第六章 四話 空対蔦、その一
この物語は残酷な表現が含まれる場合があります。ご注意ください。
シンたちが荷台から飛び出すとキャラバンたちの車両と運搬用の家畜の群れから一斉に悲鳴が上がった。まばらな悲鳴と逃げ出すものたちで道はパニックになりかけていた。
異国の言葉でキャラバンの団長が檄を飛ばす。
それはどのような意味があるのかはカズとキャラバンの者以外には分からなかったが、落ち着いた避難を呼びかけるものであることを察することは出来た。
シンとアディ、ルイーザは地上から、ジョルジョとカズは空から敵の迎撃に当たった。
「無線の周波数は同じか?」
「心配ない。お前の声が聞こえるようにしてある」
「そうか。カズと行動してくれ。カズも能力で空が飛べる」
「了解。空からの援護は任せろ」
パワードスーツの飛行機能を全開にしつつジョルジョはカズと飛行速度を合わせて飛んだ。
「すげえ、どうやって飛んでるんだ?」
「空気と振動が伝わるものがあれば何でも出来るよ」
「そうか。それがおまえの」
「見えた。……デカいツタ?」
「ツタ?」
カズの言葉通り、デカい植物の群れがキャラバンたちを襲撃していた。
「……でけえな」
ジョルジョの耳からイェーガーの通信が入る。
ジョルジョはユキのいるトラックから狙撃の準備に入っていた。
「ああ、お前も見えるか?」
「スコープ無しでも見える」
「一キロ圏内か?」
「そうだ。結構近いぞ」
イェーガーの驚異的な視力が敵の姿を見抜いていた。
高速で飛来する冬のカモを狩った経験のあるイェーガーだからこそ、出来た経験であった。ほかの人間はぼんやりとだけ見えていたか、木々で見えなかったかのどちらかであった。
「……バニア族の敵が複数。シン、焼夷弾系の武器はあるか?」
「……正直少ない。手裏剣型のものが二つだけだ」
「……なら大丈夫だ」
「……ああ。なるほど」
「ルイーザ」
「?」
「動かせる車はあるか?」
「たくさん……あんたまさか」
「合図と同時に突っ込ませろ。俺が援護する」
「……やれやれね」
緑の暴虐。ツタの群れが人を飲み込むべくシンたちのそばまで向かってきていた。それは家畜や人を引きちぎりながら、トラックを蹴り飛ばしてくる。
「アロー、やって」
ルイーザの命令と共にトラックの窓にアローが二体、入り込んだ。
一体が鍵とハンドル、もう一体がアクセルを押し込み、ツタの群れに激突する。
「アロー!離れて」
アローたちが割れたトラックの窓から外に脱出する。そこにシンが羽根手裏剣型焼夷弾をトラックに投擲する。横転したトラックのエンジン付近に命中した羽根手裏剣が火に包まれ、エンジンに引火する。
「ヒー、オッカネー!」
「シヌカトオモッタ!」
爆風。
耳をつんざく炸裂の衝撃と共にトラックが炎と光に包み込まれた。電気と燃料をたんまり詰め込まれた旧式の乗り物は爆弾としても優秀な性能を発揮した。敵に操られた植物は炎に包まれ、その動きを鈍らせていった。
「さて、一件落着ね」
「いや、……敵の狙いは……」
地中からうねうねと植物の一部がルイーザとアディを宙づりにする。シンだけは飛び込み前転の要領でツタを回避し、敵のいる位置を睨みつけた。
「我々だ」
「先に言ってぇぇ……」
アディとルイーザが宙づりの状態で木にくくられる。
舌打ちの音と共に一人の女戦士が前に進み出る。バニア族であった。
「頭がいいわね?」
「奇襲の腕は二流だな。バレバレなんだよ」
「あら、二人捕まっているけど?」
「問題ない。じきに取り戻す」
「へえ、勝てたらって話だけどね!!」
バニア族の女は自慢の豪腕をシンに振りかぶった。
それはシンのそばにあった大木をやすやすとへし折り、そばにあったトラックを簡単に横転させた。この大柄の女は奇襲の戦術はシンの言う通り二流ではあったが、接近戦では自慢の怪力を存分に発揮してシンを追いつめたはずであった。
