第六章 十三話 暗黒の死闘 その2
この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
気配なき殺意を最初に捉えたのはアディであった。
アディはサソリとしての身体能力を活用して、暗がりの敵を捉えていた。
サソリは天敵から身を隠すため暗所に姿を隠す習性があり、感覚毛によって臭いや振動を敏感に感じ取ることが出来る。暗所での活動能力をもつアディは皮膚から感覚毛をわずかに伸ばし敵の痕跡を察知していた。
アディの攻撃は簡単に防がれたが次の布石にすることが出来た。機械の腕と生体部品を備えた人造人間ユキ。彼女の目もまた暗視モードで敵を捉える。ユキは瞬時に狙いを定める。動きは俊敏だが止めてしまえば狙うのは簡単であった。
腕部キャノンが自動で捕捉する。
敵も器用なものでアディの尾を刀で防いだ後、その反動を利用してわずかに粒子弾を回避する。
「速い!」
バク転の要領で敵は回避を続ける。すぐさま敵はユキに向かってナイフを投げた。ユキはそれを機械の腕で振り払った。その隙を敵は狙っていた。
杖のような片刃の剣。アズマの仕込み杖であった。
それが暗闇で一閃する。
ユキは正確に回避をするが無傷ではいられなかった。
腕の一部。機械の部分がわずかに切断され、火花が飛び散った。
火花。
火花から光が延びた。
「なぁぁ!?」
腕の火花から光が延びる。ユキは細長い斧状の器官によって何度も手傷を負わされた。ユキの胴体に切り傷が刻まれる。
「ユキ!!」
シンが叫ぶと。敵はシンに向かって刀を振りかざした。
敵はシンに向かった。
シンの声に反応したのだ。
アディは気づいた。暗がりの中で敵の位置を知る敵。その秘密を気づいてしまえば結論はシンプルだった。アディはジャックのタクティカル・ベストから何かを取り出した。
「あった!」
アディは相方の神経質なまでの準備の良さに感謝した。
シンのことを考え投擲武器を用意していたのだ。その中には非殺傷武器の使用も考慮していた。特殊なメタアクターの戦闘や説得出来そうな敵の無力化を考えジャックは確実に準備していたことが反撃の布石となる。
「こっちだ!」
カズが叫ぶ。囮になろうとしていた。
それに合わせアディは投げた。
カズは空気を操った。カズもまた同じアプローチで敵を無力化しようとしていた。彼は音で状況を悟っていた。
音は空気の振動。耳と言う器官はその変化を感じ取る器官だ。許容以上の振動を耳に与えれば、鼓膜が破ける。自明の理であった。そこにカズの能力が合わさり敵を封じ込める高音の牢獄が完成する。
周囲のバニア兵を傷つけることなく、敵を無力化する。
「がぁあああああああああああああ!」
暗殺者の男が絶叫した。絶叫の末、悶えるような声が地面をのたうち回る。
「ラウ!デュナとジャックたちを連れて!」
「わかった」
多くの人の足音が遠ざかる。
残されたのはアディとカズの二人。そして暗殺者。
「暗殺は失敗ね」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら、アディはバニア族の暗殺者と相対した。
「降伏してくれ。デュナに手を出さなければ命はとらない」
「……」
暗殺者は何も答えなかった。
時間をおいてもう一度カズは呼びかけたが、暗殺者は短く返すだけだった。
「くどい。慈悲は無用だ」
暗殺者の聴力はどうにか戻っていた。ダメージは残っているが、会話をするくらいのことは出来た。
「……どうして。デュナはどうしてそう恨まれている?あなたも」
「恨みはない」
「え?」
意外な返答にカズはひどく驚いた。デュナを恨む敵にばかり遭っていたこともあったために、二人は心底関心をもっていた。
「仕事だ。あくまで仕事だった」
