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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 七話 空対蔦、その四

この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。

最前線を突っ切るのはいつもシンであった。

カラスの紋章で口元を覆った黒い影が猛然と敵陣を突っ切っていった。動く森と女戦士の群れはひるむ様を見せつつも敵を迎え撃つべく得物を構えた。

「あの男!こっちに来るぞ!?」

「バカな!?一人でか!?」

「は、放て!矢を――がッ!?」

弓矢を持ったバニア族の一人が喉元に受けた銃弾によって崩れ落ちる。

どこから放たれたかは、彼女たちには知ることは出来なかった。

「ま、まただ!?狙撃だ!?」

一人。

また一人。

イェーガーの狙撃によって倒されてゆく。

「アディ!」

シャドウの姿をしたシンが無線に怒鳴る。

「了解!」

アディとルイーザが榴弾と機銃掃射の雨を降らせた。

粒子弾の雨に爆風が伴う。地獄のような猛攻に女戦士たちはなす術もなく撃破されていった。だが、彼女らもむやみにやられるつもりはなく防御態勢を敷いて、時間を稼ごうとした。

「……正規軍が来るまではどれくらいかかる?」

「この僻地だからな……二十分耐えられれば突破口は見えるだろう……だが、やつらも相手する必要が出てくるぞ……」

「あいつらよりマシだろう!!とにかくここを……」

不意に援護射撃の雨がやんだ。

「?」

「止んだぞ……?」

「い、いまの……がッ!?」

反撃に打って出ようとした何人かの『元』親衛隊の団員が血を流して倒れた。

そのそばに恐怖と黒を纏った小さな影が敵を一瞥した。

「き、来たぁぁああああ!!」

シンは爆弾ではない方の羽根手裏剣を投擲する。その数は六。全てが敵に命中した。だがシンの攻撃はさらに続く。生き残った敵の一人にナイフを突き立て、奪った剣を器用に振り回してゆく。

死の黒い風が敵を刈り取ってゆく。

着実に迫る恐怖に残った敵たちは青ざめた顔で見ているしかなかった。

「……ば、……化け……もの……」

「ひぃ……に、逃げ……」

だが彼女たちの背後にも刈り取るものが存在していた。

パルドロデム。

バイクの姿と獣の姿をめまぐるしく変えながら、女戦士たちの首をあっけなく刈り取り続けた。血飛沫が機械の獣を濡らしてゆく。

二つの影が敵の戦意ごと命を奪う。

だが敵は女戦士だけではない。

「蔦か」

無数の蔦と木々が獣と影を狙ってうごめいていた。

常備している焼夷羽根手裏剣を投擲し蔦と木々を燃やしてゆく。苦しみ悶えるようにして蔦と木々は炭へと姿を変えることになった。その隙を縫うようにして『カラスの男』はバニア族の戦士に劣らない俊敏な動きで敵の隙間を縫って進む。邪魔する敵も存在したが、アディたちの援護によって難なく突破することが出来た。

「ここまで来たか。黒装束!」

塔の上から大柄の女戦士が仁王立ちでシンを見下ろす。

シンはあくまで軽蔑の目線を崩すことはなかった。

「……貴様らはデュナの代わりに誰に政治を据えるつもりだ?よもや貴様ではあるまい?」

「武はともかく、策を練ることに関しては確かにわたしでは不適だろう……だがそれを知って何になるというのだ?」

「大義のない軍と言うのは哀れなものだ。貴様らは誰とも言えぬ人物を頭目に据えるつもりか?」

「は、愚問愚問!デュナなどという血統と戦争だけの偽王女よりエステラ様のほうが遥かに女王の名にふさわしい!」

「つまり貴様らはエステラというヤツの犬という訳か」

「ふん、知った所で何になる?お前らが死ぬ定めは変わらん!」

「……『自分たちが』の間違いだろう?」

リル・ロウが手をかざすと無数の蔦たちが猛烈な勢いでシンに向かって襲いかかってきた。

シンは回避も抵抗もしなかった。

ただ声を発しただけだ。

「今だ!!やれ!!」

それを合図にシンは四方に向かって凍結手裏剣をバラまいた。それを合図に味方たちからも凍結榴弾が発射される。

「よしアロー!やって!」

「シャァァ!ヤッテヤロウ!」

アローたちのかけ声。ルイーザの分身たちが、一斉に円筒型の物体を投擲する。破裂した円筒から白いモヤのようなものが蔦を覆ってゆくと、覆われた植物たちは瞬時に氷のオブジェと化していった。

