第六章 十六話 ギャンブル狂い その二
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
この勝負に引き分けはない。
どちらかが勝ち。どちらかが負ける。10の星が描かれた札が三つ。奇数である時点でそれは必然であった。三枚の手札の中にどれくらいの数があり。どの程度の勝算があるか、二人は互いの顔と手札の確率から判断するしかなかった。
「……」
「……」
沈黙の中で時間が過ぎる。ユキは無表情で、ジョニーはリラックスしていた。
「すまねえ主人。酒を一つ」
「……あいよ」
奥から瓶を持ってきた主人がジョニーのからのグラスに酒を注ぐ。とうぜんバニア族の男であった。
とくとくとく……。
氷の残ったグラスに液体が注がれる音が響く。それは耳触りの良い音を奏でた後、ジョニーの喉元を過ぎていった。
「……」
ユキは観察に徹していた。
勝率はやや高い。
確率の数式を瞬時に組み立てつつ、相手の様子を眺める。
動揺の色は一切見せない。癖の一つすら見せることはない。
ユキは言葉での観察を選択した。
「ずいぶんと余裕そうね」
「いつも通りだ。ギャンブルの時は適度に酒を入れるのが習慣だ」
「そうなの?ジャック」
「……ああ」
「そう……私にはよくわかんないわ」
「理解する必要はないさ。それより……そっちは余裕なさそうだな」
「どうでしょうね?」
「ふぅん……?」
再度の沈黙。
ユキは手札を入れ替えることを選択した。
ジョニーも同様であった。
「捨てた札は?」
「ここだ。場に伏せて置く。十が三つ揃う確率が上がる寸法さ」
ジョニーがにやりと笑いながらお互いの捨てる場所を指差す。
「どういう確率よ?」
ユキは相変わらず怪訝な顔をしていた。
「ギャンブルの世界はシンプルだ。勝った方が正義」
「でしょうね」
「ところで……イカサマの発覚はどういうペナルティがつくかしら?」
「なんだ、ビビったか?」
「あら、これからズルをするつもり?」
「どうだろうな?」
「ペナルティは?」
「ある」
「どんな?」
「バレたら負け。その地点でチップは全て反則された方に没収だ」
「シンプルね」
「さっき言った通りだ。騙されやすいお嬢さんには分からんがギャンブルの世界では何でも起きる。……『奇跡』も……『悪事』すらな」
「ご忠告どうも。目の前の狼さんに食べられないようにしないとね」
「せいぜい気をつけるんだな。お嬢さん」
そう言ってシャッフルされたカードが二つ配られる。
ジョニーは手札をとったが、ユキは取らなかった。
「?」
今度はジョニーが怪訝そうな表情をした。
「……おい。どうした?」
「……ねえジョニー?」
「……」
「この札を変えてもらえないかしら?」
「何?」
「さっきさ。その子が上から二枚目の札を配ったのを見たの」
「……」
「まだ見てないから変えてね?」
「……チッ」
ジョニーが舌打ちをした。その音は露骨なまでに店内に響く。
シンが苛ついた様子で口を開いた。
「……そこの少年。運が良かったな?ユキの返答次第では指を折るつもりだったぞ」
「ヒッ……」
「おいおい。子供を怖がらせるとかお前らしくないな」
「お前のやり方次第だ。場合によってはお前の額を撃ち抜く」
「おお、こわぁいこわい」
おどけた仕草と表情でジョニーは肩をすくめていた。今度はシンが舌打ちをした。場が一気に緊張する。温度が下がった訳ではないのに、その場の空気が冷たくなったような錯覚をユキは味わっていた。それは勝負に直接関係しない周囲の観衆たちも同じであった。
「さて、札を」
今度はジャックの手でシャッフルされた札から一枚のカードが引かれる。そしてチップが一枚ずつ置かれた。
ユキの表情は伺えない。無であった。いつもどおりの顔をしていた。
「……」
「……」
二人は一枚のチップを眼前に投げ置いた。そして同じ動作がもう一度行なわれる。
ユキが20。ジョニーの合計が、17。
ユキが6、6、8。
ジョニーが4、8、5。
「私の勝ち。次の勝負ね」
ユキが淡々と第一ラウンドの支配を宣言した。ジョニーの四枚のチップがユキの方に引かれてゆく。
不意にジョニーが口を開く。
「ああ、そうだ。紹介し忘れたことがあった」
「何?ただの時間稼ぎだったら容赦しないわ」
「そうじゃない。彼のことだ」
ジョニーはそう言って一人の人物を指差す。
少年。カードを配っているバニア族の美少年であった。
「……彼が何?」
「……彼は有望な子だ」
「有望?」
「……彼は地元でも幸運の子と言われるくらい運がいい。黙って済まなかったが彼がそばに居たことは俺にとって最高の幸運だ」
「……」
「おっと、ここからが重要だ。彼の名前はルコ・キバ。この名前はとっても重要でな」
「結論は?」
回りくどいジョニーの言い回しに業を煮やしたユキは苛立った様子で相手の結論を急がせた。ジョニーはにやりと笑いながらユキの表情を伺った。
「……ユキ・クロカワ。前から思ってたが、お前はなかなかの策士であることは認める。……だがお前は本質的に騙し合いに向いてない。お人好しすぎるんだよ」
「……それと今の勝負と何の関係が?」
「言っただろう。お人好しすぎると、超ウィザード級のハッカーをやれるぐらいだから頭はいいんだろうが、この勝負。『既に出来上がって』いる」
「……勝利宣言のつもり?」