バニア族の暗殺者は淡々と言葉を発する。その言葉は冷たくもあるが覚悟の音が現れていた。
「……俺は暗殺者の家に生まれていた。バニア族の連合と中央政府が戦争になったときは黙々と敵を殺し続けていた。おぞましい時代だったよ。女子供も関係無しだ。子供が殺しを楽しんだり、年頃の少女が拷問の末に殺されて首を晒されたり、……まあ野郎の死ぬ場面も数えきれないほど見たけどな。だが苦しかったよ。人と仲良くしてもころころと変わっていく。主ですらな。……だから、俺にとってはどうでもいい。デュナだったか?あの女の子には悪いが仕事なんだ」
「誰に雇われた?」
アディの一言に暗殺者は淡々と答える。
「本来なら答えない。信用に関わるからな。……だがいいさ。エステラだ。俺はエステラに実力を見いだされてここにいる。ここにいる前にも多くの人間を殺してきた。同じバニア族の同胞、族長ですらも手にかけた、それからアスガルドの要人、ツァーリン連邦の軍事関係者、AGUの企業の重要人物。俺は生きるために仕事した。……だが、あるときからどうでも良くなったことに気がついた。……皇帝だ。エステラと皇帝が繋がっていたことを知っちまった。……皇帝を殺すために金が欲しかった俺はそいつらの仲間の手下になっていた。いつの間にかな。……お前らもいずれは皇帝を殺すことになる。それは運命だ。だが、誰が皇帝を殺すかは決まっていない。俺にとってそれは、俺自身であってほしいと思っている。……仇だからな。俺にとってはデュナ王女とやらが死のうと生きようとどうでもいいが、俺はお前らの存在に行き着いたときからそう思っていた」
「……何が言いたい?」
「お前らと皇帝が相容れることはない。お前らとエステラ、ひいては皇帝。やつらとお前らは相容れない。相対しただけで分かった。お前らはこの国のどの連中とも違う。はっきりとな」
「……」
「さて、おしゃべりは終わりだ。……リク。リク・メタロだ。シエルの仇である……『皇帝を殺す』ため……ここでは倒れん」
リクは仕込み杖の鯉口を切った。
暗闇でまともに刃は見えない。だが、殺気の大きさが二人を警戒態勢へと移行させる。
「説得は……無理なのか」
「諦めろ。俺には言葉はない。あるのは『殺し』だけだ」
「……みたいね」
アディは半身をサソリのそれへと変化させた。腰から下。皮膚の内側が蠢き服ごと突き破ってゆく。両足はかろうじて残っているが、臀部のからサソリの尾と身体が露出してゆく。それはぬめったような体液を帯びながら、アディの体を変化させてゆく。サソリの足がうねるように動いていた。
「賢明な判断だ。本気で来なければやられるからな」
「……あまりこの姿好きじゃないけどね」
「すまないな。……お二方、名前は?」
「アディ。皆からそう呼ばれている。本名はそんなに好きじゃないから割愛」
「カズマ。カズって呼ばれる」
「……アディ嬢とカズか。その名前どちらにせよ覚えておく」
紹介を終え、死闘が始まる。
リクは布のようなものを脱ぎ捨てた。
「あなたも本気って訳ね」
「そうだ。……行くぞ」
盲目のリクは駆け出す。抜刀と共に。
カズの風が足元を揺るがそうとする。だが、俊敏なリクの身体を妨げるには突風だけでは力不足であった。二人は斬撃を避けながら、距離をとる。カズがもう一度振動を起こした。風が高音に変わり、リクを包む。リクは耳を抑えつつ何かを投げた。神経毒の塗られたナイフがカズに向かって飛来する。カズは回避をしたが、重大な見落としをした。
「無駄なことはやめろ!」
「これでいい」
カズのそばでナイフが壁面に当たる。当たったナイフから当然火花が散った。
火花。
カズの首元に光が迫る。
「しまっ……」
カズは目を瞑った。死を覚悟したが死はカズに降り掛からなかった。
死はリクに降り掛かった。
