第六章 五話 空対蔦、その二
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
カズも激怒した。一国の王女が道具同然の扱いを受けた挙げ句捨てられ、マフィアの良い慰み者として扱われていることにカズも当然、はらわたが煮えくり返っていた。後から状況を聞いたカズも顔を赤く震わせていた。
「……一国の王女でしょ……どうして、誰も救おうとしない!?だってこんなに苦しんでいるんでしょうが!?どうして!?」
カズは言葉を荒げるあまり、キャラバンの事情を知らないものたちに心配された。キャラバンの人々の暖かさに感謝の言葉をオズ連合の言語で答えた後、だがすぐに怒りの調子は戻ってゆく。
「だいたい、親衛隊の人たちは彼女を救うならまだしも!『裏切り者』呼ばわりだなんてひどくない!?」
シンは何も答えなかった。だがその表情には明らかに憤怒の色が見え隠れしていた。彼らにとってデュナという女は見ず知らずの国家元首ですらない奴隷に過ぎなかったが、彼女のおかれた状況の惨憺たる有様に見て見ぬ振りは出来ずにいた。しかも、不可解なことがデュナの周りに起こっているとバレッドナインセキュリティの面々は考えざるを得なかった。
ユキとルイーザにようやっと冷静さが戻ったが、目の回りは赤くなっていた。
「…………」
アディは俯いていた。だが、理知的な様子を保ちながら、疑問を口にした。
「裏切り者って、どういう意味?」
「……そこだな。親衛隊か、あるいはマフィアか……いずれにせよ、この国の政治を知るヤツから洗いざらい『聞く』必要があるな?」
シンが『聞く』という言葉を口にした瞬間、言葉を知らないはずのキャラバンの面々も含め、その場にいた人物はシンの方をギョッと向いていた。シンがいう『聞く』という言葉はそれだけの意味ではなかった。言葉の調子や声色、それらから禍々しいまでのドス黒い感情が、言動の端々にはっきりと滲み出ていた。
先ほどまで悲壮な表情を浮かべていたバレッドナインの面々も、シンの『戦闘態勢』に緊張の面持ちを見せる。
「……どうするの?」
ユキが沸き上がる恐怖に似た感情を押さえ込みながら、シンに今の方針を問う。シンは毅然としてこう答えた。
「待ち伏せる。まだヤツらの仲間が近くにいるはずだ」
シンはそう言ってジョルジョの方を見る。
「え?オレ?」
「お前らはデュナが襲われそうだったらどうするんだ?」
「護衛しろって命令だからな。敵は潰すだけだがな……でも、女か……気が進まねえな……」
「安心しろ。君は空を飛ぶだけで良い」
「へ?」
「アディ。キャラバンの目的地はこの近くの町だったな」
「……そうね。次のピラータの町でキャラバンと別れた後、報酬をもらってジャックと合流する……はずだったわね」
「予定は変わらん。だが、その先は変更だ。ジャックから預けていた『装備』を受け取って、ヤツらの一人を捕らえる。できれば、ヤツらの『リーダー格』がいい。それなら、仕事のスケジュールにも支障はない。情報も聞ける」
「……正気?ヤツらの戦闘能力は極めて高い。その上にヤツらはメタアクト能力を持ってる。並大抵の手段じゃ返り討ちにされる。そのうえ、弱点の火の攻撃じゃ生け捕りは不可能よ」
「そうだ。ヤツらの能力は『植物を操る』能力だ。木の根やらツタやらを操って襲ってくるだろうな。だが、植物の弱点は火だけじゃないだろ?」
「!!」
そこまで言ったユキの目が大きく見開かれていた。キャラバンは熱帯植物で覆われた場所を懸命に行軍していた。
「ここは暑い場所ね……ボスのその考え……それこそ狂った発想よ」
アディの言葉に『我ながらそう思う』と言わんばかりにシンは頷いた。
ピラータの町でキャラバンから護衛の報酬を受けた後、装備を整えたバレッドナイン一行はジャックに頼んでありとあらゆる準備を整えさせた。