それは味方の榴弾もシンの手裏剣も同様である。

熱帯植物を基盤としたリルたちの動く防壁は、迎撃装置は、攻撃手段は、静止したオブジェとして鎮座することを強制されていた。

その隙にシンは飛び上がった。ロプロックがシンの体を掴む。猛スピードで持ち上げられた黒装束が塔の最上階まで上昇する。

そこでロプロックがシャドウを放す。

シンの体は滑空していた。

背中の黒翼。

パラグライダーの様に広がった布と小型の浮遊補助装置がシンの体を浮き上がらせてゆく。彼は滑空し凍り付いた蔦の床に足を降ろした。

「来たか。黒装束の」

「いろいろ聞きたいことがある。お前らが何者でどんな目的でデュナを迫害するかをな……」

「その必要はない。お前は負ける。そして死ぬ」

「いいや。意思は関係ない。……すぐに話したくなるさ」

シャドウは悠然とリルに近寄る。

リルの方もシャドウに悠然と歩み寄った。

「やってみろ。できるものならな」

「出来るさ。俺は常に悪党の死角に居る」

「悪は貴様だ」

「安い言葉はいらん。今に分かる」

リルは背中の大剣を抜きシンに向けた。にやりと笑みを浮かべる。

シンは何もしない。両手を構えただけだ。彼は素手で迎え撃つつもりだった。

沈黙。

ひび割れた氷の床が鳴る。

歩く音と氷の軋む音。

遠くの銃声。

爆発。

影と女戦士

一方は筋肉質な大女。

もう一方は小柄な渡鴉の黒装束。

体格の差は歴然。

一方のみが武器持ち。

もう一方は徒手空拳。

一騎討ち。

異様な一騎討ちであった。

シンはただ相手を執念深く睨みつける。

「得物は?」

「準備はできている」

「…………」

「来い。来ないならこっちが行く」

しばしの沈黙。

そしてそれは破られる。

奇声と共に大剣が振りかぶられる。

「ギェエエエエエエッ!!」

剣は氷を砕いただけであった。

影がひらりと氷上を舞う。フィギュア・スケートをするかのような流麗な軽業であった。影が氷上を踊り、殴打がリルの胴体を抉る。

「ゴッ!?」

更に二発。リルがすかさず横に剣を振るう。それを器用に避け、足技でリルの大木のような足を横薙ぎにする。

「ぐぉお!」

ふらついた所をすかさず連打。連撃。

執拗なまでの追撃がリルの胴体を疲弊させる。

一見するとシンが優勢だが、相手は武器持ちであった。しかも小型のナイフとは違い、自分の体格ほどある剣を相手は持っていた。

当たれば死。

その状況は絶対的に変わらなかった。

「ぎぇぇええええッ!」

横薙ぎ。また一撃。袈裟切り。

氷が割れる。その度にシンはひらりひらりと舞う。シンは完全に影であった。そこに実体がないかのように、シンは強靭な敵をいとも簡単に翻弄してゆく。ぎりぎりの状況であるにもかかわらず。その動きに一切迷いはない。そして、たった一撃すら、シンは食らうことすらなかった。

