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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 十話 森の中の行軍、その3

この物語は残酷な描写が含まれることがあります。ご注意ください。

イェーガーは見据えていた。森の奥に居る悪意を。

イェーガーは手際良く銃を構え、狙いを定めようとする。

敵影はない。

だが、森は静かだった。

静かすぎた。周囲の生き物が逃げ出しているのをイェーガーは見逃さなかった。かつて森と山を生きる者であったイェーガーはその変化を敏感に察知していた。

「シン……気づいているか」

「……敵だな」

「さすがは元共和国最強の兵士といったところか」

「俺もお前もカールの元で鍛えられたからな」

「そうだな……」

シンの方も臨戦態勢に移行する。得物は羽根型手裏剣。暗がりだとナイフにしか見えないが、その刃は鳥の羽を模していた。闇より暗い黒。羽根の色は月光に照らされていた。黒い刃がシンの手を離れ、鋭い風切り音を立てた。

軽快な刃の音色が虚空に響いた。それは敵に少なからざる動揺を与える。

「…………チィッ」

舌打ち。

かすかな声。

声が響いた。

木々の間の微細な音をシンとイェーガーの耳が捉えた。

「……そこか」

銃声。

金属と粒子が空気を焼く独特な駆動音。

それを合図に仲間とデュナ王女が飛び起きる。二人はそれすら気にせず冷静だった。

「……どうだ?」

「命中。距離四五二」

「……狩りはお前の方が上だ」

「どうだろうな」

イェーガーは暗がりと木々の空間に対してじっと目を凝らした。敵は焦っていた。血が木々を濡らすことも厭わず、その場からどうにか離脱しようとした。だが足を射抜かれて思ったように動けていない。イェーガーはそれを見逃さなかった。

「……仕事だ。ジョルジョ」

「はいはい」

ジョルジョが首元の装置を操作するとそこを起点に金属の装甲が全身に広がった。鮮やかな赤の金属がジョルジョの顔を覆い隠した直後、その金属の人型が空を軽やかに舞った。

「イイイイイィッハァァアアアアッ!!」

狂ったような雄叫びをあげながらジョルジョの声が遠ざかってゆく。その声の主が森のある地点で急降下した後、何かを持ち上げていた。ジョルジョが近づくに連れて、シンたちがそれは何かを理解する。人だ。足を撃たれていた。そして、敵でもあった。

『彼』は落下していた。死なない程度の降下によって、地面に投げ込まれていた。

「……く、……く、くそ……」

撃たれて出血した足を抱えながら、男がきっと狙撃手の顔を睨みつける。

「誰だ」

氷河の冷気よりも冷たいシンの声が目の前の男の恐怖心を鷲掴みにした。その時のシンの目は猛禽の目をしていた。

「ひ、ひぃ……命だけはぁ……」

「名前」

「ひ……」

「名前だ」

「お、……お、オレ……ろ、ローワン……」

「どこから来た?」

「い……言ったら……殺され――」

ローワンのそば、程よい太さの木に漆黒の羽根手裏剣が刺さっていた。

「どこから来た?」

「……アイビスタン大連合と敵対する組織……名前は……名前は……」

「アイビスタン大連合?」

ジョルジョが不意にその名前を出した。

「……何年か前はそう呼ばれていた。今は下部組織だった『多民族騎兵団』が仕切っているけどな……組織の中の創設メンバーは自分たちをそう称するんだ……」

「……ほう、それでお前はどこの組織の出身だ。マフィアも二つ居るからな……?」

「どっ……どっちって」

「どこだ」

シンが予備の手裏剣を構える。殺気がシンの周囲に溢れていた。

「オアシスだぁ!オアシス・グループだよぉ!!間違っても『ナタラ』じゃねえよぉぉ!」

「……お前ら何が目的だ?」

「お、お、お、お前そこに居るだろ?そ、その『デュナ』だ!『デュナ』のことだよ」

「……デュナがどうした?」

「そいつは上物だ。上物の性奴隷だよ!そいつはかなりの美人のバニア族だからなぁ……王族が買いにきてたんだよ!」

「……王族?」

「多分王だッ!こ、皇帝ッ!この国の皇帝だッ!」

デュナの顔色に変化があった。目を見開き、わなわなと全身を震わせている。それは騙された怒りか、はたまた自分の体を弄くられる恐怖によるものか。シンにとってはどっちにしろはらわたの煮えくり返る思いにさせられるものであった。

