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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第六章 解放戦争編
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第六章 一話 堕ちた王女

この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。

生い茂った木々の葉が昏々とした闇を作り上げていた。

光すら差さぬ森の中をデュナは進んでいた。

体を木々が傷つけようとも、鬱蒼とした葉が阻もうとも進むしかなかった。背後にあるのは闇よりもおぞましいものがあった。快楽の道具としての生。道具としての屈辱であった。

デュナは泣いていた。

誰一人として信じる事が出来なかった。

耳を持つ同族も敵。

耳を持たぬ人間も敵。

同胞からもそうでない者たちからも虐げられ、ただ独りで生きていく事が彼女の望みであった。

「……ひ……ひ……ひぐ…………ひ……」

ボロのような服とも言えぬ布だけを纏って森林を進む。ウサギの耳に似た聴覚器官は背後のわずかな声を聞いていた。

「……せ……捕まえ……」

「……儲け……が……なし……抵抗したら……」

デュナは悟る。そして進む。

さいの目が投げられた。

逃げ切るか。

それとも痛めつけられるか。

それとも殺されるか。

デュナにあったのは憎悪だけであった。

デュナにとって、世界の全てが暗くて憎いものであった。

デュナの世界が反転する。

デュナは上下の区別が狂っていた。坂道を転げ落ちていた。泥が跳ね、体に擦り傷を作る。水たまりの中にデュナはいた。

デュナは気がついた。自分を濡らす水の感覚を。

雨か。それとも涙か。

水と闇で支配された森の中でデュナの意識は薄れていった。


暗い雨と草木の中。台地のような場所にイェーガーは身を潜めていた。

「………………標的確認」

イェーガーのわずかな音声をもとに耳元の端末から音声が紡がれる。レオハルトのものであった。

「……赤い帽子の男性。中肉の172センチ。入れ墨がある。不死鳥の刺青だ。背中にある。そいつがグループのリーダーだ。排除しろ」

「……了解」

イェーガーは粒子加速式の狙撃銃の状態をチェックする。スポッター。観測手に測量を行なわせ、銃を最高の状態である事を入念に確かめる。

銃身、薬室、クリップの状態。状態良し。

それをチェックし、スコープの状態も確認する。

エナジー残量。推進装置のテスト。

全ての部品を確認後、イェーガーは観測手の報告を待った。

「…………どうだ」

「……風速、西に5メートル。しかも雨で視界劣悪。これはかなり厄介ですぜ」

「……問題ない。標的の距離は?」

「五百二十五メートル。……本当にやるんですかい?」

「今しかない。やるぞ」

「……了解」

荷電粒子の弾丸はレーザー光とは違う。

エネルギーの付加された物体を高速で撃ちだす仕組みだ。つまり、光ではなく熱量のある物質の弾丸が撃ちだされる。すなわち風や重力、コリオリ力などの惑星の気象や地軸などを考慮しなければならない。イェーガーは実戦経験と腕で、ありとあらゆる気象条件を克服出来る希有な名狙撃手であった。

「……フゥ……」

短く呼吸を整え引き金が引かれる。

閃光。

熱せられた微細な粒子が赤いハンチング帽の男の頭部を蒸発させる。

それをスコープ越しにイェーガーが確認したと同時にスポッターの男が一言発した。

「命中。ヘッドショット」

「ずれた」

「はい?」

「額中央から五ミリ左。あまりいい調子じゃない」

「……め、命中しましたぜ?」

「それじゃ駄目だ。次までに調子を整えておく。……撃つ時に風速が五・五メートルに変わってた。注意を払え」

「り、了解」

イェーガーの鬼気迫る執念に、観測手のザイドは気圧されるしかなかった。

「よし。撤収だ。見つからないうちに……」

「待ってください」

「なんだ?」

「……森に何かいますぜ。あれ……ウサギみたいな耳の……」

「……いるな。あれは……バニア族の斥候か。……よく見つけたな」

「へい。この辺りの事ならあっしの領分ですから」

「……ヤツの動き……何かを探している」

「やめておきましょう。あいつら、俺ら人間を含む別の種族に対してやたらきついんですわ。特に人間。自分の国を滅ぼしたってイメージが悪いのなんのって」

「……聞いている」

「だから、この辺で……ん?」

観測手の男の足に何かが巻き付いていた。それは蛇のようにも見えたが頭部のようなものは見られなかった。それらが観測手の足に巻き付き勢い良く森林の方角に引き寄せようとする。抵抗出来ないほど強靭な力で。

