第六章 二話 レオハルトを縛るもの
この物語は残酷な描写が含まれることがあります。ご注意ください。
アスガルド共和国特殊諜報局の一室にたくさんの機器と数人のアンドロイド。そして、幹部や腕利きのエージェントたちが集まっていた。女性オペレーターを思わせる外観をしたアンドロイドたちは複雑な機器を瞬時に操り、各国の情報を傍受している。
SIA第一大会議室。
ここには、SIAのオシントとシギントの粋が集められていた。
オープンソース・インテリジェンスとシグナル・インテリジェンス。
メディアに開示された情報や電子機器に隠蔽される星間ネットの情報をもとにレオハルトは次の作戦の手はずを整えていた。
「……アイビスタン国内で横行している人身売買の数および組織犯罪の件数は判明しているだけで三千件にもおよび、アテナ銀河連邦の外務大臣はアイビスタンにかつてない人道危機が訪れていると声明を発表しました。人身売買はアスガルド共和国の犯罪のみならず、フランク連合、オズ連合、AGU、ツァーリン連邦、アタリアなどの犯罪に関与していると……」
「この人道危機にアスガルドのブラックバーン外務大臣は国際社会の綿密な協力と支援が必須という声明を発表しました。このような残忍な事態は他に類がなく……」
「……アイビスタンの武装勢力がアスガルドの声明に対し、我々の国に外国は口出しするなという抗議文を発表後、アスガルド国籍の民間船数隻の攻撃を発表。両国との間で緊張が発生しています」
「……AGUの特別治安維持機関ユダのマサタカ所長および特別執行室のモリ・ダン室長が本日声明を発表しアイビスタンの一部地域で難民の救済活動を行なうと宣言を……」
「これに対し、SIAのレオハルト・シュタウフェンベルグ長官も、SIAの戦力と物資・人員の支援を全面的に行なうとAGUとの連携を緊密に……」
あらゆるメディアがあらゆる国のニュースが一つの小国の危機を深刻に読み上げていた。
これがオシント。大規模なニュースの群れを幹部たちが解析し続けていた。そして、シギント。これは、SIAの電子諜報班たちが解析を続けていた。ハッキング、盗聴、現地警備隊協力のもとでの船舶のレーダー類や望遠装置の解析。これらの情報をもとにレオハルトたちが会議を行なっていた。
「……女・子供をよってたかって慰み者か……ふざけたことを考えるヤツもいたものだ」
艦載機部隊出身のジョルジョ・ジョアッキーノ中尉が顔をしかめる。女好きの彼にとっては、一方的な道具として女を捨てる行為そのものが唾棄すべき悪行であった。
話をして、笑い、飲みあい、抱き合う。
色ボケではあるが、卑劣な行ないには断固として拒絶する。
アタリアから来たアスガルドの空飛ぶ騎士は、ニュースで報じられる残忍な情報を人一倍嫌悪していた。
「……それが現実だジョルジョ中尉。貧しい国じゃ暴力と腐敗がはびこる。三百年前のアスガルドもこの国と変わらんさ」
対照的に冷厳な意見を述べるのは、スペンサー大佐。
チャールズ・A・スペンサーであった。
政治と軍の双方に優秀な人材を輩出し続けているスペンサー家の長男であった。彼は惑星警備陸軍の出身のエリートであった経験を元にレオハルトの副官としてその手腕を発揮していた。
彼はキャンディを舐めていた。
発した意見は冷徹な軍人そのものだが、口に含んでいるキャンディ・スティックのせいでどこか幼さが垣間見えるようなアンバランスさを出していた。
「……そのあめ玉さえなければ、少しはかっこ良かったのだがな」
傭兵出身のサイトウが呆れた様子で口出しする。
「女ものの臭いフェチにドMに足フェチ……貴様にだけは言われたくないな」
「あー!言ったな!人のフェチズムを責めるのは、SIAの規定違反だぞ!」
