第六章 九話 森の中の行軍、その2
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
サワダの脱走はあっけなく達成されていた。
裁判にかけられ、刑務所に移動した後のことである。ギャングやマフィアのネットワークはあまりにも強力で、どこにサワダが居てどういう状態にあるかが、裏社会のフィクサーたちに筒抜けであった。無論SIA側も対策を練っていない訳ではないが、敵の奇襲はあまりにも周到に練られていた。
刑務所が戦場となり、まともに生き残った者はムギタニを含めたメタアクターの囚人とSIA側のエージェント数名、そして看守側十数名とその切り札一人。残りは殺されたか、サワダと共に脱走した。
SIAに匿われているマリンの安全に関してはどうにかなってはいるが、問題はシンたちの方であった。
リセットソサエティの足取りを失った上に、命を狙われるリスクがあった。
だが、脱走以降サワダの音沙汰はなかった。
サワダの方も身動きが取れないことが予想出来た。
ユダやSIA。アズマの内閣特務調査室、それとフランク連合王立騎士団や国家憲兵隊。
その存在は五大国の特務機関にマークされている以上、うかつに襲撃出来ないことがシンたち側にも察することが出来た。そうなると、小国を足がかりに行動を起こすことが予想出来る。シンたちはキャラバンや貿易商社の護衛の仕事を請け負いながら、小国でのサワダの行方を追うことを次の手段として考えていたのだ。
バレッドナインが洞窟についた時には既に日は暮れていた。
シンたちは携帯食料とその場に居る生き物を晩ご飯にして就寝の準備を始めた。
食事の内容はアスガルド製のコンバットレーションとその場でとれた蛇や魚、それと食べられる種類の草を煮詰めたもの。
草は食べられると分かるもの以外は破棄した。アディが植物に詳しいおかげで食べられる野草には困らなかった。
「当たり前でしょ。わたしは元々薬学の専門家よ」
「そうだったな」
「それより、ジャックにも手伝ってもらって助かったわ」
「ああ、昔の仲間にもアディ同様食べられる植物に詳しかったヤツがいたからな。その縁ってやつさ」
「なるほどね。そう言えばあんたどこの軍出身だったけ?」
「俺は俺だ。フルハウス隊のリーダーのジャック・P・ロネンだ」
「そうだったわね」
「ところでデュナは焼いた蛇大丈夫か?」
「そんな訳ないでしょ。あたしの様な修羅離れしたヤツとは違うでしょ」
「……心配ない」
「え?」
「食べられる。生きるためなら」
「無理しないでよ。魚あげるから」
ルイーザが気を遣って魚の串焼きを差し出す。
「…………大丈夫」
王女育ちのせいか、顔がわずかに青ざめている。
「魚嫌い?」
「……魚にする」
「うん。それがいいわ」
ルイーザとデュナが食べ物を交換する。
ルイーザがにっと笑顔になった。
「……ありがとう……えっと」
「ルイーザよ。ルイーザ・ハレヴィ」
「デュナ。デュナ・ラン・バニア……」
焚き火を前に和やかな時間が過ぎ去ってゆく。
それを見てバレッドナインの面々はほっと安堵していた。
イェーガーとシンは早々に食事を切り上げ、周辺の警戒に戻った。イェーガーはスコープを活用し、シンは軽々と木を登って辺りを見た。
「敵影無し」
「こちらも」
シンとイェーガーが辺りを見渡した。
気配すらない。機械の駆動音も無し。
二人の結論は一緒だった。
「今の交代要員は?」
「ジャックだな。しばらく寝たら来るそうだ」
「……」
イェーガーは黙りとしながら辺りの気配を伺った。こう言うときのイェーガーの殺気はシンの戦闘状態と引けを取らない。むしろ、余分なエネルギーを使わない分、殺気としての洗練の度合いはイェーガーに軍配が上がる。
恐怖を与えるならシンの方が上だが、こう言う状況で長期間計画を行なう場合はイェーガーが優れていた。
「……シン」
「……どうした?」
「カズのことは聞いたな?」
「ああ、そのことか」
「……彼は戦闘向きの性格じゃない。……善良すぎる」
「承知している」
「なら……」
「だからこそだ」
「?」
「俺はアイツを信じている。得意分野は違うし、欠点もある。だが彼にしか出来ない強みや判断がある。俺はそこに可能性を感じている。戦闘と戦術だけの俺とは違う何かを」
「……ならいい」
「アイツに出来ないことはお前に任せる。その代わりお礼は相応にしたい」
「……わかった」
イェーガーとシンは再び辺りを見渡した。
空には月。蒼はない。闇と月があるだけだ。
遠くから獣の声が響く。
それ以降は静寂。
永遠に続くかのような無音が続いた。
たまに虫。
闇と月、そして草の音だけがしばらくの間残っていた。
夜風に吹かれながらジョルジョは草木を見ていた。用を足すと言い残し、こっそりと通信回線を開いた。回線の先。繋がった相手はSIAのレオハルトであった。
「……報告を」
「……思ったよりひどい状況だ。デュナ王女の身辺に味方がいない。探しに来ている気配すらない。殺す気配ならいくらでも感じるが」
「すまないな。女の子が好きなお前に女の子相手の戦闘を任せる羽目になってしまって」
「気にするな。覚悟はSIAに入局した当時から覚悟は出来ている。……それにSIAに入らなかったら、……俺は今頃、酒かなにかに溺れて悲惨なことになっていたと思っている。だから気にするなよ、旦那」
