第六章 十五話 ギャンブル狂い その一
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
シンは呼びかけた。
淡々とした口調でありながら最低限度の礼節を失わない話し方だった。
「……お久しぶりです。ジェイムズ・ジョニー・スレイド殿。前の作戦ではお世話になりました」
「……どーも。ずいぶんと他人行儀だな」
「……では、話し方を変えよう。君の雇い主は?」
シンは警戒し、羽根手裏剣をいつでも出せる位置に手を置いた。
それを見てジョニーはため息をつく。
沈黙と周囲の目線。緊迫した雰囲気が周辺に伝播する。
「……騎兵……それとも大連合……だったか?ドラコとかいう兄ちゃんに雇われてな……」
騎兵と連合。二つの言葉からジョニーは味方であるとシンは理解した。
「……ユキから、おおよその組織のことは聞いた。どうやら、嘘ではないな」
「戦うなら、もっと堂々と戦うさ。俺のやり方じゃない」
それを聞いてシンは警戒を解く。ユキたちも同様であった。
「……ユキやイェーガーから聞いている。『フォールンクィーン』を保護してくれる組織だとな」
デュナを示す暗号を示しつつ、ジョニーからの情報をシンは聞き出そうとした。だが、意外な返答をジョニーは返した。
「知りたいか?ならゲームをしてもらおうか」
「……何?」
「ちょっとしたゲームだよ。ゲーム。ゲームと言ってもテンメイドーのゲーム機を出す訳じゃないぜ?……テーブルゲームだ。カードを使う」
「カード……か」
「カードはこのカードを使う」
「これは……星か?」
「そうだ。スペードやクラブの代わりにこの星を使う」
「調べていいか?」
「どうぞご勝手に。ただし、俺の目の見える位置でな」
「公平性の確保か。分かった」
シンたちはジョニーと共に移動をした。ゆっくりと移動しながら回りを警戒する。
「ジョニー。どういう風の吹き回しだ?」
「ジャック。俺の好みは分かっているだろう?」
「……何を賭けるつもりだ?」
「そうだな。『魂』でも賭けてもらうか」
「昔のガンマン映画の見過ぎだ」
「似たようなものだ。俺もお前もな」
「まあ、戦いを生業にしていることは否定はせんがな」
「だろう。それでこそフルハウス隊ってことさ」
「同じ数の札が三つ。残りはペア。何とも言い得て妙だな」
「幹部は三人。その部下は必ず相棒を連れて仕事をする。そうして隊は生き延びてきた。あの日まで」
「そのことはやめろ。……あまり思い出したくねぇ」
「そうだな。三文小説や映画じゃハッピーエンドは定番だってのに、現実は……バッドエンドと不条理ばかりだ」
「そうだな。だからハッピーエンドがいる。それを作り出したり、疑似体験したり」
「そう言う意味じゃ、映画も悪くねえだろ?」
「まあな。たまにバッドエンドを食らうときがあるが」
「ああ、そういうのはたくさんだ。現実で嫌ってほど、悲劇を見てるのになんで映画の中でもヒロインが死ななきゃならねえんだ?」
「ああ、全く」
「さて、この勝負で大団円を味わうのは誰だろうな?」
「無論俺だ」
「ジャックが?」
「今日こそは勝たせてもらう」
シンが前に出る。
「いや、ここは、別のヤツにやらせる」
「おいおい。俺だってこういうのは得意だぜ」
「……ジョニーの意図が見えん。ここはユキにやらせたい」
「私?」
ユキが意外そうな顔でシンの方をちらりと見た。シンは平然とした表情で言葉を続けていた。
「頭脳戦ならこの中で一番だ」
「信頼しているんだな。あの時もそうだけどさ」
「俺の相棒だからな。公私共にユキには感謝している」
「美しい絆だが、負けてもお嬢さんを許してやれよ」
「負けはしない」
眼光。シンの目に確信の光が覗いていた。それは雰囲気のある光に過ぎなかったが、心理的に訴える効果は確かにあった。鋭く光る眼光がジョニーにプレッシャーを与えていた。
「……お前がやる訳じゃないだろう……」
「そうだな。だが、これだけは自信を持って言える。ユキは俺たちの優秀な頭脳だ」
「その頭脳とやらも『例の教授野郎』にかつて騙されていただろうにな」
「それだけは、いまでも気になっている。どうしてユキがあの程度の罠に飛び込んでしまったのか……そこだけは……だが、少なくとも今はその心配はない。ライコフは死んだ」
「殺したのはお前だろう」
「あの時の間抜け面は傑作だった」
無表情で発せられたシンの言葉は永久凍土よりも冷たい響きがあった。眼光はさらに鋭くそして殺気を帯びたものとなっていた。
「……ちっ、本物の寒気ってヤツを教わったぜ」
冷や汗を流しながらジョニーは小さな店に向かてゆく。
そこはそれなりに人が入ってくる店であった。バニア族だけでなく交易に訪れる限られた者も利用する店のようだった。人種は多様でオズ連合のキャラバンやアスガルドから来た学者、さらには小国から来た要人もお忍びで食事を楽しんでいる様子であった。
この空間で勝負が始まる。ジョニーは一番奥の個室へと入っていった。椅子が二つ。テーブルを挟んで向かい合うように椅子が置いてあった。
「誰が座る……ああ、ユキだったな」
「……お手柔らかに」
「お互いに」
ユキがおずおずとジョニーに向かい合うように座る。
既に勝負は始まっていた。
