第六章 六話 空対蔦、その三
この物語は残酷な要素が含まれることがあります。ご注意ください。
硝煙と炎が赤く彩っていた。
閃光が瞬くと共に、未開で前時代的な女戦士たちの肉体が吹き飛ばされてゆく。榴弾と粒子の弾丸が熱帯雨林の地を焼き尽くしていった。
だが、蔦の塔には届かない。
雑魚敵がいくら吹き飛ばされても、数の優位は揺るがなかった。
「少しはやるな。だが、手下はいくらでもいる。ヤツらの弾丸が尽きた時が最後だ――な!?」
機械の鳥がリル・ロウの眼前に迫っていた。
ロプロック。
ユキ・クロカワの小型無人攻撃機であった。
シュっというわずかな噴射音と共に、リルにむけて死の矢が放たれた。
だが、それはリルの目の前のある地点で両断され、リルのいる地点からほど遠いところで爆散する。
「……お怪我は?」
いつの間にかそこに立つ目をマスクで覆った女剣士がリルの身を案じる
リルの方は髪についた埃を払いながら剣士に声をかける。
「心配ない。まさか『鉄の鳥』を所持しているとはな」
「……厄介ですね……どう致しますか」
「指揮官の討伐が優先だ。そろそろ出ろ」
「承知」
女剣士は卓越した身体能力に任せ、器用に蔦の塔を駆け下りてゆく。盲目であるにもかかわらず、残りの五感と空間認知に長けたメタアクト能力によって、彼女は行くべき道を正確に認知して降りていった。
ユキのタブレットを操作する動きがせわしいものとなる。強襲用陸上兵器のパルドロデムと多目的攻撃機のロプロックの操作を一人で兼任していた。それを見ながらカズは窓の外を哀しそうに見ている。
「……どうしてなんだ……」
「……女が死ぬから?」
「そう言う訳じゃない」
「……」
デュナが軽蔑するかのようにカズを見るが、カズは気にしなかった。
「死ぬこと自体が悲しいよ。どうして君を殺すためにそんなに躍起になるんだって……」
「私が無能だったからよ」
「……無能だったってどういうこと?」
「私は見抜けなかったの。アイビスタンの人間の会談でいいように騙された」
「……そんな」
「バニア族と中央政府の条約を条件に民族の権利と対等な商業取引をするように求めた。だけど……王族は殺され、バニア族の大半が山奥に逃げざる終えなかった。あの条約はフェイクで初めからバニア族を奴隷にするつもりだった。中央政府は!」
「…………その責任を仲間から?」
「仲間?仲間なんていないわ!わたしは都合にいい道具だったの!バニア族からもあの人間どもからも!」
「……」
「なにが目的なの?わたしの体?気が済むまでつきあってあげるわ。どうせあんたも……」
「……あの」
「そうでしょ!どうせ男にとって女自体が快楽の……」
「待って!」
「何?」
「……僕さ……女の子の身体って好きじゃないの……」
「…………は?」
「えっと、あのさ。僕らは純粋に君を助けにきたんだよ。そんな下衆な見返りはいらないよ。そもそも僕はゲイだし」
「……寝言はやめて」
「……何なら彼氏の画像見る?」
赤面しながら、カズは携帯端末の画像機能を起動しようとした。
「そ、そうじゃなくて」
デュナはすぐにそれを止めた。呆れたような表情を浮かべて。
「じゃあどういうこと?」
「あんたはわたしをどうしたいの?」
「どうもしない。見返りとかいらない」
「それが訳分からないのよ!」
「夢見が悪いんだよ!僕はただでさえ元いじめられっこだったんだ!」
「…………」
「ここで君を守っている人はさ。みんな誰かの悪意に苦しんだことがあるんだ。特にシン。あいつは僕の何倍も苦しんだのに。自分のことより僕やユキのことを先にしてくれた。凄く優しくしてくれた。家族みたいに扱ってくれた」
「……」
「シンは中学生の頃、戦争みたいな目にあったんだ。都会の不良グループや暴力団に命を狙われて……でも、自分のことより家族や僕のことを気にかけてくれていた。……そんなアイツが……そんな下衆な見返りを求めるわけないよ……」
「……わからない。わたしの身の回りは……一人を除いて……見返りを求めていた……みんな……そんな真性のバカはいなかった」
「ひどいな。真性のバカだなんて、せめてさ。シンのことは恩人とか善人とか……」
「ドラコ……会いたい……こんなの……嫌……」
デュナは泣いていた。恋人らしき名前を口にしながら、泣くまいと口を噛み締め手で目を拭っていたが、その人間性の象徴ともいえる液体を押さえ込むことは出来なかった。
「……ドラコか。それが君の大切な人なんだ……」
「……うん。彼は違った……」
「……そうか。……僕もそう思う。こんなの嫌だって。そうさ、殺しあいなんて嫌だ。早くアレックに会いたいって思う。……だけど、もっと嫌なことは見捨てることなんだ。シンにユキ、ジャックたちもそうだ。そして君。僕だけ逃げ帰るなんて出来ない」
「……そう……なの……」
「僕も戦う。……ん?」
カズはメタアクト能力によって周囲の異変に気がついた。それは風より速く影よりも静かであった。だがカズは風や空気の流れを操る能力のためにその気配をいち早く気づくことが出来た。
「……デュナ。それとユキ」
「?」
「ちょっと離れる。すぐ戻るから」
カズは拳銃を持って、小屋の廊下へと向かった。
廊下から外へ。気配を伺うようにして扉を開けようとした。
目。
影のような人影から刃物がカズに迫った。
「閉じろォォ!!」
扉が風によって勢い良く閉ざされる。
刀に似た片刃の物体が扉に挟まれ、抜き差しならなくなる。
「クソッ!」