「……力はあるが、戦術がイノシシ以下だな?」
「!?」
シンは、女戦士の無謀な突撃に合わせて彼女の重心をずらした。
「がぁ!」
浮き落とし。アズマ式の柔術の技の一つ。がむしゃらに突っ込んできた相手に対して腰を沈めながら通過させるように投げる技。受けもとれずに投げ飛ばされた女は地面にまともに体を打ち付けてしまった。
「……が……あ」
「チェックメイトだな。お前名前は?どこの誰かは聞かせてもらうぞ」
「ぐ、この!」
自慢の身体能力にものを言わせ、起き上がると同時にシンに手痛い反撃を与えようと女戦士はシンに摑み掛かった。
銃撃。
閃光の伴う弾丸が、女戦士の左足を正確に射抜いた。女戦士の身体がふらつく。弾丸はユキのいるトラックの上から放たれていた。
「ぎゃあ!」
動きがわずかに止まった所にシンが強烈な殴打を食らわせる。
体格は子供と大人の差ほどあるが、シンの打撃は洗練されていた。鋭い痛みが女戦士の顔に直撃し、体を一回転しながら、彼女は地面と仲良くすることになった。
「……すまんな。イェーガー」
「油断はするなよ。残りの敵がいる」
「なら、心配ないな。俺たちには『狩人』がいる」
「どっちが狩る側なんだか?」
イェーガーと軽口を叩いた後、シンはアディとルイーザのツタを切ってやった。体の自由は得たが、二人はどちらも落下の痛みも味わうことになった。
「シン……レディは大事にしなよ」
「そうよ!私泥まみれよ」
二人は不満を口にする。シンは無表情のまま二人に声をかけた。
「説明の時間がなくてすまんな」
「そういうことじゃない!」
「そういうことじゃない!」
同時に不満を口にした二人を見て、思わずシンは肩をすくめて、『やれやれ』のポーズをとった。
軽い食事をとりながらイェーガーはシンに疑問を口にした。
「よくあのじゃじゃ馬を飼いならせたな?」
それに対してシンは淡々と言う。
「ああ、別に問題はない」
「別にってことはないぞ。感情的で正体を見せたがらない女の相手を……」
「正体?」
「ルイーザっていう名前に間違いはないが、苗字が違う」
「……彼女の過去を知っているようだな」
「……『拳銃使いのルイーザ』。今はルイーザ・ルイ・ハレヴィなんて名乗っているが、俺たちが知っている情報によれば、元々はAGUのクルス家の人間だ。調査が正しければ、本名も『ルイーザ・ルイ・クルス』のはずだ」
「クルス……AGU傘下の小国の名士の家か」
「あそこは何年も権力闘争の真っ只中だからな。そこから遠い分家であるハレヴィのおっさんのところへ逃げてきたと俺たちは考えている」
「それは一応、俺も聞いている。だが本人はハレヴィもクルスも今は関係ないと言っている」
「……だが復讐は考えたのだろう?義父の仇であるニーナ・ケルナーの」
「……彼女は考えてはいた。だが、もうそれとは別の生き方をしたいとも言っていた。軍人だった彼女の義理の父と彼氏は大事だったが、それ以上に破滅的な運命からは逃れたいとも言っていたな」
「……そうか」
「それにニーナは法の裁きを受けた。なら俺にとっても彼女にとってもどうでも良いことのはずだ」
顔をしかめてはいたがシンはすぐに元の柔らかな表情に戻った。
「そうだな」
「それにしても、とんでもないことになったな」
「ああ、まさかあの女、王女目の前で怨恨の言葉を吐いた末に自害するとは」
「しかもあの女、お前の話しによるなら、ツタの能力と装備から察するにデュナの親衛隊だったってことだろ?」
「……世も末だな」
「ああ全く」
ユキがシンたち二人の近くに歩み寄った。靴音を聞いたシンはユキの方に向き直る。
「デュナはどうだ?」
「まだ駄目。荒れていて話しどころじゃない」
「……襲ってきたのが同胞っていうのがな」
「……」
ユキの顔は暗かった。デュナにかつての自分自身を重ねあわせているのか、同情と困惑が複雑に混合したような表情を浮かべていた。