「ルールはシンプルだ。チップが一人十枚。数回シャッフルした三十枚のカードの中から三枚の手札を取り、その合計を競う。手札には一から十の数の星が描かれている。それだけだ。簡単だろう?手札が悪ければ途中で勝負を降り仕切り直すことが出来る。そのとき賭けたチップは降りなかった方に渡す。わかったか?」
ジョニーは何枚ものチップを机の上に乱暴に載せた。ジャラと金属的な軽い音が店の中に響く。
「ポーカーと似ているけど違うわね」
「役がないからな。それだけに分かりやすいだろう?手札の札の合計を競う。実にシンプルだ」
「……そう言えば聞いていなかったけど、あんたは何を賭けるつもり?」
「そうだな。『情報』ってのはどうだ?」
「情報……」
「そうだな。なんたら大連合の情報と……エステラ女王の近況を教えてやる」
「!?」
驚愕したのはユキだけではなかった。
バレッドナインセキュリティの面々とSIAの二名、そしてラウとその部下数人。それ以外は周辺の警備などのために見えない所から敵を警戒していた。
つまるところ、ジョニーとその場にいた客以外はみなあからさまに驚いていたということである。
「な……!?」
「ええ…………」
「………………」
「…………」
驚く者、呆れるもの、目を白黒させるもの。表情は様々だが大半の者の感情を総括するなら、明確に『困惑』と言えた。
例外は四人。
ユキ。
シン。
イェーガー。
ジャック。
「……俺たちがもし負けたらどうする?」
ジャックが口を開いた。
「言っただろう?『魂』をもらうと」
「……魂?」
ユキが怪訝な顔になる。
「自由と言い換えてもいい」
「……何の自由よ?」
「選択の自由だ。ハッカーにとって自由の剥奪は致命傷だ」
「ますます意味分からないわ」
「要は俺の下で働いてもらうってことだ」
「……え?」
「お前の存在は大金以上の価値がある。そしてこの世で最も恐ろしい狂人の弱点でもある。俺としてはとてつもない魅力だ。ベッピンさんであることも含めてもな」
「お前にユキはやらん」
シンがあからさまに嫌悪の表情をした。
「それを決めるのは賭博の神さ」
「なら勝つ。運じゃ俺たちは止まらない」
「どうだろうな?」
「んで、シャッフルは誰がやる?」
「あの子供はどうだ?」
ジョニーが指差した先には窓があった。窓の外で子供が一人ボールで遊んでいる。そのうちの一人をジョニーは指し示していた。
そのバニア族の少年は中性的な外見をしており、見る人によっては女の子のように見えた。人間は十二、三歳の時点で性差が徐々に出始めるが、バニアの場合はやや遅い。そのために幼いバニア族は身体能力が高いのにも関わらず、外見で性差を見分けるのは難しかった。
「……あの少年か」
イェーガーはジョニーの指差す方角を正確に目で追うことが出来た。
「……カードを何回か配る手伝いをしてくれとだけ言ってくれ。そうすれば警戒されることはないだろう。俺の名前を出してもいい。ここでは顔見知りも多いからな」
「……」
「わかった。連れてくる」
シンが思案の世界に埋没している間に、ジャックは少年に声をかけた。ジャックは筋骨隆々で192センチの高い背丈の為に少年から警戒されたが、外国語の専門家であるカズや明るく社交的な性格のルイーザからの助け舟によって、どうにか連れてくることが出来た。
「……俺が不審者に見えちまったか?アディ……」
「いじけないの。あんたらしくない」
意気消沈のジャックにアディは渋い顔をする。眼鏡を指でくいと直してからアディは勝負の行方を眺める。アディの下半身は町に着いた時から人間の姿に戻っていた。そのために森林でも動きやすいズボンからおしゃれなスカートに変わっていた。
「どこで買った?」
「そこの店。ズボン破れた。戦闘で本気出してさ」
「そういえば、いつ変わった?」
「町に入る前に人モードに戻って、ラウたちから良いお洋服屋さんを教えてもらった」
「……それまで破れた服とマント一枚だったのか?」
「な、この変態!」
デリカシーの欠けたジャックの発言にアディは赤面しながら平手打ちをおみまいした。ジャックの体が他の客の机に吹き飛ばされた。
「……手加減しろよ。頼むから」
「今のはお前が悪い」
「そうよ。デリカシーのない」
ラウの発言にルイーザがすぐさま同調した。
「ええぇ……理不尽な……」
ジャックは結局吹き飛ばされた客の料理と酒を弁償することになった。
「……御愁傷様」
「……まったくだ」
ジョルジョとカズが冷や汗をかきながらジャックに同情する。
「……早くカードを配ろうか」
「そうしてくれ。延々とばか騒ぎを見せられては進まん」
「……やれやれね」
ジョニーとユキ、そしてシンは頭を抱えつつ、真剣な勝負に戻っていった。
少年がカードを配り終えると、ジョニーとユキはお互いに無表情のまま見つめあった。
「……」
「……」
言葉はなかった。あるのは読みあい。シンプルなだけに心理的な要素が重要になる。
「お嬢さんどうしたのかな?ハズレだったかな?」
「あらなかなか良い数だと思ってね。私は二枚乗せることにするわ」
「ほう。大胆ですな。俺も二枚」
チップ一つの行動を読みあいながら互いに牽制を続けていく。ユキとジョニーの心理戦は既に高度な領域にまで引き上げられていた。
投稿が遅くなって申し訳ありません。落ち着いた時間をしばらく設けられましたので、作品の執筆を進めていこうと思います。さて、ジョニーの『悪い癖』にユキはどう立ち向かうか。ジョニーの『情報』とは?
次回もよろしくお願いします。