「ひぃい!?」

「ザイド曹長!?」

短い悲鳴を上げ、ザイドの体が引きずられてゆく。

イェーガーは手を伸ばそうとするが、ザイドの褐色の片手がツタに切断され、血の跡だけが残されてゆく。

「あぎゃあああぁぁ……」

ザイドの体はツタによって引きちぎられ、ズタズタの状態で地中深くに飲み込まれていった。そして、ツタと食虫植物に似た花がザイドの身体を食いちぎってしまった。血の臭いが辺りに充満する。

「……あそこか」

木の上のバニア族がじっとイェーガーのほうを向いていた。

イェーガーは即座に狙撃銃の出力を落とし。木の上に狙いを定めようとする。

だが、イェーガーはそれをやめ足下に注意を払った。

「やはりか……」

ザイド曹長を殺したツタがイェーガーに巻き付こうと近寄ってきた。

ツタの先が赤い血で染まっていた。

イェーガーは銃を持って疾走し時間を稼ごうとする。イェーガーの鋭い五感がバニア族の女戦士の独り言を聞き取った。

「……馬鹿な男ね。裏切り者のディナを殺す任務のついでに手みやげが出来たわ。さて、あの生き残りも『能力』で……」

不意にその女戦士が自分の手に目をやると右手に赤い液体が付着していた事に気がついた。

「あれ……返り血?でも、殺したヤツは……」

彼女は自分の右手に奇妙な熱の感覚を覚えた。返り血がついただけでその感覚を覚える事はあり得なかった。そして返り血は木の上に届くはずはなかった。

「わ、わ、わ、私の血ぃぃぃいいいい!?」

彼女の手は撃ち抜かれていた。

「な、ま、な、バカなぁああ!?弓矢でもここまでぇええ!?」

安全地帯にいると過信した女戦士は怒りの形相でナイフを投げる。だが、混乱した状態で投げつけたナイフは明後日の方角に飛来するだけであった。

「くそ……くそ!能力であああ!」

「血が上ったな?……思ったより弱いな」

イェーガーの狙撃銃の照星が敵の肺の部分を捉える。

閃光。

そして、閃光。

直線上に飛来する粒子の弾丸が敵の女戦士の肺に数発の穴を開ける。

「……ぐ、……が」

傷が呼吸を阻む。女戦士の体が地面に落下し地面に叩き付けられる。赤い水たまりの中で女戦士は木の方角に手を伸ばしていた。

イェーガーは慎重に進みながら、自分の所持する武器を頭の中で思案する。

狙撃銃、ナイフ、予備の粒子弾カードリッジ、ライター、サイレンサー付きの拳銃、予備の拳銃弾、そして焼夷手榴弾。

焼夷手榴弾は一個だけであったが、十分だった。

一歩。

また一歩。イェーガーは慎重に歩を進める。

瀕死の女戦士がその姿を見てにやりと笑った。

「……ぎ……ぎ……ひひ」

「最後にひとつ聞きたい。お前ら何を探している?」

「……おもしろい……ねぇえ。聞かせて……やるよぉ……」

「聞かせろ」

「裏切り者の……王女だった……デュナを……始末するため……今の……あんたみたいにねえ!?」

ツタが女戦士に巻き付きやがて木と一体化する。

「しょ……植物さえ……あれば」

「想定内だ」

「!?」

木のそばに円筒状の物体が投げ込まれる。

それは瞬時に炎上し、木ごと女戦士を焼き尽くした。辺りに肉と木の焼ける臭いがイェーガーの鼻腔を刺激する。女戦士と一体化した大木は炭と灰の塊になるまで赤々と燃え続けた。

