第六章 三話 空の騎士
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
レオハルトと正規軍との交渉は難航の様相を呈した。
第三艦隊はSIAに比較的友好的な部隊だからまだ『難航した』で済んでいるが、中央方面軍の部隊だったら『門前払い』下手すれば『密告』という結果が待っていた。
もちろん中央方面軍の大多数はまともではあるが、上に問題があった。SIAに対して良く思わない将軍に交渉を持ち込んだ時点で喜々として悪者に仕立て上げられるのは十中八九間違いなかった。
なにせ、上層部が見捨てると決めた組織をこっそりと手助けするということだ。何が起こるか分からなかった。リスクを減らすためにも信用出来る味方のもとで勝負をしたいとレオハルトが考えるのは当然の帰結であった。
それでも、表向きの目的を犯罪組織への攻撃としなければ、到底取り合ってくれるものではなかった。
「…………」
潜宙艦『アーネスト・ジュニア』の艦橋でレオハルトはイェーガーの連絡を待った。
「……中将。スコーピオンからの緊急報告です」
「繋いでくれ」
「……ロー、ハロー?こちらスコーピオン01」
スコーピオン01。イェーガーのコールサインであった。
「こちら、シックス。どうぞ」
「いいニュースと悪いニュースがある」
「良い方は後で聞く」
「なら、悪いニュースからだ。現地案内人のザイド曹長が殉職した。彼だったものを回収して今、民間のキャラバンに運んでもらうよう交渉している」
「だったもの……わかった。苦労をかけたな」
『だったもの』という表現から、ザイド曹長が無惨な状態で最期を遂げたことをレオハルトは察した。職業上、慣れなければならないことではあるが、レオハルトの良心は痛んだ。戦いでえぐれた古傷の痛みを老兵が感じるかのように。
「ところでイェーガーに怪我はないか?それと王女の捜索はどうなっている?」
「ご心配なく。いいニュースは二つあります。一つはバレッドナインセキュリティの護衛していたキャラバンと……」
「待て。バレッドナインだと?」
「はい、それともう一つ」
バレッドナインセキュリティ。シンのグループがイェーガーの作戦領域の近くにいた。これはレオハルトにとって思わぬ収穫であった。遅かれ早かれシンと行動を共にする予定ではあったが、ここまで速い合流は思わぬ幸運であった。ザイド曹長の犠牲は無駄でないと分かっただけでもレオハルトの精神的な負担は軽くなった。
だが幸運はそれだけではなかった。
「もうひとつ?」
「……『フォールン・クイーン』確認」
「!!!!」
レオハルトは目を見開いた。
フォールン・クイーン。堕ちた王女。
この暗号は当然『デュナ王女』を意味する。
幸運ではあるが、一刻も早い保護が必要であった。
「……ザイド曹長のことも含めアラカワに協力を仰げ。クイーンを近くで保護出来たということは敵も近くにいる」
「了解。オーバー」
機密保持のため通信が切れる。
「ジョルジョ。聞こえるか」
レオハルトは急いで揚陸艇に内線をかけた。
「……こちら、ジョルジョ」
「……王女をイェーガーが確保した」
「マジで!?」
「揚陸艇を投下する。イェーガーと合流し、王女の保護と現政権がデュナを嵌めた証拠を確保しろ」
「……待った。デュナ様とやらを嵌めた証拠って残っているものですかい?」
「向こうにとって脅しの道具だ。それを確保すれば『裁きの庭』で言い訳がつかなくなる。向こうはデュナやバニア族を悪者にするためにとっておくはずだ」
「そういうことな。なら可能性は……四分の三ってところか」
「ああ。向こうでは気をつけろ。話し合いは通じんぞ」
「了解。行ってくるぜ」