アディの尾がリクの首を貫いていた。
「………………シエ……ル……すまな……」
吐血をしながらリクは痙攣をする。
サソリの毒がリクのを呼吸を阻害する。オブトサソリの毒はアギトキシン・カリブドトシン・スキラトキシンがある。体内のイオンチャネルの動きを阻害するその毒は神経の興奮を持続させる。神経の興奮は筋肉の収縮を引き起こし、呼吸を麻痺させる。
リクは文字通り息の根を止められていた。
バレッド・ナイン一行を苦戦させた相手のあっけない最期であった。
「……このマント」
マントはアディの体を隠すのに十分な大きさであった。敵が迫っていたとは言えズボンを駄目にしたアディにとってかなりありがたい戦利品であった。また、戦利品はそれだけではなかった。
「……これは」
アディはマントの中から何かを見つけた。アンプルであった。リクがイェーガーを苦しめた毒の治療薬を残していた。万が一に備えての保険であったことが伺えるが、マント以上にありがたい戦利品を二人は手に入れることが出来た。
アンプルの中身は直ちにイェーガーに投与された。薬物への耐性があったことに加え、適切な治療によってイェーガーはどうにか毒の被害を最小限にすることが出来た。
「……アディだったな。助かった」
「薬学の知識が役に立ってよかった。しかも、ヤバいタイプの毒じゃなくてよかったわ」
「どうにか無事で良かった。……役立たずですまん」
「それは違う。ジャック」
「え」
「ジャックの用意してくれた備品とカズのアシストのおかげでどうにか勝てたようなものだし。今日はあなたたちの勝利といってもいいわ」
「やったね」
「ああ……すまんな」
ジャックが照れくさそうに頭を掻いていた。
「……気になるのはヤツの言った言葉だ。エステラと中央政府が繋がっていること。それと『皇帝』……ヤツがアイビスタンの腐敗と暴力の頂点にいるってことがわかるな」
「……知れば知るほど真っ黒だ。孤立無援っていうのはまさにこういうことだな」
シンがげんなりしながら、辺りを見渡していた。
「敵はいないわ。休んでていいわよ」
「すまないユキ」
「あなたは部隊の要。倒れてはいけないわ」
「分かっている。ユキも無理はするな」
「そうね。……でもイェーガーが動けない以上私がどうにかする」
シンとユキの話を聞いていたラウとデュナが声をかけてきた。ラウの方はいつも通りの態度だが、デュナは何処か遠慮がちであった。
「……シン」
「どうした?」
「私たちも見張る」
「大丈夫だ」
「デュナの言う通りにさせてやってくれ」
ラウがデュナの言葉に続いた。
「私たちは敵の襲来だというのに何も出来ず兵を失うばかりだった。だから恩返しをさせてほしい」
「あの敵じゃあ無理もないさ。暗殺者とはいえ覚悟のある強い敵だった」
「しかし」
「デュナと兵士は休ませてやれ。特に兵士たちは同胞を失って苦しいだろうに。弔う時間くらいは作ってやる必要がある」
「……すまない」
「……いいの?シン」
「お前がこの旅の要だ。倒れては行けない」
「……ありがとう」
デュナとラウが離れた後、シンとユキはイェーガーのそばに寄った。そばにはジョルジョが面倒を見ていた。
「具合はどうだ?」
「どうにかな。半日は休む必要がある」
「そうだな」
「……また助けられたな」
「仲間は助ける。それだけだ」
「そうか。変わらんなお前は」
イェーガーはそう言って目を瞑った。穏やかに寝そべっていた。ジョルジョが戦いのときの失態の為に気まずそうにしていたが、シンはそれを非難することなくジョルジョとイェーガーの苦労を労っていた。
暗闇での敵との死闘を乗り越え、バニア族の集落に近づきます。暴力と謀略のアイビスタンでシンたちとデュナの行方は……。次回もよろしくお願いいたします。