「あぎゃああああああ!ぬぉああああああああぁぁぁぁ!!」

「そのまま木と心中しろ。仕事の邪魔だ……」

気がつけば、木々に炎が広がり、炎は全ての植物という植物を焼き払おうとしていた。

「……すまんな。ザイド曹長……せめて故郷への埋葬はしてやる」

イェーガーがザイドだったものを拾い上げ、布に包んでゆく。そして音も気配もなくイェーガーの姿が消えた。





イェーガーが炎上する森林を抜け出した時、そばにトラックとラクダに似た運搬用の草食動物ダラーマで構成された一団をイェーガーは確認した。キャラバン。隊商であった。

「……ちょうど良かった」

イェーガーは一団の男の一人に話しかけた。

アイビスタンの言語は分からないのでせめて銀河共通語が伝わる相手をイェーガーは探していた。

「……すまない。言葉の分かるものはいるか?」

イェーガーが言葉で話しかけても、複数人の訛の強いオズ語の返事が返ってくるばかりだったイェーガー頭を抱えた。

翻訳装置はなかった。そもそも現地のガイドが出来るザイドが死ぬ事自体が想定外だったのだ。イェーガーは狙撃と暗殺の技術知識があり、先進国の言語には精通しているが、オズ語は訛の強い言い回しだと、てんで駄目であった。

しかも、オズの支配下だった宙域での後進国の言語は初歩的な知識しかなく、会話は到底無理だった。

「……まいったな」

「その男は信用出来る。迎え入れてやれ」

「!?」

見覚えのある声をもう一つの男の声が翻訳した。

キャラバンの青肌の男が頷き、イェーガーは手厚く歓迎される。

「……どうもお前には縁があるな?」

「みたいだな。シン・アラカワ?」

声の主はバレッド・ナイン・セキュリティの長たる人物シンのものであった。そのそばには、外国語のスペシャリスト兼シンの親友であるカズマ・L・リンクスも居た。

「お前、こんなところで何を?」

「仕事だ。ある犯罪組織の長の抹殺とある人物の捜索だ」

「相変わらずで何よりだ。……だが捜索って?」

「レオハルト様がある武装組織と同盟を結んだ。非人道的な犯罪を野放しにする現政権を打倒する反乱組織だ。アイビスタンは今や麻薬と人身売買で溢れているからな。アスガルドとしては何としてでも現政権の横暴を無力化しておきたい。その条件として、反乱組織のリーダーがどうしても保護したい人物を探している」

「……それは大変だな?どんなヤツだ?」

「デュナ。バニア族全ての女王だった人物だ……だがどういうわけが全てのバニア族の部族全てに命を狙われている」

「バニア族……ね」

「どうした?」

「この近くでボロ切れを着たバニア族の女の子を保護した。歳は十八歳くらいだ。背は高い。一八〇はある」

「……どの子だ?」

「彼女だ。このトラックの荷台に寝かせている」

「見せろ」

シンがキャラバンの長と話をした後、ようやくイェーガーは彼女の顔を確認する事が出来た。その顔をみたイェーガーは血相を変えて、無線機のスイッチを入れた。

「……ハロー、ハロー?こちらスコーピオン01。いいニュースと悪いニュースがある。悪いニュースだ。現地案内人のザイド曹長が殉職した。彼だったものを回収して今民間のキャラバンに運んでもらうよう交渉している…………はい……はい……ご心配なく。いいニュースは二つあります。一つはバレッドナインセキュリティの護衛していたキャラバンと……はい……はい、それともう一つ。……『フォールン・クイーン』確認。……了解、オーバー」

イェーガーは無線のスイッチを切り、シン・アラカワに向き直った。

読者の皆様お待たせしました。新章『開放戦争編』の開始となります。レオハルトの右腕イェーガーと鴉の男シンが中心となって活躍します。アスガルド共和国から遠くはなれた宙域の小国アイビスタンにて、シンとイェーガー、そして何人かの仲間で『奴隷制度と犯罪』を打倒する話となります。

次回もよろしくお願いします。

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