虎挟み、数個の地雷、有刺鉄線、スコップ、爆薬、弾薬。
そして重火器と防具。
シンはレイヴンスーツの光学迷彩仕様を用意してもらい、着用する。その着心地と動きを確かめた後、手裏剣型の武装を一通り用意した。
凍結羽根手裏剣。羽根を模した刃と取っ手、そして炸裂すると周囲の温度を急速に下げる爆弾部分で構成された『シャドウ』としての主武装の一つ。それらを可能な限り大量に装備した。
「爆弾の仕様は半径4メートルの空気中の水分すら凍結する仕様にしてくれ」
「あんたは環境破壊でもやるつもりか?」
「ああそうだ。人の命がかかっているからな。必要なら熱帯雨林も草一つ枯れ果てた更地にしてやる」
「こえぇな……」
事情を知らないジャックはシンの静かな殺気と鋭く尖る目に戦慄しながらも、プロ根性故か、はたまたシンの『人命が掛かっている』という言葉からか、手際良く準備を進めてゆく。
ユキの方もパルドロデムの装備を湿地仕様にしつつ、ロプロックの主武装はシン同様に凍結爆弾と粒子機銃を選択した。
「なあ、ユキ。俺たちは誰と戦争をする予定なんだ?」
「……後で話すわ」
「……それ三回目だぞ」
「……後で」
「……はい」
町のはずれ。デュナのいる小屋は本来、観光客向けの施設を貸し切ったものだが、バレッドナイン一行と、イェーガー監修によって、そのログハウスは、即席の要塞と化していた。
有刺鉄線。
対人地雷。
対人地雷。
対人地雷。
有刺鉄線。
アディとルイーザ、そしてシンのいる塹壕と重機銃。そばには携帯式無反動砲や迫撃砲、装甲車までもが置かれていた。
「……なあ、イェーガー」
「……どうした」
「……ジョルジョ中尉は一体どちらへ?」
「お客人の招待へと向かっている。お客人は狂喜乱舞の様子でここへ来るだろうな」
「……どうしてこうなった」
「後で話す」
「そればっかだ。今日は」
げっそりした様子のジャックを尻目にイェーガーの方も愛銃の調子をチェックしていた。
「スコープはつけないのかい?狙撃手なのに?」
イェーガーは呆れた様子で答えた。
「スコープは極長距離以外の狙撃ではつけない。300メートル程度なら百発百中だからな。それに位置がバレるのが嫌だからな」
「位置?」
「レンズだ。光の反射で悟られるのが嫌なんだ」
「……すげえな」
「これくらいはプロとして当たり前だ。……それにしてはらしくないがな」
「どうしてだ?」
「俺としたことが、護衛対象の過去を聞いて一瞬だけ感情的になった。俺は冷徹でなければならんのにな……」
「……イェーガー」
「なんだ」
「バレッドナインの年長者として一つ言っといてやる」
「?」
「人間はどこまで言っても感情の生き物だ。どんな冷血漢だろうと、どんな理屈屋だろうとな。それを忘れるなよスナイパー?」
「……覚えておく」
イェーガーはそう言って、林の方角に一発銃撃を食らわせた。
「……リスだ。400メートル先で命中」
双眼鏡を覗いていたジャックが口笛を吹く。
イェーガーは淡々と言葉を紡いだ。
「問題ない。腕試しだ」
「そうかい。かわいそうに」
「虫一匹見逃すなと命令された。アラカワに」
「アイツも酷だな」
「今アイツは必死だ。鷹の目になっている」
「あの怖い目か?」
「鋭くはなっている」
「じゃあ間違いねえ。おーこわ」
イェーガーがリスを仕留めた時、小屋にはデュナ王女とユキ、カズがいた。デュナの安全確保と自殺防止等のためであった。
「…………」
デュナは怪訝な顔でユキたちを眺めていた。ユキがそれに気づき声をかける。
「デュナ?どうしたの?」
「……どうして……私を……守る?」
「……え?」
「……お礼……なにかしなきゃ……身体しか……」
「お礼は別の形にしてちょうだい」
「別の?」
「そうだね。一緒に料理して食べるとか」
「……?」
「ええっと、話相手したり笑ったりしてくれれば良いよ」
「どうして……?」