「……下品な『王』も居たものだな」

「おい、それを町中で言うなよ?殺されるぞ……」

「黒獅子旅団」

イェーガーがその言葉を言うと。ローワンは何度も首肯を繰り返した。

「そ、そうだ!そいつら!ナタラと並ぶクレイジーな戦闘集団!あいつらだけは嫌だぁぁ!」

「それは楽しみだ。自称皇帝の眼前に突きつけるのが楽しみになる」

「ひ、ひぃぃ……正気かぁ!?この黒いチビはぁぁ……!?」

あまりにもあんまりな言葉にルイーザとジャックから苦笑が漏れた。

「く、黒いチビ……」

「そりゃあ……そうだけどさぁ……」

言われた本人であるシンはどこ吹く風であった。身体的な特徴を侮蔑されたも同然だったが、淡々と会話を続けていた。

「……チビなのは否定しない。そしてクレイジーな性格をしていることも否定はしない。だが、俺は誰かをのけ者にして自分たちだけが幸せになろうとする連中が嫌いなんでな。あまり機嫌を損ねない方がいいぞ?」

「ひぃぃ……チビっつってごめんなさいぃぃ……」

「だから、そっちじゃない。奴隷商売に足を突っ込むなって言ってんだ」

「……気にしていないんですか」

「……それより、孤独だった『一人の女の子』を救うのに今は必死だ。それどころじゃない」

「さいですか」

「ああ」

「……わ、わかりました……それではお教えしましょう!これで見逃してくれますよね!足も撃たれてますし!ね!ね!後生だから!」

「考えてはおく」

「考えるだけでなくぅぅ……」

「……ふー、わかった正直に話して、今後、俺らに関わらなければ見逃してやる」

「か、感謝しますぅぅ……俺は幹部から頼まれていたんですよ!探し出せって!デュナを!脱走したデュナを!」

「お前らと王族の取引のためか?」

「そうだ!」

「どんな取引だ?」

「上物の質が良ければ、金が入る!金だけじゃない!組織にいろんな便宜を図ってくれる!いろんな便宜を!縄張りとか!縄張り周辺の軍や警察を貸してくれたりとか!」

「……」

あまりに腐りきった内情にシンは思わず頭を抱える。それはジャックたちやイェーガーとジョルジョも同様であった。

「…………」

「……チッ」

イェーガーは幾分か冷静な態度を崩さなかったが、ジョルジョは露骨に舌打ちを周囲に響かせる。その表情も片方が引きつっていた。

「……あれ、もしかしてコレ?うちらの組織潰す流れですか?さいですか?」

「…………死にたくないなら、組織から逃げ出すといい。何なら死んだことにでもしておいて隠れてろ」

「ひぃぃ、正気ですかぁぁ……ボスはおっかないですよぉぉ……」

「おっかないヤツなら目の前だ」

「ひ」

「最後に聞かせろ、そのマフィアの本拠地はどこだ?」

「ひぃぃ、アイビスタン首都のダットの中心街でして……く、黒獅子の拠点も近くで……」

「そうか……ならもう用はない。消えろ」

「ひ、ひぃぃぃ、ひぃぃぃぃぃぃ……」

小悪党の悲鳴が木々の間に消えていった。草の音も聞こえなくなった後、その場には再び静寂だけが残された。


一行は木々の中を行軍し続けた。バニア族の敵を倒し、どうにか味方に出来る勢力を増やさなければデュナを守りきることは不可能だからだ。

「……とりあえず、デュナの味方が居ることはジョルジョとイェーガーが教えてくれた情報とさっきの小悪党の話からわかった。だが、今はバニア族だ。やつらが先に仕掛けてくる可能性が遥かに高いからどうにかする必要がある」

