第六章 八話 森の中の行軍、その1
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
エステラは違う人種や種族の娼婦たちと戯れながら報告を聞いていた。
その顔に怒りも苛立ちもましてや興味もなかった。
無。
虚無。
無関心。
エステラの美しい顔に変化は一切なかった。
そして、口が開かれる。
「…………ふ、正直、親衛隊崩れの雑魚には興味はなかったが、敵の方はうま味がありそうだ」
「は……?」
報告を聞いた兵士は唖然とした様子で言葉を聞く。
「特に興味深いのは……黒装束の男だったか……聞けば、十人にも満たない戦力で倍以上の戦力。それも……『親株』の借り物とはいえメタアクターの集団を打ち破ったと聞く……」
「は、拳銃使いの能力者一名と細胞変異型の能力者一名。スナイパーと……他にも複数人いると聞いております。詳細は不明ですが……」
「なるほど……下がって良いぞ……」
「はは……」
報告係の兵士を下がらせた後、エステラはどこか憂うつな顔で宙を眺めた。
いつの間にか隠れていた男がエステラのそばに現れる。
「楽しそうですねぇ……?」
愛想笑いだけを浮かべた中年の紳士がニコニコとエステラを見る。目合ひを続けながら、素っ気ない様子でエステラは言葉を紡いだ。
「あらぁ?ノブ?あなたも交わりたいかしら?」
「いえ、わたしは仕事の話がありますので」
「…………ふぅん。どんな?」
「いえいえ、ちょっとした話です。若い女兵士をお借り出来ないかと?」
「どうするつもりだ?」
「その方とちょっとした商談を……私どもの提携先とちょっとお話をするだけで結構です」
「……許可はするけど、わたしの直属だけはやめてちょうだい」
「…………どうしてです?悪い話ではないですよ?」
「……その提携先は『抜き取るもの』でしょう?なら他にいい人物が居るわ」
「……なるほど、感情の振れ幅が大きいほど収穫は……」
「納得したみたいね。分かったら消えてちょうだい。利益は与えるから」
「どーも、ありがとうございますぅ……」
そう言って中年の紳士は影のように姿を消していった。
それをうんざりするように見送った後、エステラは快楽の続きに戻った。
バレッドナインが暴れた後の『元親衛隊』の生き残りは四分の一にまで激減していた。
刺殺。毒殺。凍死。圧死。斬殺。失血死。落下死。爆殺。銃殺。
バリエーション豊かな末路が地面を埋め尽くしていた。
「久々にやりすぎたなこりゃ……」
ジャックが唖然とした様子で目の前の惨状を眺めていた。
「やらなきゃ、やられていた。それで十分よ襲ってきたヤツらが悪い。キャラバンの件もあるしね」
「そうだがな。恨みは買いたくねえなとは思ってな」
「むしろ買ったのはヤツらの方でしょ。三十路なのにモウロクしたの?ジャック?」
「まさか。俺は老人じゃない」
「ならいいわ」
アディが納得したように首を縦に振ったその時。二人に駆け寄ってくる人がいた。ルイーザだ。
「スコルピ部長!敵影ありません。残存の部隊はあらかた逃げたようです」
「報告ご苦労。……そして、その呼び名はやめなさい」
「はい。アディーネ部長」
「アディって呼びなさい」
「はい。ミス・アディ」
「お前ら、漫才やってないで仕事しろ」
二人のやり取りにジャックが口出しをした。
「それをいうなら、ジョルジョはどうなのさ」
「あいつはしょうがねえだろ。時間が許す限り埋葬するって聞かねえからさ」
「はあ……SIAの連中はやっぱ変わってるわ。死体ですら女なら敬意を払うって訳?」
「そういうことらしいな。まあ、しばらくはやらせてやれ」
三人の視線の先には死体を埋め続けるジョルジョの後ろ姿があった。そのそばにはイェーガーとシンがいた。シンは苦々しそうに問いかける。
「俺を恨むか?ジョルジョ」
「いいや。お前は生き残る努力をしただけだ」
「そうか」
「だが、気をつけろ。……他者の恐怖を玩具にする連中に狙われるぞ」
「覚悟の上だ」
「ならいいさ。……あと何分だ?」
「……もうすぐ出発だ。これ以上はまずい」
「……ああ」
「イェーガー。アイビスタン正規軍は見えるか」
「…………来た。二時の方角」
イェーガーの見た地平には装甲車とフロート・ガンシップの群れが見えた。かなり目を凝らさなければ見えないが、逃げるタイミングは今しかなかった。
「撤収だ!いくぞ!」
「わかった」
シンの叫びを合図にSIAの二人も撤収を始めた。
シンたちは森だった更地を駆け抜け、姿を隠す場所を探した。凍った木々や蔦を抜け、燃えた木々を抜け、更地を走り、ようやくまともな森林地帯へとバレッドナイン一行はたどり着いた。
「……エランは連れてこなくてよかったわね」」
アディがげんなりした様子で眼鏡の縁を片手であげた。
「……えっとエランさんが技術部門で裏方の?」
「そうそう。外国語に疎いけど技術はある人ね。今回の装備もいくつか協力してもらっているしね」
「へぇ」
「いつか挨拶しときなさいよ。ルイーザ」
「了解です。アディ部長」
ルイーザたちが行軍しながら他愛もない会話をしていた。
次の目的地まで間がある以上は、退屈と疲労が敵であった。気力を奮い立たせるためにもバレットナイン一行には会話が必要であった。
「女は強いなやっぱ」
「女だけじゃない。人間の強さだ」
「なんというかくそ真面目だよなシンは」
「ジョルジョ。女にも悪人が居ることを忘れるなよ」