「勝利宣言じゃない。勝ったんだよ俺は」
「……」
「ああそうだ。絆創膏」
「?」
「ルコは近所の子供と喧嘩してな。すまんが絆創膏をくれんか?」
「……わかった」
「……いつ怪我を?」
「ついさっきな」
ユキの疑問をよそに勝負は淡々と続行された。
そして、異変が起きていた。
どういうわけかジョニーは札を変えなかった。ユキは確率を計算し札を二度入れ替えたが、ジョニーはどういう訳か札を入れ替えなかった。
「……ジョニー、クズ札で勝負するつもり?」
「どうだろうな?試してみるかい?」
「あり得ないわね」
ユキが一言でジョニーの言葉を切り捨てた。そして即座に自分の数字を見せる。
お互いのチップは多く賭けられていた。
ジョニーも、ユキも全てのチップを賭ける。
ジョニーはレイズまで使っていた。
ユキよりも多くのチップを出していた。
そのチップはルコの分のチップであった。
ユキの手札。
8。
9。
9。
ほぼ勝ったも同然であった。
だが、ジョニーは笑っていた。
その笑みはタールのようなどす黒さがあり、周囲の生気を飲み込んでしまうかのような殺気と傲慢なまでの自信に溢れていた。
「言っただろう?お前はお人好しすぎると」
「……!?」
カードは全て10だった。
「い、イカサマよ!こんな……こんな!」
「おおっと、イカサマを主張するなら、根拠が必要だな。もっとも俺はむしろお前のイカサマを主張する準備があるがな?」
「!?」
それまで、ビスクドールのようだったユキの表情が瞬時に凍結する。顔が強張り、恐怖で心臓を鷲掴みされているような顔をしていた。
「な!?ど、どういう……!?」
「これなんだ?」
「!!?」
ユキは完全に主導権を握られていた。ジョニーは満足そうな笑みで話を続ける。その手には確固たる証拠が握られていた。
3、6、4。
星のかかれた札。ただし、他との違いがあった。明確なまでの違いが。
それは印。裏に印が描かれていた。ユキの手札にも同じ印があった。とても小さく描かれており、巧妙に隠されていた。微細なシンボルはミリ単位で刻まれており、注意深く見ないと分からない所に記されていた。そして血。カードの端に不自然な赤みがあった。シンは嗅ぎ慣れた臭いを感じていた。わずかではあったが。
「……騙しのテクがお子ちゃまだったわけだ。がっかりだよ」
「…………」
ユキは呆然と自分の手札を見ていた。思考が追いつかないのか、それとも策に失敗した自分を責めているのか。表情からは何も読むことは出来なかった。確かなことは、周りの人間はユキがイカサマに失敗したように見え、シンはそれをジョニーの嘘だと考えていたことであった。
「…………なるほど、騙しのテクは見せてもらったよ。ジョニー」
「俺は何もズルはしてないぜ?」
「ほう?それは妙だな?」
わざとらしくシンは首を傾げる素振りを見せた。それは観衆に見せつける狙いとジョニーを苛立たせる狙いの二つの目的があった。
「何が妙なんだ状況はシンプルじゃないか。手札に目印を書き込み、それを手札に加えた。それだけのことだ。見てない所でこっそり手札を入れ替えてな。ま、隠した札はこっそり見つけた訳だが」
「それこそありえんな。ユキは何人もの監視の中勝負に専念していた。彼らを欺いて手札を変えるなんて不可能だ」
「あのな。イカサマは器用であればどうにでもなる。それこそ手品師並のテクをやるヤツもいる。ユキはジーマの人造人間で手先が器用だろう。その心配はないぜ」
「そうだな。ユキはジーマ人だ。アズマ系の見た目はしているけどな」
「そうだろう。なにも矛盾はない」
「それがおかしいんだよ」
「……あ?」
「お前、ユキがジーマの人造人間だなんていつ知った?」
「そりゃあ、ジャック辺りから……」
「嘘はやめろ」
『シャドウ』としての目が鋭くぎらつく。自警団としての目。戦士としての目。冥府から湧き出るような殺意の輝きがジョニーを見据えていた。
「ジャックには確かにユキの素性を話したが、口外しないように徹底させている。よってジャックから漏れている線はあり得ない。……もう一度言うぞ。どこで知った?」
「…………ち、バレちまったか。ユキの真実を知っているのを」
「…………」
「お前、何が目的だ?」
「ギャンブルって言うのは半分方便でな。お前を止めにきたんだ」
「もう半分は?」
「遊び。命を賭けるか。金を賭けるかしか出来ねえからな」
「……お前本当の雇い主は誰だ?」
「教える義理はねえ。それより、俺がイカサマをした根拠でもあるのか?」
「そうだな。このカードの印。何時ついたんだろうな?」
「あ?そりゃあユキが」
「もっと怪しいヤツなら横にいるだろう?」
ルコは不意に立ち上がった。その表情に怯えは無く。どこか自信と平然とした雰囲気を全身に纏っていた。その様子は先ほどの少年らしさはなく、歳以上に威風堂々とした論客のような自信に満ちていた。
「この世にはメタアクトのような搦め手もある。その証拠にこのカード不審すぎる矛盾がある。この血だよ」
カードには印以外に付着しているものがあった。
赤み。鉄臭さ。
シンは手がかりを見過ごさなかった。
読者の皆様、お久しぶりです。苦労しました。さて、勝負の世界ではイカサマがちらつくことがありますが、今回の読み合いでシンはいかに立ち回るか。次回もよろしくお願いします。