「あんた、ひどい目にあったんでしょう?私たちが守るよ」
「……」
「……はぁ、完全には信じてもらえないようね……」
「……」
ユキがため息をつく。そして実際その通りであった。デュナは警戒心を完全には解いてはもらえなかった。カズの流暢なバニア族の言葉と不器用な接し方のアンバランスさによってかろうじて信じてはもらえていた。
シンたちはじっと待っていた。通信の様子を、敵の注意をこっちに向けさせることが、この作戦の第一段階であった。
『その時』は唐突に訪れる。
シンの耳元のスピーカーからジョルジョの声が響く。
「ハロォォ!?こちら、『JJ』だ!敵の指揮官たちをおびき寄せた!」
『JJ』。ジョルジョのTACネームであった。いわゆるコードネーム。
「敵の数は?」
「……二十、いや三十以上はいる!こりゃあ大部隊だ!……こいつら全員ツタ操れんだろう!?」
「そうだろうな」
「……泣けてきたぜ。敵が女しかいないことも含めてな……畜生!もう後の事はあんた次第だからな!カラス野郎!」
「ああ、好きにさせてもらうぞ」
そう言ってジョルジョは猛スピードで林の方角からコテージに向けて飛来する。それを合図にシンが無線で仲間に呼びかけた。
「敵が来るぞ!指揮官以外は殲滅だ!!」
殲滅。この言葉は簡単な言葉でこう言い換えられる。
指揮官以外は皆殺し。
冷厳な徹底抗戦の命令であった。
林が動いた。
否、林そのものが動いた。
指揮官の女戦士は動く林の中央にいた。それはバレッドナイン側の誰もが理解出来たことであった。なぜなら、林の中央にはツタの塔があり、その最上の頂に前時代的な武装をした女戦士が凛々しくも傲慢にシンたちを見下ろしていた。その女の頭部にはウサギにも似た聴覚器官が生えており、それ以外の部分は人間と遜色はなかった。強いて言うなら、筋骨隆々で身の丈ほどある大剣を背負っていたことから、かなりの武闘派で身体能力は通常の人間の領域を遥かに超えていることが見た目だけでも伺えた。
「そこにいるよそ者ども。貴様らが売国奴デュナを匿う賊か?今すぐ我らに彼奴を差し出せ。抵抗するなら死あるのみだ」
大声で塔の上の女戦士が怒鳴った。
「……貴様らがデュナをそうまでして殺したい理由は何だ?」
「決まっている!ヤツはアイビスタンの政府と結託して我らを売ったのだ!交渉すると言っときながら、我らバニア族の誇りを現政権の悪魔どもに売り払った。だから、この私、元バニア族女王親衛隊長リル・ロウが王女とは名ばかりの卑劣なクズを成敗する!」
バレッドナイン一行が唖然とした言い草。そのすぐ後にシンが拡声器のマイクに絶対零度の言葉を放った。
「……貴様らの王女に対する忠誠心がガムの包み紙より安いものだと分かった。くたばれ『卑劣なクズ』め」
シンの声は拡声器によって半径一キロ圏内に響いた。
沈黙が支配する。
嵐の前の静けさ。
時が静止したようであった。
開口一番のシンの挑発にロウの顔が徐々に真っ赤になってゆく。シンはおまけに親指で首を切るポーズをとって『元』親衛隊長に見せた。
「お前らの国家を守る者としてのプロ意識がその程度だと知ってがっかりしたよ。さっさとくたばれ。お前の腐った性根も時化た顔も、一瞬たりとも!見る価値すらない!」
「こ、こ、殺せぇぇえ!あの黒装束のチビの首を!私の前に捧げろぉぉ!!」
リル・ロウの怒りの雄叫びと共に林と女戦士の群れが小屋に向かって進軍する。
塹壕にいるシンはマスクで顔の下半分を覆う。カラスの紋章。それは黒地の布に白く描かれた渡り鳥の紋章であった。シャドウとなったシンは鋭い目を光らせて命令を下した。
「撃て!」
小屋から。塹壕から。空から。遠くの丘からも。バレッドナイン一行の放った弾丸が敵を一人また一人と敵を撃ち抜いていった。
さて、次回から戦闘となります。小規模ながら、バニア族の過激派と全面戦争でございます。
次回もよろしくお願いします。