「忘れてたら、お前らを助けなかったよ」
「だろうな。協力に感謝する」
「どうってことないさ。レイヴン」
「ああ、……そういえば、元気にしてるか?マリンは」
「彼女なら心配ない。SIAの新米エージェントとしての仕事にも慣れてくれたよ」
「ならいい。彼女が元気なら嬉しい限りだ」
「お前が苦心して救った女の子だからな」
「心配はかけさせるなよ?」
「わかってるって……マジな目をすんなよ……」
「ナンパ癖については言っておいたから心配はないだろうがな……」
「うう……だから、最初よそよそしかったのか……」
「やれやれだ」
その会話の横でカズとイェーガーが辺りを見回していた。二人も会話を口にしている。
「……どうだ?」
「……敵の動きは『風』で捉えている……問題ないね……蔦の森を中心に調査を始めたみたいだ……」
「……そうか」
「動きがあったら報告するよ」
「…………ところでカズ」
「?」
「……一人を見逃したが。アレはどういうことだ?」
「……殺す必要がなくなったからだ」
「……カズ」
「え?」
「……戦場では覚悟を決めろ。甘い判断が命取りになることもある」
「…………すみませんでした。でも、彼女自身も戦いに納得してない素振りだったもので」
「それが演技だったらどうする……」
「……その可能性も考えられましたが……本音だと思いました」
「……難しい所ではあるがな……俺には」
「あの後シンにも報告してはあります。でも軽率でした」
「いい。過ぎたことはもう気にするな」
そういってイェーガーは周辺の警戒に戻った。カズもそれ以降は押し黙り周辺の警戒を行なった。時折、野生生物や昆虫の気配がするくらいで敵がこれ以上迫る気配はなかった。
微風。
わずかな風がバレッドナインの体に吹きかける。熱帯の暑い空気と相俟って全員の体をじめじめと湿らせてゆく。
風と共に草木がざわめく。
熱帯の木々が四方に生い茂っていた。
「……デュナ。大丈夫か?」
「……どうにか……」
デュナの足取りが重い。歩くこと自体は出来るが、暑さと疲労によって消耗をしていた。イェーガーは水筒の水をデュナに分け与える。
「……いらない」
「倒れたらまずい。飲め」
「いらない」
「意地を張るな。……何事も体力あってだ」
「……わかった」
デュナが水を飲み干し始めた頃、シンも休憩を仲間に呼びかけた。
「一度休むぞ。近くに小さな洞窟がある。そこに拠点をおく」
「……動物の気配は?」
「なさそうだ。能力で調べた」
「ならいい」
イェーガーとシンが先行し、洞窟内の気配を調べた。そこに居る生き物がいないことを悟り、一行はそこに火を起こして休憩することにした。
バニア族の縄張り。その近くの町までですらかなりの距離があった。
バレッドナインの行動指針は極めてシンプルであった。
バニア族の反王女派の首謀者を無力化または討伐することを目標としていた。このことは、イェーガーたちSIA側の要請でもあった。
「それで俺たちのほうに問題はないが、お前らはいいのか」
「……ない。むしろ、俺たちがそれを提案しようと思ってた。正直もっと穏やかな形ではあるが……」
「この意見はバレッドナイン側全員の意見でもある」
「利益にはならんだろう?」
「そうでもない。俺たちは金だけが目的ではない」
「というと?」
「リセットソサエティの手がかりだ。ヤツらはいろんな国で裏工作をしているからな。その足取りを調べたい」
「……そういや、お前の親友の仇が」
「サワダか。あの偽善者狩りを続けるサイコ野郎のことは知っている。だからなおさら看過出来ない」
「……相手は危険で見境のない相手だ。こないだAGUの環境保護団体を皆殺しにしたのもその一つだ。だが、秘密結社の幹部だけあってなかなか尻尾は出さないだろうな」
「それでも、地道に調べる価値がある。それにこのへんの犯罪組織は俺たちの利益をいつも阻害するからな。なにより、人身売買は許せん。少数民族の王女まで歯牙にかけるようなヤツは特にな」
「それはSIAも同意だな。……ここに一人、俺のような紳士的な女好きも居るしな」
ジョルジョが途中から口を差し挟む。デュナがそれを見てやれやれと言わんばかりの仕草を見せる。露骨なまでに。
「……ジョルジョ。ドン引きしてるぞ。王女様が」
「あのな。無垢な女の子の笑顔が好きなノーマルなんだよ俺は。傷だらけで泣いている女の子をみるとすんげー可哀想とか、こんなことしたヤツ許せねえとか、そんな感情が沸き上がってくるの。そんな状態で心穏やかにナンパするほど俺はサイコじゃないって」
「……唯一のいいところだな」
「なんだよ!?『唯一』って!?」
ほとんどのメンバーが苦笑する。シンも例外ではない。
「おまえらぁ、俺が空の男だってこと忘れてんだろぉッ!?」
素っ頓狂な声をジョルジョがあげた。普段より甲高い。
「くく……すまないね」
どうにか謝るカズ。顔があからさまに笑顔だ。
「ぷーくすくす……」
含み笑いするユキ。
デュナも釣られて笑っていた。
SIAの面々がいるとこういうコメディが起こる。それは決して悪いことばかりではない。命のやり取りで摩耗した他者の心をどうにか癒すことが出来る。それは特にデュナ王女に必要な出来事でもあった。
四月に入ると多忙なことが多く舞い込んできます。読者の皆様大変お待たせして申し訳ありません。バレッドナインが今回の話で目的をまとめ、進路をバニア族の集落へと定めるお話となります。
次回もよろしくお願いします。