女の声で扉から声が響く。
カズは拳銃で扉の窓から敵を撃ち抜こうとしたが、ガラスが砕けるだけに終わった。
「押さえつけろ!」
その声と共に人体が倒れ込む音と短い悲鳴が響いた。
「ぐわぁッ!」
カズが扉を蹴破ると、顔の上半分を覆面で覆った女が扉と共に吹き飛ばされた。彼女もバニア族だった。兎耳に似た器官がついていた。
「大人しくしてくれ……僕は人殺しはしたくない」
「……甘いな」
「!?」
カズはどうにか身を逸らした。
刃物。
苦無や手裏剣に似た投擲用の刃物が小屋の壁に刺さっていた。
「いない!」
バニア族の暗殺者は姿を消していた。風で押さえ込んでいたとは言え、とんでもない身体能力であったことをカズは痛感していた。そして同時にこう考えていた。矢と蔦の攻撃が飛びこんでくる、バレッドナイン側の陣地で長距離の移動は危険だった。身体能力を十分に行使出来るなら、殺気までのように回避しながら陣営の懐に入り込むことは難しくはないだろうが、風の能力で押さえ込みながらの移動はかなり厳しいものとなる。それを考えると敵の移動ルートや潜伏先は限定されていた。
熱帯雨林。
辺りは植物で覆われている。むやみに飛び込むことは危険であった。
親衛隊はどういうわけか植物を操る能力を持っている。ならマスクの女も同じ能力だろうと考えるのは当然の帰結であった。
「困ったな……これじゃあ仕方ないな……」
カズは一呼吸置いた後、右手を木々の方角に向けた。
「……予定と違うが……本気出さなきゃ!」
カズが手に力をこめると手のひらから一メートル先に小さな竜巻が発生した。それは周辺の空気を飲み込みながら周囲にある木々や草を飲み込み、巨大なうねりへと成長を遂げていた。
木から木へと影のようなものが動いていた。『それ』は飛ばされた木すらも足場にして動いていた。動きはわずかに鈍かったが、それでも驚異的なうごきであることには変わらなかった。
転がり落ちるようにして彼女は地面に這いつくばった。
「君……頼むから……これ以上抵抗しないでくれ」
「……これが任務だ」
「君自身の首を締めることになってもか?」
「……そうだ」
「だけど納得していない」
「…………信用がいる」
「……何の信用?」
「話す義理はない」
「つまり、アレなんだな……」
カズは蔦の塔に指を指した。
「そうまでして、どうしてあの女に付き従うんだ?」
「……我らバニア族は分裂と滅亡の危機にある。中央政府という絶対悪と同胞たちの内輪もめ。それを止めるためには『元』女王には犠牲になってもらうしかない……同胞たちを多く救うためには……」
「…………」
カズは考えた。戦う理由は間違っていない。だからこそ、矛盾を叩き付ける必要があった。
「その『多くの同胞』に……あの人たちは含まれているのか?」
カズが指差したのは死体だった。
いくつものバニア族の死体。
銃殺。爆殺。刺殺。
いくつもの死体がそこにあった。
「戦争というものはそう言うものだ」
「……だろうね……」
冷徹な返答にカズは身構えざるを得なかった。それでもカズにひるむ暇は与えられなかった。
「……武器を抜け。銃でも剣でも好きなものを」
「……」
カズは銃に手をかけた。
残弾は数発。
人を殺す狂気の重さがカズの片手にのしかかる。
「……君は……なんて名前だ?」
「…………リル・リン。『元』親衛隊長の従姉妹で。斥候の任についている」
「……カズ。カズマ・L・リンクス」
「その名前を覚えておこう」
「きみは『憎しみや悪意だけの人たち』とは違う。それが分かっただけでも良かった」
「……いくぞ」
リンは剣を構えた。
カズも銃を握る。
二人は相対した。
沈黙が互いを支配する。
爆煙と悲鳴、そして雄叫びと閃光だけが辺りを支配する。
カズとリンはわずかな動きすら見落とさないとばかりに気を張り巡らせた。
牽制の風。指の動き。
冷や汗。緊張。
その場一体の空気が冷え込んだように、緊張が辺りを支配した。
先に仕掛けたのはリンだった。
彼女の掌から刃先が延びる。体と服の間から取り出した剣をリンは渾身の力で真横に薙いだ。
カズの反応がわずかに遅れる。
「せぇぇぇいぃぃ!」
一閃。
拳銃が両断された。
右手からわずかに血が吹き出たが、致命傷ではなかった。
「おらぁあああ!!」
カズの手のひらから小型の竜巻が形成される。
カズの掌がリンの体に触れる。彼女の体が3メートル超吹き飛ばされた。地面を転げ回り、土にまみれた彼女の体が大木に激突し、頭から温かな血液が吹き出る。
「ご…………」
胴体と頭部の衝撃によってリル・リンは朦朧とした状態となった。
「こ……ころせ……わたしの……負けだ」
「…………」
カズは掌を下ろした後、叱責するような声をあげた。
「甘ったれるな!負けたから死ぬ!?それが潔いと言ってもらえると思ったら大間違いだ!生きろ!生きて本当の敵を叩き潰せよ!」
「!?」
リンは唖然としたように口を開いたが、すぐに納得したように口を閉ざした。
「……そのうち、お前も人殺しになる……その覚悟は……あるのか?」
「……かもね……でも、救える人は救ってみせる……」
「そうか……楽しみ……に……」
リンは意識を手放して、大木のそばにもたれ掛かっていた。ぐったりと気絶してはいたが、呼吸はまだあった。カズはその傷がかろうじて致命傷でないことを悟ることが出来た。
カズは見逃すようにしてその場を後にする。
爆風と閃光。そして、銃声。
戦闘はまだ続いていた。