「子供かお前は……いや、変態だった」
「すみません。スペンサー大佐……あとでサイトウを『ハラキリ』しておきます」
「スチェイィィィィッ!?お前俺殺す気ィィッ!?お前の間違ったアズマ文化観にのっとって殺す気ィィッ!?」
「あれ?『クビキリ』の方が良かった?」
「良くねえよッ!!」
スチェイのアズマかぶれたっぷりの戦慄発言におもわずコウジ中尉は反論する。あまりにあんまりな発言にサイトウはドン引きの様相でその場から距離をとる。
「……あのさ。話進まないよ……サイトウ中尉さん……」
「そうそう、キャリーだってそう言ってるし、戻って来なよ。超だるいし」
「あ、でも、スチェイがサイトウにサドッ気だしてるの。すっごいたぎる……傭兵あがりのマッチョとアズマ男児をめざすパツキンが……ジュル」
「アンジェラ。よ、よだれ。よだれが」
「…………ええっと……」
「う、またやっちゃった」
サイトウとスチェイのやりとりにアンジェラのボーイズラブの趣味に火がつきかけた。それを二人の女性士官がツッコミを入れ、すぐにアンジェラは我に返る。キャリーとレイチェルは相も変わらずの周囲に思わずため息をつく。
その会議室にアオイ、レナ、フェリシアの三人が入室する。
その後ろにある男が同伴していた。
「……さて、そろそろいいな」
レオハルトの一言に周囲が一瞬で緊張状態になる。
SIAの人間はちゃらんぽらんな振る舞いが目立つ一方、レオハルトへの信頼性と任務遂行能力は高かった。サイトウとここにいないイェーガー以外はメタアクト能力者でもある。
「……我々はある人物を救出するために動く必要がある。その人物はバニア族の『王女デュナ』だ。ただし、彼女は『売国奴の汚名』を着せられているために同胞から命を狙われている。事態は一刻の猶予もない。……そこで、ジョルジョ。正規軍艦隊の潜宙艦に搭載された隠密揚陸艇を使ってアイビスタンの首都星に到着後、パワードスーツによる低空飛行で王女を上空から保護しろ。……お前と現地にいる『イェーガー』が要だ。出立は追って指示するが、準備は今から行え」
「了解であります」
恭しい態度でレオハルトの指示にジョルジョは返答する。敬礼の後ジョルジュは急いでパワードスーツの調整作業のため部屋を出た。
それを見届けてからレオハルトは言葉を続ける。
「我々にはいいニュースもっといいニュース、悪いニュースともっと悪いニュースがある。いいニュースは現地の反政府勢力が我々に協力を申し出た。『抜き取るもの』または『エクビー』と称される知的生物の情報を提供すると」
「……中将。政府の方は?」
「駄目だった。これが悪いニュースだ。そしてこれはユダとの対立を意味する」
「……ちょっとまて、ハヤタのところの組織は我々と同じ目的で活動しているんじゃなかったのか?」
サイトウ中尉が首を傾げた様子で発言する。
それに対してレオハルトは苦々しく返答する。
「……そうだ。ユダと我々SIAの目的は内戦状態のアイビスタンを安定させる事だ。だが、違うのはその方針だ。早期終結のためにヤツらは少数民族を切り捨てる方針だ。しかも悪者に仕立て上げてまで」
「……バニア族ですか」
現地の人間に対し敵対的な民族であったバニア族を打倒し、国際世論と現政権にすり寄る形でアイビスタンの治安を安定させる意図をスチェイは察知していた。
「完璧な理解だ。状況はノット・エクセレントな方角に傾こうとしている」
「ん?『人間の敵』ならば我々も参戦すべきでは?」
レイチェルが状況を察しきれず質問を行なう。それに対してレオハルトは沈着な表情で自分の言葉を訂正する。
「……失礼。表現が適切ではなかったな。我々ヒューマン種『のみ』の安寧のためにバニア族にとどめを刺そうとしている。……彼らはかつてヒューマン種側の犯罪組織に迫害されていたのにも関わらず」