相手は攻撃を受け、疲弊を強いられていた。

それと同時にリルの奥底に沸き上がる感情が存在する。

恐怖。

それは個々の生物が持つ絶対の本能。

それはリルの心を削り取っている。このことをシンは確実に悟っていた。

現にリルの足取りは鈍く、攻撃の手は少なくなっている。代わりに増えているのは防御。自分の身を守る構え。優勢に立った者の権利としてそのことをシンは冷静に俯瞰する。

リルの表情に確かに見えるものがある。

震え。力み。何より目だ。目が全てを物語っている。

既に勝負の主導権はシャドウが握っていた。

シンが駆ける。

リルは身構え、反撃を狙う。

シンが一撃を食らわせる所に蹴りを加え、よろけた所で首を刎ねる。

そのはずだった。

シンは途中で何かを投げる。

それはカラスの羽根を模していた。

回転しながらリルに飛来する。

リルの表情が凍る。それは風切り音の伴う死の選択であった。

氷結。焼夷弾。もしくはまた別の爆弾か。

リルは凍り付いた顔のまま剣を捨てて、脱兎のように横に逃げる。

キィン。

金属の音が響く。

それだけだった。

ただの手裏剣。

痛恨のミス。そのことをリルは悟った。この場合剣を捨ててはいけなかった。

眼前にシンの蹴りが飛んでくる。

蹴り。

鋭く放たれた痛みがリルの顔面に叩き込まれた。シンの足がリルの顔面を抉る。歯が一本折れ、リルの口腔に血が広がった。そして殴打。胴体に対する執念の連撃。五発。十発。電光石火の殴打がリルの胴体に閃く。吐き気をこらえきれず血と共にリルは吐いた。

シンはローキックを食らわせる。利き足の一撃は強烈という言葉では生易しい。その一撃は容易くリルの大腿骨をへし折った。

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

顔面への一撃。

もう一撃。

また一撃。

鋭く執拗な連撃がリルの闘志を完全に萎えさせた。

リルは命乞いの姿勢を始める。

「こ……こ……」

だが、血と共に吐き出される声は言葉を紡ぐことすら出来ない。シンは躊躇も容赦もない連撃を浴びせ続ける。

肋骨が何本も折られ、腕からは折れた骨が腕を突き破っていた。

「が……あ…………」

「助かりたいか?」

シンは倒れ込んだリルの胸倉を掴んだ。

「言え。エステラの居場所だ。言えば殲滅命令を解除してやる」

「な!?そんなこと……がぁああああああッ!!」

シンはリルの爪のひとつを手裏剣の刃で削ぎ落とした。リルの手から血が溢れる。

「拒否権はない。次は指を……」

「分かった!分かった!エステラ様はここから南の川沿いにいらっしゃる!!か、か、川沿いを進めばエステラ派の部族の隠れ里がぁぁぁあああ!!」

シンは指の骨を折った。そして質問をする。

「敵の数は?」

「が……は……よく訓練された兵が300人。厳重な警備だ……それはそうだ……あそこにはエステラの……精鋭が……いて……」

「……」

「ま、待てそうだ。近いうちに部族の代表同士で武闘の御前試合を……」

「そこが狙い目か」

「そうだ……バニア族でないものも参加ができる……そこにエステラ様も……が……」

シンはずるずると引きずって、塔の端に向かう。塔から地表は当然かなりの高さがあった。

「言え。撤退命令だ」

「て、て、て、……」

「言え」

「撤退ィィィィ。撤退ィィィィイイィィ」

シンは無線で味方に呼びかけた。

「紳士淑女諸君。敵は撤退するそうだ。殲滅はしなくていいぞ」

「……はぁ……はぁ……」

「そうだ。ユキ。デュナはどこに……ああ、ちょっと聞きたいことがある。バニア族の法だと女王への反逆の罪はどうなる?」

「!?」

「……やはりな……そうか」

「ま、ま、まって!待って!で、デュナ様!?い、命だけは……」

「ああ、気にするな。すぐに済ませる。……じゃあな」

「ひ、ひ、ひぃい!女王様ぁぁあぁああ!!」

「安心しろ。……すぐ楽にしてやる」

そう言って通信を切ったシンはリルの巨体を地上に向けて放り投げた。

悲鳴が木霊し巨体が地表に叩き付けられる。

裁きを受けた卑劣漢の頭から血が溢れ出る。その様を、シンは塔の上から軽蔑するかのように見下ろしていた。

三寒四温。最近、寒かったり暖かくなったりが続きます。

さて、これから、デュナとシンたちが行動に入ります。次回はもしかしたら別勢力のお話が入るかもしれません。次回もよろしくお願いします。

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