第六章 十一話 対話、緊迫、内乱
この物語は残酷な描写が含まれることがあります。ご注意ください。
バニア族の大部隊はいっこうに攻撃を加えては来なかったが油断は出来なかった。ユキの無人攻撃機とカズの風による探知、そしてイェーガーが遠くから観察を行なっていた。
「…………」
「…………」
シンは何かに気づき躊躇なく歩を進める。
大部隊の中央から指揮官が歩み寄った。
指揮官は白銀だった。白銀の鎧を身につけた女が数人のバニア族の男性と共にシンに歩み寄った。
シンの方は二人だ。通訳としてカズがそばにいる。ユキもその後、動こうとしたが、ジャックに止められる。
漆黒の戦闘服の一部が風によって揺れ動く。一瞬のことであったが、それはまるで蜃気楼のようにシン全体のシルエットを揺らしていた。覆面に描かれたワタリカラスの紋章だけが影の正体を示していた。
「お前が親衛隊を破った男か」
「……正確には親衛隊の皮を被ったクズだったがな」
「何人か見逃してくれて感謝する」
「襲ってきたから倒した。それだけだ。頭目は命で償わせた。お前らの流儀に乗っ取ってな」
「貴様!この方を――」
「よせ。わたしはこの者と話をしている」
「しかし」
「くどい」
「す、すみませぬ」
気まずい沈黙が流れたので、シンが話を始める。話をしにきた者への配慮もあるが、それ以上にバニア族について知りたいことがシンには山ほどあった
「……お前らはデュナをどう思っている?」
「……正直分からん。裏切ったのか嵌められたのか。我々は考えあぐねている。だが、エステラはそうは思ってはいない。それだけは確かだ。それ以上のことは分からん」
「ならいい。次の質問だ。お前らの目的は?」
「デュナ王女の裁判のやり直しだ」
「やり直しねぇ……。改めて死刑を言い渡すつもりでもあるのか?」
「その逆だ。もし嵌められていたなら、国を売った者を知る必要がある。バニア族は今岐路に立たされている。繁栄か衰退かの……な」
「それは大層な話だ。だがお前らが味方である証拠はない」
「……ならコレを見ろ」
銀の鎧の女は背中を見せた。鎧が脱がれ地面に金属が落ちる音がカランと響く。そして一枚の布をめくると火傷のような紋章が記されていた。
「……タトゥーか。これは……数字か?」
「そうだ。わたしはエステラによって低い地位に立たされている。このタトゥーもその証だ。奴隷にされる運命の」
周囲の兵士たちも各々の『印』をシンたちに見せてくれていた。それは首を食いちぎる蛇の絵であった。出血の描写も生々しく描いた悪趣味な紋章であった。それを見せる兵士たちの表情は暗い。
「これは……ナタラのやり方よ」
「ナタラ。もう一つのギャングの連中か」
「オアシス・グループも嫌だけど、ナタラよりはマシ。ナタラ一家のやり方は残虐よ。人を苦しませたり殺したりすることでしか興奮出来ない変態に同胞の女を送り込まれるの。男も慰み者にされたわ。ここにいるのはその生き残り、あるいは……」
「要するに恨みがあるってことか」
「そういう風に思ってくれればいいわ。政治犯や現王女に口答えした者もその紋章を刻まれる。体の……何処かに……」
「オアシスよりひどい……か。オアシスの連中も外国に毒性の高い麻薬を売りさばいてたりしている。俺から見たらどっちもどっちだ。……だが、見境のないってところは理解した」
シンは直視した。兵士たちの何人かが手足や目を失っていることを。耳が欠けている者もいた。人の耳ではなく兎のような器官の方だ。
ナタラの『娯楽の痕跡』は根深く残っているということであった。
「外国の事情に詳しい部下から話を聞いたことがある。『カラスの男』の噂を……な」
「……」
「噂によれば『カラスの男』は悪の天敵だと言われている。正義に歯向かうことがあるが、悪によって苦しむ人を決して見捨てないと聞いた」
「お前らは助けない」
「……デュナ王女を救わなかったからか?」
「そうだ。お前ら全員は仲間どころか大人にもなりきってない少女に政治の大役を押し付けた挙げ句、仕事が出来なければ裏切り者のレッテルを貼って捨ててゆく。お前らの本性が腐りきっている何よりの証拠だ」
「……王女の件については申し訳なく思っている。デュナ派であった我々はエステラに勝てなかった。そのために王女には多大な苦痛を押し付けてしまったと後悔している」
「……それで済むと思っているのか?」
「……」
「デュナは同じ同胞に見捨てられ、人間側の犯罪組織の慰み者として苦しんでいた。お前らは何とも思わなかったのか?」
「……心配……だった。だが……」
銀の女戦士がそう言った瞬間、シンは何かを突きつけた。
懐から財布を出すかのように拳銃を目の前の女に突きつける。
兵士たちの表情に明らかな動揺が見られる。
「御託はいい。もし死んだらどうするつもりだった?殉死か?復讐か?それとも、のうのうとエステラにでもすり寄ったか?」
シャドウは目で皮肉っぽい表情を浮かべる。カラスの男が軽蔑の色を隠すことはなかった。
銀の女はしばしの沈黙の後、言葉を紡いだ。
「…………もし死んだら最初はエステラへ復讐をするだろう。だが、その後は摂政をたて国を建て直すことに専念する。それが済んだら……のうのうと生きる資格はない。主の死んだ家来など惨めなものだ……」
目を伏せながら、銀のバニア族は正直に言葉を紡ぐ。
回りの兵たちも目を伏せていた。泣いている者もいた。大半は女だ。
