマをしたろ?」

「否定はしないが。本来はここぞという時にだけ使う」

「やるんかい……結局」

シンは呆れたように肩をすくめた。オーバーなまでにシンがおどけたのを見てユキとアディが思わず含み笑いをした。

「僕はこの能力を『トリッキー』って呼んでる。その方が必殺技みたいでカッコいいし伝達には困らないからね。トリッキーは記号を移動させることが出来る。さっきみたいにカードの絵柄を移動させたり、メモの中身を指から触れずに見ることも出来る。インクなどで書かれたモノのそばに血を垂らすだけでいいからな」

「だからカードに血がついてたのだな」

「そう。正直、さっき慌ててしまったから見せちゃったけど本来は僕の許可があって動くものだからね」

「なるほど、それで俺たちに勝負を挑んで誰かを人質に取り、それを足がかりに交渉をするつもりだったということか?」

「そう、そうすればジョニーさんはツケをいくらか返せるって」

「ルコ!余計なことは言うな!」

「ジョニー、ツケって何だ?」

「……この酒場のツケだよ。財布盗られちまってな……」

「やれやれだ。後で払ってやるから俺たちの仕事を手伝え」

「ううぐ、こりゃぁあ、きついぜ」

ジョニーはツケを人質にとられたとは言え、正義の味方と世間に目されているハヤタたちを裏切ることになって気後れする素振りを見せていた。理念に関してはこれっぽちも賞賛する素振りは無いが、世論や噂によって手痛い打撃を受けることを彼は恐れているようであった。ルコの方は目の前の漆黒の出で立ちの戦士の殺意が解かれたことで安堵の気持ちを露骨に見せていた。それと同時にリラックスした状態になれたためか少年らしい口調と仕草がはっきりと現れていた。こうなるとシンはルコ少年に対し相棒を害する敵と認識せず、バニア族の子供の一人として取り扱うことを心に決めるしか無かった。

「すまないが、ジョニーともどもこの辺の案内を頼む。君はこの辺の出身のようだから、なにか知っていることがあれば頼む」

「いいよ。お兄さんは特別」

シンの頼みにルコはあっさりと快諾した。

「特別?」

「本来は有料」

「なるほど」

「ところでひとつ聞きたいことがある」

「何?」

「君の『お客さん』はまだ街にいるか?」

「おそらく」

「案内してくれ」

「わかった」

シンはジョニーのツケと自分たちの食事代を支払った後、『ルコの依頼者』の元へと慎重に向かった。





ルコは路地裏に依頼人を呼び出した。ユキを当然引き連れつつ。報告を行う体裁で依頼人の到着を待った。その近くでバレッドナインの残りのメンバーは身を潜めながら、依頼人の素顔を覗き見ようとした。

姿は確かにアズマ人の背格好であった。服装はよく手入れされたスーツ。肌は薄橙。髪の毛は黒。中肉中背。だが動きや仕草に一切無駄が無く、よく訓練された武人であることが伺える。

だが、顔は一切見えない。

アズマの伝統芸能で使われる『翁の面』で顔が隠されていた。

背丈からユダのモリではないことは伺える。

少なくとも、モリは長身だ。アズマ人にしては180センチ程の身長であった。

「……出てこい。いるのは分かっている」

その言葉を聞いたとき、シンは絶句した。

その声の主をシンは一回で判別した。判別してしまった。その人物はシンにとってとんでもない大人物で最も尊敬する『家族』であった。

「もう一度言う。出てこい」

シンは皆に姿を見せるように合図した。

「……カラスの男。……そうか、お前かシン。俺は自警団ごっこはやめろと」

「ごっこじゃない。人助けだ」

「……そういうことを言ってるんじゃない。俺はこんな野蛮で危険な国に家族を居させたくないだけだ。……分かるね」

「ジョニーにそうさせたのはそれが理由か?」

「……もちろんそれだけではない。ユダに頼まれたのでね」

「……ユダか」

「モリ室長は危惧していた。お前がテロまがいの行いをすることをな」

「……ユダは関係ない。人の命がかかっている」

「それはこちらも同じだ。家族の命がかかっている」

「俺を止めるのか?兄貴」

「もちろんだ」

「…………そうかよ」

両者の間を沈黙と緊張が執拗に支配した。

タカオ・アラカワ。

レオハルト・シュタウフェンベルグと双璧を成すアテナ銀河の英雄。

目の前に伝説の知将が立ちはだかる。

実の兄にして現人神に等しい相手を前に恐れ知らずのシンの全身ですら、異質な寒気が支配していた。ましてや、その場にいた他の面々は雪原に放り出されたように震えていた。

今回あたりの場面は執筆していてかなり苦労しました。賭け事をしている雰囲気の演出はなかなか難しいと感じております。ジョニーは今回状況が味方しなかった感じはします。


さて次回の更新はだいぶ先のこととなります。その時はよろしくお願いします。

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