「アディとルイーザもそこに?」
「ええ、ルイーザが珍しく悲しげな表情を浮かべていたわ」
イェーガーが驚いたような表情を浮かべつつも、今の状況に対して苦々しい感想を呟いていた。
「……孤独が平気な人間ってやつはそんなに多くない。俺と違ってルイーザもデュナ王女もそういうのには向いてないってことは確かだ」
「…………そうね」
「さて、ここにいても始まらねえからな。シン行くぞ」
「デュナのところへだな」
「他にどこに行く?」
「それもそうだ」
シンたちは昼食を切り上げて無事なトラックの一つへと足を運んだ。
デュナは暴れていた。荒れていたと表現しても問題はなかった。何しろ大の大人が彼女を押さえ込んでも彼女の狂乱は収拾がつかない所まで来ていた。
彼女は叫んだ。
彼女は刃物を求めた。
彼女は死に場所を求めた。
彼女は絶望の淵に立たされていた。
ルイーザが必死に説得する。だが言葉ではもうどうにもならない所まで来ていた。
シンが叫んだ。荒れていたキャンプの中に音を聞きつけたシンたち三人が入り込んだ。
「見ろ!!!!」
シンが無理矢理デュナの顔を自身の方へと向かせた。
「……デュナだったな。死なせない。殺させない。分かるか?」
デュナは面食らった様子でシンの方を見た。
「カズ!!」
「は、はい」
「言葉を訳せ」
「わかった」
「お前を守る。死なせない。いいね」
それに対して幾分か冷静さを取り戻したデュナは言葉を紡いだ。
「……どうして……死なせてくれないの……滅ぼさせてくれないの?」
「……何!?」
泣きながらデュナは言葉を紡いだ。
「みんな……私を……憎んでいる……みんな……私を……殺そうとする……みんな……私を……道具みたいに……扱う……みんな……私を……傷つける……わたしのせいだ……わたしのせいだ……って……消えたい……消えたい……消えたい……」
泣きながら消滅への願望をデュナは言葉で紡いだ。
「私は最初……王女だった……偽物の……王女だった……無能だと分かったら……みんな……捨てた……私を……私を……次は……奴隷だった……奴隷として……私で男は遊んだ……マフィアの男……無理矢理……ぶったり……入れたり……苦しかった……怖かった……苦しいの……苦しいの……は……もう……嫌だ……」
デュナは泣いていた。泣きながら、次は憎悪の言葉を紡いだ。
「みんな……嫌い……みんな……消したい……世界も……マフィアも……仲間面していた……連中も……なにもかも……消したい……消して……消して……そして……死にたい……消えたいの……」
そこまで聞いていたルイーザはとうとう糸が切れたように泣き崩れた。
ルイーザは義手を摩っていた。泣きながら摩っていた。ユキの目からも何かが溢れた。ユキの黒い瞳から、美しい眼から雫が溢れていた。それは人間的な液体だ。心の出血。その象徴であった。
デュナも泣いていた。泣いて、泣き続けて、タールのように淀んだ憎悪と苦痛を吐き出し続けていた。言葉として。
デュナの告白で傷つかないものはその場ではいなかった。
ジョルジョは目を片手で拭っていた。
イェーガーだけがかろうじて平然さを装っていた。だが、シンには確かに分かったことがあった。イェーガーは傷ついたがそれを隠していた。冷徹な人間の仮面を被るために、感情や感傷を押し殺していたのをシンは確かに理解した。その証拠にイェーガーの手が震えていた。わずかにではあったが。
シンの目が猛禽のように鋭くなる。泣いてはいなかったが、シンはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ずにいた。
残酷な運命のもとに集まったシンたち。狂った歯車は音を立てて心を蝕んでいきます。シンはどう立ち向かってゆくか、次回はそこが焦点になります。そして、戦闘が続きます。次回もよろしくお願いします。