あってはならない暗黒の結末。それも考慮した覚悟が言葉の端々からシンに伝わってきた。
「……」
シンはしばしの沈黙の末、拳銃を降ろした。
「名前は何だ?」
「……ん?」
「お前の名前だ」
「……ラウ。ラウ・ロウ。ロウ一族の現当主だ」
「リルとかいうやつはお前の血縁者か?」
「ああ。だが、リルは狂ってしまった。エステラの圧倒的なカリスマと自身の行き場のない憎悪によって……一族の中では裏切り者として忌む存在だった……もういないが……」
「……憎悪か……だれへの?」
「人間だ。特に中央政府。人間をアイビスタンから根絶することまで提言していたくらいだった」
「そうか……」
「ナタラは呪われた悪魔どもだ。ヤツらは人間の暗黒面の体現者だ。あいつらをみると人間が化け物になってしまったかと思いたくなるくらいだ」
「オアシスとは比べ物にならないようだな」
「オアシスの連中は……一応仕事はくれる。ただ危険な仕事だったり売春絡みだったりと、悪い連中であることには変わりない」
「しかも『黒獅子』の連中はそいつらを野放しにするのだろう?」
「そうだ。だから人間の助けは期待しない者がほとんどだ。だから、我らバニアは唯一『アイビスタン大連合』に加盟しないのはそういう事情が大きい」
「もしヤツらを俺たちが潰したら、デュナの事は許されてアイビスタン大連合とは協力できるだろうか?」
「……潰せたらだが……オアシスは国内最大の組織力のある犯罪シンジケートだ。ナタラはメタアクターで構成された戦闘集団で、黒獅子は国のバックアップを受けている。とてもじゃないが……」
「問題ない」
「……な、え?」
ラウは露骨な驚愕の表情を浮かべている。それを見たシンは淡々と言葉を紡いだ。まるで子供に簡単な言葉の読み方を教えるかのように平然としていた。
「聞こえなかったか?問題ないと言った」
「……正気か?」
「もっと大きい敵と戦う予定だ。それなりの備えはある」
「自殺行為だ。たったこれだけで!?」
SIAの援軍を含めても戦力はシャドウ自身を含めて八人。元女王デュナを除いた人数であった。
シン。ユキ。カズ。ジャック。アディ。ルイーザ。ジョルジュ。そして、イェーガー。
個々の能力は桁違いに高いが、人数が少なすぎる。ラウの言い分はもっともだった。
「策はある。心配には及ばない。詳しい本拠地の場所と敵の首領の情報、そして敵の戦力の詳しい情報があれば勝率は上がる。まあ、なくても自力で探すだけだがな」
だが、シンの言葉は自信に満ちていた。それは部下や仲間たちへの厚い信頼と自身の経験に裏打ちされた態度であった。ハッタリや蛮勇によるものではなかった。
「……なんて男だ」
カズの通訳越しにシンの言葉を聞いたラウは絶句していた。それは決して悪い意味ではなかった。
「……ナタラの要人とオアシスのボス、それから黒獅子旅団の副リーダーが我らの闘技場に集まる。午前試合のためだ」
「それはずいぶんと凄いことだな。だが何のために?」
「……バニア族の娼婦の取り分が決まる」
それを聞いたジョルジョが吐き捨てるように苛立つ。
「下衆が」
シンは即座に『空の騎士』を諫める。
「おい……大事な『話し中』だ。邪魔すんじゃねえ」
「す、すまねえ」
猛禽の眼光。睨まれたジョルジョが我に返る。
ジョルジョはあまりの殺気に寒気を感じるかのような仕草をとった。SIA側の猛者であるはずの彼ですらシンに対する恐れは消せなかった。
「日程は?」
「二日後」
「あまり時間がねえな」
「心配ない。我らと共に来れば近道を教えられる」
「……そこはどういう地形だ?」
「……洞窟を経由する。暗くて獰猛な生き物のいる場所だから限られたものしか通れない。我々なら通り方を知っている」
「ここで教えろ」
「だが……」
「教えろ」
「ッ……わかった」
シャドウの眼光と鋭く短い命令にラウは同意の言葉を伝えるしかなかった。それ以外の返答は死を持って償うことになる。そんな予感をラウは感じていた。
「案内。よろしく」
「ああ……ああ、わかった」
言葉に怯えの色を交えながら、ラウはバレッドナイン一行と共にジャングルの道を歩むことになった。
「……」
「どうしたルイーザ?」
ジャックの質問にルイーザは悟ったように回答した。
「……ボスを怒らせることになったら命がいくつあっても足りないわね」
「……そこは割り切れ、強敵を破った秘訣でもあるからな」
冷や汗を流しながらジャックは平静さをどうにか保っていた。よく見るとアディも引きつった顔をしながら眼鏡の縁を触っていた。
「万が一さ。罰ゲームをすることになってシャドウと喧嘩するか青汁を五杯飲まされるかの選択を叩き付けられたら……迷うことなく青汁飲むわ。……だ、だって青汁は健康的でしょ?」
「喧嘩は不健康でしょ?部長」
「相手がシャドウの時点で生死に関わるわ。わたしマゾでも変態でもバカでもないから」
「……それは……そうね」
そうして三人はどうでもいい会話を交わす。カズは見逃したリル・リンの行方とその後に思いを馳せていた。ユキはドローンの調子を歩きながら見ていた。イェーガーたちは見張り番だ。
一行がジャングルを踏破すると不気味な入り口を見つける。ラウの言っていた洞窟であった。
さて、緊張感はまだ続きます。シンはデュナのいた国のことを知るべくラウの大部隊に合流しますが、その後もかなりスリリングな状況になります。次回もよろしくお願いします。