「武運を」
「あいよ」
軽い返答と共に通信が切れる。潜宙艦から円筒状の飛翔体が射出される。それは魚雷にも似ていたが、やがて、粒子エンジンのアフターバーナーから出る微弱な光の残滓を残して、地上へと向かっていった。
揚陸艇が大気圏到達した後、ジョルジョは外部ハッチの扉をこじ開けた。外には日の光が照らしている。しかし、眼下には積乱雲が見られる。下は明らかに雨であった。
「絶好の飛行日和……ではないな」
軽口を叩きながらジョルジョは眼下の雲を見下ろしていた。
高高度の風にジョルジョの短い金髪が風に吹かれて揺らめく。
刹那、ジョルジョは蒼穹に身を投げた。
紺碧の虚空がジョルジョの体を包み込む。それは母が我が子を抱く様にも似ていた。ジョルジョは体にぶつかる強風をしばし楽しんだ後、一言呟く。音声認証のコードを読み上げていた。
「蒼穹の女神は偉大なり。我が身、大空の女神に委ねん」
アスガルドの古い詩の一節であった。
そのとき、ジョルジョの周囲に女性を思わせる音声が響く。
「飛行型パワードスーツの起動コード認証。エナジー隔壁および、各種機能と装甲を展開します」
ジョルジョの体を光の粒子と金属の微細な群れが包み込む。甲冑に似たそれはジョルジョの身体を保護し、増強させるものであった。金属と人工補助筋肉が複合した駆動部品が彼の体を、その四肢を包み、鮮やかな色に染め上がっていく、
始めは白だった。白い金属に色が加わる。
赤。鮮血のように鮮やかな赤と黒に金属が変化してゆく。
両手両足を包み終えると腹部の周辺に複数の金属板が形成される。それらが複雑に接合し、一つの鎧となった。それは飛行機能をもち、十分な防御と空気抵抗の半減の効果があった。首から下のスーツの形成が終わると後頭部付近から兜状の物体が頭部を包み込む。
それらが頭を覆い隠し、彼の目の前にインターフェイス機器が形成される。
装置から複数の情報が流れ込み、飛行機能の主導権がジョルジョに譲渡された。
「やっぱ空は良いね。赤が映えるしな」
にいと笑ったジョルジョが指パッチンの仕草をすると、キィーンという音と共に背後の揚陸艇が自壊し始める。機密保持と隠密性のため、揚陸艇は細やかな塵となって消滅していった。それを見届けた後、赤い鎧は華麗な空中旋回をして雲の中に消えていった。
雲の中は雨だった。幾万もの水滴が鎧を濡らし視界を劣悪なものにしてゆく。高度が徐々に下がり、やがてジョルジョの眼前に森が広がった。
「……イェーガー聞こえるか?イェーガー?」
「……感度良好」
「よし、今どこにいる?」
「……お前から見て、南東だな」
「……ずいぶん離れているな?待ってろ。すぐ行く」
「ああ、気をつけろよ。バニア族の過激派がうろちょろしてやがる」
「女王一人に?」
「ああ、……女戦士の一人を始末したが」
「……もったいねえ」
「仕方なかった。向こうから襲ってきたからな」
「当然物理的に……ってことだよな?」
「他にどんな意味が?」
「ムフフな意味とか?」
「……相変わらずだな。気を引き締めろよ」
「ああ」
ジョルジョが頭部カメラを操作してイェーガーの姿を目で追う。
視界が悪く、森という地形の特徴によって捜索はやや困難であったがようやく、イェーガーらしき人影を発見する。気配が薄いイェーガーの姿はよく調べなければ、発見は非常に困難であった。顔に迷彩処置を施し、体はギリースーツで隠されていたので当然の事ではあったが。
「……向こうにいるのはシンか?」
「ああ、キャラバンがいるだろう?」
「なるほど。しばらくは安全に移動出来そうだ」
「降りてこい。しばらくは二人で行動する」
「うん?ザイド曹長は?」
「もういない」
「……そうかい。遺体はあるな?」