「え!?」
アイビスタンの情勢に疎かったレイチェルもことの深刻さをようやく理解する。ユダは『正義のため』と称して『少ないほうの命』を切り捨てる側に回っているということであった。
「……バニーガールっているだろう。セクシー衣装とうさ耳をつけた女性。そう言うのが好きな連中は我々にもいる」
「あー、サイトウとジョルジョが好きそうね」
本来ならレイチェルの言葉にサイトウは即座に食いつくはずである。だが、今のサイトウの表情は険しい。この話の残忍な意味を理解しているからだ。
「……レイチェル。その気のないヤツにセクハラするほど俺は外道じゃない」
「……まさか」
「バニア族はその特異な外見から犯罪組織に狙われることが少なくない。この人身売買の件だってそうだ。それに反発してバニア族側に反政府勢力が発足している。ユダは『罪のない人々を守るために』バニア族解放戦線に攻撃を仕掛けようとしている。それに反対しているのが『アイビスタン大連合』のリーダーである『ドラコ・シルバ』だ。ユダは戦闘による市民の被害や現地の人間への敵対性からドラコの訴えを退けてしまっている」
「……そもそもなんでドラコはバニア族の攻撃に否定的なんだ?」
「理由は二つある。一つは『アイビスタン大連合』は多民族の融和を方針の一つとして行動している。これはバニア族も例外ではない。そもそも現政権はバニア族を始めとしたヒューマン種以外の民族に冷遇を行なっている。それに反発して発足したのがその組織のルーツということだ。そしてもう一つはドラコはヒューマン種でありながらバニア族の王女だったデュナを大変恋慕していることだ」
「へぇ……」
唐突に話されたロマンチックな逸話に若い女性エージェントのレイチェルは思わず顔を赤らめた。
「だから、デュナの安全確保を条件に我々はドラコの組織と協力関係を結ぶことを密約した」
「…………ん?密約?」
「そうだ。密約だ」
「え、なんで秘密に?」
「ユダに知られたらまずい。これがもっと悪いニュースだ」
「ど、どうして?」
「ユダはこう宣言している。アイビスタンの平和を乱す全ての武装組織を攻撃すると。だから、表向きの我々アスガルドはユダと歩調を合わせて行動しなければならない。つまり……」
「ええ!私らの国もバニア族は見殺しコースってこと!?」
「表向きは。だが、我々はそれを看過するつもりはない。少人数の人員がデュナの安全を確保し、なおかつ腐敗した現政府によってデュナが裏切り者の汚名を着せたという証拠を確保する必要がある」
「……でもバニア族の過激派は攻撃してくるんでしょ?」
「そうだ。だから我々の中で最も戦闘に慣れた人員を派遣した。それがイェーガーとジョルジョだ。サイトウも向かわせたかったが移動と捜索にかかる時間を考慮すると二人が適切だと判断した」
「どうして?」
「我々が大規模な攻撃をした証拠を可能な限り残さない方が良い。それを考えれば機動性と移動に長けたジョルジョと隠密作戦に長けたイェーガーを向かわせた方が良い……それに」
「それに?」
「近々、民間警備会社の『バレッドナインセキュリティ』が平凡なキャラバンを護衛する仕事を複数件請け負っているそうだ」
「それと何の関係……ま、まさか」
「我々には『カラスの男』がいる。彼が引き受けた仕事のひとつはアイビスタンに向かうそうだ」
どよめく周囲を見ながら、レオハルトは不敵な笑みを浮かべた。
嵐は目の前に迫っていた。
六章の舞台アイビスタンはオズ連合と関わりの深い小国であります。この大国の思惑と腐敗した政権、そして犯罪組織の陰謀が渦巻く国の惑星に吹き荒れる『嵐』とは?
次回もよろしくお願いします。