途中、悲しげな目をしながらも声だけはいつもの浮ついたような調子でジョルジョは返事をする。
「……ありがとう。すまないがもう少し調査を続けてほしい。そしてできるならば、デュナ王女を嵌めた相手の招待と証拠を調べてほしい……まだあるはずだ。相手を脅す材料だからな」
「……だろうな。それさえあれば、軍が動けるのだろ?」
「ああ、正規軍とSIAだけじゃない。AGUを初めとした主要五大国の協力で有志連合を組める。戦術のメリットは大きい」
「了解した。任せてな旦那」
「ああ、……あと外国の勢力にはバレないように動いてくれ。特にユダにバレたら不味い」
「……正直あの連中は正義正義で頭固いからな。考え方自体は悪くないが俺は好きじゃない」
「そうだな。ハヤタくんはどうも危うい。正義が絶対のように振る舞うところもあるからな……」
「マリンのこともあるしな」
「ああ……」
「……女を振るにしても『のけもの』とか『見殺し』はねえよ。マリンは面倒な所はあるだろうけどな」
「面倒なのは否定しないが……正直、ドウミョウ君ももう少し優しくすればいいのにとは思っている」
「だろ?だから俺はドウミョウのお寺野郎は嫌いなんだよな。正直、アイツ女を分かってねえ。いじめの被害者だってのに辛辣過ぎんだよ」
「全くだ。そして今回も独りぼっちの女の子を救う必要がある」
「そうだな旦那。デュナ王女の唯一のファンに良い報告をしてやらなければな」
「ああ、頼んだぞ。オーバー」
「ラジャー。通信終わる」
通信装置を切った後、ジョルジョはふっと息を吐いた。
「どなたから?」
「!?」
不意にジョルジョの背後から声がした。
ユキの声だった。
「……オイオイオイオイ。男が用を足すのを見るのは……マナー違反だぜ?」
目を泳がせながら、ジョルジョは上滑りした声を発する。
「……嘘はいけないわ。ジョルジョ。だれから?」
ユキはにっこりと笑っているが目が笑っていない。
「あ、はは……いつから?」
「途中から。というより、わたしがハッカーってことは知っているでしょ?旦那ってどなた?質問に質問はマナー違反でしょ?」
「……どうやって通信システムに……あれ何人もの職員がどれだけの時間をかけて作ったシステムだと……」
「あらあら、……そうみたいね。よく出来たシステムだけど、さっきの戦いの時にリンクしたことが運の尽き。……仕方ないけどね」
ユキは言葉の最後で舌を出した。ペロと唇の間からわずかに舌が延びる。
「えぇぇ…………アカウント……書き換えたのかよ……いつのまに……」
「さあね?」
青ざめた様子でジョルジョが脱力した。へなへなと腰が引け、機械の甲冑。その金属が地面に軽くぶつかる。
「さて、ハッカーの凄さを体感してもらった所で……どなたか聞かせてもらうわ」
「わ、わかった……中将だよ」
「レオハルトね……何が目的?」
「……デュナの安全。それと護送だ。イェーガーも同じ」
「護送?」
「ああ、デュナには今の所味方が一人いる。いや、正確には……一グループだ」
「だれ?」
「……反政府勢力。といってもここいらを仕切るマフィアやバニア解放戦線とは違う。……名前は『多民族騎兵団』だ」
「ずいぶんな名前ね」
「ああ、唯一、宗教や民族の垣根を超えて民主化と奴隷制度を廃止を訴えている武装組織でな。バニア族以外の民族が所属している」
「……それを聞くとバニア族が末期ね」
「もちろん、バニア族の中にもまともなヤツは居るけど苦しい立場に居る。デュナがそのいい例だ。そのことと恋人でもあるデュナの状況に心を痛めた。ドラゴ・シルバ総司令が救出を各国の特務機関に訴え出てな」
「見返りは?」
「アスガルドとの対等な友好条約の締結。対等な条件を引き換えに企業の市場開拓と経済取引で優先的に誘致を約束してくれている」
「……中央政府とは違うわね」
「ヤツらどうも選民思想の持ち主でな。かなりひどいことをしているらしいな」
「なるほど、つまり今後の経済の発展のためってわけ?」
「もちろんそれだけじゃない」
「?」
「サワダを初めとした凶悪なテロリストの情報を通報してくれることも確約してくれている。他の組織にはない条件だ」
「サワダ……あの露悪趣味なダークヒーロー気取りね」
「お前たちも逃げたあいつのことを見過ごす訳ないだろう?自分をダークヒーローだと思い込んでいるバカなド腐れ下衆野郎のことは」
女好きのジョルジョが青筋を立てない道理はなかった。
「当然」
「なら決まり。もう一回ヤツの悲痛な叫びを聞いてやるぜ。空からな」
「同盟の時間ね」
「いつものことだがな」
「まあ、そうね」
会話を一度切り上げた二人は戻って寝ているメンバーの様子を見た。デュナがうなされていた。
彼女は冷や汗と涙を流しながらうわごとを呟いていた。
「……ごめんなさ……ごめんなさ……い……」
それを見かねたユキはデュナの頭をさする。王女だった女の子の頭をユキの手が優しく撫でる。デュナはどうにか静かなねむりに戻ることが出来た。シンの寝ている時と同じだった。
四月になるといろいろと慌ただしくなります。どうにか執筆の時間が取れたことに今は感謝だと考えております。さて、森の中でデュナとバレッドナイン一行の休息の時間となりましたが、次回からは緊迫感のある場面を予定しております。次回もよろしくお願いいたします。