「とりあえずは」
「……聞くんじゃなかった」
「後の祭りだ。……見えた。ここだ」
イェーガーとシンがジョルジョを出迎えた。シンはカラスのスーツではなかった。迷彩服と軍用プロテクターを纏っていた。
「……どうも縁があるな俺ら」
「まあな。……お前らは?ある人物の捜索だって聞いたが?」
イェーガーたちの目的を図りかねて、シンはイェーガーたちに問いかける。
「……今お前が保護したバニア族。彼女はSIAの交渉で必要な人物だ」
「……交渉ね。犯罪組織の長の抹殺と一緒にやるくらいだ。とんでもなく重要な案件だろう?」
「そうだ。彼女が死なないようにしなければ、この国の人道危機は最悪の方角に転がり落ちる」
「……なるほど。ところでその殺した長とやらは人身売買の組織の一つに過ぎないだろう?……このアイビスタンは『それ』をやる組織が大きい所だけでも四つ居るからな」
「そうだ。二つのマフィアと、現政権側の支援団体の一つ、それとさっき潰したオズ連合関連の海外組織だ」
「……『鮮血騎士団』か」
ジョルジョが険しい表情を浮かべた。
「国粋主義の過激派な。ヤツらは放っておいても誰かが潰すが、その前に王女が売られる可能性がある。だから潰しておいた」
「まあ、お前んところの国もこの国の連中もたいそう嫌っていたからな。その血祭り集団は……問題は他の連中だ」
「『オアシス・グループ』と『ナタラ一家』そして、現政権側の方が『黒獅子旅団』だっけか。なんというか。先が思いやられるな」
ジョルジョがため息をつくが、横に居たイェーガーはトラックの一台を見ながら、口を挟んできた。
「……やるべきことをやれば良い。逃げるなり潰すなり、我々は打つ手はある。それに今はデュナ女王陛下とやらの安全確認が必要だろう?」
「ああ。二人ともこっちだ」
シンがジョルジョとイェーガーをトラックの方まで案内する。
ランタンで照らされた荷台の方には横たわっているデュナの他に三人の女性が手当を行なっていた。
アディとユキ、そしてルイーザ・ハレヴィがいた。
「……ルイーザか?お前も縁があるな?」
「縁もなにも、シンは私のボスよ」
「なに?」
「素っ頓狂な顔ね?そんなに驚いた?」
「いや、だが子守りが増えて大変だと思っただけだ」
「こ、この、いけ好かないスナイパーね!」
「あいつの仕事はハードだぞ。何年持つやら」
「彼氏が死んだ時と比べれば、どこも天国よ」
「……シンの部下はそう言うヤツばかりだな」
やや剣呑な会話を交わした後、アディがルイーザをきつく叱る。
「ルイーザ!おしゃべりしてないで、包帯の替えを持ってきなさい!」
「はい、スコルピ経理部長!」
「アディと呼びなさい」
「すみません」
長め金髪が荷台から飛び出した後、アディとユキがイェーガーたちの方を見た。
「シン?もしかして彼」
「援軍だ。イェーガーが手を貸してくれるそうだ」
「らしいね。そんな予感がしていた」
「?」
「これを見て」
ユキがアディの右腕を見せてくる。
そこに描かれた紋章はどことなくウサギと王冠を象ったような仰々しい意匠であるようにシンは感じられた。
「ビンゴ」
ジョルジョがそう言ったその時であった。
遠くから、カズ・リンクスの声が響く。その声は緊迫した声色の含まれた叫びとなってイェーガーたち二人の耳に届いてきた。
「敵襲だ!敵襲!!」
ジョルジョとイェーガー、そして迷彩服のシンは荷台の外に飛び出した。
バレッドナイン・セキュリティとSIA。二つの組織が大国と犯罪組織の影に翻弄される形となりました。シンとイェーガー、そしてデュナ王女の三者を繋ぐ運命の歯車は次回『以降』から大きく動き出します。
次回もよろしくお願いします。