「後方にはマフィア。前方にはバニア族の連合」

「事態は深刻ね」

「こっちの戦力は八人。大人数で押し切られたらどうにも……」

「…………」

「……デュナ。バニア族の中でも比較的説得が出来る連中はいる?」

「……わからない。少なくともエステラ派の部族が三つあって彼らの部族の数が実権を……」

「残りはどうなんだ」

「わからない。……でも、流されて追従している感じがする」

「なるほど、……そのエステラ派の連中は武闘派か?」

「……エステラはわたしの従姉妹でかなりの武闘派だった。みんなエステラを恐れていたけど、わたしが駄目だったら彼女が王女になる手筈だった。彼女の部下は怖い人ばかりだった」

「つまり力で他の部族を支配している。そういうことか」

「……そうね」

大人びたデュナの顔にわずかに恐怖の色が現れていた。

「……そいつらが午前試合で敗れたらどうなる?」

「え?」

「バニア族は山奥に追いやられたとはいえ、軍事力は決して中央政府に負けてはいない。力で周辺の敵を圧倒している。つまり彼らの価値観に訴え出るには力を示す必要がある。完全な説得は無理でも、お前が騙されたことを調べるチャンスぐらいは作れる」

「彼らに攻撃を取りやめてもらうつもり……?無理よ!自殺行為だわ!」

「何もしないよりかは遥かにいい。それにこのままだと二つの敵に潰されて終わりだ。片方だけでもどうにかする必要がある。マフィアよりかはどうにかできる『見込み』があるからな」

「それが午前試合ってこと?」

「ああ……バニア族は力の民族と名高いことは噂で聞いているからな。キャラバンの人たちが噂していた」

「……どうしてそこまで」

「俺もお前と同じ立場になったことがある。そう言う人間は……見捨てておけない。ただ、それだけだ。自己満足かもしれんが、それでも……自分の信じた道を進みたいとは思っている」

「言いたいことはシンに言われちゃったわね。もっというとそれはシンだけの意見じゃない。ハッカーとしても女としても辛い目にあったことがあるから、わたしの同意見。他もきっとそう……」

シンとユキがそう言葉を告げると残りの面々も首肯をした。

女好きのジョルジョは当然女を見捨てるつもりはなく。イェーガーの方も感情ではなく論理の面からデュナを守ることを勧めた。

「……デュナがどうしてバニア族に命を狙われるか。その理由を俺は知らない。知った所で仕事でなければきっと救おうともしなかっただろう……だが、この事件を看過すれば、デュナの代わりが増える。代わりの生け贄ばかりを延々と貪る化け物のような社会が生まれることになる。それはアスガルドだけでなくアテナ銀河の今後の禍因になりかねない。……おそらくレオハルト様はそれを危惧している。『抜き取るもの』が付け入る可能性もある……だから『今』アイビスタンの悪魔どもを掃除する必要がある。SIAとしてもな……だからアイビスタン大連合やその直系組織の『多民族騎兵団』と共にこの状況をどうにかしなければならん。……可能ならバニア族もだがな」

シンたちは足取りを進めるとイェーガーが反応をした。周囲の状況。野戦のスペシャリストでもあるイェーガーは木々や草の不自然な変化を見過ごす訳がなかった。

「来るぞ!」

シンたちは囲まれていた。バニア族の大部隊が静かに迫っていた。

四月。忙しいことも多くなりました。山場に繋がるつなぎ目の場面になるからこそ所々の描写に注意を払いたいと思っております。次回、バニア族の部族の一つと緊迫したやり取りとなります。よろしくお願いします。

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